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そして殺し屋は彫り師になる  作者: Aです


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8/8

夕焼け

どこまでも深い、底のない闇だった。


果てのない暗黒の中へ、一本の道だけが伸びている。

自分がどこへ向かっているのか、なぜ歩いているのかも分からない。

ただひたすらに寒く、恐ろしく、息をすることさえ苦しかった。

凍えそうな闇の底に立ち尽くし、すべてを諦めかけたその時──微かな音が、鼓膜を震わせた。


──カッ……、カッ……。


硬い木を、静かに削るような音。どこかで、確かに聞いたことのある、優しく不器用なあの音だった。


──カッ……、カッ……。


凍えそうな心を包み込む、とても暖かい音。


真っ暗な世界に、その音だけが確かな波紋を広げていく。リミは何かに導かれるように、音のする方へと一歩を踏み出した。

歩みを進めるたび、音は厚みを増し、確かな輪郭を持って闇を切り裂いていく。


やがて、音の鳴り止まぬ暗闇の最果てに、針の穴ほどの光が弾けた。


光が眩しい。

ようやく開けた視界の中で、世界はひどく滲んでいた。

鼻を突く消毒液の匂い。遠くの方で、誰かの焦燥を含んだ声が響いている。

何が起きたのかを考える間もなく、押し寄せる猛烈な睡魔に抗えず、リミの意識は再び深い底へと沈んでいった。


次に目を覚ました時は、穏やかな光の中にいた。

見上げる白い天井、硬く清潔なベッド。自分が病院の一室にいるのだと気づく。胸に巻かれた幾重もの包帯の痛みが、自分がまだ生きていることを教えてくれていた。


枕元には、白衣を纏った医師が静かに佇んでいた。


「おや、ちょうど目を覚ましましたか」


リミはしばらく息を整え、動くことの探れない身体を横たえたまま、ゆっくりと記憶を辿った。

そして、乾いた声を絞り出すようにして医師へ問いかけた。


「あの……あの人は、どうなったんですか」


医師は窓際へ歩み寄り、静かに答えた。


「さあ。あなたが入院して三日目の夕方頃に、これを持ってきたきりでね」


医師の視線の先、窓辺の陽だまりの中に、あの男が彫った木彫りの仏像が置かれていた。それを見た瞬間、リミの胸の奥に、言葉にならない感情がこみ上げる。部屋には、ただ静かな時間だけが流れていた。


「あの……私、治療費を払えるようなお金、持っていなくて」


俯くリミに、医師は小さく声を立てて笑った。


「ああ、ちょうどその話をしようと思っていたところだ。実は私から、ひとつ提案があるんだがね」


医師は仏像からリミの方へと向き直る。


「この仏像を、私に譲ってくれないかね?」


リミは意味が分からず、ただ医師を見つめた。


「こういった美術品が趣味でね、これほど熱意のこもったものは滅多に見たことがないよ。あの男の素性は知らないし、美術品としての市場価値がなくてもいい。私が個人的に気に入ったんだ」


医師は愛おしそうに仏像へ視線を移し、言葉を続ける。


「もしよければ、私がこれを正当な価格で個人的に買い取って、それを君の治療費に充ててもいい。……不思議なものだ。見ていると、心が安らぐ気分になる」


医師は穏やかに微笑みながらリミに語りかけた。

しかし、リミはまっすぐに医師の目を見つめ、迷いのない声で答えた。


「私が退院したら、かかった医療費のすべてを教えてください。今はお金がありません。でも、いつか必ず働いて、お金を貯めます。ですから……そのお金で、私にそれを買い取らせてください」


医師は意外そうに、パチリと目を丸くした。


「いいのかね?君の提案だと、君にだけ莫大な経済的負担が残る。見たところ、君は仏像の蒐集が趣味というわけでもなさそうだが。大金を背負ってまで、これが欲しいのかい」

「上手くは言えないんですけど……」


リミは、胸の包帯の上から、そっと自分の心臓に手を当てた。あの暗闇の中で、自分を呼び戻してくれた不器用な音の温もりを思い出す。


「それは、私が持っていなくちゃいけない気がするんです」


医師は観念したように、小さく息を吐き出した。


「そうか、仕方がないな。口惜しいが、君が大金を貯めるまでの間だけ、責任を持って大事に預からせてもらうよ」


リミの傷は順調に塞がり、やがて無事に退院の日を迎えた。


彼女は、あの病室の窓から見えていた山の稜線だけを頼りに、記憶の中の小屋を探しに山へと入った。

来る日も、来る日も、生い茂る夏の緑を掻き分け、男と過ごしたあの場所を追い求めた。


季節が少しだけ歩みを進め、ひと月ほどが経った頃。

リミは、ついにその場所にたどり着いた。


だが、そこに並んでいたはずの無数の彫刻も、あの小さな木小屋も、もうどこにもなかった。

地面には、かつて激しい炎に焼かれたであろう黒い爪痕が残るばかりだった。

けれど、流れたひと月という歳月は、無残な焼け跡さえも静かに飲み込み始めている。


──けれど、間違いない。ここがあの場所だ。


毎日あの窓から見ていた夕焼けが、目の前に広がっていた。

『解体屋』の物語を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!


本作は「小説家になろう」のガイドライン(補助的利用)に基づき、ストーリー、キャラクター、セリフのすべてを作者独自のオリジナル創作として制作しています。

執筆にあたっては、生成AIから得た表現のヒントや推敲のアドバイスを参考にしながら、最終的に作者自身の手で文章のブラッシュアップを行いました。


本作の舞台は、実は現代ファンタジーな世界観となっています。

ただ、前作を知らない方でも単体の物語としてなるべく楽しんでいただけるよう、あえてファンタジー色を抑えた作風で執筆いたしました。


実は本作の主人公は、前作『僕の師匠はろくでもない』で“あの師匠”に指先一つで心を折られた「解体屋」のその後の姿でした。楽しんでいただけていれば幸いです。


もしよろしければ、評価やレビュー、ブックマークで応援していただけると励みになります。

また次の物語でお会いしましょう!

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