美容と豆腐
今回も料理です。
その日の朝は陛下の飛び込み依頼の対応に追われ、使い方と作り方を依頼に走る担当さんに教えていたらいつの間にか昼前になっていた。例の矯正箸の話だ。
幸いと言うか悩むが、今日は隷属化された人は連れて来られなかったので、ヒバリ達はゆっくりと過ごす予定だったのだが……
「父上のせいでサリスと出かける時間が取れませんでしたわ!せっかく午前で用をほぼ全て済ませて来たのに……もう!」
「ヴァシュリー、また近いうちに機会がありますよ」
「昨日やってきた商人が新作の化粧品を持ってきましたの。それで、ワタクシが気に入ったら店に顔を見せにと言っていたのよ。悪くなさそうだったから、それならサリスも連れてと思っておりましたのよ」
「私はあまり必要以上に化粧はしないのですが……」
「いけませんわ!女はいつでも自身の手入れを怠ってはいけないのですわ!過去の言葉に"お肌の曲がり角"なる年齢があると言われておりますの。その時に慌てずに今から手入れを行うべきですわ!」
……その言葉、絶対に召喚された人が言ったんでしょ?
聞くつもりは無かったけど、居住袋から出たらそんな話をしているのが聞こえてきた。どこかの化粧品のCMのセリフだったよなぁ?
「ああ、女性の美容にいいと言えば、豆腐……いや、原料の大豆って女性にとって凄くいいんですよね。確か、大豆イソフラボンって成分が女性らしさを促す女性ホルモンとそっくりだから、それを摂取することで、おわぁ!?」
何気なく話題を振ってみたら、物凄い勢いでヴァシュリー皇女が俺の横に飛んできた。いや、皇女付きの侍女2人も一緒のトライアングルフォーメーションだった!
「ヒバリ、詳しく話しなさい!」
「これは重要な事です」
「ちゃーんと話してくださいねー?」
一緒にいたピーリィが"ぴゃ!"と声を上げて俺の後ろに隠れてる。
そこまで必死になるのか!?必死過ぎて怖いよ!
「いやほら、俺が務めてたファミレス…大衆食堂でたまに女性向け料理が出されてたんですよ。そこで潤い効果のコラーゲンと女性ホルモンの大豆イソフラボンってのが一時期流行りまして……さ、沙里ちゃんも知ってるよね!?」
話しているうちにじりじりと寄ってくる3人怖いよ!
情けないけど沙里ちゃんに助けを求めます!
「ああはい。わたしも少しですけど聞いた事ありますよ。ただ、コラーゲンは脂とか皮?くらいしかよく知らないですね」
「鶏皮やすっぽん、魚も皮が良かったはず。脂だから摂り過ぎは別な意味で危ないですからね?ほどほどに!ですからね?」
ふんふん、とメモを取る侍女へ念を押しておく。
すっぽんが分からない?俺もこっちにいるかは知りませんて!
「あー。こういうのってそればかり食べて失敗する人っていますよねぇ。わたしのクラスにも発疹みたいの出ちゃって逆に肌が荒れちゃった子いましたよ」
「栄養バランスは大事だよね。あと、痩せたいから食事を抜くってのも絶対に良くない。それなら適度に運動した方がいい……のは分かってても運動ってやるのも時間を作るのも面倒なんだよねぇ」
「私も文芸部だったから運動はちょっと」
しみじみと思いふけってしまった。仕事中歩きまくってるから運動はしてる、なんて自分に言い訳してたな。誰しも使う言い訳だよね?
「もう!2人だけで盛り上がらないでくださいな!それで、どれをどうすればよろしいんですの!?」
どうにも収まらない皇女様一行に、どうせだから昼ご飯はここで一緒に豆腐三昧を提案したら、入れ食いHITで釣れてしまった。
すぐに食事はここで取る旨を伝えに部屋の外を見張ってた1人が走り、女性陣はきゃっきゃと豆腐の準備を始めている。畑作業から戻った美李ちゃんはよく分からずにハイなテンションの皇女様達に混ざって騒いでるだけみたいだけど、ピーリィも含めて全員楽しそうだしいっか。
「美容に良い食事と聞きました。この料理人にも是非教授お願いね。あらいいの?本当に嬉しいわぁ」
はい、朝に引き続きダーラ皇后様も釣れましたー!
ここの皇族って皇子様以外すぐ飛んでくるよね!?
そして始まる昼食会。
一から始めるには時間がかかり過ぎるため、豆腐はこちらで用意させてもらった。無理矢理この時間を捻出して来たみたいだし、政務補佐の人が余裕なさげで可哀想すぎるでしょ……
まずは水抜きをした豆腐で厚揚げと油揚げを教えながら作る。油揚げは低温から高温へと切り替えが上手くいかない人がいたので、初めから2つの鍋で温度を変えて用意するのを提案しておいた。
厚揚げはおでんや煮物に、油揚げはお稲荷さんや混ぜご飯に、水抜きした豆腐で揚げだし豆腐、普通の豆腐も炒り卵や白和え、豆腐ハンバーグを作る。おからも当然煮物やクッキーにしてみた。
「ハンバーグに豆腐を使う時は、挽肉との割合は好みで変えてください。おからも栄養があるので是非使って欲しいですね」
1時間以上かけて作っていったが、冷めないようにすべて袋に入れていたので、テーブルの上に並べて袋を開け、一気に匂い立つ料理に皆が期待する。
「豆腐だけでもこれだけあるとは思いませんでしたわ」
「肉に代用するというのはまた面白いわね」
「冷めないうちに食べましょう!いただきます!」
ピーリィが自分専用の箸を持ってわきわきし始めていたので、さっさと食べ始めるよう声を掛けた。俺と沙里ちゃんと料理人の方達はまだ動いている。侍女の2人やトニアさんには姫様達の食事のフォローに回して一緒に食べさせている。
いつでも味見出来た俺達と違ってここでお預けは可哀想だしね。
見た事のない料理だらけで皇女様も皇后様も楽しそうだ。飲み物も豆乳を各種フレーバー付きで用意してあるので、まさに豆腐尽くしだ。
そして、俺個人がやってみたかった物も持ってくる。そろそろいい頃合いにあったまってきたから出来始めるはず!
「これ、やってみたかったんですよねぇ」
「それはなんですか?」
「豆乳……だけ、ですわね」
携帯コンロの上に乗せられた鍋には豆乳のみが温められている。ヒバリが持つのは長めの木の串と取り皿。沸騰させずにしばらく待つと、表面に膜が張る。
「これを掬い上げて、湯の葉っぱと書いて湯葉といいます。膜の所だけ取るのでちょっと贅沢な食べ方ですね。わさび醤油で食べたり、ちゃんと豆乳を切ってだし汁にいれたりもします。どうぞ」
くるんと串に巻き付けて、取り皿の上で豆乳を落とす。話している間にある程度豆乳が切れた所で皿に盛りつけた。
「凄く濃厚になりますね!美味しいです」
「豆乳だけなのに甘さを感じますわ。食感も不思議!」
「上澄みだけとはまた贅沢だわ。残りの豆乳はどうするの?」
「残りはだし汁で割って豆乳鍋にします。色々いれて煮込むだけです。どちらかと言えば庶民の味になりますかね」
湯葉が取れなくなった豆乳は回収してまとめていく。教える時にも湯葉と豆乳のストックを増やしているので、これで後でゆっくり個人でも楽しめるぞ!
結構な種類と量を作ったが、そこは袋に保存しておくので無駄にする心配はない。料理人達も含めて手土産に持たせても俺達のストック分は沙里ちゃんと2人でちゃっちゃとやったから大丈夫、抜かりはない。
「美味しかったし楽しかったですわ」
「ええそうね、ごちそうさま……ああそうそう、次は是非こらーげん?だったかしら?そちらの料理も楽しみにしてるわね」
散々食べて満足した2人と付き人らが楽し気に部屋を出て行った。後片付けは侍女さんらも手伝ってくれたので思った以上に早く済んだけど、こっそりおからクッキーをねだられたのはないしょにしておいてあげよう。
「コラーゲンかぁ……そっちは俺もよく分からないんだけどなぁ」
「わたしもです……皮を使ってと言っても、特別なのって思いつかないです」
道具と食材のチェックをしながら沙里ちゃんと話すが、やっぱりコラーゲンはどちらも詳しくなかった。
「やるなら鶏皮の焼き鳥か……ああ、豚骨じゃなくて鳥骨でスープ作って鶏ラーメンって手があるな!何度か食べに行ったことあるけど、すっごく濃厚だから好み別れるかもだけどね」
「それなら濃厚のとそうじゃないのを作れば大丈夫ですよ!わたしも食べてみたいです!TVで見た事あったけど、食べた事ないんですよね〜」
なんだかんだで沙里ちゃんも料理や食べる事好きなんだよね。
でも全然太ってないしむしろ細いくらいなのは不思議だ。
……いや、こういうのは見るのも言うのも危険だな。
女性陣のそういう話題は怖いって今日改めて思い出したしね!
「ヒバリたち、まだ食べるはなししてるー!」
「おねえちゃん達は食いしん坊さんだからね〜」
豆腐用の大豆の下処理を終えたピーリィと美李が呆れた顔でこっちを見ていた。さっき散々食べた後にまた食べ物で盛り上がってるんだから、そう言われても言い返せないなぁ。
「今度は味の付いたゆで卵とかも作るんだぞー?」
「ぴゃ!なにそれ!?おいしそー!」
「らーめん?らーめんだね!?」
いっそ2人も巻き込んじゃえ!
と、後で作るものを詳しく話すと、結局2人も一緒になって盛り上がっていたわけで。 鳥人族と鳥はまったくの別種だからとのピーリィは鶏肉は気にしないどころか唐揚げも好きだし、ラーメンも楽しみにしてくれてる。
いっそ今から仕込んでみるかな?
こうして、ただ料理を作って料理の話をして楽しむだけの日を過ごす。
たまにはこういう日があってもいいよね!
私は湯葉も卯の花も好きです。
あと、薄味じゃない白和えも揚げだし豆腐も大好きですね!