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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
一章 恋々風塵
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もう一度、見つけて!

 心が昂りすぎたのか、ヒナギクとツキはすぐに寝てしまった。

 ヒナギクは夢の中をさまよう。

「ほら、おひさまがあったかいね。あなたみたいよ」

 誰だろう? 少し見上げて、それが母だったと気づく。

「お母さん、私はこんなにあったかくなれないよ」

 港町の明るい日差しを浴びながら、ヒナはそう返す。

「そうかな? お母さんはあなたを抱いて、おひさまみたいと思ったよ」

 変な話だ。自分はただの子どもだ。

「あたたかいのよ。生まれたあなたを抱きしめて、最初にそう思ったの」

 赤ん坊とは、そういうものなのか、とも思う。

「誰かをあったかくする人になるのかもね。だから、あなたの名前はそうしたのよ」

 あれ、私の名前って、なんだっけ? ヒナギクだよね。


 場面が変わる。行き倒れた私の顔を悲しそうになめる白い犬を見た。私は餓死した。

 犬が悲しみを超えて、駆ける。食えるものを何でも食い、生きた。

 そして、夜の川原。もうひとりの私が、野盗の前で死を迎えようとしていた。でも、犬がいた。月下の剣士がいた。

 犬が吠えた。剣士が血風陣を描く。

「そう! その人をあったかくするの!」

 母の声に、急いで笑ってみた。返ってきた笑顔に、感じたことのない気持ちになった。

「母なんかよりも、そっちを見上げていたくないですか?」

 うなずく。ずっと見ていたいと思う。

 荒んだ顔をした背の高い女に出会う。

「その人こそ、照らしなさい」

 母の声に従う。荒んだその人は、光に照らされ、ただ美しく輝いていく。大事な存在に変わる。

「お母さんは、あなたにそんな人あげられませんでした。でも、あなたなら、それが得られるだろうと思ってました。できたんですね」

 母の問いに、うなずく。

 母が笑ってくれた。

「よかった、感じたままの名をあなたにあげて。陽子」

 母の笑顔を前に思い出す。そうだった。私の名は陽子。それが本当の名だった。

 

 ヒナギクは目覚めた。あたりを見ると、自分と犬を中心に長生(ながたか)紫苑(しおん)が寝ている。

(紫苑姉、そういう抜け駆けはせんのな。武人の正直さやな)

 少し笑う。空を見上げると、まだ、朝は遠い時間のようだった。

 犬の向こうにいた長生の方に近づく。顔をツンツンと指でつついてみる。

 急に長生の目が開き、起き上がり、さらに剣を抜く形にまでなる。

 ヒナギクは驚いて、少し逃げる。

「なんじゃ、ヒナか。お前、大丈夫か?」

 剣を少し抜くところまでいき、長生が目覚めた。さすが剣士と思いながらも、こんな緊張を強いているのだと思い、悲しくなる。

「長生、ヒナのお願い。少しだけ、話をしたい」

 だんだんと覚醒した長生が、いつもの感じに戻る。

「うん。俺もそうしたかった」

 長生が答えてくれる。あいかわらず、やさしいの。


 少しの酒と水、燻した肉を持って、長生が歩いてくる。紫苑とツキが声で起きてしまわないように距離をとる。

「ねえ、長生はツキと話したことある?」

 長生はゆっくり座って、木椀に水を注ぐ。燻した肉を渡してくる。

「まず、水を飲んでから、ゆっくりと少しずつお食べ。喉を通して、お腹の中が、食べたなあ、と動いてから、少しだけお酒を飲みなさい。その間、ワシは空を見て待ってるよ。この時間が好きなんじゃ」

 そう言ってくれる。言われた通り、ゆっくりとそうする。長生は星空を見ている。いつもながら、キレイな顔。

「ツキとはよく話すよ。はじめて会ったときから、声が聞こえることに気づいていた。今日、ヒナと話している声も、全部、聞こえた」

 長生はゆっくりと話す。

「ごめんね。急に泣いちゃって」

 長生は黙って首を横に振る。

「紫苑も聞いてた。あの子の方が、ツキの声をよく聞いてる。だから、全部わかってるよ」

 ヒナは少しお酒を口にする。胸の中にあたたかい感覚が灯る。

「ツキ、悲しかったんだよ」

 ポツンとヒナは言う。

「ん、武蔵(むさし)のことやったらしい。ワシが見つけてあげたらな……。足らんな、ワシ」

 下を向く長生。そうではない。ヒナは思う。

「長生、そこまでは、変えられないよ。あなたの立派な力があっても、届かないことはあるの」

 すると、長生はヒナの方をすごい形相で見た。

「届かないのが腹立つ。 あの子、どんなに悲しかったやろう? どんなにさみしかったやろう? どんだけ、寒かったやろう? この世の中を、どんだけ……」

 ヒナギクは大切な人が壊れてしまいそうに見えた。瞬間的に飛びつく。小さな身体で、せいいっぱい、大きな男を抱きしめようとした。

「恨んでない! ツキがちゃんとあったかくした! 照らした! 小さな力かもしれないけど、やってくれた! そして、あなたは私や紫苑を救った!」

 涙で崩れた長生の顔を見る。気づいた。

 この人はダメだ。武人のくせに、感受性が強い。だから、弱くなる。紫苑がいないと死ぬ。私がいないと壊れる。

「大丈夫! あなたはできることを全部やってる! あなたのおかげで、私はちゃんと立てたよ。紫苑姉は輝きを得たよ。ツキは、しっかり食べてるよ!」

 そうだった。ツキは食えと言われたんだ。ちゃんと食ってる。長生はそこに救われる。

「大好きよ。だから、変な闇に落ちないでいいよ。ちゃんと、私がいてあげる。照らしてあげるよ。あったかくしてあげるよ」

 抱かれたままの長生が、ただうなずいた。

 かわいいなあ、この人。ヒナギクは、そんな気持ちになる。だから、私はこの人に出会ったんだと思う。

「長生、最後の秘密を教えてあげるね。私の本当の名は、陽子。あなたを照らすためだけに生まれてきました。でも、これからもヒナギクと呼んでください」

 もう一度、強く抱きしめる。

 長生は涙を流しながら、驚いていた。

 

 翌朝、ヒナギクが紫苑にだけ声をかける。

「紫苑姉、そろそろ丹波(たんば)に入ろう。ただし、できるだけ京に近づきたくない。少し北に向かう」

 紫苑が心配そうに聞く。

「ヒナ、それでいいの?」

 相変わらず、腹が立つほどに姉は美しい。

「紫苑姉、兄を頼む。すぐに死にたがるあのバカを守ってほしい。あなたがいないと、死ぬよ」

 ヒナギクの調子が昨日とは違うことに気づく紫苑。ちゃんと目を見つめる。

「あの人はね、死へと転がり続ける空の荷車。急にヒナギクとツキが乗ったから、少し遅くなっただけ。紫苑姉も飛び乗ってくれて、ようやく、今は止まってる」

 たとえのわかりやすさに、紫苑がうなずく。

「私はあの人と生きると決めた。あなたもそう決めてほしい」

 何の迷いもないヒナの瞳に、紫苑は圧される。無言で肯定する。

「私とツキとあなたでも止まらないほど、あのバカは死に急ぎます。なのに、私とツキは、このかけがえない家族から離脱しなければなりません。紫苑姉だけが頼りです。私の大切な家族を、私の君を守ってください。お願いです」

 迷いはないのに、ヒナギクは泣いた。紫苑には気持ちがわかる。唯一無二のかけがえなき人と、これから別離するのだ。

 その人は乱世が来る中に、戦士だった。

 紫苑は自分のすべてを変えたこの大切な日常を失うことを理解した。許せることではない。取り戻さなければならない。

「守りますよ。あのバカをなるべく早く、戦から離すように努めます。私が死んでも、それだけは……」

 言おうとした瞬間に、ヒナギクが突進してきた。紫苑を張り倒した。

「お前も死ぬなあ!」

 痛烈だった。軽く恐怖してヒナを見た。

「紫苑姉が死んだら、長生は死ぬぞ。私はどうなる? サクラは? ツキと一緒にさまよい続け、また朽ち果てるぞ!」

 それだけはダメだと紫苑は思う。ツキが変えたかった何かを、壊してしまう。ただ、首を振る。

「ね、助けて、紫苑姉。私とあなたの最初の家族を守り、再開させることだけを考えて。お願い、あなたしか、できない」

 紫苑は自分の役割を理解した。強くうなずいた。


 足利所領である郷が見えてきた。ヒナギクは歩きながら声をかける。

「私とツキは丹波であなたたちを待つ。状況が変われば、京でも出会える。ダメなら、尾張か、三河、鎌倉でも待つ。それでもダメなら、月山の里をめざす。ええな!」

 長生が手を上げてうなずく。紫苑は先に聞いていたので、ただ微笑む。

 歩きながら、ヒナは少し下を向いて考える。何か意を決した。振り返る。

「出会ったときは、あなたのことを信じられませんでした」

 言われた長生が驚く。

「でもね、あなたがやさしいんだって、すぐに気づいた。ツキと一緒に私を救ってくれた夜、私に笑ってくれましたよね」

 長生は何も言えない。その隙を突いて、ヒナはその手を握った。

 いや、そのまま、口づけをした。

「あの瞬間、あなたが大好きになりました。ずっとずっと待ってます! もう一度、私を見つけてください!」


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