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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
一章 恋々風塵
9/85

箱根を越える

 鎌倉を大きく迂回する形で長生(ながたか)は進んだ。用心に越したことはないので、東海道へ出るのは、なるべく離れてからにしたい。相模(さがみ)、武蔵は鎌倉のおひざ元なのだ。

 だが、人里を離れて歩くことも多いため、めんどうも起きる。別にヒナギクの素性を知ってのことではない。ヒナギクが娘であるからだ。

 そんなときは、ツキが頼りになった。

(あやしいですぞ!)

 低く構えて、ウゥッ、とうなる。長生が少し止まる。

 すると、たいていは長生の腰にある長剣を見て去っていく。でも、人数にまかせて、追ってくることがある。

「ヒナ、ツキ、そこの曲がり道まで振り返るな。何もないように歩け」

 ヒナはわざとツキに笑う。ツキは理解したように、彼女の横を歩く。曲がり角には長生が先に入る。何もなければ、ヒナも来る。

 そして、長生は待つ。走って飛び込んできた者を拳で打つ。アゴを確実に打ち抜く。相手は動けなくなる。次も同様にする。

 無言で相手の帯を解き、後ろ手に縛りあげる。武器があれば、引き抜いて谷に放る。

 離れて見ていた娘と犬を目で促し、足早に去る。

 連中が目覚めたときには、長生らは遠く離れている。


 かなり歩いてから、ようやく声を出す。

「ツキ、ようやった」

 長生が声をかける。

(まかせてくだされ!)

 犬はうれしそうにはしゃぐ。

 長い沈黙に耐えかねて、ヒナギクも声を出す。

「あれは、どんな術じゃ? なぜ、あんな見事に人が止まる?」

 物騒な術であるが、なるべく深刻でない感じで長生は応じる。

「アゴの先を打つと、頭の中で脳がぐわんと揺れるのじゃ。すると、前後がわからんようになる。多くは気を失う。死ぬやつもおるが、こちらの知ったことではない」

「恐ろしいの。アゴとは、人の急所なのじゃな」

 ヒナギクは自分の細いアゴ先を手でポカポカと叩いている。

「そうじゃ。だから、くたびれてアゴの上がった武者は組打ちに弱い。気を失って、次には首を失う」

 長生の答えにヒナギクは合点がいく。

「だから、長生はいつもしっかりとアゴを引いておるのじゃな。たしかに、その方がよい男ぶりじゃわ」

 何を言うているのかわからんが、長生はヒナの頭をクシャクシャとしてやった。それで、殺伐とした空気が解けた。


 箱根の関からさして遠くないところで、長生らは高師直(こうのもろなお)にすすめられた商家を訪ねた。相模湾の水運を使って、足利屋敷と商いをしている家だった。

 相模では武家も寺社も鎌倉とのつながりが深すぎて危険だったのだ。

 客間に通された彼らは、師直からの書状などを渡し、今日は屋根の下で過ごすことになる。

 あちこち確認し、とりあえず危機はないと長生は判断した。兄妹だと思われているので、部屋も同じだ。

「お兄やん、今日はあたたかいところで眠れるな」

 うれしそうにヒナは言う。だが、呼ばれ方がくすぐったい。変な顔になる長生に気づくヒナ。ニヤニヤ笑う。

「お兄やん、寒いのイヤやから、近くで寝てや。約束やで」

 まあ、仕方ない。長生は思うことにした。


 翌日は早めから出立し、一気に箱根の関に向かった。ただし、人通りがそれなりにあり、鎌倉とつながる者が多い場所。長生は周囲の確認を怠れない。

 ここでも、高師直の差配が役に立ち、彼らは滞りなく関銭を収め、それを抜けた。何食わぬ顔で歩き、人の目がないところで山に入る。

 ある程度進んだところで、ヒナギクに声をかける。

「いつもいつも悪いが、今日はここらで夜を過ごそう」

 殊勝に歩いてくれてはいるが、ヒナギクは若き娘だった。もう少し、楽な道を行かせてやりたい。でも、ここはまだまだ用心を怠れない場所だった。

「いいのよ。長生が必死に私を守ってくれているのはわかる。それに、私にとっては、こっちの方が幸せなのよ」

 そう答えるヒナギクは、いつもよりも少ししっかりして、威厳があった。彼女が労わってくれているのだと長生はわかった。

「いつもうれしいことを言うてくれる姫じゃ。ありがたい」

 そう言って、長生はいつもの寝床をつくりはじめる。ヒナとツキは、薪を拾いに周囲を歩く。すぐにその作業は終わり、小さな火を囲む時間になる。

「干した魚をもらってきたから、今日は米と一緒に炊いてやろう」

 少しすると、とてもいい香りが鍋からしてくる。

(うまそうですなあ)

 ツキが猛烈な勢いで、それを嗅いでいた。


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