宿でのひと時
ゼスティラの街を出て馬車を走らせること6時間。
途中展望台に寄って時間を食った以外は順調に進んだ。そして辺りが暗くなり始めた頃、近隣の農村を束ねる町へ到着し、無事に宿に泊まれたわけだ。
晩ご飯は俺達の部屋に宿の食事を4人前運ばせ、チュイルとスナフを招待して望みの焼肉と焼き鳥をご馳走した。2人はエールの入った木製ジョッキ持参で喜んで招待された。
「これがあの噂のソースですな!……んぐ、ん〜〜〜んまいッ!そして……プハァ!やはりエールに合いますぞ!」
「こちらの棒に刺さった鶏も実に美味しいですね。これほどのは帝都でもそうそうありつけませんよ!」
居住袋の中に招待するわけにはいかないので、窓のそばに小さめの簡易コンロを置いて焼いている。さすがに全員分は賄えないので、この2人以外は作り置き(といっても時間経過の無い袋に入れていたため出来立てと変わらないが)を使った丼にしている。
俺はせっせと2人に焼いては取り皿に乗せてあげる給仕係になっていた。途中で皆が食べているご飯にも興味を示したのでそれも出し、箸は諦めてもらってスプーンを差し出した。
「これがゴルリ麦、だと!?」
「確か過去の勇者も同じような食べ方をしたと耳にしたことがありますが、結局どういった手法だったか解明できずあまり人気のない穀物だったはず……」
しゃべりながらもまだ食べ続ける2人。イケメンさんことスナフさんもさすがは騎士、優雅に見えても食べる量は漢のチュイルさん以上じゃないか!
「それなんですけど、王国にいた時にゴルリ麦は帝国が本場と聞いたのに、ゼスティラの街ではあまり量がなかったんですよね」
最近俺と沙里ちゃんの影響で米を食べる事が多くなったうちのパーティ。そこで、どうせ袋に仕舞えば荷物にならないんだから、もっと仕入れようとゼスティラの市場に行ったものの扱う店すら少なかったのだ。
勿論今の時期が夏前に当たるのだからこれから田植えになるのだろう。でも穀物は保存がきく分飢饉や不作でなければ在庫があっていいはず。
「そこはほら、先程コイツも言いましたが、こんな旨く食べる調理法など知る者もおりません。元々主食にしていた北側の生産地域以外では人気がないのですよ」
「ええ。自分も粉にしてもちもちとした軽食を出す屋台を見た事がある程度で、それ以外ですとリゾットの様な煮込み料理しか知りません。それに、これは言われなければゴルリ麦とは気付かないほど別物に感じてしまいます」
2人とも白米を掬ってまじまじと見ていた。
なんでその勇者様はちゃんと後世にレシピを残さないかなぁ?
他の道具なんかもそうだけど、色々中途半端なものが多すぎる……
「うーん……帝都に着いたら商人ギルドで利権を取って調理法を広めて味を認識させて、そこから需要を高めないと供給量が増えないってことかぁ」
無意識でも焦がさないように焼きながら呟いた。
「おお!これが国で食べられるようになるのですな!?」
「それはいいですね!自分はこのおにぎりとやらを巡回時の食事にしたい!班長、どうです?」
あれ?スナフさんいつの間におにぎり食べてるの!?
……って、よく見たらピーリィとユウが焼肉が乗ってた皿におにぎりを浸けては食べてた。いつの間にそんな高等テクを……やりだしたのはユウだな?
「まぁいいや。で、お2人が帝都に戻った時に出来たらでいいんですが、ゴルリ麦の需要が増える……いや、自分達の班の食事に入れて欲しいって進言出来ないですかね?」
「あー……可能だと思いますな。元々食糧の申請は班長が行いますから、
主力の麦を使わないのであれば喜ばれるくらいでしょう」
「ただ、我々も作り方を知らなければ上手く普及出来ませんよ?」
ああ、それもそうか。
ただゴルリ麦をそのままじゃ今までと一緒だもんな。
「それなら、お2人の班……いえ、騎士団で使われるのであれば利権が発生しないよう商人ギルドに申請しておきますよ。レシピは書いて渡すので、それ以上はそちらで努力して覚えてください」
「ヒバリさん、さすがにレシピ見ただけじゃ厳しいですよ」
話している間に食べ終わった沙里ちゃんが苦笑しながら俺からトングをもらって焼きの交代をしてくれた。ここでやっと俺も晩ご飯だ。
焼きながら少しずつつまんでたけどね。
「今日はもう遅いですから、明日か明後日の昼休憩の時に炊き方を教えますよ。最低でも2回は教えられるはずですから、頑張って覚えてくださいね?」
そう言うと、おおー!と声を上げて互いのジョッキをコン!と当てて喜ぶ2人。でも1杯のエールをちびちびと飲むに留める辺りはさすがに弁えているんだろう。本当はもっと飲みたいだろうにご苦労様。
それからは俺の晩ご飯が終わったと同時にお開きとなった。
「よし、こんなもんかな?」
出来上がった袋の束をキッチン横にある棚に仕舞う。棚と言っても木枠以外の引き出しはヒバリが作った四角い袋だ。
そこへ付与条件や大きさ別に分けてタグを付け、減った分はこうして作っては一番後ろへ追加している。先入先出作業が染みついたヒバリならではな行動だ。
食材でも先入先出を行って古い順に使用しているのだが、袋の性能を知った沙里達、後から知ったユウ達はその行動に不思議がっていた。
袋詰めスキルで劣化しない物なのに、製造日付まで書いて管理しているのだからそう思われても仕方ない。
だが、ヒバリにとっては腐らないと分かっていても古い物が残される事に我慢が出来なかったのだ。職業病としか言いようがない。仕方がない事なのだ。
生活用の袋の補充まで終わった所でヒバリは一息ついた。
時刻はまだ22時。とはいえ、電気のないこの世界では灯りは大切な資源を消費してしまうものなので、街灯や酒場などの商売に必要な場以外では早々に消されてしまうもの。
それでもこの居住袋の中は明るい。以前はノーザリス姫の光属性の魔法で灯してもらっていたが、現在は室内に木製スタンドを立ててそこへ火属性の魔力を蓄えた魔石ランプが吊るされている。
昼間は居住袋の外の景色を透過させる仕様になっているので、陽の明るさが室内に差し込めば明るくなる。思えば色々と改造してきたな、と1人感慨深い思いでキッチンを眺めていた。
「ヒバリさん、お風呂空きましたよ」
寝間着に着替えた沙里ちゃんが髪をタオルで挟みながらキッチンへやって来た。上着のボタン、ちゃんと留めてきってないし。俺と言う男の前でも随分無防備になったもんだ。
いや、何も間違いは犯していないが全員で同じ部屋に寝泊まりするって状況もまた感慨深い、のかもしれないなぁ。
「あの、どうかしました?」
声を掛けたのに自分と目線を合わせないで上の空なヒバリを怪訝そうな顔で近づいてくる。いや、そこで近づいてきちゃだめでしょ!最初の頃の羞恥心どこいったの!?
「ああー……えっと、言っていいものか……いや、言っておいた方がいいのか?ん……っと。沙里ちゃん、この生活に馴染んだようで何よりだけど、最近ちょっと無防備すぎかなー?ってさ」
ちょいちょいと自分の胸元を指差す。
沙里ちゃんは俺の胸元を見てから、自身の胸元を見る。
瞬間、バッと髪を拭いていたタオルで胸元を隠して、
声にならない叫びを残して和室へと走り去っていった。
「……やっぱり気付いてなかったのか。
あと、和室の中で周りが変な誤解しないといいなぁ」
ごちそうさまともありがとうとも口が裂けても言えないが、いいものが見れたプラスの気持ちと沙里ちゃんが周りにどう説明したかを想像するマイナスの気持ちがせめぎ合い……
結局マイナスなんだろうな、と小さくため息をついて最後の片付けを再開したのだった。
「さて、明日も早いからと皆も行動を早めてる中で俺だけ夜更かしするわけにもいかないよな。さっさと風呂を済ませよう」
和室(何度も言うが本当は俺や男性用の部屋)へ着替えを取りに行って風呂へ向かう。もういっそ脱衣所に棚置いて着替え仕舞おうかなぁ?
どうせ女性陣は自分達の部屋に衣類や荷物置いてるんだし、俺のくらいこっちに置いても邪魔にならないよね。”和室行ったら誰か寝てました”じゃ着替え取るにも気を遣うし。
脱衣所に入って扉を閉めようとすると、ピーリィがとことことついて来た。
目が合うとにぱっと笑って、何事もなかったように服を脱ぎ始める。
「いやいやいや!ピーリィ、もうお風呂入ったんだよね!?」
慌てて服を脱ぐ手を止めると、
半分服の引っかかった顔が不思議そうに見上げてくる。
「まだだよ?ヒバリといっしょがいいっていって、まってたの!」
「誰か止める人はいなかったのか……?」
頭を抱えたくなる気持ちがこぼれる様に口をつく。
「めいわく、だった?」
泣きそうになるピーリィ。
あー……その顔に勝てるわけないじゃん!!!
「あー、その、びっくりしただけだよ。でも出来れば先に言ってくれるといいな。ほら、知らなくて待たせてたらさ……うーんと、逆に考えて、俺がピーリィに何も言わないでずっと待ってたらいやでしょ?」
「うー……うん。いってほしい、かも。わかった!」
「さすがピーリィ、もう理解したのか〜」
頭を撫でて褒める。
えへへ〜と脱ぎ掛けの服に埋もれながら照れていた。
ふう、とりあえず泣かずに済んだか。
どうせ今までも何回か一緒にお風呂入ってるし、皆には今更とか思われてるんだろうな。もっと心が成長したら思春期になってこういうのは無くなるか。それまでは父親役やるしかないなぁ。
……思春期、あるよね?
このまま体が成長したら、絶対気まずいぞ!?
悩みつつ浴室に入って体を洗おうとしたら、
「あー!ヒバリ、だめ!ピィリがおせなかながします!」
「待って。それ、誰から教えてもらったの?」
石鹸を濡れたタオルに擦り付けて泡立たせるのに一生懸命なピーリィがこちらを見ずに答える。
「ユウ!ヒバリとおふろいくならよろこぶっていってた!」
「そうかそうか、ユウの入れ知恵か。じゃあ今回一緒に入ろうとしたのもユウが炊き付けたんじゃないか?」
「たきつけ……?うん!」
ピーリィはよく意味が分かってなかったが、
ユウが勧めてきたって意味だと何となく分かったらしい。
「ミリもくるっていってたけどねちゃってたのー」
そう言いながら俺の背中を洗うピーリィ。
美李ちゃんには申し訳ないけど寝落ちてくれてよかった……
ふと、洗う手が止まったかと思うと、
背中全体に柔らかい感触が伝わってくる。
「ピィリ、ヒバリのせなかすきだよ」
後ろから抱き着かれていた。
まだ全然成長していないピーリィの胸がぐっと押しつけられた。
それでも、柔らかい肌と石鹸が合わさると……
「おーっと!今度は俺がピーリィの背中を流そう!さ、こっちに座ってー!」
俺はロリコンじゃないんだが、後ろから抱き着かれるというシチュエーションのせいか妙に落ち着かなかった……何とか自然にはがしたつもりだけど、心臓の音聞こえてないよな!?まだちょっと鼓動が早いし!
結局背中と腕と頭を洗ってあとは自分でしてもらう。
その間に俺も自分の体を洗ってゆっくり湯船に浸かって落ち着かせた。
「ふぅ……」
「ぴゅぃ〜……」
2人仲良く頭に折り畳んだタオルを乗せて寛ぐ。
「さて。明日もまた馬車旅だから、早く寝ないとだな」
「うん!」
湯船で落ち着いてからは特に何事もなく自然にピーリィの頭を拭いたりと世話をして和室へ行った。ユウはにやにやしてたので後でお仕置きだ。絶対にだ!
そんな翌朝。
俺と一緒に風呂に入るつもりが寝落ちた美李ちゃんが凹んでいた。
そこへピーリィが自分と入ったと自慢してしまったために居住袋内は大騒ぎに。
泣いた美李ちゃんに、釣られて泣いて謝るピーリィ。
そこで、2人を宥める手段として姫様が提案したのが、
「えへへ〜。お背中流します!」
「ピィリも!」
朝から風呂に入って、美李ちゃんとピーリィに背中を流されるヒバリがそこにいた。初めは反対したが、姫様に代案を求められて何も言えなかったのだ。
これ以上頑なに断れば美李ちゃんが泣くだろうし、
結局こうなるしかなかったんじゃないか……?
釈然としないまま背中を洗われ、今度は美李ちゃんの背中を洗っていた。
ピーリィは夕べ洗ったからと言ったら本人も納得していた。
こういう聞き分けはいいんだよなぁ。
このまま真っ直ぐ、しかし人に騙されないように育てなければ!
などと考えながらも、朝から風呂という気力と体力の消耗イベントを食らい、過度の入浴は体力使うって聞いたなぁと思考が逸れていくヒバリだった。
ゴルリ麦の流通の話を書くつもりがどうしてこうなったのでしょう……?