【第二章開始】芋と鳩、そして鍋
今日も月が冴えている。
天気がいいから、この日は広場でいくつかの鍋を煮た。
「力、もう煮えてるんちゃう? はよう食べようよ」
子どもらに声をかけられ、石動力はもの思いから我に返る。
「そ、そうだな。食べよう」
そう言って、鍋を囲んだ人々が手を合わす。
「命を育んでくれた空と大地と海に礼。私たちを救ってくれた方々に礼。すべてに感謝し、いただき、明日もみなのために生きましょう」
彼がそう唱えると、全員が大きな声で言う。
「いただきます!」
ものすごい勢いでみな食べる。でも、足りなくなることはない。ちゃんと備えたものがある。収穫もある。
「そばも芋もおいしいの!」
「猪肉が入ってると、格別にうまい」
「いや、葱とノビルのおかげじゃ。これは元気になるわ」
みんな、元気に食べている。豊かになったと力は思う。でも、まだ1年になっていない。
最初、関長生に教わったままに生きた。彼が残してくれた銭でそばの実を買い、手元にある道具を修理した。そばは3カ月で収穫できた。芋を掘り、育て、鳥獣を獲っては、ため込んだ。よく食べ、身体が頑健になった若い男女は、駿河湾方向へ働きに出た。戻ると、少ないながらも、何かができる銭が里にできた。
「春にもう一度、働きに出るよ。でも、その後は、ここで働きたいよ」
若い女がそう言った。石動力は考えた。
「たぶん、できると思う。何か、売れるものを見つければ」
みんなで考え、力たちが獲ってきた鳥獣の出汁で煮るそばがきを、街道近くで売ることにした。おもしろいように売れた。
「峠を越えて疲れたところじゃ。あたたかいものを食べたくなるものじゃ」
知恵を出し、それをつくった年寄りたちが、うれしそうに言った。
そんなことをしながら、寒い冬を過ごした。寿命に追いつかれた者もいた。
「こんなにあったかく、前を向き、おいしいものを食べて死ねる。ワシは幸せに生きたように思う」
そう言う年寄りを力は見送った。悲しいのだけど、うれしかった。
みなが前を向くだけで、これだけ豊かになれる。子どもと年寄りの多い里なのだ。なのに、こんなに食えてしまう。
自分は何も知らなかった。己が流離い、迷う大地が豊かであることを。それをあの背の高い男が教えてくれた。
春になって、男女2組が夫婦になった。それまで、ずっと仲がいい者たちだった。でも、その背の高い男が、ひと冬越すまでは何もかも耐えろと告げていた。それを守っての祝言だった。何も悪くない。遅くさせて悪かったとさえ、力は思う。
(関長生様、はよう、帰って来てくだされ。ヒナ様は、ツキ殿は、お元気ですか? あのはねっかえりの紫苑は、役に立ってますか?)
いつものキレイな月に、そんなことを力は言ってみる。
「力は、誰と祝言するのじゃ?」
何もわかってない子どもが、機嫌よく力に言う。
「ワシか? わ……」
言いかけて、ワシと自称するのは、何か変な気がする。
「わ、私は、残念ながら、まだそういう相手はおらんよ」
丁寧に言い直す。なんというか、この方が、石動力らしい気がしたのだ。
子どもらがニヤニヤしてる。
「ヒナ様が、好きなんやろう?」
「ちがう! 紫苑じゃ。力は紫苑と仲良かった!」
ガキのくせに下品じゃ。教育が必要であると力は思う。
「あのな、そのどちらも、大好きなのは関長生様じゃ。私が敵うわけあるまい」
そう返す。すると、子どもらも妙に納得する。
「ああ、それはムリじゃ。長生様は神じゃ。長い長い剣を構え、ビュッとしたら、悪者は死ぬんじゃ。あれは、スゴイ。なのに、おいしいもの食わせてくれるんじゃ」
「今日の鍋もおいしいんじゃ。でも、あの日の鍋には敵わん。あれは忘れない」
子どもらは辛辣だ。でも、その通りだと思う。
「そうじゃ! 石動力は、長生様には何も及ばん。長生様、帰って来てほしいか?」
子どもらはうれしそうに笑う。
「もちろんじゃ! 長生様に会いたい。剣を教えてもらうんじゃ。ヒナ様とも遊びたい」
力は大笑いする。それは自分も同じだ。
ある日、山伏が3名、里にやってきた。だが、月山の里は地図にない土地だった。警戒した石動力は剣を腰にする。当然、腰の後ろには礫を入れた袋もある。弓のできる男も潜ませている。
「ここは流民の仮住まい。御用あるわけもないはずですが」
すると、山伏のひとりが言う。
「それぞれに名のある方なのですが、それぞれに芋、鳩、と名乗っての書状がござり、このあたりかと至りました。心当たりは?」
力は笑ってしまう。
「芋と鳩が同じ何かを告げていれば、私宛でしょう」
山伏は困る。
「この変な字のような、絵のようなものが同じで……」
力は見る。それは鍋を模した絵だった。
「どうやら、私宛です。ならば、御一行はご苦労されてここに至ったはず。ゆっくりされては?」
山伏たちは安堵した。疲れていたのだ。




