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第三章 異端 伍

「ふふ、そうこなくちゃ。それじゃ、先ずはこれね」

 椿が右手の手のひらを上にすると、そこへ一冊の本が飛んで来る。

 本は手のひらの上で浮いたまま勝手にページが開き、そこから抜き身の剣が一振り、誓の前へと躍り出て当然のように宙へと浮かぶ。

「ず、随分な業物のようですが」

 何処かで見たようなフォルムと、見ているだけで圧倒される力に、誓は緊張を隠せなかった。

「ええ。三種の神器の一つ、草薙剣くさなぎのつるぎのコピーを分解、数多のスペルとレアメタルを組み込んで再構築したもので、草薙御剣くさなぎのみつるぎとも言うべきものね。私たちなら作ろうと思えばそれなりに量産可能とはいえ、これ程の霊剣を持つ陰陽師は世界広しと言えど私の従者か関係者しかいないでしょう」

「聞くだけでも凄そうですね」

 一発目から凄いのが出てきたと、気後れしながら誓が相槌を打つ。

「それはもう。テキトーに神力を込めて振り回すだけで東京都は勿論、関東一帯を壊滅出来──」

「他のをお願いします。出来れば女性らしいやつで」

 ステキな笑顔でとんでも発言をする椿の発言にかぶせるように、誓は次をお願いした。

(聞かなかった。俺はテキトーに神力を込めて振り回すだけで関東一帯を壊滅出来る霊剣クラスが、五大魔神第二位の周りで量産出来るような話は聞かなかった。あー聞かなかったとも)

「そう? ならこれはどうかしら」

 手を軽く振り、剣を回収して閉じた本を飛ばして返すと、椿は新たな本を呼ぶ。

 今度は、陰陽師がよく使うような呪符らしきものが三枚、誓の前へと姿を現した。

「悪霊見参! の護符 ~ 百鬼夜行もあるよ ~。三枚セット。使用するにはかなりの神力を必要とするけど、日頃から神力を蓄えられる便利機能つき。使うと護符を燃やさない限り、悪霊が敗れるか、相手が黄泉路へ引きずり込まれるまで止められない難点もあるけど、その分邪魔な大量の雑魚の処理には打ってつけよ。しかも、燃やさない限り何度でも再使用可能という素敵仕様」

「へえ。確かに、それはありがたいですね」

 陰陽師の使う呪符は使い捨てが多い。

 燃やさない限り何度でも再使用可能ならば、由紀は無駄な消費を抑えて長く愛用してくれるだろう。

「いいでしょう? これを持ってれば痴漢にあっても犯人を特定する必要もなく、臆病な女性でも疑わしい周囲の人間たちをまとめてあの世に──」

「他のをお願いします。その、もっと周囲に優しいものを」

 またもやステキな笑顔でとんでも発言をする椿の発言にかぶせ、誓は次をお願いした。

「そう? じゃあこういうのはどうかしら」

 そうして次に見せられたのは、実に可愛らしい忍犬ならぬ忍猫だった。

「護り猫・にゃん丸ぅ。防衛専門守護霊で、小柄で愛嬌溢れる姿なのにそこらの魔鬼クラスが相手でも安心の実力派。消費神力も省エネ設定で、基本隠行形態だから場所を取らない優れもの」

「おお~」

 これは期待出来そうだと、誓は拍手を送って先を促す。

 陰陽師は式神をよく使うが、戦闘力のあるものは得てして消費も激しい。

 魔鬼クラス以上の実力で省エネというだけでも好物件なのに、防衛専門とくれば万一の制御ミスによる事故もないだろう。

「難点は遷音速で移動しようと、入浴やお花摘みの時でも関係なく憑いた相手の傍で四六時中護るため、場合によっては護られてるというより呪われてると感じてしま──」

「他のをお願いします。その、長所が短所にならないようなやつがあれば」

(わざとか? わざとなのか?)

 読めない笑顔で最早定番のオチを言い掛けた椿の発言にかぶせ、誓は次をお願いした。

「そう? 小さいことに拘るわね……。それじゃとっておきの一品を出しましょうか」

(まさかの素かよ!)

 僅かに不服そうな言動から極上の笑みを浮かべた椿を見て、どうやら今までのものを真面目にオススメされていたと判断した誓は、心の中でツッコミを入れる。

 そんなやや荒れた誓の心境はしかし、目の前に広がった光景に一瞬で凪ぐ。

「美しい」

 白・紅・紫を基調とした和色の調べに、目を奪われた。

「十二単・泉白鶴いずみしらつる。上位四物質で編んだ至高の一品。重さも殆ど感じないし、持ち主の体形に合わせて変化するから着心地も抜群よ。攻撃的な機能こそないけど、耐術、耐物、耐水、耐熱、耐風、耐電と軒並み高いわ。引き摺ってしまう長い裳は自動浮遊で快適な移動を保証。しかも、嬉しい自動洗浄&修復機能つき。その上普段はこのように折鶴を斜めから見た角度で平面化した髪飾りとしても使用出来ちゃう携帯性と、何処かに置き忘れても持ち主が呼べば鶴となって舞い戻る利便性」

「うんうん」

 否応でも高まる期待に、興奮気味に頷きを返す。

「その性質上、上位次元を扱う素養のないものが持ち主になると極端な劣化は避けられないけど、術士なら問題ないでしょう。これでお値段なんとたったの二十億円! いつまでも着れて手間いらずなのに美しさも損なわなくてしかも失くさないこの丈夫で軽い着物がたった二十億円よ。とぉってもお買い得ね」

 定番のオチも術士なら問題なくクリア。

「それは安い。買った!」

 見た目も機能も文句のつけようがなく、これ以上ない掘り出し物だと、誓は即決した。

「毎度あり~。その娘の喜ぶ顔が今から楽しみね」

 十二単の状態では嵩張るからと髪飾りの状態で綺麗に包装して貰い、自分の人生でまたとない素晴らしい買い物が出来たと、夢見心地で店を出る。

 それから暫く何気なしに歩くと、思考が晴れ渡るかのように記憶にある道へと辿り着いた。

 そうしてクリアになった現実に、誓の思考も次いで醒める。

「……はっ。しまった! つい乗せられて衝動のままに買ってしまった」

(しかも二十億円て……。俺の貯金が一気に……。そうだ返品)

 即座に来た筈の道を引き返し、あの独特の雰囲気を持つ『陰陽郷 椿』を探すも──。

「見当たらない」

 何か特別な術でも掛けてあるのか、まるで見当たらなかった。

「ふ、ふふ、まさかあの紅雪の椿姫が商売の手腕にも長けているなんて、人間側で知っているのは俺くらいなものだろうさ。はは」

(出来れば知りたくなかった)

 自然と誰かのお宅の塀に片手をつき、反省のポーズとなって気落ちする誓。

「いや、逆に考えるんだ俺」

 首を振って考えを改めようと、思考を再構築する。

「そうさ。機能自体は人間にとってオーパーツ並みに凄いし、芸術性もある。何よりこれを着た由紀なんて想像するだけで魂が持って行かれそうな程ヤバい破壊力じゃないか。そう考えれば安い、安い買い物の筈なんだ」

 塀に着いていた手をグッと握り込み、後悔はしてもそれを補って余りある買い物だったと自分に言い聞かせる。

「……とりあえず、値段と諸々の機能は隠してただの髪飾りとして渡そう」

 そんな誓の保険も空しく、主と定める過程で髪飾りから着物へと変化して纏い付き、早々にオーバースペックを発揮した泉白鶴によって、全ては明るみとなる。

 頬を染め、楚々として嬉しさを畏まって表現する由紀の姿は誓の想像以上で、実に贈った甲斐のあるものだったが──

 浮かべる笑顔に大きく二つの感情を込もらせた母に告げられた、成人するまではカードをもう一枚作って賃金の半分を管理しますという旨に、平伏してただただ諾々と承諾するしかない誓であった。



 髪飾りとなった泉白鶴を手に、何処か地に足の着かない様子で自室へと戻った由紀。

 姿見に映る自分の姿を認めると、泉白鶴を着物へと変える。

(綺麗……)

 姿見の中に映る自分が、自分ではないように見えた。

(誓様に贈って頂いた、初めてのプレゼント。それだけでも嬉しいのに、それが誓様の戦って稼いだお金の殆どを費やして購入したこ、婚約衣装)

 途端に熱くなる頬。

 勝手な思い違いとは分かっていたが、懸想する未来の夫から十二単を贈られては、そう考えないことの方が難しかった。

(誓様……)

 妖精術士の大御所で精霊術を併用する誓。

 今でこそ多くの者に認められているが、幼い頃もそうだった訳では決してない。

 妖精術がメインで、陰陽術をサポートにする児玉家にあって、陰陽術を妖精術より得意とする由紀。

 惹かれてしまうのはそう、きっと全て含めた由紀そのものを見てくれるから。

 陰陽術をサポートにした妖精術士という枠組み。

 その固定概念が崩されようと、まるで一顧だにしない。

 それはそういうもの。全の中の一でありながら、一で全。

 自身がそうであって父に認められたように、普通や異端という枠組みを理解はしても、まるで重要視しない。

 故にそのまま、ありのままを受け止めるのだ。

 普通や異端というものが、万人の基準によって生まれるものではなく、究極的にはそれを自分なりに解釈した一人の基準による物差しに過ぎないと知っているから。

(ずるい。ずるいです誓様。こんなに嬉しいのに、こんなに苦しいなんて。これであなたの傍にまでいられなくなったら私は──)

 歓喜に比例して大きくなる悲痛に苦しむ胸を、両の腕を使って押さえる。

 叶わない夢なら見せないで欲しい。

 叶うならどうか、いつまでも、誰よりもあなたの傍に──。

 児玉家の思惑通り事が運べば、この先、一生涯に亘って誓の傍にいることは出来るだろう。

 それでも、間に入るだろう“一人目”を考えるだけで、二人目の候補である由紀にはその距離が残酷な程遠く感じられた。

 泉白鶴を纏ったまま布団へと倒れ込む由紀。

「忘れじの ゆく末までは かたければ けふきょうをかぎりの いのちともがな……」

 せめて今日だけでも、幸せな夢を──。


本日の百人一首

第54番 忘れじの ゆく末までは かたければ けふをかぎりの いのちともがな

いつまでも忘れないとおっしゃる言葉が、遠い将来まで変わらないというのは難しいでしょう。

なので、その幸せな言葉をいただいた今日を限りとして、命尽きたいと思うのです。


この回の流れや歌の訳だけ聞くと、少し哀しく感じてしまう方もいるかもしれませんが、これを詠んだ当時の作者は新婚状態です。

本当に幸せな時に詠んだ微笑ましく優しい歌であり、ぶっちゃけリア充爆発しろ案件とも言えます(彼女の晩年は不遇だったのであまり大きな声では言えませんが)。

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