帝都へお出かけ
翌朝。
いつものように目覚めて全員で朝ご飯を食べ、
昨日と同じように隷属化の解放を行った。
ただ今回は女性の獣人族の他に人族の女性や獣人族の男性もいて、合わせて13人を解放した。そして女性は別の部屋で心のケアを受ける為に退室していった。
男性陣も退室したが、怪我の治療が終わった男性陣は気丈にも故郷への連絡や他の捕らわれた仲間の情報提供など精力的に行ってくれていた。
たった3日でこの人数って一体どれだけの人数が隷属化されたんだ?隷属の魔道具ってそんなにあるものなの?なんて疑問に思いながら、要らなくなった道具や衣類、そして速めに食べた昼ご飯の後片付けをしながら考えていた。
そして俺達も次の予定である料理教室を行おうと席を立つと、廊下から兎人族のフィーネさんが飛び込んできた。俺達の姿を見つけると、真っ直ぐにこちらに向かってくる。
「ノーザリス様!いました!夫、近いうちにここ、来るそうで!」
「まぁ!ご無事でなによりでした。明日もここで解放を行っていますから、この時間にまたいらしてくださいね」
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます……!」
泣き崩れそうなところをトニアさんがそっと支え、
今も感謝の言葉を続けるフィーネさんを落ち着けようとあやしていた。
どうせだからとフィーネさんには今日も料理教室に参加してもらう事にして、東奥の食堂へ向かうまでの間に色々と話を聞いていた。
「へぇ、じゃあ怪我をしてるといっても酷いものじゃないんですね?」
「1日様子を見て、問題ないから明日の便に乗ってくる、と聞きました。夫も自分がいたら、と伝言を頼んでいたのです」
「よかったね!」
「うん。ありがとう!」
沙里ちゃんと美李ちゃんがフィーネさんと並んで歩く。3人を中心に俺とピーリィは先頭でトニアさんと姫様が後ろにいる。さらにその前後に護衛の騎士が2人ずつ付いて歩いている。
ユウとベラは今日も騎士団の修練場で体を動かしてくるそうだ。さすがに今日はトラブルもないはず。お腹空かせて来るから晩ご飯はがっつり希望!と言って元気よく向かって行った。
手元の時計で時刻を確認するとまだ11時過ぎ。
昨日は昼過ぎだったが今日はこちらの都合で早く始めさせてもらった。
内容は昨日のだしの取り方と味噌汁の復習と、だしを取った後の昆布と煮干しの再利用料理、茶わん蒸し、米を使った雑炊、後は何故か麻婆豆腐もせがまれたので教えておいた。
といっても、麻婆豆腐はちょっと調味料を揃えるのが難しい物もいくつかあったので、とりあえず近い味を教えておいた。豆板醤はこちらも作れてないし、ラー油も教えるとなると今回は時間がなさすぎるのでパスだパス!
そしてこっそり麻婆茄子を作って1人で食べていたらピーリィに見つかっちゃったので、他の皆には内緒だと言って2人でさっさと食べた。一度油で揚げた茄子の甘みとタレの辛さが口の中に染みわたる。
食べたかったからほんと美味かった!
自分で作って言うのもアレだけど、最高だね!
教えている間に昼飯時になって、一気に混むのかと思ったけど、交代で休憩に来るらしくそれほどでもなかった。なので、今のうちに酢飯の復習と海鮮丼、精米の時に出来る糠の再利用法を教えておいた。
まぁ、まだ糠漬けは俺も試してないので、今はクッキーなどの粉菓子に少し混ぜたり家畜のエサや畑の土に混ぜたりと、栄養価は高い事だけを説明しておいた。
ただ、家畜のエサと言った時はみんな微妙な顔してる。
日本では玄米も糠も健康食品扱いなんだけどなぁ。
ちなみに、今日は陛下も宰相も来なかった。近くにいた騎士さんに聞いたら
苦笑いされたので理由を聞くのはやめておいた。きっと気にしたらだめなやつだ!
「人いっぱい!」「いっぱいだ!」
料理教室後に俺達は自分たちの馬車で帝都の中を走っている。
城を出てから上流階級の区域を抜け、今は商業区の商人ギルドを目指して走らせている。ここまで来ると一気に人も馬車も増えていた。
「頼むから落ちないでよ?ああほら、立ち上がっちゃダメ!」
御者台に座る美李ちゃんもピーリィも、久々に見た街中の様子にテンションがかなり上がっていた。その真ん中に座って手綱を握る俺は気が気じゃない。
「こーら。騒ぎすぎるならこっちきてもらうよー?」
「やだー」「やー」
後ろの幌から顔を出して叱る沙里ちゃんに、
慌てて俺にしがみついて拒否する2人。
「ふふ。2人は元気でいいですわね。見ていてこちらも心が和みますわ。ワタクシにも妹がいればそのようなやりとりができたのかしら?」
「ええ。あの2人を見ていますと、私も妹が欲しくなります」
沙里ちゃんが開けた幌の中から聞こえてくる2人の話声。姫様と皇女様だ。皇女様の護衛としてビルモント団長と侍女2人も付いて来ている。おかげでユウとベラがいなくても馬車の中が狭くなってしまったので、美李ちゃんとピーリィも俺と同じ御者台に出てきていた。一応10人乗りの中型馬車だけど、護衛も考えるとある程度動けるスペースがないと拙いそうで。
そう、今回の外出には何故かヴァシュリー皇女まで付いて来ていた。居住袋はまだバラしていない能力なので、皇女様がいては居住袋に入るわけにもいかずちょっと困っていた。使えたら色々楽になるんだけどね。
皇女達が付いて来る事になったのは、俺達が料理教室を終えて城の正面玄関に俺達の馬車を回してもらうために待っていた時だ。事の発端は後ろからやって来た皇女様と侍女2人に声を掛けられた所からだ。
「サリス!ああ、丁度ヒバリ達も一緒なのですわね。聞きたい事があるの、よろしくて?」
「ええ。ですが私達はこれから街に向かいますので、このままですと馬車の準備が出来るまでの間になってしまうので、ヴァシュリーの話が終わるまで馬車を下げるよう言ってきますね」
「あら、城の外に行くの?それならワタクシもご一緒しますわ!パルミエ、今日の予定は問題ないはずですわよね?」
「……はい。陽が落ちる前にお戻りになられれば問題ありません」
「では、ビルモント団長を呼んでまいります!」
パルミエが皇女に答えた直後にシャンティがすぐに動いた。皇女様の一言で急に予定変更が決まったビルモント団長は大丈夫なのか?と、彼に同情の念を送るしか出来ない迅速な対応だった。
案の定、諦めたような達観した顔で連れてこられた団長。
結局はこの5人も乗せて馬車は城を出発した。
「ヴァシュリーの御用はどういったものなのでしょう?」
城門を出て上流階級者が住む貴族区に入った頃、姫様はふと思い出したように皇女様に聞いていた。すぐに本題に入ると思っていたら、馬車に乗った時にクッション袋にはしゃいだ後、城の外は久しぶりだとこれまた興奮が収まらなかった。
更に訓練場の近くを通った時、俺達の馬車に気付いたユウの「いってらっしゃい!」の声と、姫様と皇女様が乗ってると知らされた騎士達全員の敬礼に見送られ、それに手を振って返す2人。そんな状況で話なんて出来るわけもなく。
「そうでしたわね!話とはブリゼの事なのよ!」
「ブリゼがどうかしましたか?」
「サリス、貴女ブリゼに鞄を贈りましたわね?」
「鞄……ああ、ヒバリさんが作った鞄ですね?はい、贈りました。ですがあれは、あまり公にしないよう言っておいたのですが……」
「それも聞いていますわ。ブリゼは責めないでね?ワタクシが無理矢理聞き出したの。だからブリゼに罪はないのですわ」
ブリゼが珍しい鞄を携帯しているのを見てどこで手に入れたか聞いたがはぐらかされ、本当はペストリーとお揃いだからそれを揶揄おうと問い詰めたら、鞄の秘密を白状するように言われてると勘違いしたブリゼが、そこにはいない姫様に謝罪しながら話してくれたらしい。
「まさかあのブリゼが泣くと思わなくて焦りましたわ……ワタクシも反省して人の恋愛を揶揄うのは控えますので、ブリゼの事を許して下さる?」
「近いうちにお話しする機会を窺ってましたので、何も問題ありません。ただ、あまり広めたい内容ではないので、そうですね……皇族の信頼出来る人物以外には口外なさらないようお願いします」
「……そこまでですの?」
「ヴァシュリー様、先日海の物を運んだ者に聞きましたが、あれは特に商人に知られれば大変な事になります。ヒバリ殿は勿論、ノーザリス殿下にも危害が及ぶ可能性は非常に高いです。これにブリゼ団長から聞いた話まで加わると…正直に申しまして、国で保護すべきだと具申したいほどです」
横にいたビルモント団長が思わず口を挟むほど、袋付与した鞄のの非常識な性能を見た感想と注意喚起を述べた。魚や海藻を仕入れて戻った部下によれば、鞄には生物は入らないものの、見た目以上に入る上に時間停止され鮮度が全く落ちないどころか、中に入れた物同士でぶつかって傷つく事も無かったそうだ。
もしこれが軍事輸送に使われたら?人や補給物資として武具、そして腐らない食材も楽々と大量に運べるなど、戦争を起こしたい物ならば喉から手が出るほど欲するだろう。
「私達もそれを危惧しています。それに、ヒバリさんの袋の性能はそれだけではないのです。そこも踏まえて、後ほど陛下にお伝えしなければならないでしょう。召喚してしまった責任を取るためにも、ヒバリさん達を国や良くない思惑に縛られないよう努めなければなりません」
「まだ何かあるのですか!?」
ビルモント団長はバッと御者台の方へ顔を向けるが、幌の覗き窓の向こうにはヒバリの後頭部しか見えない。愕然とした彼をよそに、皇女はハッとして、
「……って、そうではなくて!ワタクシの話はどうなったの?」
「ですから、それも含めて陛下の前で一度に説明させて頂きたいのです。その席にブリゼも呼べますか?」
「でしたら、今夜がいいですわね。確か、明日にはゼスティラに戻ると言っていたはずですわ」
侍女達もそれに賛同して頷く。
「では、今日は市場で仕入れてまた晩餐はこちらの部屋で行いますか?」
「それはいいですわね!貴方達、城に帰ったら母上にも伝えて!」
「「はい、畏まりました」」
侍女達は座っている状態なので軽く上半身を倒して答える。
城に戻ってからの予定はこうして決定されていた。
馬車の中でそんな話し合いが行われていたなんて知らないヒバリは、美李ちゃんとピーリィの相手をしながら馬車を走らせた。
レーダーマップには付かず離れず周りを走る馬が数頭いる。大仰な護衛に見えないよう配慮された位置取りをした第2騎士団の騎士達だ。むしろ、皇女様が外出しているのにこの程度で済ませている方が珍しい。
しかし、目的地がはっきりしている分護衛がしやすいようで、進む道に渋滞も事故も喧嘩もなかった。事前に対処してくれている騎士立ちのおかげだ
数日ぶりとなる馬車引きに、馬達も楽し気に軽快な足音を立てている。修理してもらった馬車も、看板のあった位置以外は派手さはなくとも丁寧な仕事で磨かれた馬車は綺麗になった。
商業区に入ってから一気に人が増え、
左右にいる2人もかなり興奮していた。
「あれ?ここを曲がるって、また戻ってません?」
侍女のシャンティさんの道案内で走っていたが、一度商業区の大通りから左に外れてまた賑やかになる通り辺りまで来て、そこから左折をしていた。となると、当然馬車はまた引き返す方向になるはずだ。
俺達が初めて帝都を訪れた時に走った大通りは商業区中心部を縦断する道で、今回城から出た時に走って来た道はそれより西側のメインストリートのようだ。
左折して進んだために、行きで通った東側に出て来た。先程の大通りより馬車が多い。商人達にとってはこちらがメインストリートなのだろう。
「はい〜。あの辺りには少々立ち寄りたくない場所がありまして、安全のためにもこの経路を辿らせて頂きました」
「危険な場所なんですか?」
「獣人の方々には、と今はご理解下さい〜」
声のトーンを下げて短く言うシャンティさんは、
これ以上聞かないでくれと目で伝えてきた。
2つ目の大通りで馬車を走らせて15分、やがて多くの馬車が停まった大きな建物に到着した。2階建てだが天井が高いのか、建物自体は3階建てよりも高い。その理由は、1階の奥半分は巨大な倉庫も兼ねているそうだ。
商人が集まる場所だけあって、直接ギルドと取引をして荷を下ろす商人も多いらしい。自身で販売せずに現金に換えられるのだから、手間賃を差し引いても店舗を持たない者には嬉しい配慮だ。
「鎧姿でギルドに入るのは目立ちすぎるので、私はここで馬車を見張ろう。パルミエとシャンティもそれなりの実力はある。それに、トニア殿が傍に居れば後れを取ることはないだろう。任せてよろしいか?」
「承ります」
そんなやり取りの後、駐車スペースに案内されて馬を繋ぎ、俺達は9人でギルドの受付に並んだ。朝がピークですでに昼過ぎのこの時間はそれほど混んでいない。
玄関前にはロータリーがあったが、そうなるとビルモント団長が御者のために外に出る事になるし、誰かが御者に残って人数を分断するのも良くないとの判断で、全員で駐車場から歩いて建物に入った。
広いロビーの奥にある受付でラーク商会と記入し、その時用紙を見たら俺達は6組後だったのでそのままロビーの椅子で休憩がてら飲み物を出して待たせてもらった。意外にも早く、20分もしないうちに呼ばれて、慌てて片付けていたら案内の女性に笑われてしまった。
「こちらへどうぞ」
ロビーから隣の部屋へ案内されると、衝立で広く区切られた商談スペースがあった。どのスペースを見ても商談が続けられている。10個以上もあれば速く呼ばれるのも納得だな。
空きスペースに案内されると思ってキョロキョロと探していたら、その中でも一番奥、衝立ではなく薄い壁で区切られた部屋に通された。
「えっと、ここですか?」
「はい。ラーク商会の皆様には当ギルドの副長にお会いして頂きます」
なんでいきなりNo2が?という疑問を抱きながら、その扉へ踏み込む。侍女組3人は完全に警戒態勢だ。沙里ちゃん達もなるべく小さくまとまり、俺もいつでもローブを盾に出来るよう手に摘まむ。
部屋の中央にある長方形のテーブルの前にソファが2つ並ぶ。奥の事務処理用のテーブルには1人の男性が座っていたが、俺達が入室するとすぐに立ち上がった。
「態々こちらまでお出で頂き、誠にありがとうございます。本来ならばギルド長がお会いしたがっていたのですが、生憎と席を外しておりまして。今回は私、副長のタイラット・バンがお相手を務めさせて頂きます」
オールバックで整えられた金髪の人族男性は、恭しくゆっくりとお辞儀をする。横にいた秘書らしき獣人の女性もそれに合わせて頭を下げていた。
レーダーマップで見ても隠れている人もいない。
さて、これからどんな話をしてくるのかな?