帰郷する者と守る者の出発
いつもの1時に間に合わなかったので手動投稿します!
今日の14時、ユウとベラは出発する。
ちょっと遅めなのは、出発して夕方までの短時間で獣人達の様子を見て体調に難のある者は城に引き返して養生させる。たった4時間ももたないなら今は治療をして欲しいと、これから帰郷の馬車旅となる獣人達には同意を得ている。
帝都から獣人の国"ニューグロー共和国"まで馬車で通常であれば2週間で着くかどうか。今回は人数も多いので状況によっては1ヶ月近くかかると予想された。
臨時編成された護衛団と獣人達の今日の予定は、12時に全員での昼食、13時半に騎士団訓練場にて馬車への乗り込み、最後に陛下の挨拶と出発。
昼食は交流を促すために敢えて全員集めてのものとなる。逆に、ここで見た事のない者が混じっていたらそれは間者として対処するため、護衛団の騎士達は獣人達に恐れられない程度には言葉を交わすように言われている。
心に傷を負った女性獣人が多い事もあり、護衛団には比較的多めの2割が女性で編成されていた。当然、騎士として腕のない者は選ばれていない。
ユウとベラも護衛に女性が多いと聞いて喜んでいた。尤も、ベラの同行は獣人達にとって一番喜ばれていたわけだが。ベラの実家は、それだけ有名であったという事だ。
寝付いてから4時間後の朝7時過ぎ。ヒバリは予定通りトニアさんに起こしてもらって朝食の準備をした。市販のものではなく、自家製の醤油と味噌を使って料理していた。
「焼きおにぎりとだし巻き卵、豆腐とわかめの味噌汁は昼か晩ご飯用として入れておくか。あとは2人のリクエストの――」
マグロじゃないけどツナマヨ、ゆで卵を潰してマヨネーズと和えたもの、柔らかい燻製肉とレタス、それと輪切りにしたフルーツと生クリーム。
これらで作ったサンドイッチも大量に作って、自分達用、ユウとベラ、ルースさんのそれぞれの共有袋へと仕舞っていく。
俺の横では沙里ちゃんがせっせとパンケーキを作っていた。2人がリクエストした朝食だ。これから人目が多い馬車旅の中では食べられない……いや、食べたら匂いでバレて大変な事になるから控えなければならないので、今日はしっかり食べたい!と熱望された。
クッキーやプリンみたいに熱くない物ならそんなに匂いは出ないだろうけど、冷めたパンケーキは嫌だし獣人達の鼻を舐めるな、とベラが言ってた。目が笑ってない!
「女性が多いから甘い物には敏感でしょうね」
と、他の皆も苦笑いで納得してた。
「ヒバリさん、カラメルソース作ってるんですか?随分いっぱい作るんですね」
パンケーキは皆が起きてきたら焼くからとサンドイッチを手伝ってくれていた沙里ちゃんの横で、砂糖を少量の水に溶かして火にかける俺を不思議そうに見ていた。
「これはプリンのカラメルじゃなくて、べっこう飴にしよっかなって。皆甘い物が好きだって言ってたから、飴なら馬車の中でも手軽に食べられるからいいでしょ?」
「べっこう飴って、これだけで出来ちゃうんですか?」
「焦がさないようにカラメルソースより薄い色まで煮詰めたら火から降ろして固めたらそれで完成だよ。子供の頃にさ、カラメルソース作ろうとして鍋を放置しちゃってね、鍋の中身が固まっちゃったんだ。それを怒られるのが怖くて、必死に鍋底をハンマーで叩いて鍋ぼっこぼこにして。結局鍋を使えなくして怒られたんだよなぁ」
「ヒバリさん、そんな事してたんですか」
想像したのか、クスクスと笑っている。
「今思えば、水たくさん入れて火にかければ溶けて落ちたのにね。っと、こんなもんでいいか。これを薄いタッパのような袋に次々と流し入れて、袋を閉じないで冷ましたら適当に割って出来上がりだね!」
「琥珀みたいで綺麗……これ、クッキーの型に入れたら可愛く出来そうですね!」
「おお、そこまでは考えてなかった。それなら子供もすごく喜びそうだね」
そういう細かいとこまで考えられるのはさすが女の子だな。適当に割ったのだと大きさで揉めるかもしれないか。まぁ、今回は子供いないしもう袋に入れちゃったからいっか。
「次作る時はそれでいこう!」
鍋に残った飴色は、また水と砂糖を煮詰めてカラメルソースを作った。この世界だと調味料は一般家庭にもあるけどかなり貴重だ。特に甘い砂糖は塩や胡椒どころじゃないからね。ただ落として捨てるには勿体ないから再利用するぞ!
「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」
9時前には全員が集まって、俺と沙里ちゃんで次々に焼いたパンケーキを並べて揃って食べ始めた。お代わりが欲しい時は俺達が追加で焼いていく。
ピーリィとトニアさん、それにベラも蜂の子ソースを堪能している。姫様と日本人組はもっぱらフルーツと生クリームだ。
「この後はもし新たな被害者の方がいらしたら解放し、本人の体力と意思を確認してすぐに帰りたいと言われたら馬車に乗せていくそうですね」
「だねー。体力次第っていうのが大きいと思うよ」
「それでしたら私が回復魔法を使って少しでも負担を軽くしましょう」
「ベラも、出来れば連れ帰ってあげたい」
食後のお茶を飲みながら4人の会話を聞く美李ちゃんとピーリィの顔は明るくない。俺と一緒に洗い物をしている沙里ちゃんがちらちらと見ていた。
「よし、そろそろいいかな!」
洗い物を終えて声を出して注目を集めると、
何事かと全員がこっちを向いた。ちょっとわざとらしかったか。
「ユウ、ベラ。馬車旅だと甘い物が食べ辛いって言ってたからさ、飴を作ってみたんだ。べっこう飴ってわかる?」
「雨……?」
「ベラ違う違う!そっちじゃなくて、あまーいやつだよ。え?飴ってそんな簡単に作れるの!?」
「これなんだけど」
袋に入っている板状になった琥珀色の物を見せる。
それを少し取り出して角をぱきぱきと割って皆に配った。
「あ、切り口が尖ってないか気を付けて舐めてね。噛むんじゃなくて口に入れて転がす感じで飴は飲み込まないでね」
ぽいっと自分の口に入れて舌の上に乗せたのを見せた。
初めて見た日本組以外は少し舐めて甘いのが分かると口に入れた。
「これなら手軽に食べられるでしょ?」
「ヒバリ、あまーい!」
「飴ってすぐ出来ちゃうんだね!」
ピーリィと美李ちゃんがもっと欲しいとねだったが、
そこで沙里ちゃんから待ったがかかった。
「ヒバリさん、やっぱりこれ切り口が怖いですよ。それに、初めからあまり小さいと飲み込んで喉で詰まって危ないかもです」
「あー……やっぱりそうなる?」
「自分も、馬車の揺れで切るか刺すと思います」
「ベラならこれぐらい」 ボリボリ
もう初めからばりぼり食べてた。飴なのに……
「よし!ここは沙里ちゃんが言ってた型に流し込む方で作ろう!今からでも固まる前までは作れるからさっさとやっちゃうぞ!」
「あ、手の空いた人でさっき作ったのは線を入れて割っておいてもらえる?棒にしておけば飲み込まないと思うから、こうして」
がりがりと板飴の上にアイスピックで線を引いて、テーブルに置いたまな板の上から折りたい部分だけはみ出る様に板飴を置いて上からヘラで叩く。パキンと線に沿って割れ、それを何回か繰り返して見せた。
「お!それ面白そうだからボクがやる!」
「ピィリも!」
「じゃあベラは割れたこの飴を袋に仕舞ってもらえるかな?」
ベージュ色にして中身を見えないようにした袋を渡して、それにどんどん飴を仕舞って貰った。俺は砂糖を煮詰めながら空いた袋を消して、トタンの様な凸凹の波が付いた袋を作る。そこに液を流し込んで冷やせば、ちょっと長いがキット〇ットみたいに棒状に割れると思う。
「これで固めるから、長さもだけどあとは好きに割ってみて。時間に余裕が出来たらクッキーの型に入れて固めてみるけど、今はこれで勘弁ね」
「じゅーぶんじゅーぶん!時環がないからどんどんいこう!」
そこから30分以上かけて飴を量産して、先に作って割った方はユウとベラに持たせて、残りはそれぞれの共有袋に入れておいた。細かく割れた物は食べる時に気を付ける約束で美李ちゃんとピーリィに袋に入れて渡してある。あとでちゃんとした形の飴を渡さないとだなぁ。
10時過ぎに隷属化の解放を始め、今回は6人の獣人男女だったが全員が国に戻りたいと答えていたので、とにかく少しでも体力回復にとご飯と睡眠をとらせていた。
ユウ達の出発は13時という話だったからまだ休む時間があるはず。2人の鞄にいくつかクッション袋を追加しとこうかな。それと昼ご飯の炊き出し手伝いに行ってみますかね。
「こんにちはー!炊き出し手伝いに来ました!」
俺達は全員でぞろぞろと城の1階にある広い食堂にやってきた。まだ昼ご飯前だってのに食堂は大賑わいだ。隷属開放されて自分で動ける者も含めて、毎回200名以上がここで食事をしているので、必然とこの時間は賑わう。
獣人達の中には今まで昼食の習慣がなかった者も、折角タダで食べられるならと来ているそうだ 特にここ数日は料理人達がヒバリから貰った計量器具やレシピを参考に試行錯誤しているので、食べる者が増えると色々試しても残らないと言ってやる気を出していた。
「今日もよろしくご指導お願いしますよ!」
代表の男性が元気よく返事をし、それを周りの作業中の人達も片手を上げたり頭を下げたりと返してくれた。
今回は手伝いに来たわけだが、この人数に慣れてきた城の料理人達には名残惜しいからといつもよりちょっとだけ豪勢にしたいと言われ、何を作るか悩んだ末に天ぷらとおにぎり、そしてうどんにした。
「時間を掛けられないのと、うどんの仕込みをして頂いてたのでこれにします。天ぷらは俺と沙里ちゃんで初めは教えますので、その後は皆さんでお願いします!」
「じゃあボク達はおにぎりの方を手伝うね!」
「あ、それならユウにはうどんを見てもらっていい?おにぎりは具材だけ確認してもらって、美李ちゃんやピーリィと一緒にうどんをお願い!」
丸と四角のトレイをたくさん用意してもらって、そこにどんぶりはないので深皿と小皿も同じように重ねてまとめておく。箸は俺の持っていた在庫を、フォークやスプーンは元々あるので、これらはバットにそれぞれ入れて並べた。
「ああ、そういうことか!うどんの店みたいにするんだね、りょーかい!」
後は任せて!とネギやおろししょうが、醤油に大根おろし、すだちやかぼす代わりのライムなど次々に欲しいものを頼んで用意してもらっていた。並べるのも予備のテーブルを出してもらって流れが出来るよう配置する。
「ヒバリさん、こっちも急ぎましょう」
「だね。流れが出来れば任せられるからそこまで頑張ろう!」
ここからは久々の厨房という名の戦場だった。
城のメイドさんらが流れが乱れないように誘導し、トレイに箸やフォークなどを乗せて次に小皿に天ぷらを3個、おにぎりを3個、そしてうどんを乗せていく。最後は好みで天つゆや薬味などをメイドさんに説明を受けながらうどんに入れたり天ぷらにかけたりしていった。
「トレイの形で温かいか冷たいうどんを選べるのは面白いですね。あれなら注文受ける人も楽だって喜んでましたよ」
「いちいち紙に書いたり聞いてから用意してちゃ間に合わないからね。トレイが2種類あるって聞いた時これだ!って思いついた自分を褒めてやりたい!」
温冷別の麺つゆや天ぷらの手ほどきが落ち着き、食べる方もほぼ一通り渡ったようで今は2杯目に並ぶ人が出始めている。
初めに天ぷらやおにぎりを無理矢理てんこ盛りにしようとした人が出て、慌てて個数制限と食べ足りない人は今のを食べてもう1度並んでくれれば食べられると言わなければ危うい所だった。ほんと、獣人だろうが城の人だろうがそこはやっぱり変わらないなぁ。
「よし、もう1回いくぞ!」
「次は温かいうどんにしましょう!」
個数制限を決める時に周りを鎮めてくれた陛下と宰相も一緒になって並んではお代わりをしている。そりゃぁ国のトップがルールを守って並んでいたら、他の全員も大人しく従うよねぇ。ありがたい話だ。
こうして大騒ぎになった昼食だったが、このやり方が気に入ったのか、城の食堂では度々行われるようになったのは後で聞いた話だった。
時刻は14時半。
騎士団訓練場には10人乗りの作りの良い馬車が20台近く並んでいる。そして、護衛団として90名ほど、帰郷する獣人が80名弱が自身の乗り込む馬車の前に立っていた。訓練場の端にある朝礼台のような一段
高い場所には陛下が立っており、その周りには皇族一同揃い踏みである。更にその周りには宰相を初めとした重鎮と思われる人物らが控えていた。
俺達はユウとベラが乗る最後尾の馬車の傍に揃って立っている。姫様は椅子を用意しようとした侍従を断って一緒に立っている。
「皆はこれから故郷へ向けて帰る者、またそれを守る者として、これから2週間以上を共にする。多少の困難は跳ね除ける力は十分であろうが、決して油断せずに誰一人怪我なく無事に辿り着く事を願う。
そして、獣人の方々には俺の国の者が多大な迷惑をかけたのを、ここに改めて謝罪したい。これからは差別をする者には罪と罰を、そして憂いを排除出来た際には、皆には次回は観光や商売などまた訪れようと思ってもらえるよう努めると約束しよう」
今回の帰郷には20人ほどの獣人が参加していない。体調もだが、精神的にも馬車がトラウマとなってしまって乗れなかった者がいたためだ。今はそれらを落ち着ける以外に方法がなく、その獣人の家族に宛てた手紙を護衛団が責任を持って届ける任もあった。
そしてお互いの馬車やその前後を走る予定の馬車の人員をお互いに確かめ、見た事のない顔がいたら即御者をする騎士の耳に入れるように注意していた。
「では、護衛団の者。絶対に無理をせず、かつ誰1人怪我を負う事のないよう帝国騎士の威信に掛けて臨み、同じ人としての友を守る矜持を忘れるな!獣人の者も国へ帰るために、今しばらく人族に嫌悪があっても我慢をして欲しい。そして、ここにいる人族が信用に値すると思ってもらえたら、俺も嬉しく思う」
まだ獣人の中には人族を恐れる女性も多い。今も誰かに隠れるように立っている者もいるのが見える。そういう人の所には御者も女性を配置して何とか我慢してもらっている状況だ。
「全員馬車に乗り、出立せよッ!」
陛下の言葉に無言で敬礼をし、そこから堅苦しい動きはやめて獣人達を馬車へ促す騎士達。大声やきびきびした動きは警戒心を煽ると考えた陛下の気配りだった。
「じゃあ、行ってくるね!」
「みんな、ありがとう」
ユウとベラが最後尾の馬車へ向かう前に、
俺達に別れの挨拶をしていた。
「ボクはベラを家に送ったらまたヒバリ達のとこに戻るから、その時はまたよろしくね!」
「ベラは、まだ分からない。でも、父上の許しをもらったら、またみんなと一緒にいたい、と思う。さよならは、言わない」
ベラが珍しく長くしゃべっている。
「お2人とも、決して無茶せず向かってくださいね。再会を楽しみにしています」
「ユウもベラも、欠かさず鍛錬を続けて下さい。それと、何かあれば遠慮なさらず書いて下さい」
「共有袋に料理も入れますから、食べたい物のリクエストも待ってますね!気を付けて行って来て下さい!」
「ユウおねえちゃん、ベラおねえちゃん。また、遊んでね?」
「ぴゅぃ……」
我慢出来なくなったピーリィが2人に抱き着き、それにつられて美李ちゃんが、沙里ちゃんが2人に抱き着いた。ベラが美李ちゃんを、ユウがピーリィを抱き上げている。その光景を周りの人達も優しく見守っていた。
「連絡だけじゃなくて暇つぶしにもアレを使っていいからね。遠慮せずかけてきて構わないよ」
「うん!ずっと馬車だと暇そうだもんね、使わせてもらうよ!」
ちょっと涙ぐんだ目を拭って、いつもの元気いっぱいなユウの笑顔で答えてくれた。抱き上げられたピーリィはまだ涙が止まらないようだけど、ユウは愛おし気に頭を撫でていた。
徐々に馬車が動き、やがて最後の馬車も全員が乗り込んで動き出す。馬車には小窓も左右2個ずつ付いていて、後ろの観音開きの扉も作りのいい一般庶民の馬車にはない彫り物が施されていた。
その後ろの扉はまだ開かれたままだ。
そこからユウとベラが手を振っている。
「じゃあ、いってきまーーーっす!」
「また!会いに行く!」
やがて馬車の一団は城門を出て、下り坂を走って小さくなる。
訓練場に残る者も城内から見送る者も、それぞれが仲間の無事を祈る気持ちと、もし敵対勢力に襲われたと不安もあった。馬車があげた砂埃もすっかり収まって、あれほど騒がしかった訓練場が寂しく見える。
ユウとベラから離れた2人は、美李ちゃんは沙里ちゃんに、ピーリィは俺にしがみついたまま、今はまだぐずって顔を見せてくれない。
「よし、今日はこのままゆっくり過ごそうか。たまにはそういう日があってもいいよね」
「ヒバリさんは普段無理し過ぎていますからね、ゆっくり休みましょう」
「いや、そこまで無理してませんよ?」
「夕べ、3時過ぎても起きてましたよね」
「えっ……?ヒバリさん、7時には起きてましたよね!?」
「いやほら、ユウ達の準備とスキルの実験が色々あってね?」
「ヒバリおにいちゃん、無理するのだめ!」
「ヒバリ、休ませる!」
いつの間にか復活した美李ちゃんとピーリィに引っ張られて城の中へと歩かされた。その気になれば2人の方が筋力高いせいでまったく抵抗出来ずに引き摺られていく。
「分かったから!ちゃんと部屋に行くから服は引っ張らないで!伸びるっていうか脱げちゃうから!!!」
周りに残っていた騎士や侍従の人達には、その微笑ましい光景は、馬車の一団が過ぎて物静かになった周囲が、そして自身の心も穏やかな空気に包まれるのを感じていた。
今章は大分長くなってしまいましたが、ここで〆となります。
閑話予定の次話も、また拙作をお読み頂けたら幸いです!