ヒバリと沙里の料理教室
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執務室を後にした俺達は、また昨日と同じ広間へと案内されていた。レーダーマップで隣の部屋を確認すると、今は11人が解放待ちしているようだ。
今日は騒ぎにならないように日本人4人ともカモフラージュを掛け直して髪色を偽装してある。おかげでここに来るまで好奇の目には晒されていない。
どうせこの後料理教室を行うのだから目立つ事になるが、黒髪だと更に目立ってしまうから変えておきましょうと姫様から言われたので素直に従っておいた。
「大変申し訳ございませんが、本日も11名が保護されています。準備が整い次第お声を掛けて頂けましたら、1名ずつ連れて参ります。よろしいでしょうか?」
「俺はいつでもいいです。皆は大丈夫?」
元気良く返事をする者、無言で頷く者とバラバラだが、どうやら問題はないみたいだ。じゃあ少しでも早く隷属印を壊しちゃおう!
「では」
俺達に応対してた騎士は、そう言って隣の部屋へ声を掛けに向かった。
解放するには隷属印のある背中を見せる、つまり女性の肌を晒す事になるので、今日も護衛の騎士達は明後日の方向を向いて待機する。
当然俺も女性の準備が終わるまでは用意されている衝立の前に置かれた椅子に座って待機だ。絶対に他の方向を向いてはいけない。
ピーリィも俺が女性の裸を覗き見ないよう監視する任務を受けて、キリッとした表情で俺の上に座る。表情と行動がいまいち噛み合ってないのは気にしちゃいけないんだろう。
「ヒバリさん、お願いします」
1人目の準備が出来たらしく、トニアさんから声が掛かる。
昨日も何人も見てきたけど、手と口を拘束される女性を見て楽しむ趣味はないからこの姿は本当に胸が痛む。たまに傷跡が消せないくらい無数の虐待が残る女性もいた。
「ヒバリ、どしたの?」
ちょっと自分の思考に引っ張られてぼーっとしてたみたいだ。顔を上げると、他の皆も心配そうに俺を見ていた。何でもないよと言ってピーリィの頭を撫でてから、気合を入れ直して闇魔法を発動させた。
2時間ほどで11人全員を解放し、内数名が精神に大きなダメージがあった為他の部屋に運ばれていった。残りの女性達は距離を取れば男の俺とも会話出来たため、朝に準備した普通サイズのおにぎりと味噌汁を振る舞って、少しでも早く心身共に回復するようどこかへ向けて願っておいた。
「今日は……これ以上は保護されていないようですね。有り難う御座いました。一度休憩を挟んで、次の予定は城の使用人用厨房と食堂へとお連れ致します」
朝から俺達を案内してくれている護衛の騎士さんが、
入室を求めてから廊下から入って予定を伝えてくれた。
「そうですか。じゃあ俺達も一旦ここでお昼ご飯にしましょうか。あ、すみません、俺達もここで食事してもいいですか?ちゃんとこっちのテーブル使うのでそちらの邪魔はしません」
こくこくと肯定の意味で首を縦に振る先程解放された女性達。今は彼女達が食事中なので、トニアさん達が給仕の手伝いをしている。
ついでだからトニアさん達が離れる時に女性達にデザートとしてパンケーキを配ってもらっておいた。まさか甘い物まで出ると思っていなかった女性達は、目の前に配られたパンケーキに目を丸くして驚き、食べてみてまた驚いていた。
「じゃあ俺達も食べますか。今日は朝起きた時時間空いちゃってたから、ハンバーガーとポテトフライを作ってみたんだよね。これでコーラ…せめて炭酸でもあれば完璧だったんだけどなぁ」
「あれ?和食じゃないんだねー。このあと作るって言ってたから、てっきり和食になると思ってたよ。ボクはハンバーガー好きだから嬉しい誤算ってやつだね!」
ユウが口の端にケチャップソースを付けながらニカッと笑って指で拭って舐めとる。昔はジャンクフードなんて言われてたけど、やっぱり皆も好きだよね!
ポテトはちょっと太めにしてあるから食べごたえがある。これは細い方がいいとか雑談しながら食べていると、奥でおにぎりとパンケーキを食べていた女性達はすべて食べ終えたようで、2人の獣人女性が使った食器をまとめて持ってきてくれた。
「おいしかった、です。あの、これはどこに片付ければいい、ですか?」
かなり緊張してなのか共通語に慣れていないのか分からないが、たどたどしく俺達に話し掛けてきた。2人が騎士や俺からは一番遠い位置を保っているのは仕方ない。
「食器はそのままテーブルにまとめてあれば大丈夫ですよ」
「そう、ですか。はい、わかりました」
「?」
姫様が女性達に微笑んで答える。のだが、どうも会話が終わったわけではない沈黙が残る。その状況に皆も首を傾げて状況を見守っていた。
俺がじろじろ見たり声を掛けるのはまずいと思って、ピーリィにポテトを食べさせたり食べさせて貰ったりして敢えて会話に混じらなかったんだけど、
「……えっと、俺ですか?」
2人の内の前に立つ兎耳の獣人女性がちらちらと俺を見ていた。水色の髪に白く細長い兎耳がピンと立っている。俺よりは年下だろうけど、子供っぽさがないから成人している歳だろう。体つきもメリハリのある女性らしいものだ。
そんな女性に見つめられて、流石にそれに気付いて無視するなんて出来なくて、なるべく刺激しないようにそっと聞いてみた。
もじもじと何か言いたげに口を開いては閉じて、漸く言う気になったのか、気合を入れてからしっかりと俺と目を合わせて、
「さっき食べたオニギリ?はあなた達が作ったって聞い…きました。これ、これから作り方教えるって、聞きました。材料、小麦より安いって聞きました。自分でも、作れますか?教えてくれますか?」
意を決してしゃべりだしたら、一生懸命一気に捲し立ててきた。言い終わった後にやり切った感ある表情をしていたから、思わず拍手したくなったけどなんとかやらずに自制出来た。
「おー!」 パチパチパチ。
って思ってたのに、ピーリィがやっちゃってた。案の定ピンと立っていた女性の兎耳は、少し後ろへ向いてしまっている。顔も仄かに赤い。
「ほら、ピーリィ。さっきのおにぎりはゴルリ麦を使ってるんで高い物じゃないですけど、ちょっと調理法が変わってるんですよね。
丁度この後城の人達に教えるので、体調がよければ皆と一緒に覚えてみてください。何回かやれば大丈夫ですよ!」
ピーリィにおしぼりを渡して手を拭かせる事で拍手をやめさせ、あまり声に力を入れないように気を付けながらこの後の厨房に誘ってみた。
「……ほんとうにいいの、…いいんですか?」
「勿論ですよ。それと、無理に言葉遣いを直さなくても、話しやすい形で構いませんから、もっと気楽にどうぞ」
後で聞いた話では、他の人達と一緒に教えられると思っていなかったらしい。空いた時間にちょっと見せてくれる程度だろうから、迷惑にならずに済むかもとほんの少し期待して聞いてみたら、ちゃんと覚えられるまで教えてくれるとは想像もしていなかったとか。
姫様や他の皆からも後押しされ、この女性1人だけだがこの後の料理教室に参加する事が決定した。料理人は男が多いらしいので、女性のグループに混ぜてもらうよう案内の騎士さんに伝えておくのも忘れない。
途中で鑑定を使って見てしまったが、兎人族のこの女性が自己紹介をしてくれた。名前はフィーネといい、もう1人いた獣人の女性は参加せずにあとでフィーネから教わると言って下がっていった。
「あのさ、その料理教室をしてる時って、ボクとベラは別行動でもいいかな?」
食後の片付けをしてる時、ユウがタイミングを見て言ってきた。
「ボク達が泊まった部屋から遠くで騎士団の訓練が見えたんだよね。で、もし許可がもらえるならボク達も参加させてもらえないかなーって思ったんだ」
「ベラも、訓練参加してみたい」
2人は昨日から室内での手伝いや話し合いばかりだからもう限界みたいだ。一応一昨日戦闘というか防衛戦はやったんだけど、それだけじゃ物足りないってことか。
「あ、はい。事前に知らせておけば参加されても問題ないと思います。お2人でよろしいのですね?では、先に1人走らせて、案内に1人付けましょう」
大丈夫かな?と心配そうな顔をしているが、
それでも参加する許可は出してくれていた。
「ってことで、ヒバリ。そっちはよろしくね〜。夕飯には戻ってるから、ボク達の分もちゃんと作っておいてね!」
「気を付けて下さいね」「いってらっしゃーい」「しゃーい」
沙里ちゃん、美李ちゃん、ピーリィの言葉で見送られて、2人は楽しそうに部屋を出て行った。訓練は大丈夫だと思うけど、変な揉め事が起きないといいけど。
「では、皆様を食堂へご案内致します」
2人減って1人増えた俺達は、案内してくれる騎士の後について行く。
食堂に近づくにつれ、徐々に人が増えてきた。初めに聞いていたのは20人位に教えるという話だったが、どう見てもその倍以上の料理人がいる。
ただ見たい食べたい出来れば教わりたいと駆けつけた兵士や使用人など様々な格好をした人達はその2倍以上いる。
つまり、厨房と食堂、その周りには200人近くが集まってしまっていた。
「いやこれは……まさかここまでとは」
俺達を案内している騎士が驚く。
しかしこれには原因があった。
前日に出した陛下の告知の内容だった。
"明日の昼過ぎ、初代皇帝に関わる郷土料理を知る者が皆にその料理法を伝えに来る。身分や職に関係なく参加したい者は昼前までに申し出よ"
というものだった。
今日は朝から交代の交渉やらそれまでに通常業務を済ませようと必死に頑張った者など、城内の一部で慌ただしくなっていたそうだ。そして会場を移さなければ収まりきらない事態へと発展し、それでもこうして廊下にまで人が屯してしまっている。
城内では3階の一番西側に皇族の自室があり、ヒバリ達はそこよりやや中央にある部屋を滞在用に宛がわれていた。
前回の応接間は2階の中央よりやや東、今回居た解放のために用意された部屋は丁度その真下の1階、そして今から行く食堂は来客の使用人や護衛の中でも下っ端など、どちらかと言えば身分の低い者達のための食堂だ。
なので、城の東にある使用人用の建物と繋がった位置にある。城の配置を大雑把に分けると、西から順に身分の高い物たちの施設があるといった感じだ。
そのため、身分の高い者達への食事を作る厨房は3階にある。元々はそこで教える予定だったのだが、告知したところ参加希望者が多すぎたのだ。とてもじゃないが3階の厨房では収まりきらず、急遽1階の厨房へ変更されたわけだ。
料理人の中には"何故立場が上の我々が下層の厨房に行かなくてはならないのだ"と文句を言った者もいたが、更に上の者から"それが嫌なら参加するな"と一蹴されたらしい。
尤も、告知した陛下は身分に関係なく城内にいる者達へと言ったのだから、陛下の言葉に不満を漏らした料理人の方が立場を悪くするだけだったようだ。
「ヒバリさん、ホントにやるんですか?」
食堂に入った俺達は、早速各自が準備に追われていた。
姫様が挨拶するための準備と打ち合わせをしている間、俺達は収納袋等に予め用意しておいた食材を複数のワゴンに並べていく。料理別にワゴンを用意しておけば分かりやすいし次の準備も楽だからだ。
ただ、保存用の袋としてはバレてもいいが、収納袋としての機能はバレないように注意を払っておかなければいけない。
その準備の最中に沙里ちゃんが不安げに俺に聞いてきたのは、この後の俺達の挨拶の話だ。どうせならインパクトあった方がいいかなー?と思って提案したんだけど、たった一言だけを担当する沙里ちゃんはどうにも賛成しかねていた。
「でも俺達2人が表立って動かなきゃだし、自己紹介とか言われてもいやでしょ?」
「それはそうですけどぉ……」
「あ、ほら。姫様の挨拶が始まるよ」
まだかまだかと騒めく会場を静まらせて、用意された踏み台の上に立った姫様が喋りだした。
「シルベスタ王国第3王女のノーザリス・シルベスタです。本日は私の従者が知り得て来た調理法、ワショクの数々からいくつかを伝えて欲しいと言う皇帝陛下からのお声を頂き、実現させて頂きました。陛下のお言葉通り、貴賎なく皆に広まってくれることを心より願っています。
それでは、今回ワショクを伝える2人を紹介しましょう。先程従者と言いましたが、私は友と思っております。男性をヒバリ、女性をサリ。畏まる必要はありませんが、無礼と非礼のない対応を」
姫様がこちらを手で示してから挨拶を促す。
よし、ここだ!
「まずは元気よくいかせてもらいます!……いくよ?
ヒバリと!」
「さ、沙里の!」
「「料理、バン○イ!」」
2人で両手を上げてバンザイポーズをする。
静まる食堂。ぽかんと口を開ける姫様。
そして、一拍置いてから……
「ば、バンザーイ!」
「「「バンザーイ!」」」
「「「「「バンザーイ!」」」」」
数人が同じように両腕を上げてバンザイをすると、波のように広がって食堂内のほとんどの人が万歳の合唱が始まってしまった!
……やばいこれバンザイを強要したみたいじゃないか!?一緒について来た兎の獣人さんは、野太いバンザイの声に完全に怯えてしまっている!これはまずい!!!
「静粛に!静粛にッ!」
必死に周りで護衛をしていた騎士達が叫んでいる人達を落ち着けていた。
罪があるわけじゃないけど、これ以上城内での騒ぎを放っておけなかったのだ。
「ヒバリさん……」
頬に手を当てて困り顔の姫様。
「ほらぁ!だからやめようって言ったじゃないですかぁ!」
付き合わされて後悔する沙里ちゃん。
「「ばんざーい!」」
一緒に騒ぐ美李ちゃんとピーリィ。
「大丈夫です。これはヒバリさんの悪ふざけが過ぎただけです」
優しく兎の獣人さんをあやすトニアさん。あ、こっち睨んだ。
「……おかしいなぁ?料理番組のタイトルコールを真似しただけだっただけどなぁ。これで掴みはOKみたいなやつでさ」
「ヒバリさん、反省しましょうね?」
「あ、ハイ。すみませんでした」
姫様に笑顔で睨まれて即座に謝罪しておいた。
これは本当に怒ってるなぁ。失敗した。
後で聞いたら、万歳三唱は祝い事などで行われる風習だと伝えられている馴染のものらしい。ワショクという失われかけた食文化の復活に喜びバンザイをしたのなら、我々もそれを祝おうと合唱に付き合ってくれたそうだ。
なんだ、ただのノリがいい集団ってわけじゃなかったのか。
やがて騒ぎも収まって、作業を手助けする者達として美李ちゃんら他のメンバー全員の紹介も終わった。
その横にいた兎人族のフィーネさんは紹介せずに側に控えているだけにしたけど、解放した時のただのワンピースだとちょっと体の線が見えすぎて危ないという理由でトニアさんの替えの服を着させているので、種族は違うが姉妹みたいに側にいたため関係者と思われていた。
関係者だと思われた方が面倒がないという理由で、
敢えて誰も何も言わなかったわけで。
こうして、帝国での大規模な料理教室が始まった。
尤も、たった数時間で終わるわけもなく、それから何度か行う事になってしまうのだが、元々この規模に対して教える側が少なすぎるのだからヒバリ達もそうなるだろうなと思っていたので特に問題はなかった。
ただ、最初に別の問題があった。
「このように大豆を水に浸けて一晩置きます。そしてこちらが一晩置いたものです」
「次に蒸した大豆をこのように潰していきます。そしてこちらが潰し終えたものです。ここまでしっかり潰してくださいね」
「こうして絞った大豆の汁を豆乳と言い、これににがりという海水から作った材料を適量入れてゆっくりと数度だけ混ぜて時間を置くと……このようにある程度固まります」
「それを型に入れて上から蓋と重りを乗せて時間を掛けて水分を抜きます。そして、こちらのように固まったら豆腐という食材が出来上がるわけです」
次々と工程の終わった状態の物をワゴンから出され、
一切止まる事なく豆腐と呼ばれた白い食材が出来上がってしまった。
教えながら流れる様に、時間が掛かる部分は処理が終わった物が取り出される。覚えようと必死に見ていた者達には展開が早すぎてついて行けず、まずは見て味見するだけで終わってしまった。
ヒバリは、料理番組を意識しすぎて、教わる方の理解度を無視し過ぎてしまったのだ。一から豆腐を説明するのに10分もかからないなど、どこのキ○ーピーさんだというのか?
姫様からストップがかかり、再度最初から教え直すように言ってくれたのを見た料理人たちはほっと胸をなでおろしていた。あの状態でいざ陛下の為に作れなど言われても誰も作れないだろう。そうなればお前たちは何をしていたのかとお咎めを受けたかも知れない。
そう思っていた料理人達は姫様に心から感謝していた。
こうして仕切り直しで2度目の豆腐作りが始まった。
「あ、そうだ。初めにレシピを書いた紙配るのを忘れてましたね!」
(それがあるなら最初に下さいよぉ!?)
と、必死にメモを取っていた複数の料理人が、言えるはずのない文句を懸命に飲み込んでいたのを、姫様達が憐れんだ目で見つめていた。
某料理番組(隠す気があるのか?)ネタですが、あの番組と言うか単独スポンサーが食品製造業界に大きな衝撃を与えた事件がありました。衛生面での不備は連日報道され、ついにはその部門は他社へ吸収されてしまいました。事件直後、長く続いたその料理番組は即座に打ち切りになりました。
私の職場でも「あの事件は他人事ではない気を引き締めるように」と何度も通知と改善指示が来たものです。
そんなわけで、自分には物凄く印象の強い番組だったのでネタにしてしまいました。深く印象に残っていたのか、最初は無意識に使って書いていました。後でどんな番組だったっけ?と思い出してびっくりでしたね!