中華の準備も、はじまりました
今回は9章第7話の中の閑話になっています。
拙作をお読み頂けたら幸いです。
帝国領南の越境街であるゼスティラの外壁で野営をした夜、
見張り番の時間を利用して焼肉のたれの補充とラー油の作成をしていた。
外への警戒はレーダーマップで確認しながらなので、居住袋の中にいても大きな問題はない。勿論姿が見えるという抑止力も必要だからずっと籠っているわけではないが。
外は一緒に夜番をしてるトニアさんにお願いして、焼肉のたれや他のソースは居住袋の中で作って、ラー油は暴力的な匂いはないから外で作ることにした。
「さて、材料はこれで全部かな?」
目の前には端材部分のネギと生姜、スターアニスとクローブとシナモン、あとは山椒は無かったので似たようなピリッと来るという意味で胡椒の粒。そして寸胴には少量の蒸留酒を混ぜた唐辛子の粗びき粉がある。
「豆板醤は失敗したけど、ラー油なら何度も作ってるから大丈夫!」
その失敗を知っているトニアさんが苦笑してる。
実は、初めての日本茶に続き、次の豆板醤も失敗していた。
茹でたそら豆もどきと粉末唐辛子を練って醗酵させてみたものの、腐りはしなかったが豆板醤にもなず、ただの唐辛子と豆の練り物が出来上がった。まぁ、辛み調味料としては使えなくもないがそれだけだ。
そもそも、美李ちゃんにもスキルで手伝ってもらっても、何を醗酵させるか分かっていない上に醗酵作用のある物が入っていたかも考えてなかった。おかげで危うくまた美李ちゃんを凹ませそうになり、慌てて味噌と混ぜて辛味噌に作り変えて一品作ってみせたわけで。
昨日作った回鍋肉、この辛味噌を入れて作ったら全員が味が良くなったと好評で、そのおかげで美李ちゃんはご満悦に。
ちょっとは空気読んで発言しないとだめだなぁ。
最近ミスが多すぎるから反省しよう。
「……って、思考が逸れたな。
時間がもったいないから始めよう!」
深型のフライパンにたっぷりと注ぎ入れ、火をつける前に寸胴の唐辛子以外を全て入れる。そして弱火〜中火でじっくりと油の温度を上げる。
やがてネギと生姜の水分が蒸気と共にジュワジュワと音と泡を上げ始めた。そして、一緒に入れられた香辛料からもいい匂いが広がりだす。
「少しよろしいだろうか?」
近くに止まっていた馬車から犬人族の男性が顔を出し、俺に声を掛けてきた。
やば……夜中に匂いで起こしちゃったかな?
「すみません、匂いました?」
「あ、はい……その、ははは」
「うわぁほんとすみません!と言っても作り始めちゃったから最後までやっちゃわないと捨てる事になるので、謝る以外出来ず申し訳ないです」
「ああいえ!ここまでも良くしてくださったのに、迷惑だなんて思ってないので!ただ、その不思議な匂いがどんな食べ物か気になってしまって」
自分も夜番で起きていなければならず、そんな時この匂いが漂って来たのでただの興味本位で聞きたかっただけだ、と説明してくれた。そして気付くと似たような獣人達が数人近寄ってきて頷いている。
と言ってもなぁ……これはラー油だからなぁ。
「これはラー油と言って、辛さが欲しい時にかけるか混ぜる油を作ってるんですよ。香りづけしてるから辛い香油と言ってもいいですね。だから皆さんが期待してる美味い物と言うより、辛さと香りだけなんですよ」
「では、味見は……」
「あー……時間もかかるので難しいです。まぁそれでも気になるでしょうから、朝方になったら少しですがお裾分けしましょう。ただ、使う時は辛さが欲しい時に小さいスプーンに少しだけ料理にかけてください」
なんて説明していたら更に人が増え、結局もう1杯用意して初めから作り方を教える事になった。ただのラー油だからがっかりしないといいけど。
そんな話をしている間に、ネギと生姜からはすっかり湯気と泡が消え、その水分が抜けた合図を確認してから香辛料も含めて全て掬い上げて油だけにする。そして火を強めて一気に煙が出る寸前まで温度を上げて火から降ろす。
「じゃあ今からこの油を唐辛子の中へ入れるんですけど、ここには酒を混ぜてあるので、油を入れると火傷するほどの蒸気が上がるので近づかないように気を付けてください。行きますよ!」
石で組んだ台の上に乗った寸胴へ、片手に寸胴の蓋を盾代わりに持ったまま油を注ぎ入れる。
じゅわ〜〜〜〜〜〜〜〜!
もくもくと上がる白い湯気と香り。
何とか熱いのを堪えて油をすべて入れる。
そして蓋をして息をつく。
寸胴の中ではまだぼこぼこという音と湯気が漏れる。
「「「「おおー!」」」」
見た目と音の派手さに獣人達が歓声を上げた。
あー、初めて見るとテンションあがるよね、わかるわー。
1つ目はそのまま放置して、改めて作り方を教えながら同じように2杯目を皆で作った。暇な時間が多いとはいえ、警戒で疲れる夜番も、たまにはこんな時間があってもいいよね!俺も警戒はしてるし。
「あとはこのまま1日以上放置してゆっくり冷まします。その間に唐辛子は沈んでいくので、油を漉して使ってください。赤くて綺麗な油になるけど、今は出来上がってないし熱いので……初めに言ったとおり、朝には大分熱が下がるから、蓋のある容器を持ってきて下さい」
で、解散するかと思ったけど……
いい匂いを嗅ぎ過ぎてお腹を鳴らす人が続出した。
夕べあれだけ肉食べてもまだいけるとはすごいな!
そのいい匂いをまき散らした俺が言うのもなんだがね!
腹の虫が鳴った集団の中にトニアさんもいたが、
そこは聞かなかった事にしておいた。気遣い、大事。
責任持ってつまみ程度にすでに焼いて冷ましてあるつくね串を渡し、焚き火でじっくり焼くように温めて食べてと言ったら、全員走って各々の火に向かって行った。元気だなぁ。
そして俺は時間経過のある袋を作ってラー油の寸胴2個を仕舞い、誰かが触れて火傷する心配を取り除く。職場の時は”触るな!”って札があるのに触るやついたから怖いんだよね。
「ラー油か……ラー油と言えば……餃子?」
トニアさんと2人でつくね串を食べながら呟く。
餃子は作ってたけど全部機械だったんだよなぁ。
あ、でも成形型はメンテしてたから覚えてるわ。
「よし。餃子の型を作ろう!」
「餃子がどんなものかは分かりませんが、また匂いを振り撒くのはお気を付け下さい。さすがに周りに申し訳がたちませんよ?」
ぐ。釘を刺されてしまった。
トニアさんも腹の虫を鳴らしたからきっとこれ以上は……
「……何か?」
「いえいえ!ナンデモアリマセンヨ?
今回は火を使わないし匂いの出る物じゃないから大丈夫!」
危ない。気遣いだ言葉を選べだと気を付けてても、
表情でバレてたら意味ないじゃん!
とにかく、やろうと思えば行動は早い。
まずは小麦粉と塩と水を混ぜた生地を捏ねて休ませておく。具材も葉野菜を刻んで軽く塩で揉んで余分な水分を絞ってから、挽肉と調味料を混ぜる。
調味料は塩・胡椒・砂糖・醤油・冷まして固まったガラスープ・生姜とにんにくのおろし。ごま油は昨日使っちゃって無かったので諦めた。あればラー油にも使ったのに!
「ここからだ」
目を瞑って集中する。
作るのは小銭入れより更に小さい袋。形は上から見たら丸で、がま口のような閉じ口付近は波模様。深さはほとんどない。イメージを固めてから袋を生み出す。
「こんなもんかな?」
試しに休ませた生地を少し切り取り、打ち粉をして小さい綿棒で丸く伸ばして、開いた餃子の型袋に敷く。そこへ半分より少なめの具を乗せて生地の外側に指で水を塗ってから、そっと閉じる。
開いたら、そこにはちょっと形は悪いがちゃんと餃子になっていた。
初めてにしては上出来だ!よし、ダメなところを修正して作り直そう!
そして4つ目に5つ目と試行錯誤し、
ついに6つ目で納得のいくものが出来た。
「よーし、あとはイメージが残ってるうちにこれを20個くらい作っておこう。
どうせ袋に仕舞えば邪魔にならないからいっぱいあってもいいだろ」
しかし……こうなると試し焼きがしたい。
でもなぁ、匂いがまずいよなぁ。にんにく入ってるし。
「はぁ。そろそろユウさんとベラさんとの交代の時間ですから、先に中へ入って下さい。料理をするのであればそこでどうぞご自由に」
うずうずしてたのもバレてたか。
ここは開き直っておくか!
「ありがとうございます。ちゃんとニアさんの分も取っておくので食べてみてくださいね!」
「はい、ありがとうございます」
珍しく苦笑したトニアさんに見送られて居住袋へ入る。
と、そこにはすでに起きてたユウとベラがいた。
「そろそろ交代?じゃあいこっか!」
「あ、待って!今から餃子焼くけど食べてみない?」
ベラと一緒に外へ出ようとしたユウ。
その2人を引き留めてこの時間に食えと言うヒバリ。
それを見ていたトニアは、
(先程気遣いだと呟いていたのはなんだったんでしょうね)
と、呆れていたそうな。
もっとも、そんな乙女心と無縁なユウとベラは夜食と聞いて喜んで椅子に座り直していた。どっちもどっちと言ったところか。
その後、理想の羽餃子が出来ないと意地になったヒバリが50個ほど焼いて、その半分はユウとベラが、少しだけヒバリとトニアが食べて、残りは袋へ保存とルースへの差し入れに回して片付けた。
さらに翌朝。
「あ、餃子ならわたし得意なんですよ〜」
「あたしもできる!」
沙里ちゃんと美李ちゃんは道具も使わず綺麗な波型の餃子を包む。型袋の話をするつもりがまったく必要ないと知ってヒバリがあえなく撃沈。
その横ではトニアさんが手が上手く使えないピーリィに餃子の型袋を教えて楽しそうにしていた。ヒバリにお礼を言うピーリィに、救われたと逆にヒバリが抱き着いてお礼を言う始末。
「まったく……なんなんですかこれは……」
1人気遣いに回り続けたトニアが、さすがに愚痴をこぼしていた。
「色々あったようですね。苦労をかけますわ」
一連のやり取りを見ていた姫様が何となく察してトニアを労う。
それだけでもトニアも報われた気がして、優しい笑みを返していた。
そして、すでに忘れているであろうラー油のお裾分けの件をヒバリに言うと、慌てて外へ飛び出すヒバリ。それを見て全員が笑いながら見送っていた。
そんな賑やかな1日が、今日も始まったばかりである。
ラー油作りは火傷に気を付けましょう!