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小話2

 急な来客の知らせを受けて、わたしは応接室へと向かった。

 とはいっても歩調はいつも通り、特に慌てることもない。来客者の名前を聞いて、その必要はないと判断したからだった。

 事前の知らせもなく突然家に訪ねて来るのは、普通ならばそれだけ急ぎの用事があったということになるのだけど、彼女の場合はそれに当て嵌まらない。

 むしろ知らせがないことのほうが多いかもしれない。そのくせわたしが家にいなかったら拗ねるのだから、困ったものだった。

 貴族としての礼儀作法としてはマナー違反だけれど、彼女がこれをわたし以外の人にやることはない。軽んじられているわけではなくて、甘えられているとわかるからこそ、あまり強く文句を言えないでいる。

 扉の前に立って、二度ノックしてから開ける。

「クリスティナ!」

 わたしの姿を目にすると、エレンはすぐに怒ったような声で呼んだ。

「どうしたの?」

 わたしは落ち着いて尋ねる。エレンが連絡もなく家に来る時は大抵怒っている時であり、エレンが怒るのはよくあることなのだった。

「どうしたではありませんわ! これを見てちょうだい!」

 エレンはプレゼント用に包装されていたと思わしき小箱をわたしに突き出した。

 首を傾げながらそれを受け取る。

「昨日、夜会の帰りにロデリック様がくださったのですわ。後で開けてほしいと言われましたから、家に帰ってから中を見ましたの」

 蓋を開けてみる。

 中から出てきたのは細かなレースがふんだんに使われた可愛らしいフリフリのピンクのリボンだった。

 エレンを見ると、彼女はじっとわたしの言葉を待っている。

 もう一度小箱の中に視線を戻してから、またエレンを見た。

 彼女がわたしに言ってほしいことは、はっきりと理解できた。でも敢えて、まず始めに思ったことを口にしてみる。

「とてもよく似合うと思うわ」

「・・・!!」

 エレンは絶句した。

 わたしが味方をしないどころか、お兄様の肩を持ったことが信じられないらしい。

「まあ、社交界デビューもした女性に贈るものではないと思うけれど」

 これは十歳くらいの女の子が喜ぶような代物だわ。

「あ、当たり前ですわ! わたくし淑女ですのよ?! このようなリボンを着けている淑女がいまして?!」

 エレンはあり得ないというように叫んだ。

 婚約したというのに、今でもたまにお兄様から子供扱いをされてしまうエレンは、自分が大人の女性であることを必死に主張し続けている。

 気持ちはわかるわ。お兄様のエレンに対する態度は、一般的な男性が婚約者に取る態度とはかけ離れている。

 あれでは本当に婚約したのかわからなくなってしまうわよね。

「わたくし別に宝石やドレスを贈って欲しいと思っているわけではありませんのよ。でも婚約者なのですから、せめて花束とかチョコレートとか、そういうものがあるではありませんの」

 エレンは悔しそうに文句を言う。

 それにしてもそんな些細なものでいいなんて、エレンって結構乙女よね。

「お兄様は単に趣味が悪いだけよ。淑女に何を贈ればいいのかわかっていないだけだから」

 宥めるように言うと、エレンは一瞬納得しかけてから、不満そうな顔をした。

「それにしてもこれは酷くありません? いくら何でも少女趣味すぎますわ」

 お兄様の趣味がどうこうよりも、これが似合うと思われたことが嫌なのね。実際に似合いそうだけど。

 でもエレンだってきっとわたしに似合うと言われただけなら、こんなに怒ったりはしないでしょう。お兄様に思われたことがショックなのよね。

 これはどうするべきかと悩んでいると、コンコンと扉を叩く音がした。



「どうぞ」

 返事をすると、部屋に入って来たのはお兄様だった。やっぱり居たわね。

 お兄様はエレンを見つけると、嬉しそうに笑った。

「やあ、ティリル嬢。俺には会いに来てくれないのか?」

 怒っていたはずのエレンはその笑顔に怯んだように困惑顔になった。

「いらっしゃると思いませんでしたのよ」

 騎士としての仕事は割合忙しいから、お兄様の休みはあまり多くない。日中に家にいることは珍しいのだけど、今日はいるだろうと思ったわ。

 お兄様はわたしが手に持っている小箱に目を止めた。

「なんだ、着けてくれていないのか?」

 エレンは葛藤するように眉根をぎゅっと寄せてから、ふいと顔を逸らした。

「着けませんわ。こんな子供用のリボンなんて」

 贈り物を無下にしていいのかという思いと、子供扱いされて悔しいという気持ちがせめぎ合って、悔しさが勝ったらしいわ。

「似合うのに」

 お兄様はそんなエレンの様子など一切気がついていないかのように、残念そうに呟いた。

「似合いませんわよ! わたくしは子供ではないと言っていますでしょう! 大人の女性なのです。淑女なのですわ!」

 エレンは顔を赤くして食ってかかった。

「知ってるって。でもほら、可愛いじゃないか」

 リボンを手にとって、お兄様はエレンの頭の上に乗せた。やっぱり似合うわ。ただしデビュー前の少女にしか見えなくなってしまったけど。

 エレンは更に顔を赤くさせた。反論しようとしてできないでいる。結局お兄様に弱いのよね、あの子は。

 でも可愛い可愛いと連発するお兄様にさすがに腹が立って、わたしはこっそりと近づいていって思いきり腕をつねってやった。

 鍛えているお兄様にはあまり痛くなかったでしょうけど、何をするんだという顔を向けられる。

 わたしは非難の意志を込めて、キツく睨んだ。

 ちゃんとわかっているのよ。お兄様は別に趣味が悪いわけでも、エレンの気持ちをまるで理解していないわけでもない。

 それなのになぜこんなことをするのかというと、エレンのこの反応を見たいからだわ。自分が大人であることを主張するエレンの姿が可愛くて仕方がないのよ、お兄様は。

 今だってかなり上機嫌に笑っていたもの。子供を見る目なんかじゃなくて、愛しい恋人を見る目をして。怒っているエレンは気がついていないけど。

 傍から見れば婚約者同士がじゃれあっているだけなのよね。

 でもそれだけなら悪いことなどないけれど、やっぱり基本的に女性の気持ちなんて察することができないお兄様は、加減を見誤っている。

 そのうちエレンが本気で落ち込んでしまうわよ。

 わたしは冷めた表情を作って、いい加減にしないとエレンにお兄様の真意を暴露するわよ、と目で訴えた。

 それをきっちり読み取ったのか、わたしが怒っていることで、自分が何かマズいことをしたとだけ理解したのか、お兄様は少し慌てた。

 わたしはエレンをチラリと一瞥してから、お兄様をじっと見る。今度はちゃんとフォローしてください、という意志を込めて。

 これははっきりわかってくれたのか、お兄様はこくこくと頷いた。

 心の中で大きなため息を吐く。

 全く世話がやけるわよ。今日は後で説教させていただきますからね。

 でも今は邪魔をしないから、ちゃんとエレンに婚約者なのだという自覚を甦らせてあげてください。

 わたしは苦悩の表情を浮かべるエレンと、そんな彼女を焦りながらどう機嫌を取ろうか迷っているお兄様を伺いつつ、そっと部屋を後にした。



 

 


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