本日2度目の厨房と改善案
「ヒバリさーん、起きてください」
声が聞こえて、地面が揺れる。
揺れてるのは俺の体か?それにこの声は沙里ちゃんか。
「ほら、お城着きましたから起きてください。美李もピーリィも起きて!」
ピーリィ……そういや一緒に寝たんだっけ。
美李ちゃん?なんで美李ちゃんの名前が?
「んー、おはよう。俺、ぐっすり寝ちゃってたみたいだねぇ……って、なんだこりゃ?」
ソファから起き上がろうとしたら、右脇に抱えてたピーリィはいいとして、いつもとは逆に美李ちゃんが俺の上に乗っかって寝ていた。その上に毛布があるのは、きっと寝た後に沙里ちゃんが掛けてくれたんだろう。
「汚れを落として戻ってきたら2人とも寝ちゃってて、美李がならあたしも!ってすぐ一緒に寝ちゃったんですよ。あんまり寝すぎて夜眠れなくならないといいんですけど」
「そうだったのか、ごめんね。あと、毛布ありがと」
「いえ……って、そうじゃなくて!もうお城に着いてるんです!皆さん、玄関前でヒバリさん達が降りてくるのを待ってるんですよ!」
「マジで!?皇女様達を待たせるなんてマズい!ほら、ピーリィも美李ちゃんも起きて!早く!ああもういいや、2人とも抱えてくから、沙里ちゃんは居住袋と荷物の回収お願いしていい?」
「荷物はもうトニアさんが運んでますから大丈夫です。後はヒバリさん達とこの家だけですよ!」
今日は結局市場へ買い物に行かなかった分、日暮れ前には城に戻って来ていた。しかも帰りの馬車で寝ていた俺達3人は、姫様や皇女様達を待たせてしまったみたいだ。
慌てて馬車から出ると、御者台にいた見知らぬ騎士がゆっくりと動かしてロータリーを周り、そのまま厩舎へと運んでいくのを見送った。
「すみません、お待たせしました」
両脇にはピーリィと美李ちゃんを抱えてる姿が少し恥ずかしいけど、今はそんなことを気にしてる場合じゃないので、生温かい視線は極力気付かないふりをしておいた。
元の世界の筋力じゃ無理だけど、ここでならこの格好を維持してても筋力・体力に不安を感じないのはありがたい。気力だけは視線でガシガシ減らされてるけどね!
「気にしなくて構いませんわ。それより、晩餐にはまだ時間がありますし、父上と母上の都合が付き次第、話の場を設けていいかしら?」
「政務の邪魔にならない時間で都合を付けて頂ければいいですよ?」
「ワタクシが待てませんわ!」
皇女様の都合かい!
って突っ込みたいけど、周りに色んな騎士さんがいるからぐっと堪えたぞ。よく耐えたな、俺!
「では私達は部屋に戻ってお待ちしています。ヴァシュリーのお好きな時間にお訪ね下さるかお呼び付け下さればすぐに応対致します」
「あら、それでしたらワタクシは父上と母上に話したらすぐにサリス達の部屋に向かいますわ!どうせなら一緒に向かいましょう!」
皇女様は姫様と手を取ってさっさと城内へ歩き出す。
侍女達やビルモント団長も何も言わずに後に続く。
「お、お待ちください!じ、自分の発言をお許しいただけますか!」
俺達もその後に続こうと歩き出した時、1人の騎士が皇女様と俺の方を交互に見てから呼び止めてきた。
「ええ、構いませんわ。何かありまして?」
「はっ!実は、カロナードから第1陣の食材が届いたのですが、我々ではそれらをどうしたらよいか分からず、手を出せずに困っておりまして……つきましては、どう処理したらよいか御指南頂きたいのです」
もう第1陣が届いたのか!早いなぁ。距離が近いと言っても、行ってすぐ確保して戻ってくるって、町の人もしっかり協力してくれてないと出来ない。それだけカロナードの町をあげて取り組んでくれているのかな?だったら市場に出回るのも思ったよりも早いかもしれないね。
「あ、そうか。早いと思ったら、乾燥とかなしで直接海から採ったままの状態で持って来てるんですね?」
「それがどういう状態なのかも分かりませんので、なんともお答えできないのですよ。そのお話から察しますと、本来は乾燥させるのですね」
「皇女様、そういう事情のようですから、自分は一旦厨房の方へ向かってもいいですか?」
あ、それならわたしも!と沙里ちゃんも名乗り出た。
「ええ。是非うちの者達にも教えて差し上げて!では、サリスとトニアを借りて行く代わりに、パルミエとシャンティをヒバリ達に付いて行かせます。いいわね?」
「「畏まりました」」
こうして二手に分かれて行動を開始した。
3度目となる東の厨房には、鞄から海藻を取っては弄っている料理人達がテーブルを囲んでいた。昆布は結構長いから全部を取り出すのはやめているみたいだ。
厨房に到着する手前で美李ちゃんとピーリィには起きて自分の足で歩いていたので、厨房に入って挨拶をしてからすぐに食材の説明を始めた。
今回は未加工の昆布とわかめが送られてきただけのようで、運送を任された部隊は交代でまた鞄を持ってカロナードへ走っているそうだ。次回は魚介を仕入れと冒険者との繋ぎと言っていたから、カロナードは忙しくなりそうだ。
カロナードが落ち着いたらそのノウハウを近隣の海沿いの村や町に伝え、食材の安定供給を図る計画が練られている。それまで大変だろうけど是非とも頑張ってほしい。
厨房では生の海藻を十分に洗ってから、美李ちゃんの水分除去と沙里ちゃんのドライヤー魔法で乾燥させ、まず加工されたらこのような状態で販売されるというのを見せた。
納品時には天日干しか熱による乾燥になる事も伝えて、乾燥させた状態から適度な大きさに切った物となるべく大きな状態の2種を並べて、実際の商品の形も見せる。
ここからは今日商人ギルドと話し合った"計量器具の規格品"について説明した。匙やレードルによる目安となる基準量を量れる道具を定める予定がある事、その道具に合わせたレシピの配布も行う。
目の前に手のひらサイズの乾燥昆布と、それに合わせた1Lのレードルでだしを作る改めたレシピと実演もして見せた。周りにも実際にやらせて、今日はだしを取った後の昆布を使って佃煮も作っておにぎりの具材として再利用出来る事も教えた。
一通り昆布だしの取り方を見て回ったが、折角乾燥させた昆布を水洗いしたり、ぐつぐつとずっと煮続ける者もいたので、水洗いは旨味を落とすから厳禁だが、煮続けるのは鍋料理やラーメンスープなどで見かけるのでそういうやり方をする事もある程度で留めておいた。
今からラーメンとか教えてと言われても、俺だってまだ研究の身だから無理!新しい料理は時間がある時になんとか……出来るかなぁ?
「あのー、質問よろしいですか?」
「はい、どうぞ」
皆が晩御飯の支度に戻ったので俺達も道具を片付けていたら、1人の男の子が話し掛けてきた。まだ中学生くらいの年の少年は、他の年配・先輩方が先に質問してたから遠慮し、きっと今この機会を窺っていたのだろう。
「自分らここの食堂と騎士団宿舎の食堂を受け持ってるんですけど、一度に大量に作る時って、あの道具だと少しずつしか量れなくて、何か一遍にやる方法ないですかね?」
「あー、そっか。あれは一般家庭用で考えてたから、食堂や店だとそうなるか……それだったら、寸胴というか鍋の内側に直接目盛りを掘るといいと思うよ」
「え、えぇっ?な、鍋に傷を付けるってことですか!?そんな事したら先輩方に怒られちゃいますよ!」
「でもそれが一番楽でしょ?いちいち汲むのも運ぶのも大変だし」
「それは、そうですけど……いや、やっぱ怒られますって!」
量産品で大量に出回ってる世界と違って、こちらでは1つずつが手作り。その道具を傷つけるのはマズいのか。当然と言えば当然か。
でも、だからって重い作業を繰り返させてたら、いらぬ苦労をして料理人としての身体寿命を縮めさせても意味がない。だったら寸胴を作る時に初めから目盛りを付けてもらえばいい。その為の商談なら明日も行うのだから勝算はある。よし、決定だな!
「じゃあ俺がこれから厨房の人達に声を掛けてくるから、君はこの話を聞かなかった事にしといて欲しいんだ。もし反感を持つ人がいたら君が恨まれちゃうかもしれないしね」
「えっ!?はい!ききき聞いてませんッ!」
「もう少ししてから厨房を見に行くから、君は先に戻って」
「はい!失礼します!」
物凄い勢いで頭を下げて走り去っていく少年を見送って、横で聞いていた沙里ちゃんがくすくすと笑う。申し訳ないけどあの慌てようは笑っちゃうよね。
「いえ、男の子が恨まれないようにだなんて優しいんだなって」
「あ、そっちか。ほら、人っていっぱい集まると勝手に派閥とか作るんだよ。で、そのグループが気に入らないと社員に隠れて虐めたりするんだよねぇ」
「……なんだか学校のいじめと一緒ですね」
「そうそう!だから後輩や新人が便利だと思ってやった事が、例えいい事でもやり方を変えると気に食わないって言いだすんだ。それを止めるには、逆らえない上の立場の人が"こうだ!"ってやり方を定めるのが一番なんだよ。幸い、今の俺は教える立場の客人だからね」
「今ならあの子がやる前だから間に合うんですね!」
「うん。逆に今やらないと変えられないね。後で目盛り入りの鍋が出ても"ここでは使わない"って責任者に言われたら俺もそこまで面倒見ていられないし。さて、じゃあちょっと行ってくるね」
「はい、いってらっしゃい」
1人書記の出来る騎士さんに付き添って貰って、厨房の中へ案内してもらった。中ではこれから晩ご飯の準備を始めようかと片付けをしていたので、今のうちに料理長と副料理長を捕まえて色々話してみた。
まずは鍋の目盛り付け。当然反発が来た。
しかし一つずつメリットを説明し、反論があった時は話し合って説得する。まぁ結局は、そういう改善をした厨房は国の中でも最先端のシステムを備えられるし、誰よりも早く熟知した第一人者になれるだろうと言ったら満更でもなかったと。
まずは俺が1つ目の直径50cmの鍋に目盛りを付ける。10Lから10単位で40Lまで付けておいた。横に数字も掘ったから分かりやすいだろう。
これに対して、先程だしの取り方で使った昆布を出し、1枚5Lで教えてあるので倍の大きさで切って、これを1枚1目盛り(10L)用とするように教える。さらには大鍋を使う魔道具コンロの真横には、コンロの熱が当たらない位置に水を生み出す蛇口の魔道具を設置するように話す。
この辺りは作業の動線と無駄と人の流れの事故防止だと説明したのだが、分かってくれたのは書記をしてくれている騎士さんだけだった。よっぽど感心したのかこの騎士さんからの質問が多かった。
おかげで料理長たちへの今後の説明はこの騎士さんが責任を持ってきっちりと教えてくれるというので助かったし丁度良かった。
周りにいた下っ端と思われる少年達も興味津々に俺の説明を聞いていたが、結局はこれから大鍋のスープを作る時の準備が楽になるし、その分別の事を覚えられる時間が出来るし任せられるようになると言うと、前半は少年達が喜び後半は料理長達が喜んでいた。
うん。頑張ってくれ。
厨房から戻るとすでに3人はいつでも動ける準備が終わっていて、早く部屋に言って晩ご飯にしようと急かされた。あれだけいい匂いをずっと嗅いでてちょっと味見しただけだったから可哀想な事したなぁ。
「じゃあ明日もこの時間かもう少し前に来ますから、またよろしくお願いしますね!」
「「「「「お疲れ様でした!」」」」」
軽く挨拶したけど、まさかの体育会系な返事に沙里ちゃんが特に驚いて引いてしまっていたが、距離があったし声だけだったからすぐに苦笑いに変わって余裕を取り戻していた。
「さ、早く姫様達の所へ行こう!俺達もあっちで晩御飯作らないとね」
「では、ご案内致します」
「そうして頂けると助かります」
「私達と同じでお腹空かせて待ってると思いますよ〜」
「あ、そうですね。荷物は全部こっちにあるから、早く行って作らないと遅くなっちゃいますね!何作ろうかなぁ?」
「えっとね〜……おねえちゃん、すぐ作れるのってなんだろ?」
「ピィリ、卵がいいなー。あとねー」
きゃっきゃと何が食べたいか話してはしゃぐ3人を、前を歩く俺と案内の騎士、後ろを歩く侍女2人が優しい雰囲気に癒されながら部屋へと戻って行った。
ところでピーリィ、卵と鶏肉で親子丼に決まったけど、鳥人族的には大丈夫なの?あ、鶏肉は前も唐揚げ食べてたっけ。侍女さんが言うには、そもそも全く違う生物だから問題ないのか……前にも聞いた気がするけど、問題ないならよかった。
で、部屋に戻ると皇族全員集合プラス宰相さんが待っていた。
「おう、待ってたぜ!話はあとだ、まずは飯にしようか」
「私もお願いね。出来たらさっぱりしたものがいいわねぇ」
「その……すまんな、ヒバリ殿」
「……身内として恥ずかしいですわ」
「まぁまぁ。皇族揃っての晩餐はこういう機会でもないとあり得ませんので、偶にはよいではないですか!ここはやはりワショクをですね、」
最後に良い事言ってる風の宰相さんは別に皇族じゃないんですよね?しかもしっかり和食を希望してるし。丁度親子丼を考えていたから和食なんだけどさ。
すでに追加の椅子とテーブルも準備されていたので、すぐに横の簡易厨房で調理を開始した。
鶏肉と玉ねぎを切るだけで漬け込む時間もないし、ご飯は炊きたてをすぐに出せるから、周りに騎士さん達の分も含めてさくっと準備できた。予定外といえばお代わりをしまくった人達がいたくらいか。誰とは言わないけど!
「ふぅ、食った。今日も美味かったぜ。馳走になったな!」
「ダシと言うのは美味しいわねぇ。厨房でも教えて下さってるんですって?この味が食べられるのでしたらありがたいわ」
それじゃ、と席を立とうとする夫婦。
「父上、本題はこれからですよ!?」
「母上まで一緒になってお忘れですの!?」
慌てて息子と娘が制止に入った。
「困ったものですなぁ。ところで、この後甘い物も?」
宰相さんはデザートが出ると思って座ってただけか!
仕方ないので作り置きのプリンを少し飾り付けて配り、緑茶と紅茶の好きな方を選んでもらってこちらも配っておいた。やっと全員が落ち着いてお茶を飲んでまったりとしている。
さて、この後は居住袋も含めた袋スキルの説明をしなきゃか。
なんだか今日は説明ばかりしてる気がするなぁ。
自分の事だから自分で説明するしかないし…諦めよう。
よし、それじゃさっさと始めますか!