スシ食べたい!
「へいかあああああああああああ!それはないでしょおおおおおおお!?」
バーン!と勢いよく開かれた扉(結局全員入りきらなくて開いてたけど)から現れたのは宰相さんだった。扉に手を掛けたままぜぇぜぇと肩で息をしてる。乱れたローブから隠れていない手や頭の黒毛が一緒に揺らいでいた。頭上にある小さな耳も後ろに倒れているようだ。
「馬鹿野郎!飯時に埃立ててんじゃねぇよ!せっかくヒバリ達に作って貰ってるスシが勿体ねぇだろうがッ!」
「そ、それはとんだ粗相を、失礼しました……ではなくて!何故!私を!呼んで下さらないのですか!?」
「ハッハッハ!わりぃ、浮かれてお前の存在忘れてたわ」
「あんまりだ……これほど陛下に尽くして来たと言うのに……」
床に膝と手を付いて打ちひしがれる宰相さん。そして酷い返答に皆の視線が陛下に集中すると、やり過ぎたとばかりに慌ててフォローし始めた。
「ほ、ほら!まだスシ作ってもらってるからよ、俺は後ろの席行くからお前がここに座れ!な?ヒバリ、いいよな?」
「はい、勿論です。宰相さん、生の魚介類は大丈夫ですか?ダメそうなら別な物も寿司に出来ますよ」
「ううっ……ありがたいお言葉。生の魚は食べたことありませんが、それがニホンの料理でしたら、是非ともそのままで頂きたいです」
何とか立ち上がって陛下が空けた真ん中の席に座ると、お任せで握ってくれと言う注文をもらった。俺は1貫ずつ説明しながら目の前の板に置き、箸も用意してみたが、寿司は手を拭いてからなら素手でも大丈夫だと教えると、皆と同じでまずは箸に挑戦していた。
まぁ、結局素手になってたけどね!
現在食事をしているのは、俺達の宿泊に用意してもらった部屋だ。そこへ全員が押し掛けたのだが、流石に手狭なので従士の方々には廊下に机と椅子を用意してもらって、部屋の中もソファーを壁に追いやって机と椅子を追加して座っている。
俺と沙里ちゃんは握る方に回り、時折美李ちゃんとピーリィが俺達に寿司を食べさせてくれていた。それでも20人ほどに握らなければならないので、俺達は必死に握り続けた。
ネタの切り出しや補充は皇女付きの侍女2人がフォローに回って、カウンター扱いのテーブル以外への配膳はトニアさんと従士の人がしてくれている。
初めはどう手を付けていいか分からず戸惑っていた帝国側の人達も、姫様が器用に箸を使って美味しそうに食べている姿を見て、まずは陛下が手を付けた。そこからは陛下の手は止まらず、それを見ていた皆も慌てて食べ始めた。こうなるともう俺と沙里ちゃんは回転寿司の店員よろしく大喰らいな客に延々と握り続けた。
赤身、白身、マス、いくら、小魚の酢漬け、叩き、炙り、貝柱、玉子、川海苔を使った巻物、そして焼肉や松茸、野菜などの変わりダネ。尤も、松茸は遠藤姉妹と侍女2人以外には余り好まれなかったが。
それでも土瓶蒸しにすると皆食べてくれるから不思議だ。だしの力は偉大って事なのかなぁ?あの4人が好きなだけ松茸を食べられるからそこはよしとしよう!
そんな寿司パーティも1時間もすれば徐々に食休み離脱者が出てくる。そしてそこへ宰相さんが飛び込んできて今に至る、と。
「陛下に用があって部屋へ向かえばおらず、途中ですれ違った者に尋ねればニホンの食事を振る舞って貰っていると、自分達も頂いた帰りだと笑顔で答えられた私の気持ちが分かりますか!?」
やっと寿司にありつけて、30分くらい食べた所で落ち着いた宰相さんがここに来た経緯を説明していた。そんなに悔しかったのか……
「だから悪かったって言ってるだろ?それにスシは今そこの2人が覚えてくれてるからよ、これからは食えるようになるって。な?」
「ではそれをそっくりそのまま第1騎士団へと伝えてもよろしいのですね?陛下は率先してニホンの料理を頬張り、他の者らはお預けだと!」
「それは……あー、まずい……よなぁ?」
ずずーっと緑茶をすすって、その時の状況を思い浮かべたようだ。この宰相さんの様子を見ると、全員が同じ事をしそうだよなぁ。
第1騎士団は特に初代皇帝を敬っている者が多くいて、黒髪を持つアンビ皇子も心を許している団員が多いそうだ。その初代の郷土料理を独占したと伝えられたなら……うん、だめだろう。
「すまん、ヒバリ。ちっと相談があるんだが、」
「あーもー、分かりましたよ!その代わり、別報酬とこちらが指定した食材の用意は何とかしてくださいね?今日で生魚使い過ぎて在庫がもうまずいんですって」
実際にはまだ多めに在庫はあるけど、この後何人に作る羽目になるか分からない以上はあちらで用意してもらわなきゃ怪しいよ!
「そこも合わせて迷惑をかける。ただ、生魚となると用意出来るかが分からん……どうしたものか」
「ああ、それでしたらここから半日かからない海沿いの町に一度交渉に立ち寄っていますので、上手くいけばそこですでに漁獲があるかも知れません」
お茶のお代わりに回っていたトニアさんが陛下に言っていた。そうだった、あの町で昆布もだけど魚もお願いしてたんだった!ただ、生魚だとまだ需要がないからまずは町内でその食文化を浸透させるって言ってたっけ。
「ありましたねぇ。昆布をお願いした町でしたよね」
「はい、カロナードと言う町でした」
「そうか!では明朝すぐに走らせれば明日の夜には届くか!」
パン!と右拳で左の手のひらを叩いて喜ぶ陛下。
そこへすかさず宰相さんがフォローを入れる。
「でしたら氷を出せる水の適合者を連れて行かせましょう。生ですと腐る可能性がありますからね。このスシに使われる魚は新鮮なほどよいのでしょう?それに馬車を何台走らせるかも検討しなければなりませんね」
ああそうか。普通は輸送方法を考えないといけないのかぁ。
今じゃすっかり袋スキルが当たり前になってたから忘れてたわ。
「あのー、秘密厳守して頂けるなら輸送に氷もいらないし馬車も1台で済む方法ありますよ?大きめの鞄を用意してもらう必要はありますけどね」
「うん?そんな都合のいい話が……あ」
「あっ!」
陛下が訝しんだ目をこちらに向けた後すぐに皇女を見て、その皇女も俺と陛下を見て思い出したみたいだ。やっぱりそこも報告してたか。
「その様子だと伝わってるみたいですね。俺の固有スキル」
「その、父上と兄上には報告させて頂きましたの。事後報告で申し訳ありませんわ」
一応"ここだけの話"って事で皇女に打ち明けたわけだけど、まぁ皇族内じゃしょうがないよなぁ。それにこっちも全部を話したわけじゃないしね。そもそも、これだけ振る舞ってた食材がどこから出て来たか聞かれると思ってたし。
「そこはそれ以上広めてないなら別に構いません。ただ、出来れば馬車を走らせる人は信用できる人に頼んでもらいたいです。ほら、収納袋を持たせて行って貰うので…」
「それは俺が約束しよう。ここにいる者から3人選び、早朝走らせる。その袋ってやつは話に聞いただけだが、商売に欲を出すような奴に聞かれちゃマズい内容だからな。人選はこっちに任せてくれ!」
「分かりました。じゃあ片付けの後用意しますから、どちらに届ければいいですか?」
「部屋の外に2人付けとくから、そいつ等に渡してくれ。今日の事と言い、明日からの奴隷解放と言い、今度は飯まで頼むのは心苦しいが、これらはヒバリ達を頼るしかねぇ。済まないが報酬は弾むからよろしく頼むぞ!」
「さぁ、皆さま本当にお疲れでしょうし、我々も戻りましょう。ああ、余分な机と椅子をすぐに出しましょう。あとはゆっくり休まれて下さい」
俺と陛下の会話に区切りがついたタイミングで宰相さんが解散の号令をかける。言われてみれば確かに疲れてるんだったなぁ。明日の収納袋を用意したらさっさと風呂入って寝よう!
寿司を握り終えてからは、美李ちゃんは沙里ちゃんの上に、ピーリィは俺の上に座って休んでいたが、難しい話ばかり聞かされて飽きちゃったんだろう。気付くと2人とも寝落ちていた。
それからは寝ぼけた2人を皆に任せて順番に風呂に行ってもらい、おれはさっさと預かった大きなカバンに収納袋を付与すると、陛下達の退出前に明日走る人達の魔力に触れさせて貰っていたその人達の開閉許可が組み込まれているか確認してから廊下にいる騎士にそれを託した。
……一応3つ渡したから大丈夫だよね?
見た目はただの革鞄だけど大丈夫かなぁ?
それにしても、普段袋を作る方ばかりしてたから、袋機能の付与って久々な気がする。耐久性に不安はあるけど、全部袋製ってのはまだ怖くて渡せないからしょうがないな。
それからは俺も居住袋へ行って風呂に入り、また客間に戻って悠々とベッドを使わせてもらうことにした。風呂も湯もいらないと言ったら廊下の騎士達は不思議がっていたけど、姉妹がお湯を作れるのを見て一応は納得してくれていた。
そして、ここからは美李ちゃんのターンだった。
今日はピーリィとばかり接していたせいか、堅苦しい応接間では静かに控えていた美李ちゃんが、今になって甘えてきていた。普段はしてこない膝の上に座ってきたり、風呂上がりの髪を櫛で梳かしてきたりとやたらと構いたがる。流石に風呂は一緒に入ってないけどね!
「今日はあたしもピーリィと一緒にヒバリおにいちゃんのとこで寝るから!」
と、宣言したとおり、俺の髪を沙里ちゃんのドライヤー魔法に協力してもらいながら乾かした後、本当にそのまま3人で川の字(実際には小の字か?)になって隣の部屋の大きなベッドで寝た。
おそらく姫様用なのだろうけど、幅が5m近くもあると広過ぎて3人で寄り添うように寝れば、結局半分以上は使われない。ここまで大きい必要あるのかなぁ?
横になったらすぐに寝たピーリィと、俺を寝かしつける!と豪語していたが
こちらもすぐに寝ちゃった美李ちゃんに挟まれたわけで。
「あー……そういや俺も疲れてるんだった。2人とも、おやすみ……」
明日からは奴隷解放に、和食を教えるのと、作るのと。あとは……何が
あった、かな?もう、頭が、まわら、な…く………ぅ。
こうして朝の襲撃から始まった慌ただしい1日は、
夜にやっと落ち着きを取り戻して更けていくのだった。
当然、明日からも慌ただしい1日になる予感しかしないわけで。ヒバリは、
この世界に飛ばされてからも結局忙しい事に変わりはないようだ。
気付けば40万PV突破です……と!?
有り難うございますっ!
悪ふざけありで少し短めですが、今章はここまでとなります。
次回も拙作をお読み頂けたら幸いです!