黒鯰
おはなし6-10(95)
空を飛んでいると栞緒が弱々しい力でツムグの服を引っぱる。
「し…な…て…ない。」
何か言おうとしている。耳を近づける。すると弱々しい声で、
「城の皆、おいていけない。」
その気持ちは分かる。だけど、
「あなたをあそこへは帰せない。危険すぎる。分かって下さい。」
丁寧に且つ、しっかりとした口調で言い聞かせる。栞緒もそれが分かっているようで…。
くいくい
もう一度服が引かれる。
「?」
栞緒の口が動く。それを聞いた瞬間、ツムグの両目がギョッと見開かれる。ツムグの操る雲は西へと向けて飛んでいった。
緑の国、緑森宮
西の塔で黒鯰と戦う白樺と楡。幹部は二人とも負傷し息を荒げている。一方、黒ナマズは体こそ傷はないものの、舌が切断され白く粘り強い唾液と血液代わりのヘドロ液がドロドロと流れている。
「ギュパアアアアアア!」
黒鯰の突進に、かわしきれなかった楡の体が真っ二つに裂ける。
「楡さん!!」
還暦を過ぎた筋肉隆々の肉塊はあっけなく奈落の底へ落ちていく。
「グピュオアアアアアアアアアアア!!」
口を大きく開けて襲い来る大鯰。白樺はおそらく脳のあるであろう位置目掛けて、思いっきり甲虫の三本角を敵の口の中へ突っ込む。硬口蓋(こうこうがい―口の上の方)へ深々と突き刺さるコーカサスオオカブトの角。
バクン!
閉じられた悪魔の牙に、白樺の聞き手が付け根から千切られる。
「ぐおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「ギュギュパアアアアアアアアア!!」
悶え苦しむ両者。黒ナマズはブルンブルンとのたうち回った挙句、ズンと倒れて動かなくなった。
「ハァ…ハァ…。」
ドクドクと流れる血を左手で抑えながら、白樺はがくっと膝を落とした。
北塔
同じく黒鯰と戦う楓と榊。楓は黒ナマズの口の中へ飛び込む。バクリと飲み込まれるが、バタバタとのたうち回る敵。ズウンと倒れて口の中からドロッドロの体液を帯びた楓が吐き出される。敵の体内で暴れ回ったようだ。見事、敵を倒したが、体液に包まれた楓の様子がおかしい。頭を抱えて獣のようなうなり声でのたうち回る。
「ウヴヴヴ…グガァァッァァァ!!」
バッと飛び起きて榊へ襲い来る楓。
「!」
榊は驚きながらも浄化の神木、榊の木で楓を弾き返す。楓はゴロゴロと転がり、体からシューシューと煙を上げる。
「ぐ…う……!私は、いったい…。」
彼女の元まで歩み寄る榊。
「正気に戻ったようだな。奴のカラーに侵されていたのだ。ペアが私で助かったな。」
楓は、浄化作用を持つ彼の神木を見ながら軽く頷いた。
東塔
ここでは桐と樫が黒鯰と交戦中。ぜぇぜぇと息を切らす二人。とんで来る敵の尾っぽを素早く飛んでかわす。
「桐さん、中々あの子、口開けてくれませんねぇ。」
敵の体の固さを嫌という程味わった二人。彼らも他の幹部同様口の中の粘膜を狙う作戦だ。
「樫、おとりになれ。」
「ええ!?い、イヤですよ!」
「いいから行け!」
桐は桐の木を伸ばして、樫を敵の顔面へ向けて放り投げる。
「ちょっちょ、ちょちょちょちょ!」
グワッと大口を開ける黒鯰。
「よーし、いい子いい子。」
ガキィィ!!!
強力な牙で樹のガード諸共樫にかぶりつく悪魔。が、
ギ、ギリリリ…
「砕けないでしょ?いや~、僕も硬いのだけが取り柄でして。」
大きな口を開いたまま樫の木を砕けないでいる敵のその口目掛け、桐は強力な樹木の槍をぶち込む。
「ギュパアアアアアアアア!!!」
大鯰はブルブルと痙攣した後、バタリと倒れて動かなくなった。
「ふぅ、ふぅ、やりましたね。」
「…ふん。」
南塔
暴れ回る大鯰に白檀、黒壇の白アリ、黒アリのアゴが空振りする。
「速いね。」
「捕まんない。」
苦戦する二人。とんで来るナマズの攻撃をかわす。
「どうする?」
「どーしよっか?」
困っていると、どこからともなく檜科の樹が伸びてきて敵を捕らえる。
『ん、』
敵は体をくねらせて樹を砕いてしまう。が、わずかなスキを逃さなかった白黒。
ガブリリ!
敵の首の上と下を白黒アリのアゴではさむ。
「グギュ、グギュグギュ…。」
「硬いね。」
「硬い、だけど。」
「アリさんパワー、舐めてもらっちゃ困る。」
ギリギリギリギリギリギリギリギリリイイイイイイイイイイイイイイイイイ―ボブリョッ!
深々と刺さったアリの牙はとうとう敵の大きな頭を切断する。
ズゥン!ベトリ
転がる敵の胴と頭。白黒は樹の助け舟の主の方を見上げる。そこには白いマスクをした幹部が雲に浮いていて。
『翌檜さん。』
声をそろえる白黒。
南塔内部。
血だらけになって中級悪魔、エイムと格闘するマツボ。
「おお、おおおおおお!」
殴りつけるマツボの拳は軽々防がれ、敵の拳にまたマツボの体が悲鳴を上げる。長時間の戦闘で疲弊しきっているマツボは、わき出るアドレナリンを頼りに拳を振るい続ける。その彼らから少し離れた所で倒れている花。眉をひそめてようやく意識を取り戻す。
「う……ん……。」
―マ、ツボ…。私、そうか。
花は敵の蛇に腹を破られた後気絶し、彼女をかばうようにマツボが立ち上がってエイムとまた戦い出したのだ。それからどれくらい時間が経ったかは分からないが、マツボはとうに限界を超えていて、
「グオオオオオオ!!」
敵の蛇に思いっきり殴り飛ばされる大グマ。花の手前にズウンと落下する。
「マ…ツボ!」
花は歯を食いしばって急いで服を破って腹の傷を止血する。ギュッと布をしばって立ち上がろうとするが、めまいで倒れ込む。
「ぜぇ、ぜぇ。」
とんで来る蛇の頭。KOされたかと思ったマツボがむくりと起きて両手のガードでそれを受け止める。
「グ、グ、グ、オオオオ。」
ジリジリと敵の攻撃に巨体が押されるが、クマは後ろの花をかばって必死に踏みとどまる。
―くっそ、マツボがこんなに頑張っているのに…痛みなんか、構ってられるか!
めまいのする頭でよろよろと立ち上がる花。解けていた擬態を再展開し、ゴールデンエンゼルの刃をまとう。雄叫びを上げてマツボが蛇頭を受け流し、同時に花は駆けて敵に斬りかかる。
「おおおおおおおおお!」
スンッ!
空振る刃、かわした敵の爪が花の胸に一文字に傷を作る。
「ぐぁっ。」
たじろぐもまた刃を振るう。受け流されて、敵の蹴りが腹の傷に突き刺さる。
―!!!
「が、あああ!」
悶絶しながらも斬りかかる。またかわされ、飛んで来た敵の拳をガードするも、水切りの石の様に遥か後ろに吹っ飛ばされてしまう。マツボも再び襲いかかるも、もう彼の動きに切れは無く、簡単に蛇の体に巻き付かれて締め上げられてしまう。ひどく体を打ちつけた花。白目をむきながら必死に頭を回す。
―あ、あ、あ…ぜ、全身が痛い。腹が痛い、痛いなんてものじゃない。痛さで嘔吐しそうだ。や、ヤバイ、やばい、ヤバイ、…マツボが捕まった。このままじゃ…。
拳を握りしめ、半分白目をむいたままなんとか起き上がる。
「だ、れが、死なせるか。マツ…ボ…。し、ぬのは…。」
痛みで麻痺する筋肉にありうる力を込める。
「お前の方だあああああああああああああああああああ!!!」
金の刃を構えて斬りかかる。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
悪魔もジャンプで襲い来る。
ガンガンガンガン!!!
敵の爪と花の刃が激しい火花を散らす。敵の攻撃の隙に反応し刃を振り下ろす。
「食らえええええええええええええ!!!」
ザクン!!
バッと飛び散る鮮血。
―ッッッッッ
斬られたのは花の体の方だった。痛みで頭は空っぽになり、敵の蹴りで彼女はおもちゃのようにゴロゴロと床を転がる。先ほどまで敵の蛇の締め付けに抵抗していたマツボもいよいよ力が無くなり、ポイッと放り捨てられる。蛇を倒れる花に向けて構えるエイム。ピクピクと痙攣する花は、もう這いつくばることしかできなくて。
―あ、…もう、だ…め…d
すさまじい速度で伸びてくる蛇の頭。吹き抜けた疾風が彼女の金髪を揺らし、肉の引きちぎれる音を聞いた。
空っぽになった頭にようやく意識が戻り、視界にピントが合う。
―さ…っき、のおと、どこか、食べられたのかな。でも、体中、痛みすぎて、もうどこが無いかなんて、わからな…。
考える花の耳に息を切らす音が聞こえる。
―……え?マツボ、じゃないよね…。私の、音とも違う。じゃあ、一体、誰が…。
ゆっくり首を動かして前を見る。そこには懐かしい白い獣の髪が揺れていて…。
「はぁ、はぁ。」
白い髪の腕を持つ彼が息を切らしている。花は、あまりに信じられなくて目を見開く。
―え、う…そ。
「はぁ、はぁ、花、大丈夫!?」
犬の手の彼はこちらを振り向く。
「つ…むぐ…!?」
彼の横で切断された蛇の頭がシューシュー溶けて煙を上げている。
―さっきのは、あれが斬られた音!?
敵の後ろで倒れているマツボも、ツムグの姿に目を丸くしている。ツムグはキッと悪魔を睨みつける。
「花、マツボ…僕にまかせて。」
パキパキパキ
ツムグの右半身が樹木化する。
ギュオッ!
敵へ向けて樹を伸ばす。悪魔は機敏に上にとんでかわす。
「修正―捕獲。」
悪魔の下で伸びている樹から枝が一本上に伸びて、敵の足を掴む。
「おgoベ!」
驚く悪魔。直後、下の幹からクロム加工の枝々が、剣山の如く生えて悪魔をめった刺しにする。痛みに悶える悪魔の目の前には、既に樹木の擬態を切り離したツムグが爪を構えていて…。
ズバァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
白い手の一閃で、一気に切り裂いた。悪魔は断末魔を上げることすら許されず、ドロドロと溶けて蒸発してしまった。




