点心でパーティ
今回は9章最終話冒頭の頃になります。
そんな拙作をお読み頂けたら幸いです。
ごそごそとキッチンの食材保管袋の中で動いていたヒバリ。
ふと動きが止まり、声をこぼす。
「……あ」
晩ご飯は何を作ろうか、と食材を漁っている時に思い出した。
「2日前に作ったラー油、放置したままだったわ」
「そうなると餃子をまた作って、あとは――」
こうなったら前に言った中華三昧やっちゃう?
餃子と焼売とワンタンはすぐ出来るし。
「冷まさないといけない春巻きの具は最優先……ああ、美李ちゃんに手伝って貰えばいいのか。そうなると、ガラスープのストックあるから昆布も使って醤油ラーメン、ラー油使いたいからタンタンメンもいいね。ゴマペーストもブレンダーがあるし、他の豆も入れればぐっとよくなるはず!」
「……ヒバリさん、宿でも晩ご飯を注文するんですから、いっぱい作ってもいいけど、多い分はちゃんと袋に仕舞って、テーブルに並べる量は手加減して下さいね?」
「ヒバリおにいちゃん、呼んだー?」
1人ぶつぶつと言って動かなくなったヒバリにやりすぎないよう注意するいつも通り隣にいた沙里ちゃんと、たまたま横切った時に自分の名前を呼ばれたので戻って返事をする美李ちゃん。
そして沙里ちゃんに言われてやっと独り言をやめたヒバリが振り向いた。
正確には、食材保管袋から出て来た。
「せっかく作ったラー油の出番を考えてたら、頭の中が中華になりました。
よって、これから中華三昧の晩ご飯を作りたいと思います!」
すでに決定事項になっていたのはご愛敬ってことで!
そこからはまず生地作りを2人にお願いして、俺は春巻きの具を作る。野菜と豚肉は全て細切りして炒め、そこへエビや貝柱、それに調味料を入れて火を通す。
あとは水溶き片栗粉でちょっと硬めにとろみをつけてからバットに広げて冷ます。ここは時間節約のために美李ちゃんに氷を作ってもらって、氷水を入れたバットに浮かべておいた。
冷やしている間に生地を休めて手が空いた2人に、今度は春巻きの皮を作ってもらう。小麦粉に水と油を入れて混ぜ、クレープのように焼いていく。これは美李ちゃんが楽しそうに焼き、途中で味見した沙里ちゃんが甘くないと不満を漏らしていた。
いや、これはクレープ生地じゃないからね?
うんわかった、今度クレープ作るから!
春巻きの皮を任せている横で、俺は餃子・焼売・ワンタンの具を作る。と言っても手間がかかる餃子に比べて、小麦粉をまぶした玉ねぎみじんと調味料を練るだけの焼売、調味料と水を練るだけのワンタンはそんなに手間にはならないから余裕だったか。
具材が揃い生地も成形する前まで準備が出来た所で、
「よーし、ここで全員を呼ぼう!」
「ん?なんで?」
沙里ちゃんが丸く伸ばした皮を取ろうとした美李ちゃんが、
手を止めて不思議そうにこちらを見上げてくる。
「2人は、家で餃子作る時ってどうしてた?」
「わたしは手伝ってましたね」
「あたしもー!」
「だと思った。それなら、ここにいる全員で作った方が楽しいよね?」
「「あ!」」
2人は驚きの声をあげるも、その後の行動は早かった。あっという間に宿の部屋と居住袋の中に分かれて皆を呼びにかけだしていた。
普段のご飯は、ほとんどを俺と沙里ちゃんが作っていた。だからこそ、みんなで作るっていう発想がなかったんだろう。
一昨日、トニアさんとピーリィが楽しそうに餃子を包んでるのを見て、そういう団欒っていうのを体験したいと思っちゃったんだ。
うちは子供の頃に離婚して、父親と2人きりだったからなぁ。
小さい時はTVで賑やかな食卓を見て憧れたっけ。
今ならそれが叶う!
このチャンス、生かすべきと判断したってわけだ!
そして数分後には全員がダイニングキッチンのテーブルを囲っている。
テーブルにはそれぞれの皮と具、そして糊付けの水と手拭きが並んでいた。
「今日は皆で色々包んで、それを焼いたり蒸したりしていくので、包んだ物はどんどん皿に並べていってね。包み方は今からそれぞれ説明するよ!」
餃子は手包み派と成形袋派それぞれ好みでやってもらって、手包みは沙里ちゃんと美李ちゃんが教える。俺は先に全員に向けて焼売・ワンタン・春巻きの包み方を実演してみせた。
あとは分からない人へ教えながら、俺も色々包む。
「そうそう、まずはぐーって手を閉じて、上半分は輪っかを作るように開いて、そこに焼売の皮を押し込んで、えっと、こうだね。あとは具を、こうやって詰めてから、輪っかにしてる手を軽くぎゅって握って……おお、うまいうまい!」
「ぴゃー!しゅーまいできた!」
ピーリィが包んだ焼売を皆に見せて回る。全員に上手だと褒められて満足し、作った焼売をそっと皿に置いた。皆も作って並べていると、どれが自分が作ったか分からなくなるからとじーっと皿を見張っている。
「じゃあ、ピーリィが作ったって分かるように、目印をつけとこうか」
そう言って豆ほどの大きさに切った薄い星形の人参を焼売の上に乗せる。すると、自分も目印をとそれぞれが違う野菜、エビなどを焼売に乗せ始める。まぁ星形の人参はピーリィだけに使わせてるから混ざることはないか。
「ヒバリ!これかわいい!」
当のピーリィは、星形が気に入ったのかもっと作って!と催促してくる。
これは次の街……帝都か?そこでクッキーの型抜きみたいなのを作ってもらうか!そうすればカレーやシチューにも入れたら喜ばれるでしょ!
ありったけを包んで、余った皮は袋に仕舞っておく。これからはストックも作った方がいいかもだが、それは皆の食べた反応次第にしよう。
一気に作るには今のコンロじゃ数が足りないので、ちょっとキッチンに予備のテーブルとコンロを出して設置した。餃子を焼くのは沙里ちゃんに任せられるので、ついでに皮の色がきつね色まで揚げるだけの春巻きもお願いしておいた。
美李ちゃんにはワンタンを茹でる作業と沙里ちゃんのフォローを、ユウとベラは焼売の蒸しを、俺とピーリィはラーメン担当、テーブルの片付けと出来上がった物を並べるのは姫様とトニアさんだ。
こんな事をしてたらすでに宿から注文した料理が届いたので、
姫様とトニアさんには申し訳ないがそちらの対応をお願いした。
ピーリィに昆布や野菜を入れたガラスープを温めてもらってる間に、俺はパスタマシーンの切り刃を極細に変えて、以前作ったラーメン用の生地をローラーで薄く伸ばしてから切り分ける。
「何人かすするのが苦手な人いたし、やっぱり短めにしとくか」
うどんの麺も結構短く作ったけど、それでもこちらの世界だと外国人と同じく麺をすすって食べるのが苦手なようだった。獣人達の中には意外と早く順応してたから、人それぞれなのかもしれないけど。
「あまり短すぎても取れないから、箸の長さくらいでいいかな?じゃあピーリィ、お願い」
「はーい」
ピーリィがハンドルを回すパスタマシーン。その切り刃から細く切られた麺が出てくる。それを一定の長さに包丁で切っては打ち粉をして丸めてぎゅっと握る。
2人の流れ作業でバットにどんどん手揉み縮れ麺が並べられていく。やがてバットに5個ほど埋まる手前で今出来る全てが切り出し終わった。
「本当は2〜3日麺を休ませたいところだけど、今日はまあいっか。どうせ具材もまだ全然ラーメンらしさもないしね。せめて焼豚と煮玉子だけでも作っておけばよかったなぁ」
「これだけ揃ってるんだって十分贅沢だって!ほんと、こっちに来てから食べ物に悩んでたのがなんだったのかってくらいいっぱいありすぎだよ。なんか、最近ボク太ったんじゃない……?」
「大丈夫、ユウ、健康で心配ない」
ユウの嘆きにそっと目を逸らすベラ。
それ、もう答え言ってるのと同じじゃ……
「うわーん!やっぱり太ったんだ!?でもこれだけ美味しそうなの並べられたら我慢できるわけないじゃーん!」
「ベ、ベラも太った!ここ、きつくなったから!」
そう言って自分の胸を触るベラ。
瞬間、ユウがピシッと音が聞こえそうなほど固まる。
……あ、これ触れちゃやばいやつだ。
ユウは控えめに言って慎ましいサイズ。
対してベラは自己主張のある形をしていてててててててッ!?
「ヒバリおにいちゃーん、どこみてるのかなぁ?」
「ヒバリさんは大人ですから、そんなことないですよねー?」
隣のコンロでは姉妹がジト目……いや、睨んでいる。
あれ?じゃあこの痛みは誰が!?
「ちょ……ピーリィ!?脇腹に爪食い込んでるから!痛いから!」
視線を下げるとピーリィが抓ってた!
ただでさえ細く鋭い指先なのに!
俺が懇願してる横では、
「これかー!これに栄養がいってるのかー!」
「ダメ!ユウ、服、脱げちゃうぅ!」
ベラの胸を両手で鷲掴みにするユウと、
それから逃れようと身を捩る涙目のベラがエロく…て痛い!?
「いてててててててて!?待った!待って!ごめんってば!」
一度止んだはずの攻撃が再開され、
すぐにピーリィに屈するはめに。
「あの……外まで聞こえてますので、どうかお静かに」
宿の部屋から開けっ放しの居住袋へ顔を出したトニアさんが、呆れた声で注意してくる。そこでやっと全員落ち着きを取り戻して、自身が受け持った作業に戻ったのであった。
それからは特に迷惑もかけず、かつ賑やかな食事が始まった。
テーブルにいっぱいの料理が並んで、各自皿に取っては食べる。
ちょっと野菜が足りないので急きょサラダを作ったが、中華と言うより点心三昧な晩ご飯にはみんな満足したようでよかった。それと、今回は色んな種類があったからラーメンは醤油味だけにしておいたけど、次回は味噌や塩、タンタンメンも作りたい!よし、心のメモに書いておこう。
当然ルースさんにも送ってあるが、
まだ食べていないようなので感想はお預けかな?
食事の後は順番でお風呂が始まる。
その前に俺と沙里ちゃんはいつもの後片付けだ。
「あー、次こそはメンマと焼豚を作ってラーメンに乗せるわ」
今回の醤油ラーメンは野菜炒めを乗せてみたけど、
やっぱり醤油ラーメンならメンマと焼豚が欲しい!
「魚もあるから、かまぼこも作ってみたいですね!」
「やったことないけどチャレンジしたいね。よし、作りたいリストに入れておこう!あとは醤油以外のラーメンも試作してみよっと」
「わたしは中華以外も作ってみたいですね。
例えば……パスタとピザだらけ、なんて」
「イタリアンか!そうなるとチーズももっと揃えたいなぁ」
2人であれやこれやと作りたいものをあげながら洗い物を済ませ、
沙里ちゃんを先に風呂へと送り出した。男の俺はいつも一番最後。
「こっちにずっといるなら、自分の店を持つのもいいかも」
今日も作る楽しみ、食べて喜ばれる楽しみを得られた。仕事のため工場で作っていたのは調理と言うより機械部品と一緒でただの流れ作業みたいな感覚だった。
直接食べる人の顔を見る事が出来ない、全く同じものを同じ工程で作るだけのロボットのような仕事とも感じられる環境だったのだからそれも仕方ないだろう。それが工場なのだから。
でも今は……
自分が帰りたいのかどうかも分からなくなってしまった。
ぼーっとしてると、沙里ちゃんから風呂が空いたと声がかかる。
「まぁ、なるようになるかぁ。明日は色々予定あるし、また馬車で移動も始まるし。
今は風呂行ってさっぱりすればいいや!」
そう言って考えるのをやめたヒバリは、
体をほぐしながら着替えを取りに和室へと歩いて行った。
今回も悩んだ時の結論は後回し決定のようだ。
次回から新章を開始する予定です。
やっと帝国領での物語が始まります。
ここまで長かった……いや、それは自分のせいですが。