詰め所への挨拶(裏)
「で、私に話とはなんだろうか?副団長以外の退出まで認めたのだ、よほど重要な事なのだろう?」
一度案内された応接室に再度向き合う両者。
こちらは姫様と左右のトニアさんと俺。
相手は団長とその前に立つ副団長。
「話を聞いてくださり感謝いたします。まずはヒバリさんに1つ魔法を使う許可を。使用目的は私の変装の解除です」
「……変装?構わぬ、使用するがいい」
「ブリゼ様!?」
団長の即決に焦った副団長はちらりと団長へ視線を飛ばす。
といっても目の前の警戒を疎かに出来ないため一瞬だ。
「ありがとうございます。では、ヒバリさんお願いします」
「分かりました」
そっと右手をかざして姫様にかけてあったカモフラージュを解除する。
すると、今まで金髪に見えていたものが輝くような白銀に変わる。
……変わっているはず。
(俺達にはいつも通りの銀髪にしか見えてないからなぁ)
心配しながら相手方を見れば、驚いているから大丈夫みたいだ。
そしてその驚きは途中で小さな悲鳴にも似た声になった。
「ま、まさか……いや、その白銀のお姿は……」
言葉に詰まる団長に言葉を返す。
「久しいですね、ブリゼ。先ほどは騙すようなことしてごめんなさい。今、我が国では大きな騒乱が生じてしまっているのです。そして、その件についてお願いしたい事があってこの場を設けてもらいました」
「ああ、やはり!」
1人納得する団長に、どう対応していいか悩む副団長。
今、彼だけが状況を理解してないのは酷と言うものだろう。
「改めて自己紹介をさせて頂きますわ。
私はシルベスタ王国第3王女、ノーザリス・シルベスタ。これは従者のトニア」
紹介したタイミングでカモフラージュを解除しておいた。
姫様とトニアさんが同時に視線を向けて来たらさすがに気付きますよ?
「ノーザリス殿下、お久しゅう御座います。大きくなられましたなぁ。
トニアも……修練を怠ってないようで安心した」
片膝をついて顔を上げる団長。副団長も遅れてそれに倣う。
「そう畏まらず接してください。今は私がお願いをしに来た立場なのです。それと、用意してもらった鑑定珠で確認を。偽って入国してしまい、申し訳ありません」
頭を下げる姫様に驚いた2人は慌てて立ち上がって謝罪をやめさせた。それでもけじめとして鑑定宝珠で本物である確認を取ってもらい、やっと本題に入れる流れに戻った。
第1王女と王妃の暴走と国王と王子の抵抗、そして上から命じられるままに勇者召喚の儀を行ってしまった自身の話を。
現状は国王の命で帝国に助力を求めるために旅している事、勇者召喚で役に立たないと判断された異世界人である俺達も一緒に逃げて来た事も話した。勿論全てではないが。
鍵の掛けてある扉とはいえ安心できないので、途中から俺の作った小さな居住袋の中に入ってもらってから話したわけだが、このスキルを見せた事で逆に信じられた、と2人が答えてくれた。
「いやこれは……なんとも不思議な物ですな」
「うむ。このような材質は見た事もないぞ」
もっとよく見せてほしいとせがまれ、これは個人の魔力を俺に認識させてからじゃないと開閉出来ないと言ったら即答で2人からお願いされた。
おかげで今は開閉を繰り返したりして遊んでいる。このままだと話が進まないので、絶対に周りに機能を見せないならと約束して、後で鞄型の収納袋を贈ることになってしまった。時間経過がないと聞けばしょうがないのだろうけど。
そしてやっと話を戻して、帝都へとノーザリスが向かうと言う使いを出してもらい、面会の日時を取り次ぎ出来るか返答をくれる約束をして貰えた。
その話し合いの最中に俺はせっせと収納鞄を作っていた。男が1人、部屋の片隅で鞄を組んでいく。途中でトニアさんがお茶をくれたのがありがたかった。
出来上がった鞄はあえて同じ形、同じ大きさにして、色を若干変えてみた。
これはペアルックってやつだ。どうだ恥ずかしいだろう!
……って、ささやかないたずらのつもりだったんだけどなぁ。
収納鞄が嬉しくて仕方のない団長ブリゼと、団長とお揃いの鞄を持てたのが嬉しすぎて2つを見てはニヤニヤする副団長ペストリー。
やたらと感謝して背中を叩いてくるペストリーさんうっざ!
いたずらしてやったどころか、無駄に好感度あがりまくりじゃないか!
「申し訳ありませんが、そろそろ連れ達を待たせ過ぎているので。
今日の宿が決まり次第こちらに知らせておきますね」
「ああ、宿でしたらこちらが手配いたします。まずは街をごゆるりと観光なされては?その間に手続きを済ませておきます」
「では、任せます」
そして2人にカモフラージュを掛け直してから居住袋から出る。そのまま袋を消して、トニアさんは姿だけ猫人族の部分を解除してここに来た時と同じ状態にしておいた。
応接室から出る時「都合がいい時にご飯でもご馳走しますよ」などと言葉を交わして、再び詰め所を出た。結局1時間くらいかかってしまったせいで、時計はすでに昼を指している。
馬車には機嫌の悪そうな3人と本を読んで過ごしている2人。
先に姫様が謝ったことで怒るに怒れず消化不良状態。
「おまたせ!とにかくお腹空いたし、市場か屋台の並ぶところ行って昼ご飯にしよう!さあ出発するよー!」
なるべく元気に宣言して、すぐに馬を走らせた。
「そういやトニアさんもブリゼさんの事知ってたんですね」
「あれはまだ私の従者となったばかりの頃、初の遠出と帝都だったためそれはもう緊張のし過ぎでこちらが心配してしまうほどでした。
そこへ同じく騎士見習いとなったばかりのブリゼと出会い、剣の稽古をしてもらったのですよ。2人とも体を動かす方が落ち着くからと従者と護衛という立場を忘れて倒れるまで打ち合っていました」
懐かしい話です、と微笑む姫様。
御者台で俺の隣に座るトニアさんは手で顔を覆ってうずくまってしまった。
これあれだ……本人にとって黒歴史ってやつだ。
これ以上弄るのはやめてあげないと危険だなぁ。
「2人に収納鞄あげちゃいましたけど、そっちは大丈夫ですかね?」
「それこそヒバリさんはいつでも鞄を消去出来るのでしょう?
問題があると思ったら迷わず消せばいいだけですので構いません」
まぁただ拡張性のある袋としか説明してないからなぁ。
付与ポケットや装備品としての機能は言ってないしいいのかね?
そこから雑談になった馬車で、
「皆さんへの報告が遅れましたが、騎士団へ依頼したものがあるので数日この街で過ごすことになってしまいました。申し訳ありません。詳しくは夜にお話ししますね」
と、姫様がタイミングを見て言う。
「あと、日があるならここで商人ギルドに商会として登録しておこうと思ってるんだ。名前は何も案がないならラーク商会にするつもりだけど、何かないかな?」
そこに乗っかって俺も予定を告げた。
「らーくしょうかいってどういう意味なの?」
さっそく美李ちゃんが手を上げて言う。
名前の案じゃなくて質問だったか。
「俺の名前のヒバリを英語でラークって言うんだ。だから適当にそれでもいいかなー?ってね。勿論他にいいのがあればそれにするからね!」
えいご?と首を傾げる半数に、自分の世界の他の国の言葉だと言って納得してもらった。ここは何となくで十分だ。
「いいんじゃないですか?」
「うん!ヒバリのなまえでしょ?いいとおもうー」
「そこはリーダーがばしっと決めちゃえ!」
「……えっ!?ベラは、わからないから、そっちで決めてくれ!」
順番に意見を言うような流れに戸惑ったベラ以外は別案を上げずに賛成だと口にしてる。このままだとほんとにそのままいっちゃうよ?
「特にないなら昼ご飯の後にでもラーク商会で登録しに行っちゃうよ。
あと、夜の話は夕ご飯後に全員出席だからね!」
はーい!という仲の良い返事をもらって、この話題は終了させてもらった。
そして市場が近づいたのか、徐々にいい匂いが辺りに漂い始める。
「ちょうど昼時だからまだどこの店も混んでるか……市場で買い物がてら屋台でつまみ食いと行こう!」
「この2日間でかなり食材振る舞っちゃいましたからねぇ。ゴルリ麦もあるといいけど」
「あ!おこめならもうちょっとでまた収穫できるよ?ピーリィとお姉ちゃんが手伝ってくれたら収穫も乾燥もすぐだもんね!」
こうしてまた雑談に興じてる間に馬車は市場通りへと到着した。
さっそく馬車を馬屋へ預け、通りを練り歩く一行。
市場の作りは王国と大して違いはなかった。露店のように木箱を積み上げ、布を張った屋根の下で威勢のいい声を上げて客を寄せる。
取り扱っている品は、越境前のメースの街よりも魚介類が豊富だ。もっとも、ここでもまだ海藻は扱われていない。そこは残念だ。
魚介が豊富な分葉物野菜が少ない。帝国領には大きな砂漠と大きな湖があるため、王国ほど平野部が少ないと言う。これは以前美李ちゃんに言われた畑の生産量を上げる計画を進めた方がいいのかもしれない。
この辺りは牧畜が盛んらしく、肉類や乳製品そして卵の良品が手に入ったのが嬉しい。それと、家畜のエサとして使われていたさつま芋っぽい穀物もたっぷり買わせて頂いた。
「さつまいもは熟成させてから、じっくり焼くといいんだよね。あとで焼き芋やるの楽しみだ」
「生乳も手に入りましたから、バターでスイートポテトを作ってもいいですよねぇ。わたしも楽しみです!」
「ふたりとも〜あっちの屋台でお魚焼いてるんだって。買いにいっていーい?」
沙里ちゃんと2人で今日買った食材の話で盛り上がっていたら、美李ちゃんとピーリィと手を繋いだユウが聞いてくる。さっきまで肉串を食べたってのにもう次なのか!
「魚なら俺も食べるから一緒に行くよ!」
「わたしも」
買い付けた品物は今日泊まる宿へ届けてもらうようにして会計を済ませ、3人……いや、他の皆も合流して全員で歩く。
帝国領に入って初めての街だが、こうして皆で歩いていても特に奇異な目で見られることはない。いや、美人処が多いという意味での好奇の目は多少あるが。
何より、周りを見ても獣人達が普通に歩いている。王国領では人波を避けたり単独行動を控えたりと肩身の狭い扱いを受けていた。
そして、隠れる事無く歩く獣人を見かけたら大抵が隷属に近いグレーな方法で従わされている者だった。例外が自身の強さを示す事の出来る冒険者くらいだったわけだ。
「国が変わるとここまで違うのか……」
「どうかしました?」
隣を歩いていた沙里ちゃんが俺の呟きに反応する。
って、口に出ちゃってたのか。
「ほら、国境渡ったら獣人だろうとただの人だろうと関係なく普通に歩いているでしょ?ここまで違うんだなーって」
「……ここならピーリィ達も堂々と歩けますよね」
俺に言われて同じように通りを見渡す沙里ちゃんも似た気持ちになったみたいだ。
今までのピーリィは、カモフラージュをかけていたとはいえ触られるわけにはいかなかったから、店や通りすがりのおばちゃんが頭を撫でようとすると飛び退く癖がついている。
この街に着く前に解除して元の姿を晒すようになったが、癖になった行動はすぐには直らない。それでもユウとベラに慣れるのは早かった方だろう。
「にーちゃン」
ふいに後ろから声を掛けられて振り向くと、
「わっ!?」
「ひゃっ!?」
そこには鰐をもっとすっきりとさせたような赤い爬虫類系の顔があった。
何やら肉串を食べながらこちらの反応に笑っているようだ。
「すまんすまん。そんな驚くとは思わンかったわ」
残りの肉を長い舌で器用に巻き込んで口に放り込み、
やがて全て飲み込んだのを見てこちらも話しかけてみた。
「えっと、どなたですか?」
「あー、どなたってほどのもんじゃねーンだけどな。ちっと今の話が聞こえてきたから忠告だ」
今の話……?
沙里ちゃんと顔を合わせるも、どの話への忠告か分からず首を傾げる。
「前の鳥人族のお嬢チャンも連れなんだろ?だったら今まで通り警戒は怠るンじゃぁない」
「鳥人族……何かあるんですか!?」
ピーリィの話に対する忠告だと理解して思わず詰め寄ってしまったが、相手は気にした風もなく続ける。
「獣人の中でも鳥人族は人族に狙われやすい。何せ空を飛べるンだからな。あの一族は種は違っても数はめっきり減っちまったって話だ。だから、」
俺の左肩に鱗と爪のある左手を置き、気合を入れるかのように力を込めてきた。
「にーちゃンが守ってやンな。わかったか?」
「……はい。ご忠告ありがとうございます」
ぱっと手を離しひらひらと振る。
「なーに、いいってことよ。俺は火蜥蜴族のヴァージ、帝都の鍛冶屋で働いてるモンだ。何か入用ンなったら訪ねてくれよ」
ヴァージと名乗った大男は、そう言い残して去っていく。
よく見ると尻尾も先程の手と同じ早さで左右に揺れている。あれも挨拶のつもりだろうか?
「よく分からない人でしたけど、悪い人には見えませんでしたね」
「……うん、そうだね。忠告の通りならピーリィから目を離さない方がいいんだろうな。ちょっと王国との違いに浮かれてたけど、よく考えてみたらあのカールって商人も俺達が捕まえなかったらこの国で誰かを奴隷にしてたんだ。
そんな連中がまだどこかに潜んでると思って気を配っておこう。これは宿に着いたら皆にも報告しとくよ」
「はい。わたしもその方がいいと思います!」
そして2人は少し遅れてしまった距離を早足で縮め、
そこから改めて皆との屋台巡りを楽しんだ。
―――ヒバリ達が去った通りの一角では、
「ヴァージさん、どこいってたんですか!勝手に1人で行かないでくださいよぉ」
息を切らして膝に手を付く小犬族(見た目は少年)の青年が嘆く。
「わりー、ちっとおもしろいもン見付けてな」
「まさか喧嘩してたんですか!?」
「ちげーって!おもしろいの意味ちげーっての!」
「じゃあ揉め事を起こしたわけじゃないんですね?」
「ほンっと信用してねーのな、お前!?」
「そんなの自分の胸に手を当てて聞けば分かりますよね?」
「……まーいーや。作りてーもン出来たから帰るぞ!」
「あ、誤魔化しましたね!……え?ヴァージさん、やる気が戻ったんですか!?」
ヴァージはそれに答えず、帝都行の馬車が出るターミナルへ歩き出す。本人は笑っているだけだが、大きく裂ける口元は周りには少し刺激が強いようだ。
もっとも、ヴァージも自覚しているがまったく気にしない。
(王国から来た人族でもあんな純粋に獣人を見るヤツいンじゃねーか。越境してきた奴等から聞いた時は眉唾もンだと思ってたが、アレなら納得だ……んー、悪くねーな。悪くねぇ!)
「クックック……」
ビクッと周りの人が一斉に距離を取った。
「おっとすまン。びびらせちまったか」
こいつはいけねぇと言いながら、今度は遠慮せずに笑った。
そんなヴァージの後ろを歩く小犬族の青年は溜息をついてから、周りの人に頭を下げていった。どうやら毎度の事らしい。
苦労してるんだろうな、と見ていた者が皆、同情の視線を向けてその姿を見送っていく。
そうしてまた通りはいつもの喧騒に包まれていった。
寝てばかりなので意外と早く出来ました!
その分過去本文修正が進んでいませんが……