みんなで野営
「2人とも、機嫌直してよー」
ぷいっと2人がそれぞれ左右に首を捻って顔を背ける。
美李ちゃんとピーリィは怒ってますよとアピールをしていた。
先ほどの戦闘で頑張った場面を俺が見ていなかったと分かってから、今もまだ機嫌を損ねたままだ。口をきいてくれない……
でも決して傍から離れない辺りがまた可愛い。しかも携帯を使ってルースさんにも愚痴ってるみたいだ。途中で携帯を渡され、『今回もヒバリが折れる以外ないのぉ』と笑いながら言われた。勿論さっきから謝ってるんですけどね?
運動会で娘の活躍を撮り逃した父親ってこんな感じなんだろうなぁ。
なんて考えながら晩ご飯の仕込みをしていた。
周りでは慌ただしく準備が進められている。すでに陽は落ち辺りはすっかり暗くなっているが、外壁に灯された松明が一定間隔で並んでいるのでそれほど暗くはない。
獣人達と一部の人族達がせっせと鉄板や網を準備している。俺達の予備も含めた分では到底足りず、似たようなものを持っている人達に協力してもらってコンロや火元を置く台や石を並べて貰っている。
「ヒバリ―!あの炭使えそうだよ!むしろ普通の炭より長持ちするみたいで、皆が驚いてたよ。凄いよね〜」
「ああよかった。コンロが足りないって聞いた時はどうしようかと思ったけど、これで皆とバーベキュー出来そうだね!」
「薪じゃ火の調整大変そうですもんね」
ユウの報告に、準備してた俺と沙里ちゃんはほっとしていた。
あの炭と言うのは、沙里ちゃんが火魔法で倒したエントだ。木炭として使えなかな?と試してもらったら使えそうで一安心。贅沢な炭だとパウダが呆れていたが、使えるならそれでよし!ってことで。
そう、晩ご飯はバーベキューだ。
肉は今日獲れた野生の豚を中心に、魚と挽肉と野菜も準備中だ。豚だけで足りるか分からないし、いくらスキルで楽とはいえ沙里ちゃんに豚の解体をずっとやらせるのも忍びない。
「ほーら、美李とピーリィもいい加減手伝いなさい?美味しいご飯食べたいでしょ?」
はーい!と返事をしてからルースさんにまたね!と挨拶して、2人もぱたぱたと駆け出す。どうやら火の準備を手伝うみたいだ。ピーリィは軽く風を起こして火つけをフォローし、美李ちゃんは同じ手伝いをしていた子供が火傷した時の水治療をしている。
2人より小さい子達は、重い物を持てない代わりの火の当番練習を兼ねてやっているらしく、近くにいる大人達が世話をしてくれる2人を微笑ましそうに眺めながら手を動かしていた。
どうやら2人はお姉ちゃんとして振る舞っているようだ。自分より年下の子に囲まれるのは初めてなんだろうか、すごく嬉しそうだ。張り切り過ぎないようにそっと見守っておこう。
今は余裕そうにしているが、実はかなり準備が大変だった。
皆越境の準備はしていたとはいえ、満足に食器やコップを持っているわけじゃない。更に、トングが準備出来ないのだからと菜箸を使わせようと思ったが数が足りない。
そこで、コップは俺の袋作成でなんとか作り上げ、菜箸はその辺の倒木を削って作った。箸作りは手先の器用な獣人達が手伝ってくれた事もあって余裕が出来たので、普通の箸も見本を置いてそれを真似て作ってもらった。
だが、コップの方は俺がやる以外ない。たれ作りの合間にせっせと数をこなして、コップは貸出だと念を押して使わせた。
そうやって汗だくで準備してたら、いつの間にか美李ちゃんとピーリィも機嫌を直して……いや、怒っていた事も忘れて手伝ってくれた。おかげでこうして皆で仲良く食べられたので、結果としてはよかったな。
調理班の作業分担は、沙里ちゃんが肉を、俺が焼肉のたれを、手伝いに来た人たちに見本を置いて野菜のカットをお願いした。沙里ちゃんの方は内臓も使いたいということで、腸や舌の下茹では手伝いに来てくれた人に教えてお願いしてある。
俺は焼肉のたれを作るべく、まずはニンニク・生姜・玉ねぎ・リンゴををみじん切りにしてから、自家製醤油麹・甘味噌・砂糖や酒など調味料を入れてブレンダーで一気にペースト状にする。
これをいくつかの鍋に分けて煮込む。焦げないようにゆっくり撹拌して、アクが出たら取り除く。後の煮込みはやらせてくれ!と言ってきた人にお願いして、俺は次の準備をさせてもらった。
次に、ネギをみじん切りにして一旦洗ってからきっちり水気を絞り、そこに塩・コショウ・ごま油を入れて和えたらもう1つ完成だ。ネギは洗ってぬめりをとるとシャキシャキして美味しいんだよなぁ。
最後は醤油・だし汁・酢・柑橘の搾り汁を混ぜて、水気を絞った大根おろしを入れたぽん酢も作っておいた。油のないさっぱりだれもいるよね!
……うん。たれはあとで予備も作っておこう!
焼肉のたれが煮詰まっていい匂いが充満する。それに釣られるように時折鍋を覗きに来る人がうろうろし始めた。
「もうすぐ出来ますからね!各テーブル用の肉と野菜の大皿、それとこれから分けるたれを運んでください!」
なるべく公平になるように同じ大きさの丸い袋を作り、そこに肉と野菜をそれぞれ盛り付けた。どれも見た目が一緒なために皆も悩むことなく皿を取っていく。
火元ごとに5〜6人が囲み、近くにテーブルを置いて飲み物やタレの瓶(実際には袋スキルで作ったものだが)を準備した。後はトングと菜箸の使い方を教えて全員が席に着く。
ちなみに、ゴルリ麦の精米から炊き方までを教えて、各自にやらせてある。そうじゃないとまたここで全員に配ったら予備だけじゃ足りないからだ。
それに、米の炊き方まで教えておけばいつでも自分達で食べられる。更に食べ方が広まればもっと生産されるかな?なんて打算もあったりする。
「それじゃ、いただきまーっす!」
俺の合図で各々の食事の挨拶が飛び交い、そこからは一気に焼き始めていた。
形は揃っていないもののそれぞれに鉄板と網が用意され、焼き方は好きにしてもらっている。肉には美李ちゃんが消毒魔法をかけてあるから、多少焼きが甘くても腹を下すことはないだろう。
「そんな美李ちゃんのおかげで、こんな贅沢品が出来ました。
滅茶苦茶嬉しいです。美李ちゃんありがとう!」
目の前にはスライスされたレバー。当然生である。
今の日本では御法度品の幻の食品だ。
他の人達も食べるか聞いたけど、俺達のパーティ以外は生で食べる習慣がないせいで全力で遠慮してた。美味しいのに。
しかも食べられるようにしてくれた功労者もレバーが嫌いらしい。生は食べたことないって言ってたけど、美李ちゃんも辞退してた。
ごま油と塩といりごまを混ぜたタレに、味付けをしていないネギみじんをレバーで巻いてからつけて、口に入れる。塩のざらっとした食感といりごまのぷちぷちした食感、さらにレバーから出る旨味を味わいながらゆっくりと咀嚼して飲み込む。
「くぅ〜〜〜……うまいっ!これはたまらん」
じーっと見ていた他のメンバーも、各々口にする。
「サシミで生魚を経験していたおかげで、この美味しさを堪能出来ます。
これは、素晴らしいですね……」
トニアさんが目を瞑ってしっかりと味わっていた。沙里ちゃんも食べられるようで、にこにこしている。恐る恐る口にした姫様とピーリィも、2切れ目からは美味しそうに食べている。
「……ほんとにおいしいの?」
自分以外の全員が美味しそうに食べている様子に疎外感を覚えたのか、
美李ちゃんが上目遣いで聞いてきた。
「無理はしなくていいけど、試しに小さいのを食べてみる?」
「ぅー……うん。食べてみる」
そう言って俺の隣に移動して、あーんと口を開けていた。
ああ、自分で食べるにはまだ苦手意識が出ちゃうのかな?
「はい。じゃあこの小さいのを、」
美李ちゃんの口に運ぶと、ゆっくりと閉じて咀嚼した。
「ん……あ、これならだいじょうぶだ!」
どうやら苦手だったのは焼いた時の食感だったようだ。生だと臭みが無ければ食感は全然違うから、あとは味さえ合えば問題なかったわけだ。まだ大きいのは避けているけど、小さいレバーであれば気に入ってくれたみたいだ。よかったよかった。
「どんどん肉を焼いていきましょう!」
下味として薄く醤油・酒・胡椒・ニンニクとしょうがのおろしをつけて揉んである肉を、トニアさんが焼いている。俺は隣の鉄板でいつもより薄く成形したハンバーグを焼いている。
「前に1度やってるけど、バーベキューやっぱいいなぁ。
今回はタレも充実してるしレバ刺しもあるし」
周りを見ると、それぞれが夢中になって焼いて食べていた。一応追加も出来るけど、生の肉を外に出しっぱなしにはしたくなかったので袋に入れてある。
ちゃんと野菜も食べ終わったグループに追加で盛ってあげると伝えておいた。そうじゃないと肉しか食べない人でそうだし。偏りはだめ、絶対!
ルースさんの分を共有袋に仕舞ってからしばらくして、
沙里ちゃんが楽しそうに言ってきた。
「意外と箸使えるようになった人多いですね」
俺と沙里ちゃんで追加の盛り付けをしてあげながら周りを見ると、確かに菜箸で焼いてる人が結構いた。食べる側も一応用意しておいた箸を器用に動かして食べている。
特に俺達に近かった人達から覚え始めているようだ。これならうどんを出してみるのも面白いかもしれないなぁ。でも、この人数分を茹でるのは大変そうだからやめとくか。
ただ、なるべく遠くの席へ遠慮した人族達は箸を使ってる人はいないようだ。この人達はユウに言われてすぐに獣人達に頭を下げて、彼らに受け入れられた者達だ。
後から聞いた話だが、移動の時も率先して人族の先頭になって、主に後ろを警戒するために獣人達との間に立っていたらしい。
獣人達との会話もあるがまだ余所余所しい。
出来れば帝国領に入る前には解消されてるといいけど……
ちなみに、捕縛した商人達は袋から出してある。3食分のパンと水は入れてあったものの、個人差はあれど半日以上気絶させていたので、憔悴まではいかなくとも脱力していた。
袋から外に出した時にすでに粗相していた者もいたが、そこは捕縛されなかった者達に世話をさせた。中には罵倒してくる奴がいたので、ユウとベラに見回りをお願いしておいた。
装備もなく手足を縛られてるので抵抗できるわけもなく、睨まれると悔し気に口を噤むだけだったそうだ。ただ、魔法を使える者らは詠唱されても危ないので、口の拘束はユウ達が横にいる場合のみとして、他の者と距離を取ってある。
晩ご飯のバーベキューは彼らには配っていない。ただこっそりと捕縛対象じゃなかった者達には、馬車や捕縛者達の面倒を見てもらった労いにと、パンの間に焼いてたれを付けた肉を挟んである。ただのパンしか渡さなかった彼らに見つからないようにと注意したら、馬車の影でしきりに感謝していた。
まぁ、あれだけいい匂いさせたら食べたくなって当然だよなぁ。
……って、よく見たらピーリィが風の魔法をふんわり使って匂いを送ってた!?どうしてそんな意地悪を思いつくかなぁ?……え?ユウに頼まれてやった?
ちょっと!うちの子に変な事覚えさせるのやめてよね!?
晩ご飯の〆は、一度鉄板を洗って貰ってから各自に生地とカットフルーツと生クリームをセットにした物を配り、クレープの焼き方を教えて各グループで焼いて食べてもらった。
グランドを均すトンボのような道具は無くとも、一緒に添えた木製お玉があれば結構簡単に薄く焼ける。初めは上手くいかず破れたり厚くし過ぎたりときゃーきゃー楽しそうにやっている。
そんな様子を、俺もクレープを焼きながら見て楽しんだ。
うちのテーブルでは自分の分は自分でやりたいらしいので、それぞれが好きに作っている。ピーリィは色々フルーツを入れ過ぎて包めなくなって、結局皿から流し込むように食べていた。
「おいし〜〜〜!」
と叫びながら、ぱたぱたと翼に風の魔法を乗せて匂いを送る。
また例の人族への匂いのおすそ分けだ。
いや、それはもうやめようね!?
水場で洗い物を片付け、食器類を全て返却してもらってから仕舞い、火の番と見張りは各グループから1名を出してもらって各々が馬車を守る。
バーベキューの時もだが、ずっと天気が良かったのは幸いだった。そうじゃなきゃこうやって野営するにも苦労してただろうから、今日さえ乗り切ればあとは街中でゆっくりできるはずだ。
俺達だけなら居住袋に入ればいいだけなんだけど、
さすがにこれだけ周りに人がいれば全員入るわけにも、ね。
「あの者達らがおかしな行動を起こさないか警戒を緩めずにお願い致します。見張りは自分と、」
「ああ、俺やりますよ。今回全く戦闘に参加してないですから」
「2人の交代はボク達がやるよ。こういうの慣れてるからね!」
俺が名乗り上げた後、ユウもそれに続く。
横ではベラも頷いていた。まだフルーツが口に入ってるままで。
こうして、前半は俺とトニアさん、後半はユウとベラが見張りと火の番をして、特に問題もなく一晩過ごした。
「ヒバリさん、朝ですよ。今日はやること一杯ですから辛いかもですが起きてくださいね?」
途中でユウ達と交代してから馬車で寝た俺は、朝になって沙里ちゃんが遠慮がちにだが起こしてくれた。他の皆は馬車の中に立てかけた居住袋の中でしっかりと休んでもらったので、疲れが残った様子もなく元気に朝の身支度をしている。
周りを見てもそれぞれが朝食の準備をしてたりと忙しなく動いていた。わざわざ俺達に挨拶に来る人達もいたが、今日は検問を受けて街に入るので自分達の事を優先させるように言っておいた。
犯罪者であるカール達の引き渡しがあるために、
申し訳ないが俺達は別口で先に検問を受けるとパウダ達に伝えると、
「頭を下げないでください!我らがこうして無事に到着できたのは貴方らの助けがあってこそです。言われずとも最初から一番に受けて頂くつもりでした。これからの旅路に、我らが神のご加護がありますよう」
そういって、俺たち以上に深々と頭を下げるパウダ達。
そして、それに気付いた獣人達が続いて頭を下げる。それは波のように徐々に広がり、やがては全員が片膝をついてこちらに頭を下げる光景が出来上がる。
それを見ていた門番の兵がぎょっとした顔で見ていた。
慌てて頭を上げる様に言った時は、もう遅かった……
なんとかこの場を収めて各々の準備に戻ってもらうと、
すでに門が開く時間になってしまっていた。
「ご苦労様です!こちらの一団のリーダーと言うのは本当だったのですね!
いやぁ、これだけの獣人達をまとめておられるとは、正直驚きましたよ」
にこにこと門番を勤める兵に挨拶された。
昨日焼肉サンドを差し入れしたからか、やけに愛想がいい。
ちょっと待って。
俺達はいつからここのリーダーになってたんだ?
あまり気にしちゃいけない気がしてそこに突っ込みは入れなかったが、これでようやくちゃんと帝国領に入れそうだ。
まずはカールらをさっさと引き渡して、街の観光が出来たらいいなぁ。
ヒバリはそんなことを考えながら、
目の前の門が開かれるのを眺めていた。
御者として馬車を進め、振り返れば皆が笑顔で街を眺めている。
ヒバリ達の馬車旅は目的地まであと少しの所まできていた。
ルースとは別れたものの、ここまで誰一人として欠ける事無く、むしろ仲間を増やして何とか到着出来たのだ。
この後の帝国との交渉はあるが、今はただ無事に王国を抜けられた事を喜ぶべきだろう。大丈夫、何とかなる……
そう思うものの、どうしてもぬぐえない不安が襲ってくる。
そんな俺の背中にピーリィが飛びついてきた。
目の前の街を見てテンションがあがって飛びついたが、
俺の反応が薄かったからかこちらを見上げて首を傾げる。
「どしたの?」
「ああうん、大丈夫。ここでも美味しいもの探そうね!」
自分に言い聞かせるようにピーリィに答えて、
改めてテンションを上げる為に楽しい事を考える。
……うん、せっかくだから楽しまないと損だよな!
背中に感じる温もりに癒されて、
ようやっとテンションを上げられたようだ。
決して俺がロリコンだからじゃない。
そこははっきりとしておこう!
やがて、門番に促されて街へ入る。
そして帝国領内の街に初めの1歩を踏み入れた。
まずは厄介事を片付けないとなので観光はしばらく後になってしまうのに、今はすっかり忘れてしまっているようだ。
もっとも、まさかそこまで時間がかかるとは思ってもみなかったわけで。
さすがに仕事が忙しく、次回は早くて3日後の更新になりそうです。
間に合えば2日後に何とかしたいところですが……
レバ刺し、食べたいですねぇ。
今は馬肉のユッケが食べられるだけありがたいと思うしか!