殺すな!
朝から山中を進み、ようやく、小さな道に出る。木立の間からは富士が見えていた。
だが、そこでツキが小さくうなる。長生も気づいた。右から後方にかけて気配がいくつかある。
「ヒナ、ツキ、左前に見える竹藪まで走れ。それを背に、始末する」
ヒナがうなずいたのがわかる。
「行け!」
長生が小さく言うと、娘と犬は走った。長生も追う。竹藪の手前で振り返る。
山賊の類らしい。
背の高い女が見えた。
「銭を持っておろう。そこに置け。娘も置いていけ。お前と犬は、振り返って逃げろ。それで命は助ける」
女の手には刀身に長めの柄をつけた長巻があった。後ろにも数人いるが、短刀や手斧の類だ。
「人数を見ているのだろう? 伏せているのもいるぞ。お前に勝ち目はない」
女は言う。だが、それは脅しだ。見える5人のほかに、右にひとり隠れている。いや、女の奥にもいる。計7人だ。ついでに長生は左右を見る。竹の棒がいくつか見えた。
「たかだか7人で剛毅じゃな。たいした腕はなかろう。構えが甘いぞ」
長生は言う。実際にそうなのだ。たぶん、女はそこそこ、それ以下は素人だ。
「どうする? 唐山坊?」
女が不安になったらしく振り返った。僧形の男がむっくりと身体を起こす。僧形だが、あきらかに僧ではない。どこかでかっぱらった装束だろう。手には太刀。残りのひとりは、まだ隠れている。弓ではないだろう。たぶん、礫。
「腰の大太刀ではったりをかましてきたのであろうが、ワシらには無用じゃ。殺されたくなきゃ、後ろの娘をよこせ。銭も置け」
唐山坊とやらが息巻く。ヒナギクを見る目の光が腐っていた。こいつが素人をそそのかしたのだろう。長生の中で、怒りが湧く。殺そうと思う。
すると、後ろでヒナギクが叫んだ。
「長生! 坊主以外は殺すな!」
うれしくなった。ヒナギクは人をよく見ている。
「承知!」
同時に長生は身体を低くした。左右の手に竹を握る。
左手でつかんだ長い竹をぶん投げてから、前に飛び出す。
右側から石が飛んできた。長生は右に持った短い竹でそれをまっすぐにはじき返す。投げた男にそのまま当たった。
次は先に投げておいた長い竹を握る。左前方に駆ける。旋回させて、ふたりの足を薙いだ。返す形で、さらにふたりを薙ぐ。そして突く。
長生は驚いた女を薙ぐように振りかぶる。長巻を低く構えて備える女。
「えおぉっ!」
旋回の軌道を変えて、真上からぶっ叩いた。女が地面に突っ伏す。
竹を捨てた。左手で右腰の太刀に手をかける。抜く形のまま、下から唐山坊を切り上げる。
ギャッ!
ギリギリで坊主は受けた。だが、完全に差し込んでいる。太刀をこれ以上引けない形だ。
「なぜ、素人をそそのかした?」
長生は問う。
「数がほしかった」
坊主は汚い声でほざく。
「なぜ、ワシらをねらった?」
唐山坊はねっとりとした目で、竹藪を見た。
「あの娘がほしかった」
長生は瞬間的に憤怒した。
「死ね」
坊主の呼吸が引く瞬間に合わせ、その太刀をはじく。手首を返し、切っ先を軽く振った。
唐山坊の額に切れ目が入る。血が飛んだ。
長生は礫打ちの男の方へあわてて走った。ほかは死んではいないだろうが、こいつだけは、モロに石を頭に受けた。死んでいるかもしれないし、目がつぶれたかもしれない。
頭に傷はあるが、心臓は動いていた。ヒナが走ってきて水筒を差し出す。水をかけて傷を洗った。大きな傷ではない。相手の袖を切り裂いて濡らし、患部に置いてやる。
「動くな。少しの時間じっとしていれば、明日があるかもしれん。動くと、それもない」
気づいた礫の男は、黙ってうなずいた。
「首も振るな。動くな、と言ったぞ」
そう言って、長生は立ち上がる。竹で散々に薙がれた者たちが、呆然と見ている。
「お前らも動くな。動くと、明日はない」
うなずいた。
突っ伏している女の方に向かう。仰向けにしてやり、呼吸を確認する。頭の角度を保てるように、首の下に草を丸めて置いた。
竹で薙がれた者たちの方を見る。
「お前らは、大きなケガもなかろう。坊主をどこかに埋めておけ。そいつの太刀は持って行け。少しの金にも、護身用にもなるだろう」
そう言って、長生は彼らに背を向ける。
「さあ、行こうか」
ヒナギクとツキに声をかける。
でも、そこに声がする。
「待って、待ってください。お礼を言わせてください」
背の高い女が、ヒザ立ちでこちらを見ていた。




