第四章 宣戦布告 陸
「門まで開けてやがるとは、余裕だなぁ」
安定した強気な態度の拓真が、開かれた門を威風堂々とくぐる。
その先では、リヴェンジの対象者たちがピリピリとした殺気を放ちながらも、悠然と待ち構えていた。
風の第九位、攻撃型のヴォルテ=バーバラード。
器の小さい女狐、防御型のパイア=ヨーグリー。
風の第十位、御子型のクローネ=バラドホルン。
そして風の第二位、特異型にして神影領域の神風、セルヴァルト=スルーザクラウドル。
「ようこそ、スルーザブライドル」
「セルヴァルト=スルーザクラウドル」
セルヴァルトの歓迎を示すかのような大仰な態度に、その名を零す誓。
「似たよう名前でこちらは大迷惑だヨ。すぐにでも叩き潰してあげないとネ。ところで……」
「ただの見学だ。気にするな」
視線を向けるセルヴァルトに対し、アルクダは軽く手を振って中立をアピール。
付き人と共に少し離れた場所へ跳躍した。
「オーケー」
それを見てセルヴァルトは視線を戻す。
「さて、君たちの勝利条件はミーたち四人を参ったさせるか殺すことな訳だけど。ミーは当主ですから、お相手は一族で務めさせて貰いますヨ」
セルヴァルトがパチンと指を鳴らすと、誓たちの周囲をスルーザクラウドルの術士たちがぐるりと囲い込む。
その中にあって異彩を放つは──、美男と野獣の二色。
風の第六位、万能型の夫、ファーレスト=クラウニア。
風の第五位、無双型の妻、レディアラ=クラウニア。
セラフィによると、先代の頃からのスルーザクラウドルの柱石なだけあり、この二名のリンクメンバーは多くいることが分かっている。
攻撃型や防御型といった基本型を始め、特殊型では遊撃型、陰陽型、万能型まで。
およそ10人程でそれぞれがリンク可能としており、今回は最低でも1チーム、最悪3チーム態勢で来ると。
そこでセラフィが確認次第、素早く視た情報を伝えてくれる手筈になっている。
「攻撃、防御、防御、補助、陰陽、万能」
風に乗って、セラフィの声が仲間たちへと届く。
(手強いメンバー2チーム確定か。しかも防御と補助重視、少し面倒かもな。……というか、男性のボディービルダーもかくやな凄い筋肉だな。しかも脂肪を残して柔軟性も併せ持っている。どっちかというとプロレスラーに近いか? うん、あれは凄い。ちょっと正面には立ちたくないな)
得た情報から、誓がそう思考している中──
「まあ、全員でやったら可哀想ですから、百人程に絞らせて頂きましたけどネ~」
明らかに馬鹿にした態度で、余裕を見せつけるセルヴァルト。
「絞って百人たぁ。どいつもこいつも五十歩百歩で泣けるなぁ? おい」
明らかに馬鹿にした態度で、余裕をもって周囲を見渡す拓真。
「随分と生意気な坊やが加わったようですが、リンクしたらどうですか? 人生の最期ですしそれくらいは待ってあげますヨ」
国内ランキングでベスト3に入っていない拓真のことは知らないのか、セルヴァルトが表情を歪めながらも余裕を崩さず先手を譲る。
「それじゃ遠慮なく。光り導け。不知火」
「独りじゃないよ。フラウ」
「勇ましく燃え盛れ。獅子王」
誓、結、環の3名が精霊術でリンクし、その周囲を紅緋に染める。
「果たせ。誓剣 愛火」
「切り裂け。壊拳 鎌鼬信玄」
「おどれ。鎧布 流転」
「繋げ。護湖 聖楯」
「華と、散れ。零刀 雪月花」
次いで誓、拓真、美姫、由紀、セラフィの5名が妖精術でリンクし、それぞれの周囲を深緋、藤黄、飴色、翡翠、天色に染めた。
「誓剣 愛火。我が誓いに応え、汝が力を揮え──」
流れるように先制を取る誓。
「エクスアイギス!」
その誓の構えた剣が宙に溶けるように消え、手ぶらとなる。
「妖精具が、消えた?」
「ふん、どんな大層な特異能力か知りませんが、ファーレスト!」
当主のオーダーを受け、ファーレストが守護精霊を召還する。
「鳴き止め。フェレス」
顕現するは疾風に舞う半透明の蝙蝠。
確固とした力を持ちながら、その存在は非常に捉えにくく、ともすれば弱々しくすら錯覚してしまう。
「ブラスト」
こちらも流れるようにファーレストが無効化の特異能力を発揮させる。
まるで将棋の序盤、決まった打ち筋を指し合うかの如く。
そして──
「無駄だ。エクスアイギスは5人リンク時のみ発揮できる能力。その効果は、リンク時固有スキルを倍化し、リンクメンバーに対する不利な干渉系を防ぐ。相手が同じように5人リンクでのみ発揮できるような制限の掛かった無効化能力でもない限り、俺と同じ土俵には立てない。他にもいるなら試していいよ」
精霊術士では4人リンクが限界と知りながら、そう挑発して相手の動きを誘う誓。
ブラフも甚だしい内容。
そもそも、特異値の同じ万能型や特異値において格下の型相手ならともかく、制限が多く掛かった方がより強い効果を発揮するとは限らない。
だから、先の発言は相手の厄介な戦力を早い段階であぶり出すための、必ずしも嘘とは言えない虚実混じったハッタリだ。
「面倒ですね。いや実に」
ファーレストが次なる手を冷静に思索する中──
「ガキが調子に乗るなよ! 合わせろ!」
静観していた外野──、他のリンクで繋がった術士たちが数チーム、誓たちへ向けて一斉攻撃を放った。
「バカめ。いくら固有スキルを倍化しようと防げるものとそうでないものが──」
「おっと、言い忘れたね」
何事もなかったかのように言葉を続ける誓。
「全員無傷、だと? バカな!」
「バカはテメエらだ」
「エクスアイギスはご覧の通り俺から妖精具という形を奪っているけど、その代わりにリンクしている全員の防御値の合計の値を取り、それを全員の防御値とする守りの力。俺のとっておきだ。こっちには基地型がいる上に回復持ちがいるからね。堅いよ。今の俺たち」
誓の防御値60%。拓真の防御値30%。美姫の防御値90%。由紀の防御値40%。セラフィの防御値10%。
合計230%。
ここに、誓の固有スキル象徴の2倍で40%が5人分と、美姫の固有スキル不破の2倍で80%が5人分の、計600%が加わる。
つまり、現在の5人の防御値は、何れも830%。
今の攻撃も、誓が結たち精霊術士組へ炎のカーテンを広げた程度で殆ど無力化できていた。
「ぷぷぷ。由紀を従えた誓に5人リンクさせるとかフラグ立てにも程がある。間抜け野郎もここまでいくと可哀想過ぎて苛めたくなりますね」
だが如何に防御値830%でも、誓たちの最大妖力とスルーザクラウドル側の最大霊力では開きがある。
更に上位次元密度でもスルーザクラウドル側に分があり、その上での10名以上の一斉攻撃となれば、無傷ではいられない。
しかしながら、誓のエクスアイギスは固有スキルを倍化する。
特異型である由紀の特異値は、現状実に540%(由紀の特異値100%に由紀の固有スキル未知の2倍で400%と、誓の固有スキル象徴の2倍で40%)。
由紀の『護湖 聖楯』は、普段から軽傷であればすぐ治す程度の治癒力を持つ。それが、今は効力5倍以上。
しかも、召還値も誓の固有スキルによって100%まで上昇。
故に、少し深い傷程度なら、秒もあれば回復可能なのだ。
高防御値と高回復力による不破のリンクを盾に、ほぼノーガードで攻め続けられる状況。
兵器の発達により、近代の歩兵戦術は回避に重きを置いた散兵が常だが、それは人が重装備をしても防げない火力ばかりになったからだ。
逆に、軽装備でも防げる火力ばかりなら、回避など気にする必要はなく、密集して敵にぶつかってタコ殴りが有効となる。
美姫が目を暗く光らせるには、正におあつらえ向きと言えよう。
(頼れる鬼畜乙女だよ。本当に)
5人リンクは実現するのが難しい。
属性が噛み合うかも勿論だが、人数が増えればそれだけ繋がれない相手が出る可能性は高まる。
この人とはリンク出来るけど、あの人とはリンク出来ないという状態は何も珍しいことではない。
今回とて、セラフィがリンク出来ない者はいた。
しかし、それを無理矢理リンク可能としたのが美姫の特異能力である。
その能力は、リンク時限定で、属性の合う誰か一人を強制的にリンク可能にするというもの。
性質上、普通にリンク出来る者が一人必要となるが、条件さえ満たせば出来合いのチームでも多人数のリンクを可能にするという有用性がある。
例え初対面のいけ好かない相手でも、基本的により親しい過半数対一という関係に持っていける、美姫の鬼畜さがよく表れた能力と言えるだろう。
何せ、やろうと思えば敵対者でさえ無理矢理リンクさせられるのだから。
尤も、美姫が基地型で全員の防御値を上げてしまう関係上、そう滅多にないが。
(わざと防御値上げた相手を思う存分に滅多打ちして心折ったこともあったからな)
「ファーレストさん! 俺も無効化が使えます。一人ではダメでも二人がかりなら」
早速釣れた魚に、三者三様の反応が返る。
その内の一人であるファーレストは、恐らく効果はないだろうと予測しながらも、相手の手の内をより知ることを優先して無効化を合わせた。
だが、結果は言うまでもなく──
「はい残念。私の特異能力、女帝蹂躙は相手の阻害系能力に邪魔されない。そして、この能力の範囲にあるメンバーの上位次元能力も同様に阻害されなくなる。あなたたちの無効化能力、そもそも誓くんに届くかしら?」
誓の無効化対策の前に立ち塞がる、環の無効化対策。
能力的に、誓の無効化対策は環の前に壁となることは出来ないので、環の能力だけなら相殺も考えられる。
だがそれでも、女帝蹂躙の発動条件は霊力値や適正値において、何か一つでも本来の5倍以上になっているリンクメンバーがいた場合という、他に類を見ないほどの高難度設定。
4人リンクが上限の精霊術で、この発動条件は度を超えている。
固有スキルだけでクリアすることも一応可能ではあるが、一番あり得るので火の幻影型1名(精霊術士の2万人に1人の割合)に火の基地型2名、或いは基地型と万能型1名ずつとなる。
非術者と術者の人口比はおよそ千対一だから、必須となる火の幻影型1人だけでも概算で2千万人を必要とすることになる。
その上でリンク出来る相手となれば、最早、運命の相手と言ってもおかしくない。
最初から出会えるかも分からない相手、もしくはいるかも分からない規格外だけとのリンクに焦点を絞った、一生発動出来ない可能性もあった能力。
しかも、誓と違って環は特異型だ。
別に制限など掛けなくても、対象を選ばない無効化の対策くらい使えた筈。
それをあえて制限し、効果を高めた。
量で上回られようと、容易には押し切られない。
明るみに出たその手の内に、ファーレストが重く息を吐く。
環の言ったことが本当ならば、無効化対策以外にも何がしかの効果が出てることに気付いたからだ。
「厄介ですね。いや実に」




