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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
一章 恋々風塵
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殺すな!

 朝から山中を進み、ようやく、小さな道に出る。木立の間からは富士が見えていた。

 だが、そこでツキが小さくうなる。長生(ながたか)も気づいた。右から後方にかけて気配がいくつかある。

「ヒナ、ツキ、左前に見える竹藪まで走れ。それを背に、始末する」

 ヒナがうなずいたのがわかる。

「行け!」

 長生が小さく言うと、娘と犬は走った。長生も追う。竹藪の手前で振り返る。

 山賊の類らしい。

 背の高い女が見えた。

「銭を持っておろう。そこに置け。娘も置いていけ。お前と犬は、振り返って逃げろ。それで命は助ける」

 女の手には刀身に長めの柄をつけた長巻(ながまき)があった。後ろにも数人いるが、短刀や手斧の類だ。

「人数を見ているのだろう? 伏せているのもいるぞ。お前に勝ち目はない」

 女は言う。だが、それは脅しだ。見える5人のほかに、右にひとり隠れている。いや、女の奥にもいる。計7人だ。ついでに長生は左右を見る。竹の棒がいくつか見えた。

「たかだか7人で剛毅じゃな。たいした腕はなかろう。構えが甘いぞ」

 長生は言う。実際にそうなのだ。たぶん、女はそこそこ、それ以下は素人だ。

「どうする? 唐山坊(とうざんぼう)?」

 女が不安になったらしく振り返った。僧形の男がむっくりと身体を起こす。僧形だが、あきらかに僧ではない。どこかでかっぱらった装束だろう。手には太刀。残りのひとりは、まだ隠れている。弓ではないだろう。たぶん、(つぶて)

「腰の大太刀ではったりをかましてきたのであろうが、ワシらには無用じゃ。殺されたくなきゃ、後ろの娘をよこせ。銭も置け」

 唐山坊とやらが息巻く。ヒナギクを見る目の光が腐っていた。こいつが素人をそそのかしたのだろう。長生の中で、怒りが湧く。殺そうと思う。

 すると、後ろでヒナギクが叫んだ。

「長生! 坊主以外は殺すな!」

 うれしくなった。ヒナギクは人をよく見ている。

「承知!」

 同時に長生は身体を低くした。左右の手に竹を握る。

左手でつかんだ長い竹をぶん投げてから、前に飛び出す。

 右側から石が飛んできた。長生は右に持った短い竹でそれをまっすぐにはじき返す。投げた男にそのまま当たった。

 次は先に投げておいた長い竹を握る。左前方に駆ける。旋回させて、ふたりの足を()いだ。返す形で、さらにふたりを薙ぐ。そして突く。

 長生は驚いた女を薙ぐように振りかぶる。長巻を低く構えて備える女。

「えおぉっ!」

 旋回の軌道を変えて、真上からぶっ叩いた。女が地面に突っ伏す。

 竹を捨てた。左手で右腰の太刀に手をかける。抜く形のまま、下から唐山坊を切り上げる。

 ギャッ!

 ギリギリで坊主は受けた。だが、完全に差し込んでいる。太刀をこれ以上引けない形だ。

「なぜ、素人をそそのかした?」

 長生は問う。

「数がほしかった」

 坊主は汚い声でほざく。

「なぜ、ワシらをねらった?」

 唐山坊はねっとりとした目で、竹藪を見た。

「あの娘がほしかった」

 長生は瞬間的に憤怒した。

「死ね」

 坊主の呼吸が引く瞬間に合わせ、その太刀をはじく。手首を返し、切っ先を軽く振った。

 唐山坊の額に切れ目が入る。血が飛んだ。


 長生は礫打ちの男の方へあわてて走った。ほかは死んではいないだろうが、こいつだけは、モロに石を頭に受けた。死んでいるかもしれないし、目がつぶれたかもしれない。

 頭に傷はあるが、心臓は動いていた。ヒナが走ってきて水筒を差し出す。水をかけて傷を洗った。大きな傷ではない。相手の袖を切り裂いて濡らし、患部に置いてやる。

「動くな。少しの時間じっとしていれば、明日があるかもしれん。動くと、それもない」

 気づいた礫の男は、黙ってうなずいた。

「首も振るな。動くな、と言ったぞ」

 そう言って、長生は立ち上がる。竹で散々に薙がれた者たちが、呆然と見ている。

「お前らも動くな。動くと、明日はない」

 うなずいた。

 突っ伏している女の方に向かう。仰向けにしてやり、呼吸を確認する。頭の角度を保てるように、首の下に草を丸めて置いた。

 竹で薙がれた者たちの方を見る。

「お前らは、大きなケガもなかろう。坊主をどこかに埋めておけ。そいつの太刀は持って行け。少しの金にも、護身用にもなるだろう」

 そう言って、長生は彼らに背を向ける。

「さあ、行こうか」

 ヒナギクとツキに声をかける。

 でも、そこに声がする。

「待って、待ってください。お礼を言わせてください」

 背の高い女が、ヒザ立ちでこちらを見ていた。



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