表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
一章 恋々風塵
34/85

お前が死ぬなあ!

 播磨(はりま)の灘で陸に上がる。楠木党の護衛がつき、少し山に入ったところで宿所を与えられる。これまでのような自由はない。

「近い未来を思い悩むのはやめた。じゃが、遠い未来もわからん」

 夜、宿所でヒナギクが言い出す。長生(ながたか)はポカンとした。

「なんか、めんどうでもあったか?」

 よくわかっていない言葉を吐く。

「何もない! でも、生き残れば、長生は私を娶ってくれるのじゃろ? じゃあ、そのとき、紫苑姉(しおんねえ)はどうなるんじゃ? こんな大事な人を、私は悲しませたくない!」

 紫苑は少し驚いた顔。でも、自分たちの未来を、少しだけ知りたい時間だった。

 長生は少し天を見る。次に笑った。

「そこまで、ワシは生きていないと思う。お前らが生きていてくれたら……」

 長生が言った瞬間に、紫苑は足で飛んでいた。長生の目の前に来る。いきなり、頬を張り飛ばした。

「お前が死ぬなあ!」

 張り倒された長生が驚く。紫苑の速さが想定外だった。さらに、怒り、涙するふたりがもっと想定外だった。

「お前は、ヒナと紫苑の兄じゃ。貴く生まれたヒナギクも、下賤に生まれた紫苑も、お前がいるから生きていきたくなったのじゃ! その私らから、大事な人を奪うな!」

 紫苑はまなじりを決して叫ぶ。整った容貌に涙が輝いていた。とんでもなく美しい娘なのだと、長生は気づいた。

 不思議な笑いが無意識に出る。ヒナと生きようと決めた瞬間と同じだった。

「うん、死なない。死なないために生きる努力を続けるよ」

 長生が言うと、ヒナと紫苑が少しやわらぐ。

「絶対に死ぬな。お前が死んだら、妹ふたりも滅ぶと思え」

 ヒナギクは手厳しいが、顔は懇願していた。

「なんか、わかった。ワシがお前らに必要なんやと、少し理解した。お前らのために死んだらアカンのじゃ。お前らのために生きるしかないんじゃな?」

 紫苑はまっすぐに長生を見る。両手でほほを包んでくれる。そして、そのまま言う。

「あなたより先に死にたい。あなたがいない世界は、もういらない。あなたを見てるだけの人生、それが紫苑のよくばりな思いです」

 なんてキレイな人に、自分は好かれてしまったんだろうと長生は思う。

 くやしいけど、今日の紫苑姉にはかなわない。ヒナギクは悲しくなって、長生の手を必死に握る。長生はその手をしっかり握ろうとした。

 ふたりのために死のうと思っていた自分がバカに思えてきた。

「ごめん。関長生(せきのながたか)は長く生きたいと思う。お前らを泣かす人間で終わりたくない。お前らを笑わせて、死にたい」

 紫苑がはじけるように笑って、長生を見る。

「うん。これまでみたいにたくさん、笑わせて。いっぱい厳しいことを言って! いっぱいやさしくして! いっぱい、甘えさせて!」

 紫苑は涙を流していた。なのに、笑う。美しすぎて、長生は抗せなかった。黙って、ただただ、うなずいた。

 やっぱり、今日の紫苑姉にはかなわない。いや、長生が愛する人は紫苑だとヒナギクは感じた。長生がフラフラしているのでなく、紫苑が立派すぎた。でも、負けたくない。ヒナギクは思って、長生の手をただ握った。


 山がちな地をさらに進むが、途中からは川を横に見ながら歩く道になる。田畑が広がる場所に出ると、山を背にした位置に大きな館が見える。

「めざす場所であろうな」

 ヒナが言うと、長生がうなずく。館というよりも、城に見える。後方に背負う山、前面には川、そういう地形なのだ。

 門前で警護の者に低く言う。

楠木正成(くすのきまさしげ)殿からの書状をお持ちしています。ほかにもありますが、ここでは……」

 長生の緊張感に警護する者が驚く。俊敏に館に走った。少し待つだけで、長生らは中に通される。客間に入れられ、待つ形になる。

「ヒナもここははじめてだな?」

 言われてヒナギクはうなずく。

 長生はそれを聞いて、先に正成の書状を取次ぎに渡すことにした。実は正成とここの当主は兄妹が婚姻している血縁だった。

 正成がうまく説明してくれているだろう。

 夕刻になると、館がざわつく。当主か、それに関係する人が戻ったのだ。少しして、取り次ぐ者が言う。

(しゅう)が小宴を催したいと申しております。2刻後にでも、お呼びに参ります」

 長生はうなずく。ヒナと紫苑も状況はわかった。


 3人が広間に通され、犬は庭先にいた。

「おおっ! とうとう、こんな田舎にまで天の声が届くようになったか!」

 部下にそう言いながら、武者とも僧ともわからぬ坊主男が廊下を歩いてきた。長生は一瞬見て感じる。とにかく、全身の覇気が強い。実際に強いか弱いかはわからない。だが、気で差し込んでくるだろう。

 黙って頭を下げる。それに紫苑も続く。だが、ヒナギクはしない。ヒナの後ろに長生、その横の少し後ろに紫苑、庭にツキという陣形。

 男はヒナを見た。長生は後ろから妹の心を支える。負けるな、と頭を下げたまま、気を放つ。ヒナの背がピッと立つ。

「ヒナギク君、とお呼びすればよろしいか?」

 坊主がヒナをまっすぐ見る。目を逸らさない。長生は強烈な覇気を感じる。だから、ヒナの背に気を放つ。

 ヒナが少し息を吐く。そして、笑った。

赤松則村(あかまつのりむら)、はじめてになってすまん。播磨にこれほどの剛がおるとは知らされていなかった」

 ヒナギクは胸を張る。僧形の男が少し驚いた。そして、長生と紫苑、庭の犬までしっかり見る。

「ヒナギク君、おそろしい方ですな。問答次第で私を斬りに来ましたか?」

 坊主は物騒なことを言う。だが、ここでヒナは笑ってはいけない。まだ、早い。そう長生は感じる。坊主にわかるように少しだけ首を上にする。床の先に坊主の足が見えた。

 刈り取る! そんな気を放った。

 あきらかに坊主がゾッとした。その瞬間をヒナは見逃さない。

「斬るほどか、そこまででないか、心を込めて語りたいか、丹波(たんば)に向かうついでに、それを見に来ただけじゃ」

 堂々と言い切る。

 坊主は頭を下げた。

「ヒナギク君、この赤松則村を見定めてくだされ。できれば、斬ることなく、お話を頂ければ、末代までの誇りです」

 ヒナギクはようやく笑顔をつくった。だが、則村は長生を見る。

関長生(せきのながたか)、顔を上げよ。お前、容赦ない武勇やの。若いもんなら、縮み上がるわ」

 長生もようやく顔を上げる。赤松則村の顔をしっかり見る。

「誰よりも、手ごわいと感じたもので……」

 そう笑う。

 則村はその顔も言も気に入った。

「飲むぞ、長生。ヒナ様にお許しをもらえ!」

 ヒナはにんまりと笑って返した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ