お試しフリーズドライ
ユウとベラ達が出発した後、
俺達は宛がわれた部屋に戻っていた。
正確には居住袋の中だが。
2人と別れた寂しさが広がる前に何かをして過ごそうと沙里ちゃんにこっそりと提案されたので、ここは前から考えていた調理に挑戦しようと思い立ったわけで。
「さて。せっかく時間が空いたから、また新しい実験をしたいと思います!」
「おー!」
「ヒバリおにいちゃん、何作るの?」
「ヒバリさん中々教えてくれないし」
全員ダイニングキッチンに集まっているが、姫様とトニアさんは壁際のソファの方にいて参加というより見守っている感じだ。俺達4人はテーブルを囲むように座り、中央にはバットやちょっとした食材が並んでる。食材どころかご飯や調味料もあり、皆も何が始まるのか想像がつかないようだ。
「今回は水と風の魔法を応用して、フリーズドライ食品に挑戦したいと思います!あとついでにふりかけもやってみようと思ってるんだ」
「ふりかけはわかるけど、フリーズドライってなぁに?」
沙里ちゃんは何となく分かったようだが、美李ちゃんはふりかけのみ、ピーリィと姫様とトニアさんにはまったく分からなないのは当然だろうね。
「簡単に言うと、ふりかけは色んな食材を乾燥させて、ご飯や野菜、パスタにかけて簡単に美味しく食べられる乾いたソースって言えばいいかな?
フリーズドライは凍らせてから真空の中で乾燥させて完全に水分を抜くと、いつでもどこでもお湯をかけるだけで食べられる携帯保存食だね!」
「美李、お湯をかけて飲む卵スープ好きよね」
「あー!……えっ?あれが作れるの!?」
「ホントはカップ麺もやってみたいけど、今はこの2つでやめとくけどね」
「ぴゅぅ……ピィリわかんない」
3人で盛り上がってしまい、話に入って来れないピーリィが落ち込んでしまった。うわ、寂しさを紛らわせるはずなのに、これじゃ本末転倒だ!
「ああごめん!とにかくやってみればわかるからさ!」
まずは何を作りたいか分かりやすく説明するために、人数分のお椀に味噌と刻みネギと乾燥昆布をナイフで削ったとろろ昆布を入れる。
「俺達がお味噌汁を作る時って、だしを取ったり具材を煮たりするんだけど、実はこれだけでもちょっとしたお味噌汁になるんだ。ピーリィ、お椀に半分ぐらいのお湯を入れてみて」
「うん!」
注ぎ口のある片手鍋で沸かしたお湯をピーリィがそっと注いでいく。最近はよく手伝いをしてくれるから、これくらいなら火傷もせずにさっとこなしてくる。
「じゃあこれをこぼさないようにスプーンで混ぜて……よし、皆で飲んでみて。もし味が濃かったらお湯を少し入れてね」
一口飲んでみると、懐かしいとろろ昆布がふわっと旨味を伴って口の中に入って来た。うん、これも味噌汁と言えるね。
「味噌汁のだしってこういうやり方もあるんですね。この味噌を袋に入れて、好きな量を掬い取ってお湯に入れてもいいですね」
「家庭ならそれでもいいんですけど、それだと俺の袋以外では日持ちしないんですよ。今回試したいのは、馬車旅とかでも使えるように、これを乾燥させちゃうんです」
「ふりかけも使うんですか?」
「味噌汁やスープだけじゃ足りないから、そこはパスタ用とご飯用のふりかけがあると味付け楽でしょ?名前の通りふりかけるだけなんだしね。混ぜご飯おにぎりやペペロンチーノがやりやすいかなぁ?」
「ふりかけはまだ想像が難しいですが、味噌のスープがお湯だけで具材も入っているのは面白いですね。馬車旅での栄養補給も食材管理も相当に楽に済むでしょう」
「ねー、難しいことより早く実験しよ!」
トニアさんと沙里ちゃんとで色々話していたら、味噌汁を飲み終わった美李ちゃんとピーリィが次の作業を待っていた。うん、今は色々試すのが先だね!
「まずは……さっきの味噌汁でやってみよっか。美李ちゃん、これを凍らせてもらえるかな?」
「はーい。えいっ!」
美李ちゃんの手から冷気が生まれ、少量のお湯で溶かした味噌汁の素が入ったバットを凍らせていく。中までしっかり凍った所で止めてもらい、今度は沙里ちゃんの出番だ。
「沙里ちゃん、この凍った味噌の所だけ真空に出来る?」
「真空ですか?乾燥じゃないんですね」
「学校の実験で沸点を下げるのやった事ないかな?空気を抜くと水が沸騰しちゃうやつ。あれを利用して水分を抜いちゃうんだよ」
「ああ!やりました!そっか、気圧が下がると昇華するあれですか……」
ぶつぶつと呟きながらああでもないこうでもないと、風の魔法を発生させて試している。ただ風を起こすのとは違って、空気を制御するのはどうやらかなり難しいみたいだ。
「あー、無理そうだったら、」
「あ!分かりました!空気を無くすより吸い出して減らすイメージの方が時間かかるけど出来てます!ほら」
バットの中で凍った味噌が徐々に沸騰し始める。やがて、沸騰がなくなりバットの中の味噌汁の素が一回り小さくなって隙間が出来た。
「ふぅ……これでどうでしょう?」
魔法を止めた沙里ちゃんが一息ついてバットの中の味噌をつつく。カラカラと音がする味噌は確かに乾燥してるみたいだ。トニアさんを中心に、他の皆も食い入るように見ている。
「じゃあこれにお湯を入れてみようか」
「はーい」
お椀に移した味噌汁の素に、ピーリィがお湯をかけていく。
「どうかなぁ。あ、誰か飲んでみる?俺でいいのかな?」
「ピィリのむ!」
勢い良く手を挙げたピーリィがお椀とスプーンを受け取り、軽く混ぜて味噌汁になったのを皆で見てから口に入れる。
「……んー?さっきとなんか違うー」
首を傾げるピーリィ。それをみて沙里ちゃんも一口もらって、やはり美味しそうな顔はしていなかった。
「これ、とろろ昆布の食感がないですね。ボロボロです」
「ボロボロ、か。味はどう?」
「味はそんなに違いはないんですけど、やっぱりとろろ昆布の食感がないのはもったいない感じです」
「改良の余地ありってとこか。でも、フリーズドライ自体は出来たんだからまずは成功って言っていいでしょ!」
「あ、そうですね。実験は成功ですね!」
「おねえちゃんとあたしの合体魔法だもんね!」
「ピィリもてつだったの!」
いぇーいと3人で手を合わせてはしゃぐ姿は和むなぁ。
「だしについてはちょっと考えてた事があるんだよね。ほら、粉末にする魔道具の製作依頼をしたいって前に話したでしょ?それを使えば煮干しも昆布も粉にして味噌に混ぜればいいだけなんだよね」
「あ、だしはそれで解決しちゃうんですね……あれ?だしの取り方って、普通の家にはその粉末を売ればすぐ広まるんじゃないんですか?」
「…………おぉ!?なんで俺はそこに気付かなかったんだ!」
なんだよ、わざわざ板の昆布使わなくてもスプーンで解決じゃん!いや、粉より板から取った方が雑味もないしうまいんだけどね!でも、一般家庭なら粉でよかったんだよ。そうだったんだよ。
がっくりとテーブルに両手をついて項垂れていると、ピーリィがよしよしと頭を撫でてくる。ちょっとショックが大きすぎたからこのまま撫でられていよう。
「ピーリィ、ありがと。ああそうだ、ついでにフリーズドライの味噌汁の具もさ、味噌汁をお湯で戻す時に乾燥わかめも一緒に入れればそれはそれでいいんじゃないかなって思った」
「だしが解決したから、1つ目はわかめとねぎの味噌汁で完成ですね!」
まずはコップ1杯に使う量の味噌と粉末の煮干しと昆布、それと刻みネギをを決めて少量のお湯で溶いてからフリーズドライにする。そこに少量の乾燥わかめを入れてからお湯を注いで……これを基準としてみた。
自分達だけじゃなく、さっき出発したばかりのユウとベラに、それとルースさんにも試してもらうよう作り方もノートに書き込んでお願いしておいた。
「次はふりかけいってみようか!こっちは乾燥したものを混ぜるだけでいけるかな?まぁやってみよう」
煮干しと昆布の粉末に炒った胡麻、乾燥して粗めに砕いた川海苔、後は焼いた魚をほぐして醤油で甘辛く煮て、それを沙里ちゃんの魔法で乾燥をかけてかっさかさにしてもらう。
「これをそれぞれ好みの味になるように量を変えて混ぜて行こう。何を小匙何杯入れたか書いておいてね」
バランスよく配合する沙里ちゃん、胡麻と魚多めで味が濃い美李ちゃん、ほぼ魚しか入ってないピーリィ、俺は……だしを多めにしたら、何故かふりかけとして食べるよりお茶漬けに最適なものが出来てしまった。ほんと何故だ。
「ピーリィのはおにぎりの具材にするとちょうどいいかも。美李ちゃんのは混ぜご飯にすると色合いもいいね。沙里ちゃんのは一番ふりかけとして合ってると思う」
「ヒバリさんのは緑茶入れたらほんとにお茶漬けですねぇ」
「ま、まぁ結果オーライってしといて!……で、姫様は参加してないと思ったら昆布茶にハマってます?」
ふりかけ作るつもりがお茶漬けの素を作っちゃったのが納得いかなくて、ついでだから粉末昆布に抹茶とほんのわずかな塩を入れて昆布茶を作ったのだが、これが姫様に気に入られたみたいだ。
「なんだかほっとする味で好きです。まさか海の草がお茶になるとは思ってもみませんでした。これは是非とも量を確保して頂きたいです!」
「まぁ、昆布と抹茶と塩だけなんで一番簡単なんですけどね」
「お茶漬けもさっぱりとしていて、焼きマスを乗せるとさらに食が進みそうです」
俺と姫様が話している間に、トニアさんは沙里ちゃんから焼きマスを貰ってお茶漬けを食べていた。沙里ちゃん、その組み合わせは最強じゃないですか!
俺もいそいそと鮭茶漬け風をいただき、
昼ご飯からそんなに時間経ってないのに茶碗1杯完食してた。
その後は油で揚げたニンニクに塩・胡椒・唐辛子・フリーズドライで作った粉末鶏ガラスープの素を混ぜてペペロンチーノの素を作ったり、雑炊をフリーズドライにしてみたりとしていると、ふと美李ちゃんが聞いてきた。
「ヒバリおにいちゃん、これって凍らせた後におねえちゃんがやってるのって水をなくしてるんだよね?」
「そうだね。水だけを取り出すのって普通にやると出来ないからね」
「じゃあさ、あたしが水魔法で水だけなくしちゃだめなの?」
な……んですって?
魔法……ああ、魔法か。魔法は普通の手段じゃないよね。てか、散々魔法使ってたのになんで気付かなかったんだ!いや今日何度目だよ!って、なんかこう、ああもう!
「美李ちゃん、試しにこの雑炊でやってもらっていい?」
「はーい。えいっ!……このお水どうする?」
美李ちゃんがバットに手をかざすと、一瞬で透明な水が宙に浮かび、バットにはからからになってひび割れた雑炊が残った。
おぉ、これがファンタジーか……
「水はこのコップにいれといて。それと、沙里ちゃん。その、」
「はい、わかってます。魔法って凄いですねぇ」
無駄に魔力と精神を使った真空は意味がなかったと、
美李ちゃんによって証明されてしまったわけで。
沙里ちゃんほんとごめん!後で何か埋め合わせするから!
そしてこの後の事だが、トニアさんが沙里ちゃんに真空とは何かを教わり、それを横で聞いていた俺がゲームなどでは真空の刃は強力な攻撃魔法だと言ってしまったため……
場所をピーリィがよく使う訓練部屋に移していた。
トニアさんにお願いされて真空の刃を試みた沙里ちゃんの風魔法は恐ろしい威力を発揮し、トニアさんが必死になって数時間で何とか真空の魔法を習得していた。やばいものを生み出してしまった気がする。
次はピーリィも習得しようと頑張っている。
美李ちゃんも何かないかと騒いで、今度は沙里ちゃんが口を滑らせた。
超高圧の水は石も斬る、と。ああ、これまたやばいのが出たなぁ。
どちらも恐ろしい切断力を見せる魔法が出来上がる前に、流石に姫様から待ったがかかった。
「これは軽々しく扱ってよい魔法ではありません。トニア、あなたならすぐにそれに気付いたはずですよ?ましてや子供達では己の魔法で怪我を、命を落とす可能性すらあります」
「……申し訳ありません。王国での決戦が近いと思うと、気付かぬうちに力ばかり求めていたのかもしれません」
答えるトニアさんの頭上の耳が倒れる。
「余計な事言った俺のせいでもあるし、あとでどれほど危ないのかじっくり試した方がいいですね。間違って人に当てたら大変だから、焦らずにいきましょう!」
気付けばもう18時を過ぎていたので、
今日はここまでと言う事で、全員で居住袋から出る。
気晴らしで新しい食品開発を模索していたら、
何故か攻撃魔法の訓練になっていた。おかしいなぁ。
我慢しきれずにもう1つの作品を投稿し始めてますが、メインのこちらも忘れてませんからね!