35 妖精使いのアコル(1)
更新遅くなりました。少し長くなっています。
8月1日、俺は三年振りにモンブラン商会の前に立った。
長かったような短かったような三年間、大商人を目指す俺が居るべき場所に戻れて感無量だ。
逃げるようにして旅立ったあの日、俺が居なくなった後の話を、白磁の移送の護衛をしていた時にセージさんが教えてくれた。
会頭宛に届いた魔法省からの書類を、セージさんは意図的に認定式が終了するのを待ち、【提言書】で45点以上を獲得し特別賞を受賞した者の名を発表する場で、王宮からの急ぎの書類ですと大きな声で告げ壇上の会頭に手渡した。
そして多くの商会員が見ている前で、会頭は封筒の封を切って、中の書類を取り出そうとした。
その時、魔法省の役人2人と兵士らしき者10人、そしてニヤケ顔をしたニコラシカの合わせて13人が、大会議室になだれ込んできた。
「ここに妖精と契約した子供がいると聞いた。隠すと魔法省に犯意ありとみなされる。商会長はどこだ!」
魔法省の上級役人と思われる偉そうな男が、壇上に向かいながら大声を出す。
「会頭は私だ。商会にとって重要な式典中に、断りもなく侵入するとは、まるで犯罪者でも捕らえに来たような騒ぎですが、どういうことでしょうか?」
「はあ? 魔法省から重要書類を送ったはずだが」
「ああ、もしかしてこれですか? 今受け取って開封したところです。まだ中を読んでいないので暫くお待ちください」
会頭はそう言うと、ゆっくり中から書類を取り出し読み始めた。
「なんだって! 妖精と契約できるアコルを、魔法省の役人が迎えに行くので引き渡せですと? アコルは妖精と契約していたのか? 誰か知っていたか?」
会頭はぐるりと大会議室内を見渡し、問いに応える者を探すが、誰も手を上げようとしない。
「妖精と契約?」
「それが本当なら、その者は、レイム公爵家かサナへ侯爵家の血族ということだ」
「魔法省が兵を引き連れて来るなど、無礼が過ぎるだろう!」
認定式に出席していたエリート商会員たちが、ざわざわと騒ぎ始める。
殆どの者が高学院を卒業した貴族家の出身であり、中にはレイム公爵領やサナへ侯爵領の貴族家の出身者もいた。
「いや、魔法省副大臣の書簡に逆らうことはできない。アコルをここへ連れてきなさい」
「そうだ会頭、アコルを隠せば貴方も罪に問われることになるぞ! 生意気なガキが表彰されるなど、あってはならないことだ!」
勝ち誇ったように大きな声で叫ぶのは、まだモンブラン商会の商会員であるニコラシカだった。
彼はアコルが特別賞を受賞する晴れ舞台を台無しにしたうえ、あわよくば会頭まで兵士に捕らえさせようと画策したのだった。
「おや、君は我が商会の商会員であり、寮の同室者からお金と指輪を盗んで反省させられていたニコラシカじゃないか。勝手に逃げ出して何処へ行っていた! 警備員は何をしている、直ぐに捕らえろ! また逃げ出したら警備兵に突き出せ!」
会頭は怒りを込めた表情で、会議室の後ろに控えていた警備隊長に大声で命令した。
「同室者から財布と指輪を盗み、10歳の少年アコルを犯人に仕立て上げようとした恥知らずのニコラシカ! 勝手に逃げ出した上、君を犯人だと見破った少年に腹いせをするとは、恥を知れ!」
つかつかとニコラシカに歩み寄り、大声で罵倒したのは不動産部のマンデリン部長だった。
まさかここで自分が罵倒されたり、盗みを働いたことをバラされるとは思っていなかった様子のニコラシカは、真っ赤な顔をしてプルプルと腕を震わせ、会頭とマンデリン部長を睨み付けた。
しかし、ニコラシカは辞表も出しておらず、罪を裁くのも警備兵に突き出すのも、まだ会頭に権限があったのだ。
「寮で盗みを働くとは、モンブラン商会の恥さらしだ」
「10歳の少年に腹いせ?」
再びざわざわと会議室内に波紋が広がり、表彰式に出席していたエリート商会員たちは、ニコラシカを蔑むような目で見る。
アコルを連行するよう命令されていた上級役人は、ニコラシカがヘイズ侯爵の甥であることを知っていた。だから「やめろー!俺はヘイズ侯爵の甥だぞ!」と叫びながら、商会の警備員に引き摺られていく様を茫然と見ていたが、我に返りこれは大変なことになったと慌てた。
その混乱の最中、大声で叫んだ者がいた。
「アーッ! 申し訳ありません会頭。まさかアコルが魔法省から呼び出しを受けるなんて思っていなかったので、良い香木が見つかったと知らせを受け、香木採取に向かわせました」
会頭の前に進み出て、セージさんが大声で詫びながら頭を下げた。
「なんだと! 良い香木が見付かった?」
「はい会頭、アコルは自分で書いた【提言書】で使う香木を、冒険者と共に採取しに行くことになっていました。でも・・・レイム公爵家やサナへ侯爵家の血族とは知らず、旅に出してしまいました。わ、私は不敬罪に問われるでしょうか?」
「いや、私はアコルから、高位貴族の出身だとは聞いていない。だから君が不敬罪に問われることはないだろうが・・・妖精と契約できることが本当なら、そんな稀有な才能のある者を無理矢理連行するのはどうなんだろう・・・いや、魔法省副大臣の命令なら大丈夫なのか?」
会頭はセージさんの小芝居に合わせて首を捻りながら、問うようにじろりと魔法省の上級役人を見る。
全く状況が変わってしまった役人は、不敬罪という言葉に顔色を悪くする。レイム公爵家は上司であるヘイズ侯爵家より格上で、財務大臣であり王の弟だ。レイム公爵家を怒らせるなんて恐ろしいことを、一介の役人にできるはずもなかった。
「そ、そ、それでは、アコルという少年は不在なのだな。それじゃあ、し、仕方ない。命令書がある以上、本店に戻ってき次第、必ず連絡し会頭が魔法省に連れて来る・・・いや、連絡してくれ」
完全に口から出任せだったとはいえ、レイム公爵家の名前の効力は絶大だった。
隠し子がいる貴族なんて、探せばたくさん居るのだ。盗みを働いて捕まるような男の話を信じて連行するより、うっかり公爵家の血族に無礼を働く方が、魔法省としても自分としても損失になると考えた役人は、アコルを探すこともなく王宮に帰っていった。
* * * * *
「大きくなったなアコル。子供は三年間で随分と変わるものだな」
「遅くなりました会頭。これまで守っていただきありがとうございます」
会頭の執務机の前で挨拶をして、俺は深く頭を下げ礼を言った。
この三年間で俺は身長が15センチも伸びて、年相応に見られるようになっていた。体つきも女の子のようだとは言われないくらいに鍛えてある。
「「「 お帰りアコル 」」」
会頭の執務室には、セージさんとマルク人事部長、それから副会頭に就任した元不動産部のマンデリン部長も居て、俺を暖かく迎えてくれた。
「それで、最高級の香木はどうした?」
「はいマルク人事部長、こちらです」と言って、俺はマジックバッグから、太さ50センチ、長さ3メートルの最高級の香木を取り出して床に置いた。
広い会頭の執務室だからこそ置けたのだが、突然出された丸太を見て、マルク人事部長は呆れたように「倉庫で出せ」と叱った。
「それにしても、アコルのマジックバッグは、かなりの量を収納できるのだな」
「そうなんですよマンデリン副会頭、白磁の移送中に30人の盗賊に襲われたんですが、護衛についていたアコルが、白磁だけを自分のマジックバッグに収納し、盗賊に奪われたのは研究用の割れた失敗作が入った陶器箱だけでした。
でも普通のマジックバッグは、割れ物を入れると割れてしまうので、誰もマジックバッグに陶器を隠すなんて考えもしません。
きっと盗賊も気付かなかったでしょう。
私も盗まれるよりはマシだったと諦め、アコルを責めませんでした。
ところが、盗賊が去ってアコルが白磁を荷馬車に戻したら、全く割れていないどころか、ヒビさえ入っていませんでした」
セージさんは俺のリュックを見ながら、常識外なのは知識や魔力量や妖精だけではないんですと力説する。
……なんだか褒められているような気がしないのは何故だろう?
「ああ、あの時は本当に助かったよアコル。あの時の荷は、隣国に献上される予定の物だったので、モンブラン商会の信用を失わずに済んだ」
「いいえ会頭、あの時は過分な護衛報酬を頂きました。お陰さまで下級地区に家を買うことができました。お礼を申し上げるべきは私の方です」
あの時は特別報酬として金貨10枚(100万円)も貰った。セージさん曰く、白磁が盗まれたり割れたりしていたら、金貨300枚以上の損失だったから、当然の報酬なのだそうだ。
「今後白磁を運ぶ時は、アコルを同行したいですね会頭。いや、アコルのマジックバッグを売ってもらうのはどうだろうか?」
「申し訳ありませんセージさん。私の作るマジックバッグは、使うのにかなり魔力量が必要になります。ああ、でも白磁を入れる箱2つ分くらいの大きさなら大丈夫かも・・・セージさんの魔力量はどのくらいですか?」
手のひらサイズより小さなマジックバッグだったら、俺以外の人でも使えるかもしれない。う~ん、どうなんだろうか? 作ってみなければ分からないな。
「はあ? ちょっと待てアコル、そのマジックバッグは自分で作ったのか?」
「はいマルク人事部長。ギルドマスターからも親からも絶対に人に言うなと厳命されていますが、私はモンブラン商会の一員ですから、お役に立てることがあれば頑張りたいと思います。もしもセージさんが使えて、陶器が割れないマジックバッグが出来たら、買い取って頂いてもよろしいでしょうか?」
商人として、無償とかタダというのは却って高くつくし、無責任なことになりかねない。だからここは学費のためにも有償でいくべきだろう。
「陶器が割れないマジックバッグなんて、国宝級もんだろう。値段なんか付けられないぞアコル。そもそも何故自分で作れるんだ? まさか、魔術も独学で?」
俺がマジックバッグを作れることに半信半疑の様子だった会頭は、急に眉を寄せ難しい顔をして、魔術を独学で学んだのかと訊いてきた。
持っている魔術書のことなんて言えないので、ここは誤魔化すしかない。
「そこは聞かないでください。作ってみたら出来た。それが全てです」
会頭もセージさんも副会頭もマルク人事部長も、全然納得してないような表情で俺を見るけど、どう突っ込んでいいのか分からないようで、それ以上言及してこなかった。
「私の魔力量は70くらいだと思う。高学院卒業後に調べてないけど、一応伯爵家の人間だからな」
「70なら大丈夫かな……早速作ってみます。高学院の学費が、まだ一年分しか貯まってないので、学費の足しになったら嬉しいです」
俺はにっこりと笑って、学費一年分の値段くらいでどうでしょうかと遠回しに言ってみた。
「アコル、手紙にも書いておいたが、学費は全額モンブラン商会が出す。
それは推薦者である商会の責任なんだ。
それに学費一年分なら僅か金貨15枚だ。貴族用の寮に入っても、二年間で金貨50枚程度だ。
この世に存在しない奇跡のようなマジックバッグなら、金貨100枚出してでも欲しがる商人は居る。
モンブラン商会なら金貨200枚は出すだろう。うちのメイン商品はガラスや陶器などの割れ物なんだぞ」
「分かりました会頭。それじゃぁ、もしも商品が割れないマジックバッグが完成したら、どんな手を使ってでも俺を高学院の個室の寮に入れてください。
貴族部屋には入れないでしょうが、個室なら、もしかして本当に上位貴族であるレイム公爵家やサナへ侯爵家の血族かもしれないと、魔法省の奴らに思わせることが出来るかもしれません。
本来、平民で商会推薦の者が個室に入ることはないんでしょう?
俺はこれから魔法省に対し、はったりと脅しで危機を回避するつもりですから」
「「「「 はったりと脅し? 」」」」
驚いたように声を揃えた四人は、いったい何をする気だアコル!って顔をして俺を見る。
この三年間で磨き上げた俺の演技力を、とうとう見せる時がやってきた。
どんなキャラにでもなれる。その能力こそが俺を守り、無駄な戦いを回避することになるだろう。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
急ぎの仕事が入り、執筆時間が取れませんでした。
明日から、いつも通りに更新できそうです。
応援ありがとうございます。これからも頑張ります。




