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6-居酒屋行こう

「生二つと」

「カレー味ポテト!」

「揚げ出し豆腐と」

「軟骨唐揚げ!」

「刺身の盛り合わせと」

「ポテトと海老マヨとネギしお豚トロ!」

「ちょっと待って、黒埼君、ポテト二品も頼むの?」


 居酒屋に行くと注文で年齢差を感じるシンジ、二十七歳。

 二十二歳の六華に「ポテトはいくら食っても飽きねぇぞ」と平然と返されて肩を竦めるしかなかった。


 一風変わった居酒屋だった。


 三階建て、通路は迷路のように複雑に入り組んでいて全個室。

 階段の途中に部屋があったり、やたら上り下りがあったりと、まるで忍者屋敷じみている。

 トイレに行くのも迷いそうだ。


「今日も俺ぁ一日頑張って働いたぞ、偉いだろ、しんちゃん」


 アルバイト店員の女の子が戸を閉めて去っていき、座椅子の背もたれに「よいしょ」と背中を預けたシンジに得意げに六華は言う。


 上司に()き使われてクタクタだったシンジは、ありのままの六華に癒される。


「今日も一日、お疲れ様、黒埼君」

「しんちゃんは? 今日も頑張って働いたか?」

「うん、それなりに」


 テーブルを挟んだ向かい側で靴下を脱ぎ、畳の上であぐらを組んでいた六華は、急にシンジの顔を両手で挟み込んできた。


 もしかして労いのキスでもしてくれるのかと、ありえない妄想紛いのことを思っていたら。

 ぎゅっと頬を抓られた。


「いて」

「それなりに、じゃねぇぞ、全力投球しねぇと世界は回んねぇぞ、しんちゃん!!」


(はぁ、可愛いな、黒埼君は)


 他の部屋から哄笑や話し声が聞こえてくる中、味はまぁまぁな料理を六華と一緒に食べる。

 最初に肌寒く感じていた室温は徐々に仄かな熱気を帯びていった。


「おら、しんちゃん、俺のココナッツパイン飲むか!?」

「……う、甘い」

「あ、追加でポテトと明太子オムレツ!」


 そうして飲み食いを始めて一時間近く経過した頃。

 曲がりくねった通路を往復してトイレからシンジが戻ってみれば、上機嫌で喋り通していたはずの六華が畳に横になって寝ていた。


「黒埼君、風邪引くから」


 窮屈そうに体を縮こまらせている六華を軽く揺する。

 派手な金髪に顔を埋めた六華は「うーん」と唸ると。

 ぎゅっと、シンジの腹にしがみついてきた。


「しんちゃーん……」


 わいわいがやがや、他の部屋から届く喧騒がやたら遠くに感じられた。


 揺すっていた手で頭を撫でてやれば気持ちよさそうに喉を鳴らす。

 手首につけられたシルバーのブレスレットが畳に擦れ、微かな音を立てた。


「黒埼君、かわいい……」


 魔が差した。

 ほろ酔い気分のシンジは独りでに笑う口元もそのままに、頭を屈め、オレンジ色の間接照明を浴びた褐色の頬にキスしようと……。


「すみませーん、空いたお皿を、あ!!」


 ノックとほぼ同時に戸を開いたアルバイトの女の子はあまりにも正直なリアクションを、大慌てで回れ右、戸をバタンと閉めて走り去っていった。


 些細なノイズに六華は「んー?」と唸りながら目を開く。


「おわ、しんちゃん、いつの間に……この店、抜け穴もあんのか? んん? しんちゃん? かたまってどーした? おーい?」



 ……自分がスケベ化しているような気がする。

 ……居酒屋の個室で、なんて、今の恋人に会う前の蜩さんじゃあるまいし。

 ……そもそも黒埼君とは友人同士のままだし。



「君のせいだよ、黒埼君」

「あーん?」


 頻りに目を擦っている六華の足の甲をシンジは抓ってやった。





 居酒屋を出ると予想外の雨が降り出していた。

 どちらも傘を持たず、近くのコンビニで買おうとしたら「俺が買うわ、しんちゃん節約しとけ」と六華が先にレジに持っていって購入した。


 味気ないビニール傘で相合い傘。

 まだまだ人気のある夜の飲み屋街を二人並んで歩く。


「黒埼君、肩、濡れてる」

「いいじゃねーの、雨も滴るイイ男、かっけぇ」

「雨じゃなくて、水……」


 持ち手の六華はシンジ寄りに傘を傾けていた。

 くっついて歩けるのは物凄く嬉しいが、それ以上に好きな人に風邪を引いてほしくない。


「俺もやっぱり傘買おうかな」

「いいって、しんちゃん。送ってやっから」

「え?」

「雨降り夜の散歩、オトナっぽくてかっけぇだろ」



 いいコ過ぎるよ、黒埼君。

 益々、好きになってしまう。



「……そうだね、うん、かっこいい」

「そういや、店出るとき店員にキャーキャー言われてなかったか、俺ら?」

「……気のせいだと思うよ」



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