離れの小さな防衛戦
今回も拙作をお読み頂けたら幸いです。
5列編成で階段を上がって来た騎士達は、狭くなった廊下で3列編成に切り替える。そして槍を持った者が先頭になり、徐々に距離を詰めてきた。
そして、歩む速度を変えぬまま進み、
「「「……」」」
無表情のまま落とし穴の幅より長い槍だけを床に引っ掛けて残し、
先頭の3人の騎士が穴へ落ちていった。
「声一つ上げないってかなりキモいね……」
「ユウ、早く槍を奪う!」
溜息をつくユウにベラが叱りながら指示を出す。
しかし、その異様さは後ろを守る第2騎士団の者達も感じ取っていた。
「あれじゃまるでアンデッドじゃないか!」
「酷い事をする……」
「ほら!あの人達を無事に解放するためにも、ボク達はしっかり守ってこれ以上操られた人達が悪い事しないように封じるんだ!」
ユウに発破を掛けられて慌てて意識を切り替える。
同じ騎士として救ってあげたいと気持ちを高めていく。
「やっぱり建物の中は傷つけないように言われてるみたいだね。これなら大丈夫だ」
落とし穴に落ちたのを確認したベラがその袋を閉じ、ユウとベラで相手の騎士達を圧して袋のある場所を守り維持する。その隙に後ろにいた味方の騎士達が新たな落とし穴袋を設置した。設置完了の合図をもらい、ユウとベラは袋の後ろに下がって即座に落とし穴を開く。
「ヒバリさん!こちら3人落ちました!」
「了解!」
呼ばれたヒバリは駆け寄って相手騎士が入った袋を受け取り、すぐさま開けて中にいる騎士にブラックアウトを使って意識を刈り取る。
廊下は狭いので落とし穴の規模も小さい。そこに何人も折り重なるように落としたら、すぐに埋まってしまう上に下の方にいる人は打ち所が悪いと死んでしまう可能性がある。
そこで、廊下の方だけは予備をたくさん作って落とす度に袋を回収して、ヒバリが気絶させて袋ごと仕舞う作戦にしたのだ。
バルコニーの方は広すぎてそれが出来ない。仕方ないので落ちて気絶させた騎士はピーリィがケロ口さんで回収する事にした。ピーリィに危険な事はさせたくなかったけど、他に思いつかなかったので仕方なく了承した。
案の定どこからか梯子を持ってきてバルコニーへの侵入が始まる。最初はそのまま手摺から降りて落とし穴直行だったが、少しすると手摺の上を歩いて近づこうとしてきた。
しかしそんな事を許すトニアさんではない。
「甘いですね」
手に持つ流星錘を振って手摺の上に立つ騎士の足に絡みつく。そしてそのままぐいっと落とし穴の方に放り投げてから拘束を解いて落とす。
落とし穴の底にいる連中もゾンビよろしくよじ登ろうと壁に縋りつく。その時には俺が呼ばれて個別指定のブラックアウトで気絶させておく。
「いくよー!」
そしてピーリィの出番だ。
そのまま気絶させておくと踏み台にされてしまうので、素早く飛翔して折り畳み式大型虫取り網のケロ口さんを振り回し、中へ掬い取っていく。3〜4人位入れては袋を交換し、それを俺が受け取る。
防衛開始から20分。気絶させた人数は34人。
半数位は捕らえた計算になる。
これ、1つ分かった事がある。
俺が一番忙しいじゃないか!!!!!!!
廊下の落とし穴を受け取って気絶させる。
バルコニーに呼ばれて気絶させる。
ピーリィから袋を受け取る。
以下ループ。
部屋の中で1人廊下とバルコニーの往復で走り回る俺。
見かねた沙里ちゃんが冷たいお茶を用意してくれた。
まるでマラソンランナーの給水所よろしく受け取って飲みながら走る。コップは投げ捨てないけど、やってることは同じだった。 途中からはパルミエさんとシャンティさんも廊下とバルコニー側に分かれ、俺が立ち止まるたびに汗を拭いてくれたり飲み終わったコップを回収してくれた。
レーダーマップには皇女様らしき反応はない。
助けはまだ期待できそうになかった。
「ぜぇ、ぜぇ……まだ……やつは、諦めない、のか?」
俺の疲労を見てトニアさんが流星錘で一度バルコニーの全ての梯子を弾き飛ばした。
そのおかげで少し休憩が取れたのでその場で座らせてもらった。
情けない話だが、この戦闘に参加してる中で一番スペックの低いのは俺だから最前線には立っていないけど、低い=スタミナもないんだよ……魔力だけは余裕あるけどね!
「敵にも増援が来ていないようですし、むしろそろそろ焦りだすかもしれません。飛び道具にも気を付けた方がいいですね」
ユウとベラも交代で休憩して気合を入れ直す。
「魔法も来るかもしれないね。みんな、怪我しちゃダメだよ!」
ユウの掛け声に何とか返事をするものの、
どうしても皆との身体スペック差がのしかかる。
だからと言ってここでまた弱音を吐くわけにもいかない。皆だって命張って頑張ってくれてるんだ。俺だけ休んでるなんていやだ。それにどうせあと残り半分だ、何とか乗り切って、あの野郎を一発殴らないと気が済まない!
「よし!もうちょいだ、やってやるさ!」
少ししてから敵の動きが変わり始めた。
「どうした!?何故1人も捕らえられんのだ!もうお前ら手加減せんでいい、腕や足を切り落とそうが生きておれば構わんからさっさと終わらせてこい!」
外で木陰に隠れて待っているだけの副団長の怒鳴り声が聞こえてきた。
結果、廊下側は良く戦況が見えていないのか、単に槍持ちを増やすだけだった。しかし、バルコニー側は1階から弓を使って矢を放ってくるようになった。
流石にこれでは落とし穴に入れた者にまで被害が及んでしまうので、ここは沙里ちゃんにも手伝って貰って上空を風魔法で荒らして矢を明後日の方へ流してもらった。
幸い魔法による攻撃はなく、そうして耐えながらも敵を捕らえて気絶させる事プラス14人。敵の数は半分を切ったので大分圧迫感が無くなって来た頃、
「ええい!こちらが穏便に済ませてやろうと思えば好き勝手しおって!もうどうでもいい、全員殺してしまえッ!罪を償う為に自害したとでも言えばいい!」
痺れを切らした副団長が顔を出し殺せと叫んだ途端、そいつの周りに騎士も一斉に抜剣し、突入に備えて構える。
だが、その隙に1つの影が飛んだ。
バルコニーから飛び出した影は、風魔法で副団長の男を中心に圧力を掛けて押し潰し、男の首に紐を巻き付けた上で横にあった丈夫な木の枝を飛び越えて着地する。
トニアさんだった。
殺してはいないけど、どこかの仕事人みたいな事してた。
てか、その番組知らないはずだよね?教えた事ないぞ!?
「大人しく投降しなさい。さもなくば、このまま吊るしますよ?」
ぐっと男の首に巻き付けた紐、流星錘を引っ張る。
当然男は吊り上げられて首が絞まる。
「ぐがっ!?ま、まで!ごんだごどじで」
「おや、命よりも任務が大事でしたか。あなたにも騎士道とやらがあったのですね。分かりました、では」
「まで!やべる!やべざぜる゛がッ!」
「そうですか、ではどうぞ。もし止めなかったら即空を飛べますから、言葉は選んだ方がいいですよ?」
すっと少しだけ緩めて男の足がきちんと地面に付いた。
だが、それ以上は緩めてない。逃げられない絶妙な加減だ。
「お前ら、待機だ!一旦建物から退避せよ!止めたぞ、すぐにこの縄を解け!」
「全員外に出るまでは安心できませんからまだです。ヒバリさん、聞こえますか?ブラックアウトをお願いします!」
トニアさんの声が聞こえたので姫様を見て頷き、外へ出る騎士達の後をそっと付いて行って外へ出た。そのままトニアさんの拘束する男の側へ近づき、意識を刈り取った。
「あ……!?」
男の体が崩れると同時にトニアさんが流星錘を緩めて回収する。そして鎧の拡張ポケットからロープを取り出して、次々と無表情と戸惑いで立ち尽くす騎士達の武器を放り投げては両手を縛って数珠繋ぎにしていった。
「お疲れ様です。そのまま武器を回収して頂けますか?」
「分かりました。おーい!とりあえず終わったよー!」
中に一声かけてから、せっせと武器を拡張袋へと仕舞っていった。任務終了を聞いたピーリィが一番にバルコニーから飛び出して俺に抱き着いてくる。
「ほら、今は武器拾ってるから危ないよ。ピーリィも一杯頑張ってくれたところ悪いんだけど、一緒に拾うの手伝ってくれる?」
「はーい!」
ピーリィが怪我しないように気を配りつつ拾い集めてると、続々と他のメンバーも出て来た。人数が一気に増えたおかげですぐに片付け終わる。
「皆さん、お疲れ様でした。誰1人怪我もなく鎮圧出来てほっとしました。
後はこの者らを1階の大部屋にでも入れておきましょう」
「サリスさん!ボク、馬車を見てきていい?」
「あ、俺も!せっかく付けた商会の看板壊されたし、状態確認してもう仕舞っておきたい」
「ピィリも!ばしゃ、しんぱいなの……」
「分かりました。3人はそちらに回って下さい。残りの全員でこの者らの隔離と後片付けをお願いします。それと、サリさんとミリさん、朝食の準備を頼んでもよろしいですか?」
「あ、まだ食べてなかったですよね!すぐ作ります。美李、行くわよ」
「うん!おいしいご飯作るからね!」
現場を皆に任せて馬車に向かった俺達3人は、投げ捨てられたラーク商会の看板を見つけた。釘の部分は無理矢理剥ぎ取られたために少し傷があったものの、看板自体は大した傷はなく無事だった。
「よかったぁ」
ピーリィがぎゅっと看板を抱きしめる。
その頭を優しく撫でておいた。
「うん、本当に良かった」
「ヒバリ!馬車も床は汚されたけど壊れてないみたい!」
馬車の中を確認していたユウが元気に教えてくれる。
「中の掃除と、あの看板がついてた板だけ直せば大丈夫か……よかった。
くっそー、あのおっさん滅茶苦茶しやがって!」
「まぁまぁ。あとでたーっぷり弁償してもらおうじゃないか」
「そうだね、絶対このままうやむやにはさせないさ!」
ユウと2人でにやぁっと笑う。
「ねー、ピィリおなかすいたー」
「おっと。じゃあ馬車の掃除は後回しにして、袋に入れて持って行こうか。2人とも手伝ってね」
「「はーい!」」
2人の元気のいい返事に笑いながら、
馬車を回収して皆のいる館へ戻った。
後で荷物も取り返してやるからな!
部屋に戻った時にはすでに朝食は作り終わっていた。さっと食べられるようにカレーうどんにしたようだ。茹でたうどんもカレーもストックがあったはずだし、後は麺つゆ作ってカレーと混ぜて、温め直したうどんにかけるだけ。これなら準備も楽だからいい選択だ!
「カレーは服に付くと洗うのが大変なので、マントやローブはそのままで食べてください。私達以外でお箸を使ってみたい人は言ってくださいね?」
沙里ちゃんが俺達8人に箸を、侍女や騎士達にはフォークを渡して席に着いた。全員が揃ったのを確認した姫様が、
「皆さんお疲れ様でした。無事に乗り切れた感謝と、この後まだ落ち着くかも分かりませんので、食べられる時にしっかり食べてしっかり休みましょう。では、いただきます」
わーっと一斉に食べ始める。
「前から思ってましたけど、箸って慣れると便利そうですよね〜」
「調理で使う菜箸は特に便利ですよ。よかったら後で用意しますか?」
「それでしたら私も箸を譲って頂きたいです」
どうやら侍女2人も箸に興味を持ったみたいだ。
この世界は箸文化が全然ないからよほど受けが悪いのかと思ってたけど、2人の反応を見るとそうでもないのかなぁ?今度はカレーだうどんだと何か言ってたけど放っておこう。教えて欲しいとか言われても今はそんな余裕ないし。
大半がおかわりをしたカレーうどんを食べ終えての食休み。
冷たいお茶で辛さと暑さの残る体をクールダウンさせていた。
今の所他の団体さんが来る気配はない。
「相手が建物内で魔法を使わなかったおかげで、建物の被害はほとんどなかったね。廊下のカーテンもいらなかったかな?」
「まだ安心できる状況ではないので、あれはそのままにしておきましょう」
「それもそっか。でも今回の指揮者はひどかったね〜。まったく戦況を見ずにただ外で待ってるだけだったもん」
「あれほどお粗末な者はそうはいないでしょう。今回は運が良かったと思うべきです」
ユウがあの副団長に呆れていると、トニアさんが気を緩めないようにしっかりと釘を刺す。未だ現れない皇女様を考えると、向こうでも何かあったのかもしれないし。
「ああ、そうだよ。皇女様遅いよね?俺達の敵に回るとは思ってないけど、これだけ時間がかかるって事は何かあったんじゃ……」
「はい。私もそれが気がかりで……」
「ここからヴァシュリー様がいらっしゃる部屋までは歩いて15分と少々、伝えに行った者もまだ戻って来ておりませんね。誰も駆けつけておられないのでしょうか?」
侍女2人から聞かれてレーダーマップの範囲を広げるが、200mを越えても特に向かってくる者はいなかった。それを伝えると、2人は肩を落とした。
「こちらから動いてみるしかないでしょう。馬車は無事のようですし、誰か馬を用意出来ますか?それと、捕らえた騎士達の監視に2名残って下さい」
それからも姫様の指示が飛び、各々が一斉に動き始める。
結局、玄関の見張りをしていた2名がそのままこの建物に残り、部屋の見張りをしていた2名が自身の馬とヒバリ達の馬を引き連れてくる。
その間に部屋のものを片付けて収納し、侍女も含めた同行する4名にも許可印を付けてレーダーマップを見える様にしておいた。
看板があった部分が割れてしまった馬車は沙里ちゃんと美李ちゃんが魔法とスキルを駆使して手際よく掃除をして、俺とトニアさんで馬を車体に繋ぐ。
「では、参りましょう」
全員が備え付けの座椅子に腰を下ろしたところで姫様が言う。
いつも通り俺とトニアさんとピーリィが御者台に座り、手綱を使って馬に指示を出し馬車を走らせた。同行する騎士2人は馬に乗り前を走る。残りのメンバーは全員幌の中だから少し窮屈だろうけど、ここは我慢してもらおう。
こうしてヒバリ達は、勝手にではあるがノロワール帝国の城の本丸と言えるべき場所に向けて動き出したのである。
もう一息で乗り切れそうです。
ほっとしたりテンションが落ち着いた後には体調を崩しやすいので皆さんもお気を付けて!