商会の登録(仮)
市場で買い物を済ませた俺達は、商人ギルドへ向かった。
このゼスティラの街は大まかに分けて、北側は鍛冶や細工の工房、西側は騎士団の詰め所や役所、南側は居住区、東側は宿屋と騎士団の詰め所がある。そして目指すギルド関連は纏めて役所側に隣接されている。
市場や露店の区画は街の中央にあり、これは越境して来た者も帝国領から街を訪れた者も同等の距離にあるようこうなったそうだ。街の中心には一段低くなった噴水公園があり、休憩出来る石のベンチがその周りを囲む。
食料や消耗品、加工品、武具と中心から伸びる道で取り扱う店を分け、買い物をする馬車持ちの人達は、この公園にある馬屋で馬車を預けて買い物に行く。
上空から見れば8角形の蜘蛛の巣のような形、
それがゼスティラという街だった。
ヒバリ達も例に漏れず中央にあった公園に預けていた馬車を受け取りに戻り、馬車に乗って来た道を戻る。ギルドがどこにあるか聞き忘れたまま市場で買い物をして、そこで尋ねたら通り過ぎていた事を教えられたのだ。
「先に行けばよかったですね」
「んー、でもお腹空いてたし、ボクは市場からでよかったよ?」
俺と沙里ちゃんの会話に、屋台で買い込んだ串物を入れた袋を取り出していたユウが答えた。今はトニアさんが御者をしてるので、俺も馬車の中で飲み物を用意していた。床にレジャーシート代わりの袋を敷いて、その上に並べている。
「折り畳みのテーブル欲しいなぁ。
キャンピングカーみたいに改造したくなるよね……」
「あ、そういうの楽しそうですよね!」
「いいね!ボクも好き!」
やっぱやりたくなるよね、そういうの。
2人も賛成してくれてるし、あとで皆の意見も聞いてみよっと。
美李ちゃんとピーリィは市場で散々動き回った挙句、馬車を受け取りに行ってる間に噴水で遊んでいた子供たちに混じって一緒に遊んでいたら、馬車に乗った途端寝てしまったのだ。
それなら食べる準備が出来るまでは居住袋の中の居間で寝てもらい、姫様が傍で見てくれている。ベラはトニアさんの隣の御者台だ。
「この袋で出来たコップいいね。中に入れれば閉じなくても結構保温効いてるから便利だよね」
「昨日の野営で容器の数が足りなくて作ったんだけど、好評だったから改良してみたんだ。まだもうちょっとしっかり立つようにしたいんだけどね」
初めのイメージが上をぱっくり開けられる詰め替え用パックで、今はそれをもっと分厚くした感じだ。高さは15cmほどだから今のでも十分ではある。
昨日作ったコップはちょっと倒れやすかったので、もう少し厚みをつけてみたんだけど……まだイメージ通りじゃないんだよなぁ。取っ手もないし。
うん、これも今後の課題の1つだな。
先に食べさせてもらった俺はトニアさん達と御者を代わり、馬車の中に入った2人には姫様を手伝って寝ている2人を起こしてもらい、そのまま他の皆と昼ご飯を食べ始めた。
街中なので馬はなみあしまでしか出せない分馬車の振動もあまりない。特にサスペンションを良い物に変えたから多少の凹凸では気にならないレベルだ。
そんな御者台には、食べてる間に完全に目が覚めたピーリィが顔を出して、串に食べ物を刺しては俺の口元に届けてくる。初めは何も考えずそのまま食べていたが、先に済ませていた俺にこれ以上もらっても……
「ピーリィ、もうお腹いっぱいだから、あとは自分のを食べてていいよ」
「ほんとに?もうだいじょうぶ?」
妙に心配してくるのは何故なんだ……?
ちょっと誰かに聞きたいけど今は1人で御者やってるから後でか。
「あー……じゃあ、飲み物もらっていいかな」
「うン!すぐ持ってくるよ!」
そう言って顔を引っ込めると、すぐにドタバタやってる音が聞こえる。
どうやら誰かにぶつかったようだ。謝ってる声も聞こえる。
「はい、どーぞ!」
「おー、ありが……と?」
あの色の濃いジャイアントビーの蜂蜜がコップの半分は入っていて、その上半分はどうやら水のようだ。かき混ぜる棒もなく、更に早く飲んでほしいアピールの目。
とりあえず、飲む。
初めはただの水が徐々に甘さが加わり、ついにはただ甘いだけになった。
無理無理、蜂蜜一気飲みは無理だから!ちょっと箸でいいから貸して!
「ピーリィ、蜂蜜が多いみたいだから、水だけ足してきてもらっていいかな?」
「これに、水だけでいいの?」
「ほら、俺は皆ほど甘い物いっぱいは食べてないでしょ?」
「そっかー。わかった!」
よかった……素直に言えば対応してくれるのか。
それにしてもどうしたのかなぁ?今までこんな事なかったのに。
その後も世話したがったピーリィを落ち着かせるために、俺の膝の上に座らせたら大人しくなった。今はこのままにしてギルドのある区画まで馬車を走らせていく。
「では、ラーク商会として国に登録してよろしいのですね?」
「はい、お願いします」
商人ギルドに到着してすぐに受付窓口で事情を話し10分ほど順番待ちをして、現在目の前の男性職員から説明を受けた。
ここでは仮登録扱いになって、書類を帝都の本部へ届けられて初めて本登録になるそうだ。そして登録証は届けてもらいたい街(但し帝国内に限る)を記入しておけば後日その街の商人ギルドへ届けられる。
それなら帝都へ行ってからでもいいかと思ったが、ここで仮登録をしておけば別窓口ですぐに処理されるから、混雑と待ち時間を避けるならここでしておくと得だと説明された。
「でしたらこちらの申込用紙にご記入と、こちらの用紙には商会のシンボルを描いて下さい。そして、最後に手数料として金銭3枚を頂きます。帝国領の通貨はお持ちですか?」
「あ……!まだ両替してませんね。どちらへ持ち込めばいいんですか?」
「外貨両替も当ギルドで取り扱っている業務ですので、今済ませておきますか?」
「はい、お願いします。いやぁ、屋台や市場で王国通貨が使えたからすっかり忘れてましたよ」
「越境されるとよくある事です。現在の帝国通貨から王国通貨の両替率は95%となっており、手数料として両替後から5%頂きますがよろしいですか?」
おっと……通貨価値は一緒じゃないのか。
これは誰が決めてるのかは後で誰かに聞くとして、全額はやめておくか。
現状で金貨5000枚を両替しておけばいいかな。
「お預かり致します」
王国金貨1000枚入りの袋を5つ馬車から運び込んだふりをして皆にも手伝ってもらって専用の裏口から受付へ預け、確認と両替の間に商会登録の申込書をもらって待合所へ下がる。
ちなみに、王国の通貨単位は〜貨で、金貨や銀貨といった呼び方になる。一方帝国の通貨単位は〜銭で、金銭や銀銭といった呼び方だ。繰り上げはどちらも10倍ごとに銅・銀・金の順に上がり、間に5枚分に相当する大銅と大銀がある。
金より上からが国ごとに違い、王国は白金・赤金・王金の順で繰り上がっていくのに対して帝国は黄金・紅金・皇金となる。形や図柄も違う。王国は丸形に王冠が描かれていて、帝国は楕円形に初代皇帝の横顔が描かれている。
見た目も呼び名も違うが、共通の呼び方としてゴールドという単位もある。これは最低単位である銅を1ゴールドとしたもので、あとは10進法で繰り上がっていくだけだ。単純に数字のみで計算出来るので、どちらも表示されている事が多い。
「さて、これが申込用紙なんだけど……」
「商会のメンバー全員の名前とシンボルマークの登録ですか」
「メンバーっていうと、俺以外誰か登録する?」
あくまで商売する時に必要なだけであって、ぶっちゃけ俺1人登録してあれば特に問題ないんだよなぁ。
それに、姫様とトニアさんは論外、ユウとベラも目的地がある。沙里ちゃんと美李ちゃんは……ああ、王都に居た頃従業員として働いてもらった事あったなぁ。あと、ピーリィに商売をやらせるにはまだ色々不安あるし。
「ピィリ、とうろくする!パーティといっしょ!」
真っ先に手を上げたのはピーリィだった。
ちょっと前の行動からなんとなくそんな気はしてたけど。
「ピーリィも商売してみたいの?」
「んー……わかんないけど、がんばる!」
そっかぁ、わかんないけど手を上げちゃったかぁ。
助けを求めるつもりで周りを見たら、
「共に行動するのですから、いいのでは?それに、途中で抜けたとしても後ほど変更をすればいいだけですし」
「ピィリいっしょだもん!」
珍しく姫様の言葉にも怒った声を上げた。
やっぱ何かあったよね?沙里ちゃんが視線で謝ってるし。
「わたしも登録するから、ピーリィも一緒に登録しようね。美李はどうする?」
「じゃあ、あたしもー」
こうして俺含めて4人の名前を記入した。
まぁこれは妥当な線だと思う。ここからは4人で決める。
「あとはシンボルマーク、商会の目印か……俺の名前の雲雀って小鳥だから、出来ればこう、それをもっと簡略化した絵を、」
別な紙に例をと思って翼を広げた小鳥の横側を描いてみた。
「……うわぁ」
「ヒバリさん、絵は苦手なんですね」
「これなあに?」
くっそー。ステータスの器用値高いから絵も上手くなると思って描いたが、まったくもって今まで通りの絵心の無い物しか描けなかった。チート補正なんてなかった!
そそくさと別の紙を用意すると、沙里ちゃんがペンを取ってさらさらと描き始める。そこには俺の意図を汲んでくれたゆるい小鳥の絵が出来上がった。
「そうそう、こういうの!沙里ちゃん絵も出来たんだねぇ」
「美李が幼稚園に通ってた頃によくせがまれて、こういうのやあのパンの人とか描かされたんですよ」
「あー!お願いしたおぼえある!」
「とり?ピィリと同じとりさんが目印なの!?」
ここにきてピーリィのテンションが激上がりした。
よっぽど自分と同じ鳥がシンボルなのが嬉しかったようだ。
シンボルマークと登録人数も書き終わり、呼ばれるまで雑談して待つ事30分。ようやく両替が完了したようだ。勿論受け取りはまた専用の裏口からとなる。
堂々と大金の入った袋を運ぶ姿を見られたら何があるか分からないから、
そこは厳重に守られた馬車ごと着けられる場所からの運び入れはありがたいね。
「ではこちら王国金貨5000枚お預かり致しまして、帝国金銭4750枚への両替より手数料として5%の金銭237枚と銀銭5枚を引いた金銭4512枚と銀銭5枚になります。どうぞ、ご確認下さい。ああ、金銭ですが、黄金銭や紅金銭への両替はいかがですか?こちらは無料で行っております」
「あー……すぐに商売を始めるかもなので、このままでいいです」
「何もなくとも仮登録は2日ほどお時間を頂きますので、それまでの間は活動なさらないようお気を付け下さい」
「はい、了解しました。では2日後に」
こうして商人ギルドを出る頃には、時計の短針はすでに15時を回っている。結局2時間以上かかってしまったわけだ。役所事はどうしても長くなっちゃうよね。
「今日はもうこのまま宿に行っちゃおうか。騎士団長さんが宿を手配してくれたって言ってたけど、もしかしたらってことがあっても別な場所を探せるし」
こうしてまた中央にある噴水公園へ馬車を走らせ、その先の東区にある宿屋を目指した。御者はまた俺がやらせてもらっている。そこへ、
「ヒバリさん、後で……夕ご飯を作る時にピーリィの事でお話が」
「あの様子、沙里ちゃんは理由知ってるんだね?」
「はい。その時にちゃんとお話ししますね」
「うん、分かった」
ピーリィが居住袋のトイレへ向かった隙を狙って沙里ちゃんが話しかけてきた。そしてまたさりげなく馬車の中に戻る。
そうでもしないと今のピーリィは俺にくっつきたがるのだ。俺が御者台に座ると、ピーリィも隣か俺の上に座る。走り出しても一緒だった。
まぁ、宿に着いたら教えてもらえるようだし、
今はピーリィの好きにさせておくかね。
そう思いながら片手でピーリィの頭を撫でる。嬉しそうに目を細める姿を横目で見ながら、ヒバリはゆっくりと馬車を走らせるのだった。
通貨の事は3話でも触れてましたが、今回は帝国通貨も出て来たので再度説明させて頂きました。
まだ風邪も治らぬまま休日まで駆け抜ける出勤状態です。また3日後の更新になると思いますが、この後も拙作をお読み頂けたら幸いです。