8話 復活
「死人の案内」
ルリナが魔法を使った後、俺の視界は目を閉じていたにも関わらず白い霞のようなものが広がった感覚があった。どうも分からない。これが昇天というやつなのか、なんだかとても心地が良かった。
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ルリナは前から倒れたカナタを仰向けの状態になるように動かす。ルリナが使った魔法は幽霊を成仏させるようなもので、時間は少しかかるが命を蝋燭の火だとすればそこに優しく息を吹きかけて消すようになにも苦痛なく殺すことが出来る。
今回ルリナが使ったのは浄化魔法というやつだ。
光属性の魔法で主に幽霊系の魔獣に使われる。物理が効きにくい幽霊系には有効打を与える。しかしそれ以外ではあまり効果を発揮しない魔法でもある。だがこの魔法も上位のものとなればその威力は凄まじく高い。
そしてルリナが使った魔法は浄化魔法の一種だ。それも彼女が研究しているものから生まれたオリジナルの浄化魔法でもある。
「にしてもその日取引した相手をその日に殺すことになるなんて思わなかったな…」
魔女との取引は簡単なものでも早くて二日、三日はかかる。それは単純に魔女が何を報酬として見返りを求めるのかが分からないからだ。魔女によっては希少な魔物の素材から酒を奢るほどで引き受けてくれたりもする。だが今回のように報酬を用意出来ない連中もいる。そいつらのほとんどは逃げるか期限を延ばしてくれと懇願する。間違っても彼のように潔く命を差し出すような真似はしない。
だからカナタが何かしらの問題を抱えた貴族という線も消えた。貴族が自らの意思で自殺を希望するなんてそれこそない。
「じゃあ最近この国で召喚されたっていう勇者かしら?でもそもそもああもあっさりと命を投げ出す奴自体いないのよね…」
生きるものは等しくその命を大事に生きていくものだ。それは召喚された勇者も同じだろう。それに噂では勇者はとんでもなく強いらしく、この国兵士など相手にもならない。なら仮にカナタが勇者だとしたら兵士から逃げる必要はないはずた。
なら考えられるのはカナタはあそこで人生を終えることに何も後悔がない、むしろ生きることが苦しいと思うほど辛いことがあったのだろう。
ルリナは死体となったカナタを観察する。あまり見ない黒髪に彼の瞳は黒色だったのを覚えている。
少なくともこの国の生まれではないことは分かった。
「いや、詮索するのはもうやめね」
死んだ人間の事情を探ろうとするのはあまり良いことではない。
それまで考えていたことを振り散らすように軽く頭を横に振る。そして膝を折り正座をする。
そしてカナタの死体から臓物を剥ぎ取ろうしたその時、殺したはずの男は閉じていた瞼が上がっていた。
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風の吹く音が聞こえ、草の上で寝そべっているのが分かる。ぐっすりと寝たのか、とても頭はすっきりとしていた。二度寝の必要もない程快調だ。
そして快い気分で瞼を上げる。
辺りは木々が少し生い茂った林の中、そして直ぐ横には銀色の髪を持つあどけなさが残る少女が瞳孔を開いて驚愕の表情をしていた。
「な、なんで?」
後ろへ仰け反りながら信じられないという目をしていた。
「あ、あなた…死んだじゃない。あたしが殺したはず…」
本当に何をわなわなと震えているのか俺は考えた。
俺は確か報酬として自分の命を差し出した。そしてルリナに魔法で殺してもらったことを思い出した。
「失敗したのか?」
「そんなこと、あるわけないじゃない」
ルリナはそう言うが信じられないという顔をしているため、「本当に?」と聞きたいところだがそう言うとなんかまずそうなので口を結ぶ。
失敗とかではない、となると考えられるのはひとつしかなかった。
俺に残されたたったひとつのスキル "不死者"
これが俺を死から蘇らせたに違いない。
「多分、俺のスキルだと思う」
「生き返るスキルなんて聞いたことがないわよ!」
驚愕から憤慨に変わったルリナは言葉を続けた。
「そもそもスキルは一部の者に与えられるものよ。あんたみたいな人畜無害そうな奴が持てるようなものではないの!」
「え、そうなの?」
「そうよ!あんた本当に常識がなさすぎるんじゃない?」
ルリナは心底呆れた様子で頭を手で押さえてため息を吐いた。
「本当にあなたって何者なのよ?」
別に隠すようなことでもないから説明してもいいだろう。ただ勇者として召喚されたのにステータスが低くて訓練用のサンドバッグになってました、という情けない話というだけだ。
それに命の恩人でもあるのだしな。まあその命恩人に殺された身ではあるが…
「俺はあの国で勇者として召喚された勇者だ。ちょっと向こうで揉めて国を追われていたところをお前に取引という形で助けて貰ったって感じだ」
「は?」
ルリナはまた驚いたというか、何言ってんの?みたいな感じで訝しそうな顔をしていた。
「あんたみたいな奴が勇者って…、勇者はそこそこの人数がみんなスキルや加護が与えられていて鍛えれば一騎当千と謳われるほどの強者よ。あの国では確かに勇者が召喚された話はあるし、その時期から考えて訓練を受けていないはずがない。あんたが兵士に追われていたとしても何人から蹴散らすことが出来るでしょ」
すいません、鍛えてもまだ腕っぷしの農夫ぐらいの力しかないんです。
兵士なんて傷をつけるのが精一杯です。
この後、俺はルリナから子供を叱る母のように呆れられながら常識というものを教えてもらった。