2体の魔物
「ハアァッ!!!」
ズドン、と一拍置いて地響きと共に元は人だった魔物の一部が吹き飛ぶ。
斬れたのではなく、吹き飛んだ。それを成したのは皇帝陛下の戦斧だ。
「おらどうした?こんな温い攻め方じゃ骨を減らすだけだぞ!」
魔物は自身の骨と言う骨を槍のように扱って陛下へと突き出すが、その度に戦斧をもって吹き飛ばしていた。塵の様に消えていく骨は、決して持ち主に戻る事はない。魔物が攻撃を続けるが、それは単にその身を減らしていくだけだった。
「あの戦斧には風の魔法が使われているようですね。骨を残さないのはその一撃の中で削り切ってしまっているのでしょう」
一瞬ですりおろしてるのか……強力なグラインダーとでも思えばいいのかな?あっという間過ぎてまったく見えないけど。
「陛下が消える様に動いてるのも魔法で強化してるんですかね?斧にも風魔法使ってるならそういうのもありそうですよね」
「いえ、あれは陛下ご自身の身体能力ですね」
……人ってそんなに速く動けるのか。
異世界人は能力的に優遇されてるって言うけど、そんなの関係なくここまで強くなれるものなのかぁ。周りの人も手を出すようには見えないし、完全に観戦モードだな。
「ベイユ様も種族特性の俊敏さを活かしておりますが、魔法での強化はしておられません。素晴らしい動きですね。とても参考になります。
単純に素早さで翻弄し、斬り飛ばした部分を火魔法で焼き消す……単純と言いましたが、その速さはもうご覧になれば尋常でないのはお分かりでしょう」
周囲の騎士達に守られ、俺はトニアさんの解説を聞きながら戦闘を見ていた。奥の手でもない限りはまったく危なげない状態だ。こうして落ち着いて見ていられるのも、圧倒的に陛下も宰相さんも本当に強すぎるからだ。
動くたびに肉も内蔵も零して、更に武器として使った骨も粉砕され、徐々に小さくなっていく2体の魔物。これだけの差があって、何故すぐに勝負を決めないのか?と疑問に思ったが、それはすぐに判明した。
「チッ…ここまで来ると人に戻るってのはなさそうだな。仕方ねぇ、終わらせるぞ」
「そうですね。もはや知性の欠片も残っていません。せめて我らの手で2人の幕を下ろしましょう」
そう言って初めて構えを取って、次の瞬間2人の姿がぶれる。
陛下はただ一閃。そして遅れて聞こえてくる踏み込み音。
気付くと魔物の後ろに立って戦斧を担ぎ上げた。魔物は頭上から股まで真っ二つに斬られ、ガラガラと木片の様にその場に崩れていった。
一方、黒い残像となった宰相は、無数の刃を魔物に突き立てる。
激しい破砕音と共に魔物の腹部から魔石を抉りだし、その手に取った。そしてこちらも体を維持出来ずに崩れ落ちていった。
「まぁ、こんなもんか」
「ですね。しかし……人体から魔石、ですか」
手に持った魔石を弄る宰相から奪い取った陛下は、それを放り投げて戦斧を振るう。その一瞬で魔石は砕け散った。
「よろしかったのですか?あれを調べれば何か分かったかもしれませんよ?」
「構わん。あれからは嫌なモンしか感じなかった。あれは残しちゃいけねぇ」
砕けた魔石と、人と人だった魔物の残骸をじっと見つめ、大きく息を吐いて戦斧を下した。それを見た騎士達も張り詰めた空気を若干緩めた。
「よし!皆の者、脱獄者には処罰を下した!今宵は通常の警戒態勢に戻す!但し、今捕らえている奴らが逃げ出さないように牢周辺の警備は増やせ。その人選は宰相に任せる。以上だ!」
「では、続きは私から。第1と第2より選出するので―――」
ここからは宰相に任せたとばかりに中心から離脱した陛下が皇子に声をかけ、次に俺達の所へやって来た。
「おう、サリス達も助力感謝するぜ。今度は俺達の身内の恥を外へ晒す所だったが、どうにか防げたようだ。やっぱヒバリのそれは便利だなぁ。どうだ、用事が済んだらウチで雇われてみるか?」
「陛下、御戯れはそこまでにして下さい。それよりもいくつかお聞きしたい事があります」
「まぁ、そりゃそうだろうな。構わんから言ってみろ」
そして姫様が聞いたのは、
・陛下が城門前で襲撃を受けた犯人は誰だったのか
・脱獄した2人と手引きをした1人はどうやって脱獄したのか
・身を隠す魔道具を所持していたが、あれはどういった物なのか
・そしてその魔道具の入手経路はすぐに判明するのか
・最後に、人が魔物になったあれは何だったのか
と、いうものだった。
「特に最後の……人であった者の体が変異して魔石を宿すなど聞いた事もありません。あれがもし人為的な現象であるなら、今後更に恐ろしい展開も考えておかねばなりません」
「そうだな。あれに関しては俺も分からん。過去にもそんな例はない。ぶっちゃけると、今は対策も思いつかん。あの残骸から何か分かればいいんだがなぁ」
「そうですか……他の質問も今すぐの御返答は難しいでしょうし、先に城内に戻り皆を安心させてはいかがでしょう?」
「あー、そうだな。伝令は走らせたが、姿を見せた方がいいか。よし!俺達は先に戻るが、お前達も交代で休憩を取るのを忘れるなよ!」
城内に戻った俺達は、まずはダーラ皇后に会いに行く陛下と別れて宛がわれた部屋に戻って来た。部屋の前に到着した時にはヴァシュリー皇女が待っていて、皆(主に姫様)の無事を確認してほっとしていた。
傍にいた皇子様は妹がまったく心配してくれないから凹んでるぞ!早くこっちも心配してあげて!
「ヒバリ―、おなかすいたぁ」
俺の背中に乗っていたピーリィが、ぐぅ〜っとお腹を鳴らしてくてっとその身を預けてきた。言われると俺も思い出したように腹が減って来た。
「そうだった。帰ったらすぐ解放の手伝いしてご飯にするはずだったんだよね。ドタバタですっかり忘れてたよ……あ、皇子様と皇女様も食事はどうされます?まだでしたらこちらでご一緒にいかがですか?」
「あ、ああ。頼めるかな?私もあの騒動で食べていなくてね。出来れば私達専属のの料理人も食堂に回して手伝わせた方が城の皆もすぐ食事が出来ると思う」
凹んでいた皇子様が復活し、あれこれと周りに指示を出し、数人が離れていった。こんな時でも周りに気を配れるだなんて、次期皇帝がこの人なら国民も安泰ってわけか。
「あ、皇女様もこちらでいいですか?」
「ええ!ワタクシもサリスと食事を致しますわ!」
あ、はい。即答でしたね。
今回は和食続きで飽きていたユウ達の希望を聞き、壁に居住袋を設置させてもらって、その中で焼肉になった。がっつり肉がいいと言われたら、焼肉かステーキかBBQくらいだもんなぁ。
「でな、奴等の家以外にも領地にまだまだ証拠品がありそうだから、すぐに人を送ったんだわ。あ、その焼肉ソースもっとくれ。あと米もう1杯だ!」
「まったく。どうせ死ぬならすべて吐いてからにしてほしかったわねぇ。私もお代わりをお願いね。あと、このゴマダレはまだあるかしら?」
「ドンブリ?おお、直接焼いたものを乗せてかき込むのですか!タレと米が相まって食が進みますな!」
『細いリーキ(ネギ)を細かく刻んでレモンと塩胡椒、このさっぱりとした味わいもよいぞ?ほれ、ダーラも試してみるのじゃ』
そして、何故か陛下と皇后と宰相、更にルースさんも参加してました。体面としては報告会となっている……らしい。
話し合いのついでだとか言ってたけど、宰相さんに関してはさっきからご飯の感想しか言ってないですからね?せめて少しでいいから体面だけでも示しておいてくれませんかね?
肉は用意してもらったから何も文句言えないけど、せめて周りにいる部下達へ職務を果たしてるって見せておいた方が……ああ、こっちもこっちで焼肉丼に夢中だったわ。うん、誰も聞いちゃいなかったな!
食後のデザートは、緑茶に合わせてみたらし団子を作ってみた。もち米がないから米粉に片栗粉を混ぜたなんちゃって団子だけど、思ったより上手く出来たと思う。
紅茶がいいと言う人には紅茶も出したが、ほとんどの人が緑茶を飲んで団子を頬張っていた。通話状態のままのケータイ袋からもずずっとお茶を啜る音が聞こえてくる。
ルースさんが使っている食器は、最近遠藤姉妹が作って遊んでいる陶器だ。美李ちゃんが土を捏ねて、沙里ちゃんが焼く。焼き釜は俺が魔力耐性高めの袋を作って渡していたので、色々と試しているらしい。後で炭も作れるかやってみたいと言っていたのはいつだったか。
……あれ?ルースさんて啜りながらお茶飲んでたっけ?
こっちのマナー的にはどうなんだろう?後で聞いておこう。
「それにしても、今日も慌ただしい1日でしたねぇ」
雑談のように宰相が話し始める。
「そうだな。城門前で襲撃された時はお前らが全部倒しちまうから何にも出来ずに終わったから、握った戦斧の出番がなくてイラついちまったぜ。 まぁその後予想外のモンが出てきたおかげでちったぁ遊べたからいいけどな!ハッハッハ!」
「陛下、笑い事じゃないですよ。まだ色々聞き出したかったのですが、ああなってしまうと倒す以外なかったのは残念でした」
『しかし、人に魔石を宿して魔物にするとはのぅ。業の深い事をする愚か者は何としても捕らえねばな。分かったかの、プジェント?』
「はっ!あれはあってはならん所業故、捨ておくわけにはいきません。我が帝国も全力を以って調査します!」
『うむ。頼りにしておるぞ』
「聞いたかダーラ!ルース様が俺を頼りにするとおっしゃったぞ!」
「はいはい、よかったですねぇ。ルース様、あまりこの人を煽て過ぎますと後が大変ですよ?」
『分かっておるがの、帝国もじゃが王国も不穏の目は早急に摘んでおきたいのじゃ。その為にはプジェントには気張ってもらわねばのぅ』
「ああ、そちらの問題もありましたね」
「王国には俺が乗り込んでもいいんだろ?アンビも成人してるし人気も高い。俺の後を継いで皇帝の座を渡せば俺は自由に動けるしな!」
「父上、思い付きでそのような事をおっしゃらないでください。私も家臣も誰一人準備が出来ておりませんよ」
アンビ皇子が溜息をついて陛下を見やる。
宰相や皇后は想像の範疇なのか苦笑いだ。
「その辺りは近いうちに色々決めるがな。あまり長い事サリスを待たせるのは酷ってもんだ。とりあえずは今日は、俺達が天人教の司祭と話した内容を報告してお開きにしとくぜ。ルース様もそれでよろしいでしょうか?」
『うむ』
陛下が今日の出来事を報告し、ついでに俺達の今日の行動も報告させられた。
また何かやらかしたんじゃないかと心配されてたようだ。
丁度いいからゴルリ麦…米の精米が出来る物や、ブレンダーやミルなどの魔道具の開発をお願い出来そうな工房か職人を紹介してもらえないかと相談してみたら、
「ご飯作りを楽にさせる道具って事だな?よし任せろ!後で腕のいい者を紹介するからこっちにも売ってくれ!楽しみにしているぞ!」
「話を聞く限りはそれほど複雑な器具ではないのですね……完成を楽しみにしていますよ」
陛下と皇后の許可も頂けたので、後で紹介してもらった職人さんと一緒にいい物を作ってもらおう!特に精米は、毎回美李ちゃん達が瓶の中を棒で突く作業だから無理させたくなかったんだよね。俺だったら早々にギブアップしてたと思う。
こうして報告会と言う名の食事会も終わり、やがて解散となった。その後も沙里ちゃん達はルースさんとおしゃべりをしていたが、お互い風呂になった所で通話を終えたようだ。
明日は陛下らは今日の出来事の後始末で飛び回るようだから、俺達は下手に動かず城内で隷属化の解放や料理教室、仕込みなどをする予定だ。
俺は他にもいくつかやりたい事があるから、時間が取れるのは丁度良かったな。
「よし、明日やる事を箇条書きしとこう!終わったら横線で消していけば分かりやすいから、書き出し重要ってね!」
女性陣が風呂の間に書き出し、自身も風呂に入ってさっぱりしたらすぐに睡魔に襲われ、吸い込まれるようにベッドへと倒れ込んで寝てしまっていた。
(あー……髪、乾かしてなかったなぁ)
と、ヒバリは寝る直前に思ってはいたが、
結局朝まで起き上がる事はなかった。
翌朝。
爆発したようなヒバリの寝ぐせを見た美李ちゃん達の爆笑が、しばらく部屋の中に響き渡ったという。