第一話 日溜まりの笑顔 第四章 ランカー
「このように、基本的に物質は固体、液体、気体、プラズマの四つに分類されるが、それに加え上位次元の物質である霊質が妖力、神力、霊力、魔力として更に四種存在する。ただし、上位次元と言うものの、そこに下位次元が含まれる場合、下位次元による上位次元への干渉も可能なのは諸君も体験して自然と理解している通り。このことから、霊質の密度が高ければ高い程、下位次元の影響を受けないこともまた理解出来ると思う」
財布の中身が途端に軽くなって心を重たくしながら、精霊術の学校での授業を見た目淡々と、その実やや放心気味で自動的に受ける誓。
万も使うかどうかという買い物に億を費やして、哀愁を漂わせずにはいられなかった。
家内では既に、由紀の嫁入りに対して意欲的な誓という情報が行き渡っている。
二人の婚姻は確実で、場合によっては第一夫人もあり得るという勝手な憶測まで流れている始末。
給料三ヶ月分では済まない額の贈り物なので、そのつもりはなくても強く否定出来ないのが悔やまれる。
何せ誓自身、政治的意味合いが強くとも、遠い将来に第二夫人として受け入れること自体は悪くないと思っていたのだ。
しかも、紅雪の椿姫に乗せられたとは言え、少なくともあの時は更に踏み込んだ気持ちで購入している。
誓はそういう話に興味がなかったので後から知ったが、白無垢やウェディングドレスと同じく十二単を着た婚礼の様式もあることも災いした。
(由紀に負担かけちゃってるよな。俺って奴はどうしてこう……)
始めは誰もが思いそうなことをやっているだけの筈が、気付けば突き抜けた結果を招いてしまう。
昨日の場に希がいたら、きっとしたり顔半分に呆れ顔半分で言っていただろう。
『手の施しようが無いわね』──と。
「そして我々精霊術士の扱う霊質は、その四つの中の一つである霊力となる訳だが……愛埜」
「は、はい」
何処か気のそぞろな誓を気にかけていた環は、びくっとしながらも毅然と席を立つ。
「我々精霊術士は勿論、妖精術士にとっても基本と言える適正値の種類を五つ。全て述べよ」
「攻撃、防御、補助、召還、特異の五つです」
「うむ、正解だ。座ってよろしい。Sクラスである諸君には実に簡単な質問だったな」
楽な質問で良かったと思うと同時に、ということはやはり授業に気が向いていなかったのを見破られたかと推察した環は、ばつが悪そうに席に座る。
「これら五つの合計%は基本型と特殊型で300%。希少型で360%となっていることも合わせて覚えておくように。そうすれば仮に妖精術士が敵対しても、相手の様子から型に当たりをつけることも出来るだろうし、相手の苦手なポイントも分かるからな。では赤口」
「はい」
環とは対照的に、身も心も堂々と蒼衣が席を立った。
「特異能力で適正値と霊力値を上げるのはどちらが難しいとされているか──、理由も併せて述べてみよ」
「はい。難しいのは霊力値です。理由は既に持っている物の扱い方の限界を上げる適正値と違い、霊力値は現在持っていないものを追加するからですわ。補足するなら、適正値はリンクで上がることからも分かるように、現状のまま上がることが法則としてあるのに比べ、霊力値は現状のまま上がる要素が特異能力以外にないから、といった所でしょうか」
「素晴らしい。どちらが難しいかは分かっても、その理由を述べられたのは私の見た所この教室でも半分いたかどうかだ。中でもこれ程の解答は、更に半分いたかどうかだろう。流石は赤口家の娘だな。座っていいぞ」
「はい」
教師の蘭華だけではなく、多くのSクラスの生徒たちの称賛の意識をも集めた蒼衣がどうですとばかりに誓を見遣るが──
全く意に介さずにモニターを眺めながら憂鬱そうにしている誓の姿に、頬を引き攣らせるのだった。
「バカにしていますの!?」
午後のSクラスの霊育の時間になり、授業中にも構わず蒼衣が声を張り上げた。
耐燃・耐透け・耐刃・耐弾加工をしてある運動服は夢もへったくれもないが、それでも身体のラインにフィットした白の運動服に紺のブルマの組み合わせは素晴らしい。
近くで大声を出されたりしていなければ、誓にとって十分に心の休まる時間なのだが──。
「いや、これで全力だよ」
たまたま蒼衣とペアで基礎測定を計ることとなった誓は、出た結果を妥当と冷静に告白する。
「な、ふざけないで下さい。あなたは仮にもSクラスですのよ! それが、こんな体たらくなんてッ」
蒼衣は決して、自尊心だけ高い女ではない。
相手の尊厳も高くあることを望むし、高くあることを尊重もする。
「そう言われてもね。大体、君は俺を跪かせると言ってたじゃないか。この結果に何の不満があるんだい?」
だから、エリートクラスでありながら低い位置で問題ないような誓の態度に我慢ならなかった。
「っ。もう結構! 妖精術士の家系である炎導の精霊術士に、少しでも、少しでも期待した私がバカでしたわ」
先日考慮した第三位が目の前の少年であるかもしれないという考え。
それを蒼衣は、目の前のあまりにもがっかりな測定結果から否定した。
「全く、せいぜい第三位の誓さんの爪の垢でも飲ませて頂くのね」
捨て台詞を残し、見るからにイライラオーラを発しながら荒い足取りで誓から離れて行く。
「あ~あ、良かったのか悪かったのか。君も大変だね誓」
「慧。そっちは終わったのか」
蒼衣と入れ替わるように、静かな足取りで慧が誓の傍へとやって来た。
「まね。ボク、遊撃型で召還速いし、一緒に回った子も召還型だったからさ。それにしても……」
ひょいっと、慧が誓の持つ測定用紙を覗き込む。
「誓。これじゃ赤口さんが怒るのも当然だよ。手抜きと思われても仕方ない」
次いでやれやれと、額に手をやって横から視線を寄越す。
「攻撃性霊力値、防御性霊力値、補助性霊力値、召還性霊力値がどれも二回とも1000すら出てないじゃないか。万能型でSクラスの君なら、全て1万2000くらいは出る筈だろう。上の三つは時間に制限もないんだからさ。それなのに1000も出てないなんて、体調が悪いってレベルの問題じゃないよ」
「面目ない」
至極尤もな指摘に、肩を竦める誓。
「極端な天地型や幻影型なら一つくらいは分からなくもないけど、本当にど──」
慧が真相を問い質そうとした所で、周囲からどよめきが走った。
「凄ぇ。攻撃性霊力値測定、二回とも3万超えだってよ」
「マジかよ。流石アメリカの火のツートップの一角、煌炎のリートリエルだな。一年入学時でもう三年のSクラス並みかよ」
どうやらフィリエーナが順当に結果を出したようだと、誓は耳を傾ける。
「鈴風家のご令嬢も補助性霊力値測定で3万超えたって話だぜ。その護衛や赤口家のご令嬢はそこまでは行かなかったけど、今すぐ三年のSクラスになれる値らしい。他にもそんな子が一人いたとか」
「おいおい、今年の一年女子は凄いな」
周囲の熱気とは裏腹に、誓は気が冷えるのを感じた。
「3万。最大霊力値か……」
この年代の術士としては確かに凄い。凄いが──
人間如きの順当な最大霊力値など、高が知れている。
必要なのはその先、最大の限界を超える何かか、或いは既存の法則を覆す何か。
「ホント凄いね。──、誓?」
「ん?」
「ううん、ちょっと恐い顔してたからさ」
「ああ。いや、なんでもないって訳でもないけど、大丈夫。気にしなくていいよ。悪いな」
慧にそう答えて、誓は思考を切り替える。
それを他人に求めるのは酷だと思う心と、誰かその先へ一緒に来てくれと願う心、矛盾する想いを諸共に心の奥底へと押し込める。
「いいけど……。それより早いトコ提出しに行ったら? もしかしたら、再測定とか言われるかもしれないし」
「それは困るな」
苦笑して、誓は用紙を提出しに歩き出した。
それから暫く──。
「全員測り終えたので、次はペアで模擬戦を行う。先ずは、試しに一組やって貰うか。誰か我はと思う者はいるか! 今なら相手の指名に関しても融通してやるぞ」
担任の蘭華が、大きな声を張り上げる。
「はい!」
「ほう。いい返事だな赤口。誰かやりたい相手でもいるのか?」
「勿論ですわ土井先生。是非、リートリエルさんと戦わせて下さい」
蒼衣が挙手した時点である程度予想出来たにせよ、その発言に周囲が色めく。
火の術士日米頂上決戦が、早くも実現しようとしているのだ。
「ふむ。赤口はいいとして、どうだリートリエル。ペアとなる人物に心当たりがあるなら、私としては受けて欲しい所だが」
「構いません」
至って平静に、フィリエーナはその申し出を受け入れる。
先日の問答により、フィリエーナの中での蒼衣の術士としての能力は、ある程度見切りをつけられていた。
即ち、このアマチュアが、である。
「そうか。それでペアは誰にする? 二人ではリンク効果も低いから別の属性の者でもいいと思うぞ」
「それでは赤口さんに悪いでしょう。彼女は火の術士としての勝負を望んでいる筈です。だから私も、パートナーには火の術士を選びます」
「ん、しかしだな……」
先の測定では、赤口家の関連者以外に火でパッとした者がいなかったこともあり、蘭華は言いよどんだ。
可能であるなら、なるべく二人には対等な関係で切磋琢磨して欲しいと考えて──。
「心配は無用です。セイ。力を貸して」
「!?」
フィリエーナの発言に、周囲が驚きと疑問で揺れる。
この日米頂上決戦に、果たして相応しい人選なのかと。
「いいよ」
そんな中、誓は特に固くなることもなく了承の意を返した。
「お、お待ちなさい」
だが、先の言葉に最も反応したのは今日の測定を誓と一緒に回った蒼衣だった。
「何かしら?」
「どうしてその男を選んだのですか? その男は全測定値で1000もいかないような霊力値だけの、いえ、その霊力値すら怪しいハリボテ似非術士ですのよ。なんなら、今からでも変えて構いませんことよ」
蒼衣が既に見限った所以を述べて、気を取り直すように上から目線で人選のやり直しを促した。
「ハリボテ似非術士……ね」
(確かに、守護精霊を破壊される度に能力値が戻るだけならそうでしょうけど──)
『俺の不知火は、三度転生する』
(三度蘇るプラスがあっても、能力値が戻るだけでそれまでのマイナスを取り戻せるなんて私には思えない。御子型や幻影型ならまだしも、特異型に万能型、そして道化型の三タイプの特異能力はハマると化ける。何かもう一つ、セイを第三位足らしめる何かがある筈。セイがそう言っているだけで、三度以降も蘇られるという可能性も零とは言えないし……)
「!」
(もしかしてこれ? デメリットだった二回分、もう二回くらいは能力値を損なわずに、或いは多少増強して蘇られるというメリット? これなら相手の意表を突けるし、守護精霊を幾度も消滅覚悟で盾に出来る分、相手の精神的負荷も大きくなるから戦術的なリターンも大きい。もし増強されるとするなら、万能型の特異値を考えても恐らく全てにおいて1.5倍は堅い筈。その上で妖精具を状況に応じて変化出来るとすれば、正に万能型の体現だわ)
既に誓の妖精具の変化を見たフィリエーナは、誓の本気をそう予想する。
片手剣による近距離、槍による近・中距離、そして遠距離や守備においても力を発揮する何かがあるとすれば、全適正値90%以上に隙を見出すのは難しいと──。
その強さに、心を熱くする。
「……そうね。もし、今命懸けの戦いに挑むとしたら、彼を選ぶからかしら。だから変更はないわ。それに、何がとは言わないけど私の初めての人だし」
「な……」
さらりと爆弾発言を投下し、勝手な妄想で真っ赤に染まる蒼衣や様々な憶測を飛ばす周囲を放って、誓と試合の初期配置場所に向かうフィリエーナ。
「頼りにしてるわ」
自信に溢れるフィリエーナの声と共に、作戦タイム開始である。
「正直、本気出すと弱い者いじめになるから、出来れば一回だけで倒したいかな」
蒼衣の選んだパートナーである環にやや注意を傾けながら、誓が心の内を吐露する。
「仮にも今すぐ三年のSクラスに入れる子相手に弱い者いじめ、ね。一回ってことは、どっちも半減状態と思っていいのよね?」
「ああ」
別に二回でも構わないが、ハリボテ似非術士と言われてまで格下相手に同じ土俵の勝負を仕掛けるほど、誓のプライドは安くなかった。
これが実戦なら、そんなプライドなど犬にでも食わせる所だが──。
(模擬戦だからな。それらしくやってやろうじゃないか)
「なら、私が前衛で、あなたが後衛で行く?」
「いや、サポートに回るにしても、前に出た方が後ろより上手く運べると思う。俺も君も守護精霊は後衛に置けるタイプだし、二人とも前衛で制圧するとしよう。赤口さんの力は見ている。守護精霊次第じゃ多少苦戦するかもだけど、あれなら半減してる俺だけでも十分だ」
「フフ。いいわね。それで行きましょう」
ペア戦でありながら、二人とも前衛とあっさり言い放った誓に対し、攻撃型のフィリエーナは気持ちよくその案に乗った。




