9.陰キャ男子と三面相
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“KuRaM”。かつて中高生の間で圧倒的な人気を博した、伝説のファッションモデル。
メディア露出こそ少なかったものの、彼が掲載される雑誌は即日完売。ファッション雑誌では異例の重版が相次ぐなど、界隈に触れていれば知らない者がいないほどの知名度を誇っていた。
しかし彼にはとある制約があった。
それは、芸能活動は中学生の間だけ、正確には高校受験の前までのみというもの。彼は本来あまり目立ちたがらず、それ故に芸能活動自体も好んではいなかった。
しかし、小遣い稼ぎ程度の軽い気持ちで話に乗った自分にも非はあると彼は考え、せめてできる限りは活動すると申し出た彼の善意を事務所側も無碍には出来なかった。
それが心優しき青年、山倉 真琴のもう一つの顔が消えるまでのお話。彼は注目されることに疲れてしまっていたのだ。
そんな彼の正体を見抜いた月奈は、なぜか驚いたような顔をしていた。
「…なんで柳沢さんが驚いてるの?」
「いや驚くでしょ!KuRaMだよ!?あたしたちの世代でおしゃれに気を使ってる子なら知らないのはモグリだって!それだけキミは影響力を持ってたんだから!」
「そうなの?確かに中学の頃はやけに絡まれるなーって思ってたけど」
「無自覚…やばいねキミ………もしかして、文化祭出たくないのもそれが原因?」
「全部とは言わないけど、大体は。あの普通じゃない、異様な空気が嫌いなんだ」
今まで仲が良かったはずの友人が、いきなり神を崇拝するかの態度になる。そんな経験、誰だってしたくないと思う。学校ではモデルのKuRaMとして扱われて、友人との距離が急に遠くなったような感じがして…あの頃は学校に居ても息苦しいだけだった。
常にそういう振る舞いを求められると、少しずつ自分を見失っていく。
自分が自分でなくなっていく感覚。山倉 真琴がKuRaMに塗り変わっていく感覚。
本当に今の“僕”は山倉 真琴なのか?それともKuRaMなのか?と、当時は悩んだものだ。今は胸を張って山倉 真琴だと言えるけど。
……この話は蛇足だね。柳沢さんを無意に怖がらせる必要はない。
「今はもう大丈夫。長いことあの空気感に晒されて、少し疲れちゃっただけだから」
「…無理してない?」
「してないよ。もししてたとしても、ワガママ言ってるのは僕の方だからね。それくらいの罰は受け入れるよ」
「ごめんね。なるべくシフトの時間が短くなるように調整するから」
「助かるよ。でも僕よりも神木さんの方を心配するべきだと思うよ」
「まあ、そうだよねぇ……。確かに、あたしは気づいたけど、他の人たちがキミの正体を見抜くのは難しいと思う。それよりも見えてる不安をどうにかするのが優先だよねぇ…」
柳沢さん、僕が考えていたことを全て言ってくれた。意外と考え方が似ているのかもしれない。
神木さんはご存知の通り、超が付くほどの美少女。そこを通れば誰もが振り向く、いわば太陽のような存在。
そんな彼女が、外部客も入れて行われる文化祭において、トラブルに巻き込まれることは想像に難くない。
対して、僕はあくまで男。男女がどうとかって考え方は古くさいかもしれないけど、神木さんが抵抗する能力を持たないのは、路地裏での一件でよく理解している。
柳沢さんもそのことは知っているはず。だから僕の言ったことも理解できたのだろう。
「キミが守ってくれるのが一番なんだけどね」
「無茶言わないでよ。余計に面倒なことになる未来しか見えないよ」
「そうでもないんじゃない?山倉くんが美波を助けたこと、あたし知ってるから」
「神木さん話したんだ…いや、仕方ないか。僕も出来る限りの協力はするから」
「なら美波とシフト合わせよっか。いやぁ、どうなっちゃうんだろうねぇ~」
「やっぱり面白がってるでしょ…」
少しだけ話すつもりが、昼休みいっぱいまで時間を使ってしまった。そろそろ予鈴も鳴る頃だし、教室に戻らなきゃ。
「ちなみに山倉くん、お昼ごはん食べたの?」
「………………あ」
「急がなくていーよ。もし遅れても、あたしから先生に体調不良だって誤魔化しとくから」
「ごめん、僕が呼び出したのに」
「気にしないで。これくらいしないと、山倉くんのデメリットに見合わないからね」
「ありがとう、助かるよ」
柳沢さんはヒラヒラと手を振って教室に戻っていく。今日の会話で、彼女の印象がガラリと変わった気がする。柳沢さんと話すことができてよかった。
ちなみに僕は食べるのが遅いので、次の授業には普通に遅刻した。




