愛心
七章登場人物
式彩 紡…物語の主人公、青いカラーで左腕を狛犬の爪に変える。各地で狂気感染の駆除に取り組む。
紅 里…紡の親友で、赤いカラーで右腕を山鳥の羽に変える。神経質で言葉が汚い。
銀杏 花…紡の仲間で、黄色のカラーで左足を銀杏の木に変える。明るい性格でよく笑う。
マツボ…紡の仲間で自称紡の相棒。朽葉色のカラーで巨大なクマになる関西弁の小熊。能天気なマスコットキャラクター。
果重 彩菜…紡の同い年の師匠で才色兼備の天才。二年以上前から意識不明の植物状態。
芥子乃 在…黄の国出身の少女で擬態解除の珍しいカラーを持つ。里に師事している。
朝顔 結愛…七晦冥の首領であり白の国の王様。体に流れる悪魔の遺伝子に従い破壊の限りを尽くす。
おはなし7-1(97)
一面に薄緑の三つ葉のクローバーが広がっている。葉は白い小さな綺麗な花をつけている。所々、やや背の高い蒲公英の花が黄色を添えている。小さく可愛い虫たちに宙を舞う蝶々。ほの暖かい心地良い空気に空は済んだ淡い天然群青。
近くに小川が流れていて、綺麗に澄んだ透明な水の中にはメダカやアユなど何匹かの淡水魚が泳いでいる。小川の流れる音が涼し気なBGMになっている。
花畑をきゃっきゃと二人の子供が駆けている。蝶々が暖かい風と共に飛んできて黄色い花にとまる。白い蝶はしばらくとまってまたパタパタと飛んでいく。蝶の後ろにはピントのぼけた二人のシルエットが。
女の子は白色の袖の短い洋服を着ている。綺麗な服の女の子とは対照に、男の子は端の擦り切れた薄汚れた灰褐色の衣服を羽織っている。
男の子は女の子の手をとり、女の子はくるりくるりと花畑の上を踊っていく。笑う女の子の姿を見て男の子も楽しそうに笑う。ひとしきり二人は花畑と戯れ、どさりと花と葉のクッションの上に寝そべる。二人は寝そべったままお互いの顔を見つめ合い幸せな笑みを浮かべて手と手を結ぶ。
「アプス、あなたがどんなに苦しい時でも、私はあなたの味方よ。」
女の子は少し眉を寄せて笑顔でそう言う。男の子は目を細めて女の子を見つめる。
「じゃあ…。」
優し気に口を開く。
「僕は、何があっても、君を愛してる。」
荘厳な石造りの間には、松明と蝋で火が灯されており、中央一番奥にはこれもまた立派な彫刻の施された石の玉座が置かれている。玉座にはクセのかかった茶髪に白と金地の着物を羽織った若い男が座っている。間にはいくつもの石柱が立ちならんでおり、柱の陰には君主を守らんとする黒い人影がいくつもひかえている。玉座の脇から家来の一人が現れ、王に言伝を伝える。
「王様、ソラス姫が参られています。」
君主はピクリと眉を動かす。
「…通せ。」
家来は御意に、と頭を下げて闇に消えていく。その少し後、玉座正面の門が重々しく開き、薄水色の着物を召した美しい姫が現れる。姫は足早に玉座の前へと歩みより、険しい剣幕で語りかける。
「アプス、お願い。今度こそ私の言うことを聞いて、みんなと和解して!でないと、今度の戦争で、今まで以上に多くの血が流れるわ!」
激しい口調のソラスとは反対に、アプスは落ち着いて返す。
「ならばこそ、次こそ忌々しい戦士共を皆殺しにできる。好都合ではないか。」
ソラスは言葉に詰まり、唇をかむ。
「ふざけないで。自分の欲のために、どれだけ人を殺せば気が済むの!」
軽蔑の眼差しを向ける女。王はまた冷たく返す。
「欲ではない、これは使命だ。混沌とした薄汚い現世に秩序をもたらすためのな。」
世界は国を一つにまとめようとする独裁者アプスと、それぞれの国の均衡を保とうとする連合軍とで二分されていた。連合軍は十二の国の長が主となり率いてい、それは十二人の戦士と呼ばれた。ソラス姫は十二人の戦士の内の一人。国々の均衡を保たんとする平和を望む者の一人だ。
「もう、次は無いの…私達はあなたを殺すわ。」
アプスはニヤリと笑う。
「殺す?どうやって。俺の体はどんなにバラバラにしようが死にはしない。今まで嫌という程試したはずだろう。」
「それでも殺すわ。」
意志のこもった声に目をそらすアプス。
「どのみち奴らには無理だ。あいつらは俺を恐れている。恐れながらも勇気を糧に戦っている。愚かな連中だ。」
冷たい目は再び姫に向く。
「だが、お前は違うな。なぜ俺を恐れない。」
無謀にも、一人敵の砦に乗り込んでくる女に向けて問う。
「…そんなの。」
姫は悲し気に目を伏せる。
「優しいあなたを知っているから。今でも私は…。」
言葉に詰まるソラス。沈黙が二人の間に流れる。
「安心しろ。他の誰を殺しても、お前だけは救ってやる。」
アプスの言葉に目を開くソラス。そして彼を見る、瞳に憂いを込めて。
「あなたを救いたかった。でも、」
着物を翻して背を向ける女。広く暗い間にカツカツと彼女の去り行く足音だけが響く。彼女が闇の中に消えゆくのを頬杖をついて無言で見送る王。暗い闇に一人、王はまぶたを閉じて黒を見る。
「…今でも、か。」
銀髪の若い女は、白いサテンのドレスに身を包み、玉座で頬づえをついて視線を落としている。この億劫な人生の中で唯一心を高鳴らせてくれる男のことを思っている。孤独だった自分を救ってくれた彼。二年と半年、別れてからずっと自らの使命しか頭になかった自分。しかし、心の中ではずっと彼に会うことを望んでいたのかもしれない。先日、黒の国の城で彼に逢えた時、確かに胸の高鳴りを思い出した。
―ツムグ君…
ぼうっと物思いにふけっていると、誰かが自分の名前を呼んでいることに気付く。
「結愛様、結愛様。」
結愛はぴくりとまぶたを開ける。名を呼ぶのは自らの執事、敵意の天使ベリアル。もしかしたら随分前から自分のことを呼んでいたのかもしれない。いくつもあるステンドグラスの大きな窓から差し込む大量の光の束。広い前面白のタイル張りの空間に光は反射し、光は飽和状態で空間が真っ白に見える。真っ白の中には、右に三つ、左に三つ、生命体が黒い影となり膝まづいている。結愛はそろった猛者どもを一瞥し、潤った朱の紅を開く。
「ああ、全員そろったな。」
ギラリと紫眼が光る。
「皆、火種は着実に育っている。」
七晦冥は無言で結愛の言葉に耳を傾ける。
「来るべき時に備え、なるべく母(白氷母)に留まれ。身侭な行動は許さん。自らの腕を磨き兵の調整に専念しろ。」
一息に喋る結愛。
「私からは以上だ。」
執事が結愛に問う。
「結愛様は?」
「ん、私か。私は黒化粧と共に撒きに行く。」
玉座から立ち上がる女王。黒化粧は結愛のかざした右手の傍へと移動する。黒い彼の体は気体なのか、物体なのか、謎の黒化粧の体が白い結愛の肌を飲み込んでいく。黒いガスは彼女の全てを飲み込み、自らの体もまた、異空間へと消し去っていった。
のどかな村に突然黒い空間の裂け目が生じる。裂け目から黒いガスの様なものが出てきて、ガスに唯一生命らしさを加えている大きな口から、美しい若い女が出てくる。村で働く男たちは、突然現れたドレスの女に見とれざわつく。
女は、美しい紅をきゅっと曲げ、左手を優雅にかざす。白磁や白銀、黒紫の色彩が彼女の手を包み、広げた手の先にボッと直径一メートル程の白球が生まれる。
村人たちに向けて放たれる白球。それはバッとはじけて白い光で村を包み込む。直後、村全体から耳をつんざくような悲鳴や奇声が飛び交う。村人たちはダラダラとよだれを垂らして互いに取っ組み合い、刃物を持ち出して殺し合いを始める。村中に美しい鮮血が飛び散り、村は狂気で満たされる。結愛は笑みを浮かべたまま再び黒化粧と共に空間の亀裂に消えていった。
穏やかに波打つ潮は氷のように冷たく、漂う風の寒さは肌を切るようだ。遠くに見える山々には幾本もの針葉樹が黒々と生えており、ここがツンドラ地帯であることを物語っている。
数人乗りの中型舟は、どんぶらどんぶらと広い海の上を流れている。舟の外には数人の人影がある。
「ふぅぅぅぅ~、ほんっとに寒いわね。」
花は毛布にくるまりぶるぶると震える。白いグレーの空からちらほらと雪が舞っている。
「あの、師匠は寒くないんですか?」
同じく外に出ているアルとサト。アルはいつものタンクトップ姿のサトに問う。
「ああ、別に。」
黒いおかっぱに雪を積もらせて言う。
「神経死んでるのよ。」
あきれる花。
「死んでねーよ。」
「ね、せめて上着着てくれない?見てるだけで寒くなるんだけど。」
イラついて言う花。
「じゃあ見んなよ。」
「あ?」
さらに顔をしかめる花。するとアルがポンと手を叩く。
「なるほど、さっすが師匠!」
ただの屁理屈に納得する少女。それにもあきれる花は、
「はぁ、似ちゃうのね。」
小言でため息を吐く。舟はかわりばんこで漕いでいて、今はマツボが小さな体でえっちらおっちら漕いでいる。舟はこれ以上に寒い土地を目指して、どんぶらどんぶらと進んでいった。




