皇帝陛下と姫様
気付いたら、前回の投稿の時には初投稿から1年が経過していたんですね。
今まで文章を書いた事もない自分の拙い作品をお読み頂け、本当にありがたい限りです。前半部分は特に修正したい箇所もあってやきもきしていたりしますが、それでもお読み頂けるのは励みになっています。
そして、これからもお読み頂けたら幸いです!
「さて、悪ふざけはここまでにしとこう。客人が本気にしちまいそうだ」
「ええ、これ以上はなりませんな」
姫様の後ろに立つ俺達が戸惑う中、その姿を見て楽しんでいた皇帝陛下が急にテンションを戻した。宰相も慌てた様子もなく言う。
「おじ様は相変わらずですのね。お元気そうで嬉しいですわ。そして、今回は私の国の諍いに巻き込んでしまい、謝罪させて頂きます」
さっきまでのコントの様なやりとりは、単にスキンシップみたいなもんだと言って席に戻って座った皇帝陛下だったが、姫様が頭を下げると溜息と共に寂しそうな目を向けてきた。
「ノーザリスが気に病む必要はない。あれは我が帝国の頂点に程近い者がしでかしていた証拠を掴み、そのうみを吐き出すきっかけを貰えたのだ。逆に感謝しているくらいだぞ?」
「そうですよ。国境で捕らえたドルエス商会の手の者、これによってあの大臣らのこれまでの所業を詳らかにする事が出来たのです。恥ずかしい話、これまでことごとく後手に回って証拠を消されていたので、感謝いるのは本心ですよ」
皇帝陛下に続き、隣に座る皇子も援護するように事情を説明してくれていた。つまり俺達の存在は、あの2人の牙城を崩すきっかけになったってわけだ。
「まぁそういうわけだ。それよりもノーザリスよ、お前に会いたがっている者を待たせているんだが、ここに呼んでいいか?」
「私に……ですか?はい、構いませんのでお呼びください」
皇帝陛下が横にいた騎士に目を向けると、静かに礼をして部屋の外へと何かを伝えて、1人が何処かへ向かって歩いていった。
しばらくするとレーダーマップに見知った魔力の人物が数人歩いてきた。先頭にいるのは先程大臣とその側近らを捕らえて護送するために出たビルモント団長だった。その斜め後ろにいる2人も俺達を城内まで案内してくれた人達だ。
ただ、その3人が作る3角形の中心にいた人物、そのマーカーへ何気なく鑑定を飛ばしてみて、驚いた俺は無意識に声にしていたらしい。
「……なんでここに!?」
「ヒバリさん、どうしたんですか?」
「あ、レーダーマップで見てたんだね。誰?ヒバリも知ってる人?」
俺の様子に、さっき皇帝陛下が悪ふざけで俺を怒鳴りつけた際に心配して俺の左右の手を握っていたままのピーリィと美李ちゃんが、またも心配そうに俺を見上げてくる。
ユウと沙里ちゃんも声を掛けてくれるが、驚いた俺は答える事が出来なかった。その人物のステータスも見てしまったのだ。
ただ愕然と扉を見つめる俺。
そしてその人物はすぐに部屋の前に着く。
「失礼致します!こちらにお連れ致しました」
ビルモント団長が扉の開いた前で敬礼して言う。
そして、連れてこられた男は、多少やつれながらもその筋肉は健在で、堂々とした立ち振る舞いで左手を胸に当てて膝をつく。マントから覗く右腕は、肘より少し下あたりから……無かった。
「お久しぶりで御座います、ノーザリス姫様。ご無事で何よりでした」
「ニング卿、あなたもさぞ苦労されたでしょう。その腕、もはや戻らないのですね?」
「は。王都を出る際に斬られたものですので、すでに塞がっております。命には別状はないのでご安心下さい」
俺達がこの世界に召喚され、遠藤姉妹と俺は鑑定後に城を追い出された。その事に心を痛めた姫様が、心配して預かってくれる場所を紹介してくれた。それがシールズ子爵家4男のニング卿だ。
農業に力を入れていた彼は、王都の中のシールズ子爵家敷地内に農園を設けて運営していた。俺達は彼を旦那様と呼び、そこで食品加工で商売をさせてもらっていた。
しかし、その忙しくも平穏な日々は、第1王女と第1王妃の騒動のせいで追われる身となった。そんな俺達をニング卿はいち早く行動を起こし、王都から脱出するのを手伝ってくれた。
途中でシールズ子爵家が危ぶまれる情報もあったので心配していた。国王から皇帝への手紙を届ける大役を担った事もかなり危険な任務だったはずだ。
「旦那様……」
「ヒバリ殿、すでに私はあなたの雇い主でもない。呼び方は自由で構わないんだぞ?」
「でも、旦那様って呼び方が慣れてしまってて。えーっと、じゃあ、ニングさん?……貴族相手にこれもおかしいですね」
「いや、それで構わんよ!さん付けがいい」
「分かりました。それで、姫様」
「はい、どうかされましたか?」
まだ苦しげな顔をするヒバリを見てノーザリスも何かあると悟ったようだ。
「ニングさんのその腕、まだ痛むみたいです。治癒魔法をかけてもらえませんか?」
レーダーマップで鑑定した時に見えていた、
右腕部位欠損と欠損ダメージ継続の状態。
それを伝えると、
「ッ!まったく、あなたって方は!」
「ハハハ、ヒバリ殿には敵いませんなぁ」
すぐに駆け寄って光の治癒魔法を発動させる姫様。
左手で頭を掻くニングはまったく悪びれもしない。
「ニング卿、痛みがあるなら言って貰えないと、卿の身を預かっていた帝国側の対応も問題視されてしまう。これからは正直に言って貰えるかな?」
呆れた皇子が口を挟むも、ニングは申し訳ないと頭を掻くだけだった。
「ニングおじちゃん、まだ痛い?だいじょうぶ?」
「おじちゃん、だいじょうぶ?いたいとき、いたいっていわないの、だめなんだよ?」
元々見知った美李ちゃんがニングさんに話し掛け、それを見たピーリィも続いて痛みがないか心配していた。
「お嬢さん方、私はこれでもまだ24なので、おじちゃんと言うのはやめてもらえると嬉しいのだが」
小さな女の子達に心配された上におじちゃん呼びはかなり効くらしい。それよりも、俺よりも3歳年下だったのか……尚更"おじちゃん"は効くだろうなぁ。
「やせ我慢してきちんと伝えない方はおじちゃんでいいんですよ」
にっこりと笑って言い切る姫様に、
参ったなぁとまたも頭を掻くニングだった。
「感動の再開は落ち着いたか?そろそろ事の経緯を説明させてもらうぞ」
皇帝陛下が見計らって話を進めてくれた。
国王陛下から複数の書簡を預かったニング卿は、それぞれのグループに書簡を持たせて別ルートにて皇帝陛下のもとへと出発した。
最も目立つであろうニングは案の定王都を出る際に襲われ、右腕を失いながらもなんとか逃げ延びた。途中で治療を施しながらも追っ手を撃退し、北ルートから帝国へ入り、そこから南下している最中に更なる追っ手に襲われていた。
そこへたまたま南の国境街であるゼスティラから罪人を護送している一団に助けられたそうだ。その一団と言うのが、
「またお会いできて光栄です、殿下」
後からやって来たのは、そのゼスティラで騎士団長を務めるブリゼさんだった。そして副団長のペストリーさんも控えている。2人は俺達が引き渡したドルエス商会のカールを連れて帝都に来ていた。丁度俺達が離れに泊まっていた時に登城していたらしい。
そこでニングさんから皇帝陛下宛の書簡を渡し、それが俺達が途中で預かった書簡と内容が所々違っていたらしい。全部じゃないのが厭らしい。
ここにある原典の鑑定珠には物にも鑑定が使えるらしく、
それぞれの書簡は誰が触れたか魔力痕跡を調べたそうだ。
自身の娘と妻の暴走の謝罪と天人教の影に注意するよう書いてあるニングの持ち込んだ書簡には国王陛下とニングの魔力痕跡のみ。
一方、姫様が預かった書簡には姫様とニングの部下、それ以外にドルエス紹介のカールと、なんと先程捕らえられた大臣の1人であるメルバ・バーターの魔力痕跡が出て来た。
思わぬ証拠物件に皇帝陛下も宰相も興奮していたそうだ。
なんとか落ち着かせた皇子がその苦労をしみじみと語る。
「そうは言うが、奴等の抜け目のなさは分かってるだろ?そこへきてこの千載一遇の機会、猛る気持ちが高まるのは仕方ねぇさ」
「私まであのような姿を晒してしまうとは、まだまだですね」
弁明する皇帝陛下とは対照的に宰相はお恥ずかしいと目を伏せた。
「まぁ書簡を運んでもらったおかげでバカ共を一掃出来たってわけだ。他国の王族の書簡を偽造するなんざ重罪を免れるもんじゃねぇ」
「ええ、たっぷりと他の罪状も暴いて突き付けましょう」
どちらが悪役か分からない獰猛な顔で笑う2人が怖いです!
「私の部下達が殿下に偽の書簡を掴ませられた件、御迷惑をおかけしました」
「しかしそのおかげで奴等は馬鹿を晒してくれたのだ。ノーザリスには多少危険はあったが、それを退ける従者らの優秀さも聞いてた。問題はなかったんだろう?」
「私はただ守られていただけですので、謝罪なら皆にどうぞ」
「それも圧勝だったと聞いている。帝国としても礼を述べよう」
ニングの謝罪も姫様は俺達に話を振るが、誰も怒っていないし気にしないで欲しいと答えた。そもそも、その部下の人達だって騙されていたわけだし、ニングさんの部下なら騙されていた事を信じていいと思う。
そしてそれを利用した皇帝陛下も礼を言ってきた。後で何か貰えると言っていたが、それは大臣らとその関係者を野放しにしないならそれでいいと皆で伝えた。
「あまり欲がないのも困りものだなぁ。何か受け取ってもらった方がこっちもすっきりするってもんだ」
「だからといって無理強いもよろしくありませんわ」
ここまで余り口を出してこなかったヴァシュリー殿下が、姫様が困っているとみえてフォローに回ってくれた。皇帝陛下も分かってはいるが、何もないのも体裁が悪いらしい。
「そうだな。それに着いて早々離れにしか滞在させていなかったのだ、まだ事後処理まで滞在してもらいたい。折角だ、パーセルトの観光でもしてきたらどうだ?護衛と案内もこちらで出そう。本当なら俺が直接ノーザリスを案内してやりたいが……」
「この忙しくなる今、そのような冗談を言いますか?」
「だよなぁ。はぁ」
ちらりと見た宰相にすぐに却下されていた。
「パーセルトって、どこ?」
美李ちゃんが首を傾げる。ピーリィも同じだった。
一応トニアさんから説明はあったんだけどね。
ただ、通り過ぎてすぐに軟禁されたから印象に残ってないんだろうなぁ。
「ここ、帝国の中心の街、帝都の名前だよ。俺も何となく覚えてた程度だけどね」
「そう言えばそんな名前でしたね」
案の定沙里ちゃんもあまり覚えてなかったみたいだ。ベラは知っていたし、ユウも王国に居た頃に座学で教えられていたそうだ。もっとも、この6人共実際に訪れたのは初めてだったわけだが。
「おおぉ……我が国の印象がそのままではいかんぞ!よし、さっそく帝都を案内させよう!おい誰か、」
「お待ちください。まだお聞きしたい事もお答えしなければいけない事も御座います。観光はせめて明日以降に願います」
冷静な宰相さんだけは残る問題を指摘してブレーキ役を担っていた。
「落ち着きのない父上で恥ずかしいですわ」
ヴァシュリー殿下の嘆きを合図に、
一息入れようと言う事になった。
どうやらまだ話し合いは続くようだ。
戦闘で体を使い、話し合いで頭を使い……
さすがに今日は観光して来いと言われても動きたくないなぁ。
などと心の中で思いながら、お茶の準備を始める侍女らに参加する沙里ちゃんを追ってお茶菓子の準備を始めるヒバリだった。
自然に行動に移すあたり、召使い精神がすっかり染みついてしまっている証だ。残念ながら、本人はその事に気付いていないわけで。
活動報告にも書きましたが、そろそろ業界の器具やシステムを書きたくて仕方ないのですが、なかなか話が進まず……
もう少しでこの章も区切りですので、前倒しで閑話を挟んで次の章へ行くか予定通り一気に進めるか悩みどころですね。