37 妖精使いのアコル(3)
名門中の名門であるワイコリーム公爵家の名を聞いた二人は、完全に口籠もってしまった。全く予想さえしていなかった貴族の名を出されて、自分たちが書いていたシナリオと違う展開に、頭が付いてきてないようだ。
……いい感じだ。きっとこいつらの頭の中では、俺を危険視するフラグが立ったことだろう。
「可愛い男の子の妖精だね。名前はなんていうの?」
俺は妖精使いの肩の上で跪き、ジッと俺の方を見ている妖精さんに視線を向け、立ち上がって近くまで寄って質問した。
「俺の名前はユヤット。貴方はもしかして・・・」
「やあユヤット、初めまして。俺はアコル。君はご主人様に大事にしてもらってる? 寂しくない?」
驚いたように瞳をこれでもかと大きく開いてパチパチしているユヤットに、今度はこっそりと妖精同士でないと理解できない言葉を使って話を続ける。
《 我は妖精王の庇護下にある者。我に害なすものは全ての妖精を敵に回す。魔法省は我を害するつもりだ 》と。
実は引っ越し準備のため実家に向かう途中、俺は珍しく単独でリドミウムの森に入り薬草採取していて、エクレアと一緒に【妖精王様】にお会いしていた。
エクレアが急に「妖精王様のお出ましだわ」と言って飛び上がったので、その方向に視線を向けると、人の大人と変わらない背丈の驚くほど美しい男性が、体全体を光り輝やかせながら、スーッと姿を出現させた。
目にした途端に平伏したくなる威厳を放ちながら、優しい微笑みで立っておられ、俺を見て話し掛けてこられた。
「今代の覇王は、まだ幼いようだ。妖精にとっても苦しい時代が始まろうとしている。覇王として魔獣の大氾濫を防ぐなら、我が力を貸そう。いつでも必要な時に名を呼べ。我が名はエンリウス・シャラ。この石を授けよう」
慌てて跪き両手を差し出すと、【妖精王様】は俺の掌に濃い緑色の美しい宝石を落とし、エクレアから香木の匂い袋を受け取ると、「励めよ」と言い残され去って行かれた。
時間にして僅か2分もなかったと思う【妖精王様】との出逢いは、それはそれは強烈に、膨大な魔力に圧倒され、霊力の高さに畏怖の念を抱かせる時間だった。
あの時から俺の瞳は、妖精を見ることが簡単に出来るようになった。森の中や山の中を歩いていても、妖精が居れば姿を見付けられた。
時には妖精の方から近付いて来る時もあった。
出会った妖精は全員、俺を見て微笑み、何故だか俺の前に跪き頭を下げる。そして、妖精同士で使う言葉が話せるようになっていた。
エクレアが言うには、俺の瞳は妖精に逢うと一瞬美しい緑色に変わるらしい。その瞳を見ただけで、【妖精王様の加護持ち】なのだと分かるんだとか。
「ユヤットが自分から話し掛けるなど……あり得ない……確かに君は妖精と契約できるようだ。君の妖精は何処に居る?」
妖精使いは信じられない様子で首を横に振り、自分の妖精ユヤットと俺を見てから、俺の周りに妖精の姿を探す。
「俺の可愛い可愛いエクレアは、家妖精だから移動できませんよ。それに、本来妖精は戦いを好まない。人の勝手で妖精を、望まぬ戦いに使役するのは間違っている」
妖精使いとして自信があったであろう男は、俺みたいな子供から妖精のことを諭されて、ムッとした顔で俺を睨み付けた。
「フン偉そうに! 所詮移動もできない家妖精ごときとしか契約できないような者の戯言、聞く耳などないわ! 副大臣秘書、こんな子供、副大臣の役に立てるとは思えません。本当に生意気な奴だ」
そう言って妖精使いは、俺に攻撃魔法を放とうとして構えをとった。
その瞬間、ユヤットが俺の前に飛び出し、プルプルと震えながら主人の攻撃を止めた。
《 主を守ったということは、ユヤットは主が好きなんだな 》
《 はい、アコル様 》
「ほら、ユヤットも戦いを望んでいないしょう?」
勝手に自分の前に飛び出したユヤットの行動に驚いた妖精使いは、まるで毒気を抜かれたように呆然とする。
彼にはユヤットが、俺を守ったかのように見えたのだろう。「何でだユヤット」と呟いて、ショックを受けた様子を隠すことができない。
ユヤットには、主と俺の力の差が分かっていたから、弱い主の方を守ろうとしたのだが、きっとユヤットは、その真実を主に告げることはないだろう。
俺は不機嫌な顔をして、副大臣秘書とは視線さえ合わせようとせず椅子に座った。
「Dランクの冒険者だと分かっていたら、呼び出すこともなかった。もしも家妖精以外と契約することがあれば連絡しなさい」
「だから何のために? 保護の必要がないのに、まさか、俺を魔獣の討伐に使おうとしているとか? 魔法省の副大臣秘書が、この俺にそう言っていたと、ワイコリーム公爵家に相談した方がいいようだ」
俺は怒気の隠った声でそう告げて、椅子から立ち上がると勝手にドアの方に向かって歩き始める。魔法省での用件は終わったようなので、さっさと帰らせてもらおう。
「い、いや、連絡の必要はない。君は、貴族家の子息か?」
どこまでも強気の発言を繰返す俺の様子に、とうとう質問せずにはいられなかった副大臣秘書は、自分の発言を撤回し、俺の身分を確認しようとした。
俺はゆっくり振り返ると、覇王というより魔王という方が相応しいであろう微笑みを副大臣秘書に向けた。
「フフ……それを知ってどうするのです? 長生きしたくないんですか?」
俺は凍るような低い声で答え、ほんの一瞬だけ魔力を解放し、面接官の二人に向かって威圧を放った。
グフッと苦しそうに胸を押さえ、堪らずしゃがみ込んだ二人を冷たく見下ろす。
ガタガタと震えながら、怯えるような目で俺を見る二人に、脅すような視線を向けてから、俺は何も言わず部屋を出ていった。
……ちょっと威圧が強すぎたかなぁ。
「ちょっ・・・ちょっと待ってくれアコル」
副会頭は俺を追いかけるように部屋から出て、苦しそうに声を掛けてきた。
「あれ? すみません副会頭。威圧が飛びました?」
俺は慌てて副会頭の腕を支えるように抱えて、すみませんと謝った。
◇◇ マンデリン副会頭 ◇◇
「それで、魔法省との話し合いはどうなった副会頭?」
私たちより早く本店に戻っていた会頭は、執務室のドアを開けるなり、椅子から立ち上がって質問してきた。
お決まりのようにマルク人事部長とセージ部長(白磁部の部長)も待っていて、俺の顔を真剣に見詰める。
「ちょっと感情の整理をする時間をください。私自身が……アコルの行動を理解できていません。いや、あれは打ち合わせ通りだったのか……?」
ソファーに座って直ぐ、私は頭を抱えた。
結局どうなったのかを思い出そうとして、アコルの威圧を思い出し体が震える。
……ハハ、これでも私は元伯爵家の子息だ。魔力量だって少ない方じゃない。それなのにだ・・・あれを本当に演技だと思えるのか?
セージ部長がお茶を淹れてくれたので、ハーッと深く息を吐きだし、カップに口を付けた。こんなにお茶が身に染みたのは何時振りだろうか。
「結論から申し上げますと、全てアコルの筋書き通りに行きました」
「それでは、魔法省はアコルを諦めたのか?」(会頭)
「は~っ……諦めたというより、関わりたくなくなったでしょうね。あれだけ怖い思いをすれば、二度と会いたくないでしょう」
私は再び溜息を吐き、自虐的に微笑みながら答えた。
「怖い思い……ですか、副会頭?」(セージ部長)
「ああ、心胆を寒からしめるとは、ああいう時のことを指すのだろう。最後にアコルが選んだキャラは、なんと【覇王】だったんです」
「はあ? 覇王?」と皆の声が揃う。
「伝説の覇王の役を、どうやって演じたんです? そんなの魔法省の上級役人相手に無理でしょう? アコルに威厳とか王のような演技ができるとは思えません」
貴族社会のことをよく知っているセージ部長は、あり得ないだろうと首を横に振る。私だって始めはそう思っていたよ。
「いや、あれは、アコルは【覇王】そのものだったよ。
この私が恐怖で震え、魔法省の上級役人と妖精使いは、立ち上がることも出来なかったのだから。
終始上から目線で話し、最後は本当の力でねじ伏せた。
会頭、アコルは何者なんでしょう?
あの威圧は、国家認定魔法師にも放てません。どこまでが演技で、どれが本当のことだったのか、私には分からなくなりました」
そう言ってまた頭を抱えた私は、深呼吸を何度か繰り返すことで落ち着きを取り戻していった。
お茶を全部飲み干し、王宮に到着したところから、アコルの会話の全てを、私は隠すことなく話していくことにした。
「花壇の整備を仕事にする?」(マルク人事部長)
「いったい王宮に何をしに行ったんだアコルは」(セージ部長)
「今頃アコルは、見積書を書いていると思いますよ会頭」
魔法省に到着する前の場面から、アコルは皆の関心を集めてしまう。
いや本当に、アコルは見ていて面白いし、その発想や行動力に惹き付けられる。
「は~っ、そこまで品位に欠ける少年を演じたんですか?」(セージ部長)
「それ相応の待遇を自分から要求したのか?」(会頭)
「堂々とDランクの冒険者証を見せて自慢したぁ?」(マルク人事部長)
「まあ、それが上手くいって、面接者は憤慨して出ていったんですが」
呆れている三人に最初の面接の様子を話し、アコルの作戦が功を奏したと言う。
次の面接を待つ間、お茶が出ないと知ったアコルは、のんびりと自前の菓子を食べながら、お茶まで飲んでいたと告げると「信じられない」と全員が再び呆れた。
二回目の面接者とのやり取りを聞いた三人は、驚いたり絶句したり、信じられないと首を振ったりして、アコルの【覇王】振りに度肝を抜かれていた。
「ワイコリーム公爵家の名を出すとは」と、会頭はあきれている。
「本当に知り合いらしいですよ。冒険者として護衛したようですから」
「敵の妖精が、主から攻撃されそうになったアコルを守った?」セージ部長は信じられないという顔をする。
「そんなこと、可愛いもんですよ。アコルの最後の言葉に比べたらね」
「「「アコルの最後の言葉?」」」と、全員が怪訝そうに眉を寄せる。
「ええ、魔法省副大臣の秘書が、アコルに質問したんですよ。身分をね」
「「「 身分を? 」」」
身を乗り出すようにして、全員が私の話に食いついてくる。
……ああ、なんだか話していて楽しくなってきた。13歳のアコルが、魔法省の副大臣秘書と魔法師を手玉に取った話だもんな。気分が上がってきたぞ。
「そうです。あまりに尊大な口のきき方をするアコルに、完全にビビってましたね」
「それで、アコルは最後に何と言ったんだ?」
「それを知ってどうする、長生きしたくないのか……と訊いたんです会頭」
「「「 ・・・・・ 」」」
「その直後、アコルは【覇王】らしく、立っていられない程の威圧を放ちました。それはほんの一瞬でしたが、あと2秒でもあの威圧を浴びていたら、気を失うだけでは済まなかったでしょう」
全員が大きく目を見開き絶句する様を見ると、私の予想を遥かに超える衝撃だったようだ。その気持ちはよく分かる。
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