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異世界に行っても袋詰め人生  作者: きつと
第11章 帝国と天人教
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商談帰りの寄り道

 話が終わった後は看板を預けて特別商談室(と言う部屋だったらしい)を退室した。ギルドの出口まで見送りに出ようとしたタイラット副長は補佐のキュイッシュさんに止められて1人寂しそうに手を振っていたまま扉を閉じられていた。



 建物を出ると、すでにロータリーには俺達の馬車が横付けされている。動かしたのはここの職員だが、幌の中にはビルモント団長がいるし許可を出したのだろう。


「では、明日も本日と同じ時間でお待ちしております。お気を付けてお帰り下さいませ」


「それじゃ、失礼します」


「明日、看板おねがいしますっ」


 キュイッシュさんと馬車を降りた男性職員が揃ってお辞儀をして俺達の馬車を見送った。ピーリィが御者台から乗り出して再度看板の修理をお願いすると、キュイッシュさんが微笑んで返事をしていた。


 てか、キュイッシュさんの笑顔を見たのは今のが初めてじゃないか?あの副長さんの前ではいつもむすっとした顔だけだし、あの人よく心が折れないよなぁ。



「んふふ〜。明日、とりの看板なおるね!」


「そうだね、ピーリィずっと気にしてたしよかったね」


「ヒバリだもん!ヒバリのとりさん、痛いのいやだったの」


「そっかー。それだけ気に入ってくれてるなら、絵を描いてくれた沙里ちゃんも喜んでくれると思うよ」


「んー?うん、そうだねー」


 何か歯切れの悪い返事だったけど、すぐに周りの人や建物に目がいってはしゃいでいた。それに釣られて俺も事故を起こさないように気を付けながら一緒に周りの景色を楽しみながら馬車を走らせて行った。




 一方、馬車の中では、姫様達による皇女様への居住袋の説明会が始まっていた。俺とピーリィ以外の馬車の中にいる全員が参加者だ。



 商人ギルドを出てすぐに皆に次は市場で買い物をしたいと言ったのだが、ここでこっそり姫様とトニアさんに買い込む時に居住袋の存在をきちんと皇女様に説明して、出来れば買い込んだ物を仕舞いたいと相談しておいた。

 そこで御者をトニアさんに任せて俺が中で説明をするはずだったのだが、ピーリィがどうしても俺と御者台がいいと珍しく駄々をこねたため、仕方なく説明は姫様達に任せる事になったのだ。



「夜にはまた説明しますが、今はヴァシュリー達に先に説明しておきます。ブリゼの話を聞いたのはここの4人だけでしょうか?」


「ええ、ワタクシ達だけですわ。他の者には誓って話しておりませんわ」


「分かりました。では、まずは実物を見て頂きましょう。美李さん、お願いいたします」


「はーい!」


 美李が元気良く手を上げて返事をして立ち上がり、床に丸めてあった茶色の布のようなものを内壁にあるフックに引っ掛けて吊るした。壁半面に広げられた布の全体が見える様に前の椅子兼台座をどかして準備が終わったようだ。



「この布もヒバリが作り出した袋、ですのね?」


「ええ。先日輸送用に渡した鞄は袋収納を付与したもの、そしてブリゼに渡した鞄はスキルで作られた袋を組み立てて作った鞄。この2つは製法が異なっているので機能に違いがあります。

 そしてこの居住袋は後者となりますが、唯一異なるのが"時間停止しない事"です。生き物…動物が生きたまま入れる条件がそれなのです」


「野菜や切り分けた食肉は時間停止で保存する袋に入れるが、人や動物は入れないのですね?」


「そうです。逆を言えば、時間停止の機能を付けなければ人が入れます。その発想からヒバリさんが作られた物が居住袋となります」


 なるほど、と質問に答えてもらったビルモント団長が納得して頷いていた。そして脳内で様々な可能性を模索しているようで、手を顎に当てたまましばらく言葉を発しなかった。



「じゃあさっそく案内して頂けるかしら?どうせワタクシ達では開けられないのでしょう?」


「はい。察しの通り、開閉出来るのは許可された者だけです」


 すでにスキルで作られた袋には開閉条件がある事を知っていたヴァシュリーは、おそらくこれも自身では開けられないと理解していた。案の定ノーザリスの返事は肯定だった。


「じゃーん!あたし達のおうちへようこそ!」


 大掛かりな手品を見せる様に美李が立て掛けた布の左端から戸板を開けるように右へ動く。すると、壁にあった布が枠だけを残して穴が開いたようにその奥に続く空間が広がった。


 ヴァシュリーは揺れる馬車に気を付けながら立ち上がり、

入り口の正面に回るとその異様な光景が見えてくる。


「なんですかこれは……!?野営のテントを想像しておりましたが、この奥が居住空間なのですか?」


「ビルモントさん、奥にはテーブルが見えるのですから、更に奥があるんじゃないですか?ソファもあるから正面の場所は居間と思われます」


「えっ?ちょっと待って!これ、どのくらい広いの!?」


「訳が分かりませんわ!ミリさん、中に案内して頂けるかしら?」


 他の3人も同様に吃驚して矢継ぎ早に喋り出す。ヴァシュリーだけはすぐに中に入りたかったようで、荒ぶる3人を抑えて先を促していた。


「あたしが案内していいの?分かった!まかせてください!」


 他のメンバーから許可が出ると、おいでおいでと4人を引き連れて居住袋の中へ入って行く。後ろから心配だからと沙里も付いて行った。


「2人に任せておけば問題ないでしょう」


「はい」


 ノーザリスとトニアは、はしゃぐ5人と付き添う1人を見送ってゆっくりと馬車の中で6人が戻ってくるのを待つ事にした。




 暫くして居住袋のから戻って来た4人は、


「玄関脇に厩舎、そして厨房に風呂にトイレに男女別の部屋に畑に簡易訓練所?一体何がどうなっているのかまったく分かりませんわ!いえ、見たのだから分かりましたが、さっぱり分かりませんわ!」


「居住、確かに住めるのですね。肉は狩りで確保すれよいが、野菜や穀物も自給出来るとは……まさに別次元ですな!」


「厨房の器材も素晴らしいですが、保管庫や棚も素晴らしいです。見た事のない道具がありまして、後ほどご説明頂きたいのですが」


「いやいや、それよりもお風呂とトイレでしょ!特に外遊の際に安全を確保したままお風呂もトイレも済ませられるって凄い事ですよ!」


 興奮冷めやらぬ様子で、まだ話足りないのか馬車の中で賑やかに討論を続けていた。その横では美李が誇らしげに腕を組んで上体を反らしていた。

 ただ、男女別の部屋があると説明したはずのの美李が、寝る時は全員和室と呼ばれる靴を脱がねばならない男性部屋で布団を並べて寝ていると聞いたヴァシュリーが、後でヒバリとオハナシがあるとおかしな表情をしていたのを見たトニアはそっとヒバリに同情していた。




 そんな事になっているとは知らないヒバリは、

ピーリィと一緒に周りを見ながら馬車を走らせ続けていた。


 目指すのは城。あんなに目立って分かりやすい目的地であれば間違う事なんてあり得ない。そう思って走らせていたのだが……


「あれ?大通りに噴水なんてあったんだ。もしかして初めて通る場所なのかな。でもこっちの方が混んでないし広いから楽に行けるね」


「お水きれー」


 朝顔の花を縦に置いた様な円形の噴水は、その中央から真上に水を噴き出して、すぐ下の大きな花弁の様な中段に落ち、そこから薄い水の膜で360℃覆いながら流して下段にある水溜が受け止め、最後は水路へと送っていた。


「ねぇねぇ、みてってもいい?」


「うーん…噴水の周りにも馬車停まってるし、少しくらい大丈夫かな」


「やったー!」



 噴水脇の水路には馬が水を飲める場所もあったので、空いている場所に馬車を付けて停車させる。馬達もそれが分かったのかすでに水を飲み始めていた。ピーリィはさっそく噴水に駆け寄って水に触れている。


「ヒバリさん、馬車が停まったようですが、どうかしましたか?」


「あー、すみません。綺麗な噴水があったんですけど、それを見たピーリィが近くで見たいって言ったんでこの場所にちょっと停めたんですよ」


 御者台の後ろの幌を開けてトニアさんが聞いてきたが、そりゃ突然馬車が停まったら心配になるよね。先に言っておけばよかったか。


「噴水ですか?……ここはッ!?ちょっと待ってください!ヒバリ様、今すぐ馬車を出してください!急いで!」


「え?でも今ピーリィが噴水に行ってて、」


「ッ!……いけません、早く連れ戻さないと巻き込まれる可能性が!」


 横からひょいっと顔を出したシャンティさんが慌てて叫ぶけど、その焦り方が尋常じゃない!しかもピーリィが危ないってどういう事だ!?とにかく今は、


「すぐに連れ戻しましょう」


「ダメです!トニアさんではダメなんです!ヒバリさん、急いで!」


「わ、分かりました」


 とにかく御者台から飛び降りて噴水の縁で水を眺めているピーリィの元へ駆け付けて行った。その途中で似たような白いローブの服装のグループがいくつかこちら、正確にはピーリィを見ているのが分かった。




 ……物凄く嫌な視線だ。


 周りを見渡すと、何となく気付いた。


 この辺りにだけ獣人族の姿をまったく見かけない。



 つまり、そう言う事か!



「ピーリィ、急いで馬車に戻るよ!」


「えー?もうちょっとー」


「ごめんね、皇女様をちゃんとお城に帰さないと皆が心配しちゃうからさ。あと、お城にも噴水があったから戻ったらそっちで遊ぼうか?」


「そうなんだ!じゃあ戻ろ!」


 ピーリィは気味の悪い視線に気付いていないのか気にしていないのかは分からないが、嫌な思いをしてないみたいだし今のうちに戻るしかないな!


 自身のローブの中に包むように抱きかかえて、急いでこの場から去る。気味の悪い集団も近づいては来ないしこのまま刺激しないように気を付けながら馬車に向かうと、すでにシャンティさんが御者台に着いて動かしていた。


「さ、中へ入って下さい。ここからは私が運転致します」


「お願いします」


 すぐに後ろに回ると、ビルモント団長に手を引かれて飛び乗った。

幌の入り口はトニアさんによって閉じられ、開かないように紐で固定する。


「危ない所でしたわね。それよりも、子供1人で行動させるだなんて、ヒバリは油断しすぎですわよ?」


「すみません。で、今の場所はやっぱり天人教に関係があるんですよね?」


「あら、そこは気付いたのね。その隙間から後ろを御覧なさいな」


 皇女様に叱られて、言われるままに後ろ隙間から外を覗き見た。

大通りを城へ向かって緩やかな上り坂を走る馬車からの景色が見える。


「噴水の近くに尖った屋根の建物が見えますか?」


「あの大きな教会みたいなやつですか?」


「教会……よく分かりましたわね」


「俺達の世界でキリスト教って宗教がああいう建物なんですよ。尖った屋根にシンボルマークの十字架、あと……今だとよく見えますが、建物も十字架の形をしてるんですよ。ほんとそっくりですね、あれ」


 あれほど大きな教会は見た事ないけど、こうして離れて見れば見るほどそっくりだった。俺の住んでいた町にも小さな教会や、結婚式場にもああいった形の教会モドキがあったのを覚えている。


「で、それを言うって事は、」


「……あれが天人教の教会ですわ」


「やっぱりですか。こっちに来てから教会って初めて見ましたけど、結構大きな規模なんですね」


「あの教会が建ったのはここ最近ですの。数年前から一気に信者を増やし、その信者から集まった献金で建てられたと聞いていますわ。

 最近ではあの辺りを獣人が歩くのは何かと危険がありますのよ?若い信者の暴走を止められなくて申し訳ないと教会側から謝罪はあるものの、依然として獣人族への闇討ちのような行いが発生していますわ」


「国として騎士を見回りに出してるんじゃないんですか?今さっきも近くにいましたよね?」


「……ヒバリ、今まで帝都の巡回は第5騎士団が担当しておりましたの」


「第5って……確か俺達を襲ってきたアレ、ですよね?はぁ……なるほど」


「元大臣らに従っていた騎士団が正しく取り締まっていたとは、とても思えませんね。その襲撃もおそらくは」


「サリスの仰る通りでしょう。むしろ、加担していたかもしれませんわ」


 姫様と皇女様が揃って溜息をつく。



 あれ?すっかり忘れてたけど、ローブの中で抱きしめたままのピーリィが大人しいと思ったら寝てたのか。まぁ聞いてても気分のいい話じゃないから丁度良かったのかも?


「すみません、ピーリィが寝ちゃったみたいなんで奥の部屋でちゃんと寝かせてきていいですか?」


「でしたら私がお運び致します」


 ありがとうございます、とパルミエさんにピーリィをお願いしようとしたけど……ローブの中では俺の服をしっかりと爪を引っかけて握りしめていて、簡単には離せない状態で寝ていて渡せなかった。


「無理矢理引きはがすと起こしてしまいますね……申し訳ありませんがヒバリ様もそのまま休まれてはいかがですか?」


「後を付けられている様子はありませんが、今日はこのまま城へ戻った方がよろしいかと。私も御者台に出ますので、ヒバリ殿は遠慮なさらずどうぞ」


 うーん、市場で買い物するの楽しみにしてたんだけどなぁ。ビルモント団長達にそう言われちゃうと、皇女様もいるから無理は言えないし仕方ないか。


「分かりました。じゃあ買い物はまた明日にして少しピーリィを休ませて来ます。申し訳ないですけど馬車をお願いします」



 そっとピーリィを抱え直して居住袋の中に入ると、ダイニングキッチンで仕込みをしている沙里ちゃんがこちらに気付いて声を掛けてきた。そしてその声に反応した美李ちゃんも奥の廊下からこちらに駆けつけてくる。


「ヒバリさん、ピーリィどうかしたんですか?」


「いや、ちょっと馬車の中で話をしてたら寝ちゃってね。どうせだから中で休んで来いって言われちゃったんだよ。あ、そうだ。それと、その前にちょっとあって、今日は市場の買い物は中止でこのまま城に戻るってさ」


「えー!買い物しないの!?……あっ!ピーリィ寝てるんだった。ごめんね」


 買い物中止に不満の声を上げた美李ちゃんだったが、ピーリィを思い出して慌てて声を小さくして様子を窺っていた。

 俺はそのままダイニングの端にあるソファに座り、沙里ちゃんが出してくれたお茶をピーリィから避ける位置でそっと飲んで一息つく。


「買い物は明日だね。今日行けなかった分、明日は午前中早めに出させてもらおう。そうすれば今日行くよりいいものがいっぱいあるはずだよ」


「そうですね、夕方前の今行ってもちょっとしかなさそうですもんね」


「じゃああたしも明日は早起きして畑のお手入れ済ませちゃうね!」


 今もせっせと畑仕事をしていたらしく、よく見ると服が土で汚れていた。

美李ちゃんの畑は、うちらの台所事情を支えてくれる1人として頼もしい。


「俺も手伝うから声かけてね」


「うん!」


 ぽすっと俺の隣に座る美李ちゃんだったが、すぐに沙里ちゃんに引っ張られてシャワーと着替えに行ってしまった。



 この後は城に戻ったら晩ご飯と皇女様達へ居住袋の説明と収納鞄の話か。それから、明日の予定変更を伝えて、朝に畑仕事をして市場へ買い物だな。で、商人ギルドへ行って昨日の続きと看板の修理か。

 ああ、今回みたいな事が無いようにピーリィ達にはまたカモフラージュを掛けて獣人だとバレないようにしておこうか。



 結局この国でもまだ獣人に優しい社会とは言えないんだなぁ。


 ごろんとピーリィと一緒にソファに横になって、

そっとピーリィの頭を撫でながら先程の出来事を考える。



「ちゃんと、守ってあげないとな」



 たまに額を擦り付けてくるピーリィをソファから落ちないように支えてそのまま目を瞑ると、ヒバリも眠気に逆らえずに意識を落としていった。




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