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偽り夫夫の共同生活

奇妙な夫婦生活が始まった。

シルヴァールは悪辣公爵に無理矢理に娶られ、為す術の無い美しく憐れな男の花嫁として、アシュフォードに付き従う。

アシュフォードはまるで高価なアクセサリーか何かのようにシルヴァールを傍に置き、どこに出掛けるにも彼を連れ回すようになった。

その癖、本当に『傍に置く』だけで、話し掛けたり気遣ったりという行動は一切ない。

たまたま会話をする機会のあった貴族が公爵夫人の美しさを褒め称えたが、『それは今必要な話か』と切り捨てた。

公爵家と繋がりを得る糸口になればと、奥様に贈り物をしたいと申し出た者は問答無用で追い返されたという。


「これに対する全てが不要だ。それは私のみが与える」


酷く傲慢な、そして執着を感じさせる一言に、相手は脳内に何故か藪の中に潜む毒蛇が浮かび、それ以降公爵夫人は見えていないかのように振る舞うの事にした。


元々、使用人を傍に置く事を嫌っていたアシュフォードは、自らの身の回りの世話までをシルヴァールにさせるようになった。

結婚式当日は客間を宛てがい興味などなさそうな素振りだったのに、初夜を過ごしてしまえば妖精の生まれ変わりに執着し、今では屋敷内ですら片時も離さぬという風情だ。

シルヴァールの数少ない気晴らしである庭の散策すら咎め、彼の日々の衣装、お茶や甘味にまで口を出し、時には日の高い時間から主寝室に呼びつける。

夜毎の寝具の乱れを整えるメイドは面白おかしく同僚達に吹聴し、あれではまるで奴隷では無いかと年齢が上の使用人は眉を顰め、若い者達は面白がった。

妖精の生まれ変わりは、美しいだけで無く余程甘い肌をしているらしい。

散々に現公爵の淫蕩っぷりを話のタネにした後に、使用人は完璧な貴族だった前公爵に思いを馳せた。

あの頃は良かった。

ネルブルク公爵家に勤められるというのは下級貴族にとって名誉なことであり、家人はどの階級の使用人にも寛大で、更には高い給金が得られるとあって、周囲から羨望される立場であった。

今はどうだ。

見目どころか底意地も悪い男が当主となって、更には美しいだけでどの使用人にも及ばないような貧乏な底辺貴族の男が公爵夫人となってしまった。

これでどうやって忠誠心を持てというのか。

使用人達は夜毎集まって当主への不満を口にして、金で買われた憐れな花嫁の沈痛な面持ちを同情しつつ面白がって、最後にアシュフォードが隠した前公爵の忘れ形見を思って深い溜息を吐いた。


勿論、『彼等が見せられている』一面である。


シルヴァールはその日も公爵家の執務室に呼び出された。

あの公爵は執務室ですら夫人を離せないようだと使用人は呆れるばかり。

「旦那様、こちら終わりました」

シルヴァールは計算を終えた書類をアシュフォードに差し出した。

「早いな」

これまでアシュフォードがほぼ1人で行っていた領地経営の事務作業を手伝い始めたのである。

貧乏伯爵家の三男という十分な教育を受けるのは難しい立場だろうに、かなり高度な書類作成までも難なくこなす。

アシュフォードの執務室にはシルヴァール用の机と椅子が運び込まれた。

聞けば少しでも高位貴族の目に留まるよう、高等学園に通わされたのだと言う。

「顔だけで生きていけるとも思わなかったので、目一杯学びましたよ」

「うん、それで主席卒業とは恐れ入る」

幼い頃から厳しい教育を受けている筈の高位貴族の上に立つとは、一体彼はどれほど努力をしたのだろう。

アシュフォードには想像もできない。

ただ、シルヴァールと同じ時代に学園生活を送ったらさぞ面白かっただろうと思うのだ。

「卒業して、家に帰ったその日に変態男爵に出荷されると決まったのにはさすがに驚きました」

何故か面白いジョークであるかのように笑うシルヴァールとは裏腹に、アシュフォードは虚無顔になる。

「しゅっか、よくない」

「では、身売りと」

「みうり、よくない」

莫大な学費がかかったのだから、その分を自分の体で取り戻せと親から言われるとは、一体どんな気分なのか。

アシュフォードも親とは色々とあったが、あの両親はマシな部類だったのでは無いかという気がしてくる。

「キミの両親を殴る用の、ダイヤの指輪を贈ろうか」

実子を金と引き換えにするような親だし、ダイヤで殴られるなら本望だろう。

「ふふ、手に縋られて離して貰えなくなりそうなので遠慮しておきます。旦那様、俺と離縁したくなったらどうか使用人として雇ってくださいませ。あの家には帰りたくありませんので」

そんなやりとりができる程度には互いに気を許してきている。

10歳の年齢差はあるものの、アシュフォードにしてみればシルヴァールの聡明で少し皮肉げな会話は楽しかったし、シルヴァールからすれば、アシュフォードの本来穏やかで親切な気質は傍に居て心地良かった。

「シルヴァール」

アシュフォードは席から立ち、シルヴァールの頭を撫でた。

彼の髪は銀色だが、毛先に行くにしたがって深い夜のような黒へと変わっている。

それがまたなんとも神秘的な雰囲気で彼の美しさを際立たせるのだ。

美しい以外の語彙力のないアシュフォードは、自分の無粋さが何となく申し訳なくなる程だ。

懸命に悪辣公爵の演技をする夫の思いがけない仕草に、シルヴァールは目を瞠った。

「大丈夫だよ。そんなところに決してキミを帰さない。それに、離縁となっても恐らくキミは公爵夫人のままだ」

それは一体どういう意味なのか。

聞き返す前にアシュフォードの手が離れてしまって、シルヴァールの意識は別な事に向けられた。

アシュフォードが、演技では無く悪い顔で笑ったから。

「俺には侯爵家以下の家門なら3日掛けずにまるごと潰せる程度の力はあるから、安心して欲しい。キミがあそこに帰りたくなった時は、好きな屋敷を建てられるように更地にしておく」

冗談めかしているがネルベルク家の権力は本物で、シルヴァールが望めばアシュフォードはきっと実行してくれるのだろう。

「なんて頼もしい旦那様!その時はどうか、俺と旦那様が2人でのんびり暮らせるような小さな家を建ててくださいね」

本当に楽しそうにくすくす声を立てて笑ったシルヴァールは、美しいというよりも愛らしかったが、その言葉を脳内で反芻して、アシュフォードは首を傾げた。

「俺が一緒に行ったら意味なくね?」

「そうでしょうか」

シルヴァールは澄ました顔で旦那様の小さな疑問を聞き流した。

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