46 アコル、秘策を授ける(1)
三日振りに出会ったトーマス王子は、大量の荷物を持っていたので、目的地まで荷物持ちをすることになった。
その道すがら、ルフナ王子からお茶に誘われた話を出してみた。
「あーそれ、私が勧めたんだよ。ルフナは勉強が苦手だから、どうやって勉強したらいいのかアコルに訊いてみろって」
「ええぇっ、トーマス王子が?」
「そうそう。ほら、今年から学院長は実力重視で学生を評価することにしただろう? さすがに王子が進級できないんじゃあ恥をかくというか国王に叱られる。人助けだと思って助けてやってよ」
何でもないことのように飄々と言うトーマス王子は、平民の俺が王子に勉強を教えることに違和感はないんだろうか?
「私よりも、ワイコリーム公爵家のラリエス様とかマギ公爵家のエイト君じゃダメなんですか?」
「ああ、彼らには中級学校の時からお世話になってるんだけど、一向に成果が上がらないんだよね。もうここはアコル君に厳しく指導して貰った方がいいだろうって、学院長も言ってたからね」
それがどうした? みたいな顔をして俺を見るのはやめて欲しい。俺は平民だ。
「そんなことが他の学生に知られたら大変なことになりませんか? 私は平民なんですよ?」
「ああ、まあ、私や学院長の中では、アコルが妖精使いであると知った時点から、君を高位貴族と同等に見てるからね。
もしもアコルが、ルフナに勉強を教えていると公になって、それを四の五の言う奴が居たら、妖精の姿を見せてやればいいさ」
「えぇっ、私の可愛いエクレアを、常識知らずの子供たちに見せるのは嫌だなぁ。エクレアが穢れそうで・・・」
「ブホッ、常識知らずの子供? 相変わらずアコルは辛口だなぁ。最年少の君に子供扱いされてる学生って……それに妖精が穢れるって……クッ、ダメだツボにはまった」
トーマス王子は我慢できずに笑い始めた。何処にこれだけ笑える要素があったのだろうか?
新しく【魔獣大氾濫対策研究室】になったのは、使われずに閉鎖されていた【古代魔法陣研究室】だった。図書館のすぐ裏にあるから俺の行動範囲内だ。
研究室に到着すると、中は綺麗に掃除されていて、新しい机や椅子が搬入されていた。
本棚や黒板は古いものを再利用するようで、大きな黒板にはこれからの予定が書かれている。
「アコル、良かったら妖精を見せてくれないか」
荷物を執務机に置いたトーマス王子が、キラキラした瞳でお願いしてきた。
どうしようかと考えていたら、マキアート教授と学院長がやって来てしまった。
「おいアコル、あからさまに嫌そうな顔をするのはどうなんだ?」
「だってマキアート教授、自分もマジックバッグを作ってくれって、毎日俺を脅すじゃないですか!」
「脅す? 何を言うんだアコル、私は魔法陣を研究している教授だぞ。
学院長が借りたマジックバッグに、この研究室の大きな会議用のテーブルや椅子、おまけにトーマス王子が使う補助部屋用のベッドやテーブルまで入ったと聞いて、黙っていられる訳がないだろう!」
せっかく図書館で読書三昧しようと思っていたのに、逃げられる気がしないのは何でだ? 絶対に魔法陣を見たいだけに決まってる。血判登録の時に見れるからな。
「私には関係ないです」
「そう言わずに頼む! じゃあ、学院長と同じように私にも条件を出せばいい」
「ちょっとマキアート教授、それなら私の方が先でしょう。アコルは私の研究室の学生ですよ」
「何を言う、アコルは私の研究室に住んでいるんだぞ、トーマス王子」
トーマス王子が引っ越す時に、学院長に貸したマジックバッグを試したみたいで、家具も壊れず食器も割れず、入れた時の状態のまま荷物が出てきたと、学院長がマキアート教授に報告したのが原因でこの状況だ。
俺は本当に世間知らずだったようで、安いマジックバッグは、魔力量が15あれば使えるらしく、中に入れたものは普通のカバンと同じような状態らしい。
高いマジックバッグは、魔力量が50くらい必要で、入れたものには衝撃が伝わるそうで、手荒く使えば中身が壊れたりするのが当たり前とのこと。
「最近思うんだけど、この三人、俺の前で素を出し過ぎじゃないのか?やっぱりここでも子供扱いされてないよな俺。なんで冒険者ギルドでもモンブラン商会でも、普通に会話に参加させられるんだろうか?」
《クスッ、それはねアコル、アコルが子供らしくないからだわ》
「子供らしくない? それって酷くないエクレア」
《仕方ないわよアコル。アコルはただの平民でも、高位貴族でもないじゃない》
「う~ん、でもまだ確証が持てないんだよなぁ」
マキアート教授とトーマス王子の会話が面倒臭くなった俺は、遊びから戻ってきたエクレアを肩に載せてブツブツと呟く。
エクレアが言いたいのは、妖精王様が俺のことを【今代の覇王】と仰られたからで、もしもそれが本当なら、俺は王家の血を引いていることになる。
【上級魔法と覇王の遺言】の魔法書が、王家に伝わるものであれば可能性が高くなるけど、だからといって【今代の覇王】というのは責任が重すぎる。
そもそも、俺は捨て子だったんだ。
確かにワイコリーム公爵家のラリエス様は、俺らしき子供を探していた。
でも【上級魔法と覇王の遺言】の魔法書が、何処から俺に授けられたのかが分かるまでは、【覇王】というキーワードは封印しておかねばならない。
「アコル、君はもしかして、今、妖精と話していたのかな」
「そうですよ学院長」と、俺は笑顔で応えた。
「あ~っ!そうだった。アコル、自慢のエクレアちゃんを見せてよ」(王子)
「なんだと、アコルの妖精がここに居るのか?」(教授)
「いいですけど、その代わり、マジックバッグのことはもう諦めてくださいね」
「「 ウッ・・・ 」」
諦めるとは返事を返さないけど、どっちみちエクレアを紹介しようと思っていたから、この機会に逢わせておこう。
「エクレア、可愛い姿を見せてあげて」って俺が言うと、エクレアは肩からふわりと飛び上がり、学院長の目の前50センチの所に姿を現した。
《皆さん初めまして。エクレアです》
「本当に妖精だ……なんて可愛いんだ!」と学院長はうっとりした表情でエクレアを見詰める。
「ああ神様、ありがとうございます。末代までの自慢にします」って、マキアート教授はおかしなことを口走りながら神に祈りを捧げ始める。
「ここまで可愛くて完璧な妖精は初めて見たよ。王城に居るのは男の子の妖精使いばかりだから、女の子の妖精は初めて見た。
ああ、なんで俺は妖精と契約できないんだー!」
トーマス王子は床に崩れ落ち、半泣きしながら床を叩いて悔しがる。
《ねえアコル、教えてあげたら?》
「う~ん、今よりもっと面倒なことになりそうなんだけど・・・」
《あたしは契約妖精の友達がいたら嬉しいけど》
「そうなの? エクレアが喜ぶんなら教えてもいいかな。
学院長、可愛い妖精が学院長と契約したがってますよ。
トーマス王子も、もう少し【命(緑)】の適性を鍛えたら、きっと妖精と契約できます。
元々妖精との契約には、【光(黄)】の適性があればいいんですけど、【命】の適性があれば女の子の妖精とも契約できます。お二人とも【光】適性を持ってますよね」
「「 なんだってー! 妖精と契約できる? 」」
学院長は持っていた書類をバサリと床に落とし、半泣きしていたトーマス王子は、これ以上開けないくらいに目を見開き固まった。
「私は【光】適性を持ってないから元々無理だけど、なんだか凄く悔しい」と、マキアート教授は残念そうに肩を落とした。
そこからが大変だった。
王族である二人は、妖精との契約について詳しく知らなかったのだ。
サナへ侯爵家の血族である学院長は、成人前に【命】の適性を持っていないと分かり、自分は妖精と契約出来ないと諦めていたらしい。
確かに女の子の妖精とは契約できないけど、学院長の側によく居るのは男の子の妖精で、俺は何度か会話もしていた。
トーマス王子の側に妖精の姿は見えないけど、これから鍛えたらきっと契約できると思う。この広い高学院の敷地内には、結構な数の妖精が居る。
「私はサナへ侯爵家でもレイム公爵家の血族でもないけど、本当に契約できるのかいアコル?」
「はいトーマス王子。皆さん王立図書館で勉強してください。
私は王立図書館で妖精関連の本を読んで、エクレアと契約したんです。
最も重要なのは【光】適性を持っていることなんです。王族はたくさんの適性を持っているでしょう?」
「確かに私は5つの適性を持っている。【光】と【命】は持っているけど、妖精の姿が見えたことはないよ」
「意識の問題ですトーマス王子。もう少しして落ち着いたら、コツをお教えしましょう」
今すぐにでも契約したそうな二人に、目の前の仕事をひと段落させたらコツを教えると、はっきり言い渡しておく。教える側だから強気でいいよな。
恨めしそうに俺とエクレアを見るトーマス王子が鬱陶しい。
「ああそうだ。この前私の部屋で聞いた問題点の、解決策を考えてみました」
妖精から意識を切り替えるため、俺は話題を転換することにした。
よくして貰ってるから、あんまり文句は言いたくないけど、この三人、何故か俺の部屋にお茶を飲みに来てブツブツ愚痴をこぼすんだよなぁ。
一人で来ることもあれば、二人の時もある。偶然三人が一緒になった夜なんて、完全に俺の読書の邪魔になる。
マキアート教授の雑用係的な俺は、当然お茶も出さなきゃいけないし、夕食を食べ損なったと聞けば、マジックバッグからパンやお菓子を出して食べさせる。
完全に【カフェ アコル】のマスター? いや世話焼きオカンだ。
なんで学院長の執務室でやらないのかと聞いたら「癒しが必要なんだ」とか「アコルのお茶がいい」とかなんとか言われた。やっぱりカフェ扱いかぁ。
つい最近、同じようなフレーズを聞いたような気もする。
まあ、マキアート教授の研究室は、敷地の最奥というか外れに在るから、夕方になったら誰も来ない。学生に会わないから都合がいいのだろう。
で、今日も今日とて、こっちの研究室でも俺はお茶を淹れている。
今日は俺が疲れたからハーブティーを飲みたくなったのだ。仕方ない。今日も無料奉仕だ。
「で、C級魔術師の資格取得の講義を受ける、学生の数を増やす案は?」
満足そうにハーブティーを飲みながら、学院長が俺に質問する。
入学式で、学院長もトーマス王子も、魔法部以外の学生もC級魔術師を目指して欲しいと、切々と言ったのにも拘わらず、希望者はたったの7人しか集まっていないらしい。
さすがの学院長もトーマス王子も、ガッカリというかショックを受けて、俺の部屋に薬茶を飲みに来たくなった気持は理解した。
貴族部の学生は、魔力量があまり多くないか、働くのも勉強するのも嫌いな学生が多く、威張っていればいいだけの土地持ち貴族の長男や、働くことを下品だと思っているお嬢様ばかりで、魔術師の資格には興味すらない。
商学部の学生は、家を継げる可能性のない貴族ばかりで、安定を好む傾向が強く、大商会やギルド本部などのエリートを目指しており、魔力量は個人差が大きい。
特務部の学生は、体を鍛える講義が多く疲れるし、勉強があまり得意ではない。それでも上を目指すならと前向きに考える者も居るが、特務部の教授たちが前向きじゃないらしい。
「勉強が苦手な学生には、ご褒美として単位を。プライドだけ高い学生には名誉を。ぐだぐだ御託を並べる教授には、報奨金か爵位を与えます」
「やる気があるのかと鞭を打ちたいところだが、飴で釣るのかアコル?」
「はい学院長。鞭なんて、後からでも打てますから。ただしその前に、あることを廃止し、新しく作って欲しい制度があります」
俺はにっこりと笑って、開校以来受け継がれてきたであろう伝統というか常識を打ち破り、実力重視がはっきりと目に見える新制度を作って欲しいと提案する。
俺の笑顔を見た三人が、急に顔を引きつらせるけど気にしない。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




