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14、ガトーショコラとツンデレ美人

「ニーニャさん、お待たせっ」

 昨日、新作スイーツの試作品があるんだけど、明日お仕事終わった後に時間ある? とお誘いしていたのに少し遅くなってしまった。

 お隣のcafeだんでらいおんに急いで顔を出すと、ニーニャさんはカウンターの隅で雑誌を眺めていた。

 今日もタイトなミニスカートで、そこからのぞく組んだ生足に悩殺されそうです。


 水かけ祭りが終わってしばらくすると季節は秋に向かう。

 4時前になると少しだけ過ごしやすくなるので、cafeだんでらいおんのカフェテラス代わりのバルコニーに出る事にした。

 2セットある小さなガーデンセットの、奥の方の丸テーブルに座るとニーニャさんが「今日はワタシのおごりで」とコーヒーを出してくれた。


 これまではお互い自己負担で千秋さんに淹れてもらってたのに!


 これがデレってやつ!?

 くぁ! こりゃたまりませんな!

 内心悶えまくっていたのが顔に出てたんだと思う。


「いっつも食べさせてもらってるからヨ」


 ちょっと恥ずかし気にプイって━━イッツ・パーフェクト!

 ありがとう!

 何かにお礼を言いたい気分だよ。


 そんなニーニャさんに試行錯誤を繰り返し、ついに完成させたガトーショコラを献上する。

 こちらの世界にはガトーショコラのレシピがなくて、昔バレンタインで何回か作ったのを思い出しながら何度も試作を重ねてたどり着いたガトーショコラ。

 お菓子作りなんてバレンタインくらいしかしなかったから、似たようなお菓子を参考に分量の調整から始めるという気の遠くなるような作業の繰り返しを経て、やっとたどり着いた涙の結晶。


「うわ! こんなの食べた事ないんだケド! 外はサクっと固めなのに中はしっとりって言うノ? でも重たいワケじゃないし、なにコレ! すごい美味しい!」


「ホント? やった!」

 ツンデレ美人ネコさんにそう言っていただけると、本当にこちらも感無量であります。


「ただね~」

 ちょっと問題がありまして。


「一晩置いた方がしっとりして美味しいんだけど、うちの冷蔵庫、もうそんなにスペース無いんだよ。だからちょっとしか作れなくて、そうなると並んだり、来てもらってもがっかりさせちゃうな、と思って店に出すかどうか迷ってるんだよね」

「一晩置いてからお食べくださいって書いとけバ?」

「うん、その手もあるんだけど……」

「ま、みんなその日のうちに食べちゃうだろうけどネ」

 だよね。

 皆さん、割とこらえ性ないもんね。

 本能の赴くがまま、なところあるもんね。


「まあその日のうちに食べてもいいんだけどねー」

 やっぱガトーショコラは二日目からが真骨頂だと思うのよ!

 あの食感と、それが作りだす至福のハーモニーを楽しんでもらいたいのよ!


 力説していたら膝下に何かが触れる気配がした。

 見れば完全に猫のお姿のサブローさん。

「よお、しっぽ無しちゃん」

 立ち仕事ですっかり固くなった私のふくらはぎに、首筋をスリスリしてくれた。

 ちょっとテンションが上がっていた私をなだめるかのように、喉をゴロゴロ鳴らせてくれる。

 上半身を上げて私の膝をチョイチョイとタッチされたので、少し椅子を引くと太ももにひょいっと身軽に乗ってくれた。


「サブ。アンタ、邪魔」

 手を抱きこむようにして丸まるサブローさんを、ニーニャさんは眉間に皺を寄せて見下ろす。

 猫の額とは言うけど、そういえばニーニャさんの額、ちょっと狭いかな?

 てか、そんな軽蔑に近い顔で言わなくても。


 ちなみにサブローさんは三毛猫で、男性です。


 この事実を知った時、我が日下部家は拝みかけた。

「三毛猫のオスと言えば突然変異の超希少種! その価値、一説によるとウン千万!」

 三毛猫のオスなんて言い方、失礼だけどもつい「憧れの大スター」に出会えた感じで盛り上がってしまった。

 ただし、こちらではヒトの血が混じっているせいかそんなに珍しくないとか。

 まあ三毛猫の雄は繁殖能力がないとか、短命だとか言われてるから、それに当てはまらないと知って安心したんだけど。

 あ、ちなみに同じ理由で役所のハムスターさんもちゃーんとご存命ですのでご安心を。


「ん~、じゃあさ、アンタんちは当日売っちゃって、(だんでらいおん)に寝かしたのがあります、って書いといたラ? ちーちゃんちの冷蔵庫、ちょっと余裕あると思うんだよネ。前日から入れとけばいいじゃん。まぁ、ちーちゃんに聞いてみないと、だケド」

 ニーニャさんは冷たい目で睨み付けるようにサブローさんを見ながら言う。


「そっか、それならガトーショコラの美味しさを知ってくれた人は一晩待ってくれるかも!」

 そしてクチコミで「一晩待って食べると絶品」と知れ渡ったら……って。

「って言うか、それだったらだんでらいおんで作って出してもいいのか。 生地触らずに作れるし」

「アンタそれでいいノ?」

「しっぽ無しちゃんは欲がねぇな」

 ニーニャさんは心底呆れ顔で言って、膝の上でゴロゴロ言っていたサブローさんも笑った。

「いや、まぁ千秋さんの負担になるようならうちで作ったんでいいんだけど……」

 手作りパンを出したかったって以前千秋さんも言ってたし。


「まあ、千秋さんにも食べてもらってからだよね」

 さっきニーニャさんを誘いに来た時に千秋さんにも献上して試食をお願いした。

 サブローさんを撫でながら、何の気なしに千秋さんに目を向けると。

「サブ、アンタ、いい加減にしないと奥さんに言いつけるわヨ」

 ニーニャさんの凍てつくような声色が耳に入って固まる。


 サブローさんが妻子持ちなのは知ってますが。

 ……もしかしなくても、これって非常にまずい事態でしょうか。


 慌てかけたその時、カランと温かい音を響かせてcafeだんでらいおんのドアが開いた。


「お疲れ様、これサービス。皆にはナイショね」

 そう言って新しいコーヒーを持って来てくれる千秋さん。

 わーい、わーいって。

 空いたカップに継ぎ足してくれたんでいいのに、洗い物増やしちゃって申し訳ない。


「来てたのか、サブ。入れよ。先生いらしてるぞ」 

 そう言ってサブローさんの首の後ろをつまみ上げる千秋さん。

「ツッチー、いっつもいるだろうが」

 サブローさんは不満そうに言って咄嗟に私の服に爪を立てかけたけど、その後頭部を「爪立てんな」と言いながら千秋さんがしばく。

 サブローさんがいなくなって急に太ももが寒くなったけど、ちょっとほっとした。


 普段温厚で朗らかな千秋さんがだけど、お客さんであるはずのサブローさんに対しておそろしく雑な扱い。

 そう言えばニーニャさんも、オジロワシ警官のワシザキさんもサブローさんも同級生とか言ってたっけ。

 そしてツチノコおじいちゃんのツチダさんは、千秋さん達の小学校の時の社会の先生だったそうで。


 同級生かぁ。

 いたなぁ。

 ああ。

 遠い目をするしかないや。


 首の後ろを掴まれたまま、ぶらーんと連行されるサブローさん。

 ニャンコさんって首の後ろを掴まれると安心するというけど、実はアレにはテクが必要だったりする。

 単に掴めばいいという単純なものではない。

 掴み方は元より掴む人の気持ちや人間性、掴む場所や掴む肉の量、使う指によって上手い下手に分かれて、下手くそだとニャンコさんはおとなしくなる事はない。


 千秋さん、本当にゴッドハンドですか。


 サブローさんを手に下げたまま千秋さんが店内に入って行くのを確認した後、ニーニャさんに顔を寄せてこそっと尋ねる。

「まずかったかな、やっぱああいうのって浮気とかになるよね?」

 妻子持ちのお方を膝に乗せて昼間っからゴロゴロ言わせるとか、風が悪い似も程がある。


「大丈夫デショ。お客さんにそんな気は無いってのはみんな分かってるカラ。サブが性質タチが悪いって見てるヨ」


 それはそれでサブローさんに申し訳ないんだけど。


「大昔は一夫多妻って文化もあったらしいんだけどネ、血で血を洗う大乱闘になるから大昔に法律で禁止されたんだってサ」


……「平和にのほほんアニマルランド」だと思ってたのに、やはり大自然は弱肉強食・腕っぷしが強いのが正義だったのか。


「まぁ、そんな先祖返りとか全く関係なく浮気する奴もいるんだけどネ」

 ニーニャさんは少しだけ遠くを見つめるように付け足した。


 そう言われてみたら、動物って結構な割合で一夫多妻とかハレム作るんだっけ。

 クジャクさんとか、アシカやオットセイとか、お猿さんもそうだよね。

 あとは代表的なところで……ライオンさん、か。


 何かものすごく行きあたっては行けない所に行きあたった気がして動揺しかけたそこへ、クルクルという軽やかな声とともにバルコニーの手すりに降り立ったのは郵便配達員のクルッポー・ツナワタリさん。


 あまりにインパクトのあるお名前に、いつもフルネームで呼んでしまう。

 一抱えほどあろうかという鳩にしてはかなり大きめサイズで、郵便局員の証の赤いタイがチャームポイントになっている。


「ニーニャ、千秋くんに手紙来てるんだけど渡しといてくれる?」

「うん、いただくね。ゴクローサマ」

 小さな赤い斜め掛け鞄から出した手紙を快く預かったニーニャさん。

 このお店のアルバイトだもんね。

 見るとは無し、といった様子で預かった手紙を見たニーニャさんはぎょっとしたようにそれを二度見した。

 そして。


「ねぇ、これってちーちゃんに作れるならワタシにも作れたりスル? 今10時3時だから時間に余裕あるのヨネ」

 手紙を伏せ、弾むよう言って空になったお皿を見下ろしたニーニャさんはもう、いつも通りのニーニャさんだったけど、少しだけ何かを振り払うように見えた気がしたのは気のせいだったのかな。


 ニーニャさんの艶々したシルバーグレイの毛が、手紙を見た瞬間あからさまに逆立った。

 それが徐々に落ち着いて行くのを見て、なんとなく安心しながらふと思う。


 そう言えば、どうしてニーニャさんは都会勤めを辞めて帰ってきたんだろう。

 誰もが知ってるような大手商社でOLさんしてたって、スーパーのオウムのおばさんが言ってたけど。 



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