対エント戦
蛇の道と呼ばれる大陸を南北に縦断する山脈。
その南側を流れる川が2本。
1本は大陸の西側であるシルベスタ王国の南の国境街メースのすぐ脇を。もう1本は越境道の中間地点より帝国領に近い場所を流れている。その川は深い崖の底を流れているため水の音しか聞こえてこないが、崖から覗き込めば激流を見る事が出来るだろう。
但し、谷となった場所には風が流れ、
ただの木柵しかない崖では落ちる危険がある。
しかしそんな過酷な場所でも、魔法があれば頑強な橋が架けられる。勿論それなりの使い手でなければ壊れるだろうが、ここは先代の召喚勇者が土魔法を行使して架けた橋。幅10mを超える橋は、未だにどこも欠損していないようだ。
そんな橋の少し手前に魔物の群れが彷徨っている。
特に統率された動きではなく、ただその場から少し動いては止まる。それだけだった。この魔物達がいるせいで、先のような不愉快な事が起きてしまったのだろう。
……あの男らの様子では時間の問題だったと思うが。
反対側からの越境者がいれば挟撃が出来ただろうが、残念なことにまだその姿は確認出来ない。そして、この魔物達はヒバリ達のパーティだけで相手をする。そう宣言した。
魔物の数は5匹。
だが、どれも優に5mを超える巨体な上に腕の様な枝による攻撃の範囲も広い”木のトロール”とも言われる「エント」だった。2階建ての建造物に近いその巨体が5つも蠢く姿はとても不気味だ。
「あれがエントですか……気味が悪いですね」
山から下りてくる霧が背景にあるから、その流れと同じくゆらりと動く姿が余計にそう思えた。ずずずっと軽い地響きが聞こえる。
「枝もですが、根による攻撃もありますので気を付けてください」
「りょーかい!盾と突撃は任せて!」
「ピーリィ、重くない?」
「うん!いつもといっしょ。だいじょーぶ!」
沙里ちゃん、トニアさん、ユウ、美李ちゃん、ピーリィがそれぞれ言葉を交わし、ベラは無言で装備のチェックをしていた。
……俺?俺はほら、ボウガンが効くような相手じゃないし、攻撃魔法も剣も、ましてや攻撃を耐えるほどの力もないから後方支援デスヨ?
ぶっちゃけ闇魔法以外は袋防御で少し耐えられるだけで、吹っ飛ばされるのが分かってるから皆に「下がってて!」と言われた。戦力外通告ってやつだ。
「魔物にももっと闇魔法が効けばなぁ」
「仕方ないですよ。魔物にはぶらっくあうとは効きませんでしたし、
目眩ましが多少効いたとしても、あのエントではあまり意味がありませんよ」
エントは知能が低く、闇雲にその枝や根を振り回す魔物らしい。
だから、ちょっと見えなくしたところで大雑把な攻撃には変わりないそうだ。
そもそも、やつらに目があるのかも疑問なんだけど。
唯一俺の話し相手姫様も、俺と同様に後方待機だ。理由は勿論光魔法を見せない、そして使わせないためだ。せめて帝国領に入らないとこればかりは安心出来ない。
やがて、その姿をはっきりと視認出来る距離になった。
「じゃあ後方はお願いします。俺達はあの魔物へ」
「お気を付けて。我らも人族との間にて警戒に入ります」
10人ほどの獣人達が俺達に軽く頭を下げて素早く人族と獣人族の馬車の境目へと駆け出した。それを見届けて、
「アタシたちもいくよ!」
ぶうん!と大盾を回してから構えたユウが言う。
それぞれが武器を構え、視線を交わして頷く。
先手は沙里。火魔法の初級であるファイヤーショット10発を5匹のエントに2発ずつ当てて牽制した。
標的を沙里に定めたエント達の枝と地中からの根が殺到する。
距離にしてまだ10m以上離れていても攻撃を届かせて来た。
ドスドスドスッ!
「まだまだ余裕だね!」
そのうち中央3匹の攻撃を、沙里の前に出たユウが防ぐ。そして伸びきった枝や根を短槍から剣に持ち替えたベラが斬り飛ばす。
残りの2匹は、トニアが1匹枝と根を流星錘で捕縛し、もう1匹を美李が土魔法で壁を作り防ぐとピーリィが風を纏った鉤爪で切り裂く。
これでエントを3つに分断した。
ユウは盾で器用にエントの攻撃を弾き、沙里はファイヤーショットを溜めて大きな火球を作り始める。ベラはトニアのフォローへ向かい、流星錘で縛った枝と根を力づくで振られる前に斬り飛ばす。
流星錘を引き戻したトニアは、再びエントへと飛ばして巻き付け、それを利用した跳躍でエントの頭上へと降り立つ。そして、脳天にある生え始めたばかりの若芽目掛けて風を纏わせた短剣を突き入れた。
「オオオオオオオオォォォォゥン!」
直後、腹まで響く重低音を発しながら倒れるエント。
攻撃してすぐ飛び退いて着地したトニアが声を上げる。
「ここが弱点です!若い枝は色が薄いのですぐ分かります!」
すかさず倒れたエントに向かって、短槍に構え直したベラが晒している脳天の若芽へ鋭い突きを叩きこんだ。ベラの攻撃の合間を縫うようにトニアが風魔法で切り刻み、1匹のエントはやがて力尽きて動かなくなった。
一方、ユウと沙里に対峙するエント3匹を挟んだ反対側では、ピーリィの足に掴まれて空を飛ぶ美李が土魔法のロックシュートで迫りくる枝を砕く。
やがて枝が減り再生するためのクールタイムが訪れ、その隙に頭上へと回り込んだピーリィが合図を出す。
「いっくよー!」
「おっけー!」
上空から一気に下降し、勢いそのまま美李を離す。下降が始まった時点で大鎚を盾収納ポケットから取り出した美李は、大きく振り上げた格好でエントに向かって落下した。
途中から根を伸ばして攻撃してくるが、一緒に下降したピーリィが美李を守り風の鉤爪で斬り返していた。
「せえええええぇのおおおおおぉ〜〜〜!」
コーーーーーーンッ!
ズ、ズゥン……バキバキッ
木こりが斧で切るような妙に綺麗な響きの後軽く地面に埋まったエントは、
そのまま上半身に縦のひびを入れて動かなくなった。実質1撃で終わった。
「「ぶいっ!」」
両手を上げて翼を広げて片足立ちのピーリィと、
肩に大鎚を担いでVサインをする美李。
「いやいや!まだ終わってないから油断しないで!?」
いつでもフォローに走れるように待機していたヒバリが突っ込む。ポーズを決められた事に満足したのか、2人はユウと沙里が相手をしている3匹へ向かった。
同じく1匹を仕留めたトニアとベラも向かう。ここでまたエントを1匹ずつ引きはがし、3チームがそれぞれ1匹を相手取る形となった。
すでに所々焦げているエントの攻撃の層は薄く、沙里に燃やされ続けたせいでその足取り(?)は重く、力無い。
トニアとベラ、美李とピーリィは先ほどと同じように確実に若芽を狙って攻撃を重ねて仕留めていく。
一方、1匹のみとなって余裕が出来たユウと沙里も動く。
「沙里、いくよ?……んだらぁっしゃぁーッ!!!」
「はい!」
沙里より更に前に出たユウが、掛け声とともに炎を纏って盾で突進を始める。
鞭の様な攻撃をすべて燃やしながら、エントの根元へと到達する。
「どっせいッ!」
盾で下から掬い上げる様にかちあげ、数m浮かせた後に素早く離脱する。そこへ火魔法の溜めに入っていた沙里が、脳天の倒れてくる方向へ位置修正をして、弓を射る様に構える。
それに応じる様に、上空で溜めていた火球が槍の形へと変化して、エントがズウンと土埃をあげて倒れた瞬間を狙って放たれた。
「ふっ!」
ゴウッ!
エントの頭に刺さった火の槍は、吸い込まれるように徐々に消えていった次の瞬間、エントの全身が一気に内側から燃えた。口のようなうろからも炎が漏れ、声も上げられずに徐々に崩れていった。
「……よっしゃ、おわったぁ!」
再度見回して、取りこぼしがないか確認してからユウが叫ぶ。
倒したと思っても決して油断せず警戒を怠らない所は経験の差か。
「お疲れさま!怪我はない?」
6人の元へ駆け寄ったヒバリが皆を見渡すと、
トニアとベラ以外があちこちに擦り傷を負っていた。
それに気づいたベラがすぐに水の癒し魔法を使い始め、後を追うように李も使いだしていた。擦り傷程度なら十分回復出来そうだ。
「それにしても綺麗に連携出来てたねぇ。特に美李ちゃんとピーリィはよくちゃんと合わせられたね?」
「毎日特訓してるもんねー?」 「ねー!」
お互いの手を合わせて喜び合う2人。
「特訓と言うか、美李ったらアトラクションで遊ぶ感覚でピーリィに飛ばせてもらってるんですよ。今は訓練所が広くなったから余計です」
こっそりと沙里ちゃんが教えてくれた。
ああ、2人にとって遊び慣れてるってわけか。
「一先ず、討伐部位を確保してから魔石を抜きましょう」
倒れたエントを指してトニアさんが言う。
「えーっと、太い枝が取れるんでしたっけ?」
「はい。魔力を帯びた丈夫な木材となるので、逃す手はありません。あれだけの大きさなら、例えば馬車を作ってもなお余るでしょう」
貴族の中でも上流でないとそんな贅沢な使い方はしないらしい。トルキスで会ったパートロフィ子爵は1台所有していて、お嬢様が乗っていたのがそれだったようだ。見た目が派手だっただけじゃなかったのか。
早速剥ぎ取り部位としての木材を確保し、後は中心にある魔石を回収する。ただ、1匹だけはほぼ炭化してしまったので、炭として回収後に魔石を抜いた。
「沙里ちゃんの火魔法が強力だったってことか。凄いね」
「えっと、まさかここまでとは思ってなかったので、木材だめにしちゃってごめんなさい……」
「いやいや!ほら、怪我なく終わらせる事が重要なんだってば!木材なんておまけだよ。それに、4匹分もあれば十分凄いってと……ニアさんだって言ってたでしょ?」
それから雑談をしながら回収を終えて、無事に魔物が崩れて消えた。
巨木だったエントが全て消えたのを見た獣人達から歓声が起こり、
それを合図に奥からパウダ達主力戦闘員が先頭に戻ってきた。
「流石ですね。まさかここまで短時間で討伐されるとは思っていなかった。我の見る目もまだまだと言うことですね。お恥ずかしい」
そう言いつつも笑顔のパウダ。
同族にもヒバリ達にも被害がなくほっとしていた。
「後ろは大丈夫でしたか?」
「はい。あちらは大人しいもので、ヒバリ殿らの観戦に夢中でしたよ」
……俺は一切戦ってないんだけど。
「ま、まぁ何もなかったならよかったです。これで先に進めますね!
暗くなる前に出来るだけ進んでおきましょう」
「はい……おおい!すぐに出発するぞー!」
頷いたパウダは周りに聞こえる様に声を張り、
それを聞いた者が後ろへ伝えて皆が準備に慌てる。
「じゃあ、俺達も準備しちゃいましょう」
まだ戦闘の興奮から醒めないのか美李ちゃんとピーリィは追いかけっこしていた。ユウとベラは周囲の警戒をしているようだったので、レーダーマップの範囲を少し広げるとこっちを見て笑顔で頷く。周囲は問題なさそうだ。
「みんな、そろそろ馬車を出すから乗ってー!」
飲み物とタオルを用意して、戻ってきた皆に手渡していく。
これなら誰が見ても俺はサポーターにしか思えないだろうなぁ。
何もしていない後ろめたさから率先して御者を務め、
皆にはのんびりとしていてもらう。これぐらいは、ね。
エントのいた場所から少し進めば崖と橋が見えて来た。
「丈夫というか……まったく継ぎ目のない橋ってすっごい違和感ですね。魔法で作られたっていうのも納得です」
「勇者様が作られた橋はこの南側だけで、北側にも川はありますが崖ではなく平野部なので普通の橋が架かっているのですよ。そういう意味ではこの橋は名所かもしれませんね」
今は馬車の中には姫様しかいなかったため、俺の話し相手になってもらっている。どうやら俺と同じで
何も出来なかった分いてくれてるようだ。
型抜きで作られたような奇妙な石橋を、皆も呼んで眺めながら渡った。長さにして200mもある橋は、左右に高い柵が設けられていて、馬車どころか馬が落ちる隙間もない。ちょっとした檻を思わせる。と言っても、上空は何もないから暗くも閉鎖感もないが。
やがて橋も終わり、ここからは実質帝国領となる。
王都を出発して1か月半、ついに王国を離れたのである。