第65話 出雲は沈黙し、与那国は光った。あるいは、サイト・アオの観測者たち
大気圏外、高度四百キロメートルの虚空を音もなく滑る、超弩級ステルス宇宙ステーション〈サイト・アオ〉。
その中枢に位置する観測ラウンジは、地球の狂騒から完全に切り離された、無機質で静謐な空気に満たされていた。
だが、壁面を覆い尽くすほどの巨大なマルチホログラム・スクリーンには、現在進行形で波紋を広げている地球上の騒乱が、極めて鮮明な解像度で映し出されている。
画面の中央を占めているのは、日本政府の緊急記者会見の映像だった。
テーマは、「出雲及び与那国島周辺における既存技術外事象に関する状況報告」。
世界経済の心停止という未曾有の危機がようやく落ち着き、物流の血流が戻り、スーパーの棚に商品が並び、深夜アニメの放送すら再開し始めた地球。そのかりそめの平穏を取り戻しかけた世界に向けて、日本政府が自ら「出雲」と「与那国」という二つの特異点を並べて突きつけたのだ。
スクリーンを分割するもう一つのウィンドウには、その会見を受けた世界中のネット反応が、滝のような速度でスクロールしている。
「日本もレースに参戦するぞ」「ただの岩で済む空気じゃない」――画面の向こう側の熱気と緊張が、冷たい文字の羅列となって観測ラウンジに流れ込んできていた。
エミリー・カーター研究員は、その異常な流速を見つめながら、少し引き攣った笑いを浮かべた。
「……世界中、完全に身構えてますね」
エミリーは、手元のコンソールを操作して翻訳フィルターを調整しながら呟いた。
「中国の仙人宣言、アメリカの無制限入札、ロシアのサイボーグ……その後に日本政府が“出雲と与那国”ですもんね。そりゃあ、また世界が終わるんじゃないかって、みんなヒヤヒヤしますよ」
部屋の中央、人間をダメにする特大のビーズソファに深く体を沈めていたティアナ・レグリアが、片手に持った炭酸飲料の缶を軽く振りながら、楽しそうに笑った。
「タイトルが強いよね」
ティアナは、氷の入ったグラスを傾けるような気軽さで言った。
「山と海。出雲と与那国。どっちも日本のオカルト文脈だと強カードだし。それがいきなりセットで出てきたら、視聴者としてはたまらない引きだよね」
隣のベルベットのソファでは、別次元の高位存在であるゴスロリ姿の少女、KAMIが退屈そうに脚を組んでいた。彼女の手には、地球から取り寄せた色鮮やかなマカロンが握られている。
「それを首相官邸の公式会見で並べた時点で、もう“何もありません”は通らないわね」
KAMIは、マカロンを一口かじり、冷ややかな視線をスクリーンに向けた。
「運営側(政府)が自らイベントバナーをトップページにデカデカと貼ったようなものよ。プレイヤーの期待値を煽るだけ煽っておいて、何もないなんて言ったら大炎上確定だわ」
少し離れた作業用テーブルで、淹れたてのコーヒーを啜っていた工藤創一が、画面を眺めながら胃の辺りをさすった。
「並行世界の日本人としては、胃が痛くなる会見タイトルですね……」
エミリーが、くるりと椅子を回転させて工藤を見る。
「工藤さんでも、ですか?」
「そりゃそうですよ」
工藤は、困ったように眉を下げた。
「出雲と与那国を政府が同時に話すって、だいぶ末期感ありますよ。普通なら絶対に隠蔽しておきたいような案件を、わざわざ世界に向けて発表しなきゃいけないくらい、切羽詰まってるってことですからね」
ソファのひじ掛けの上では、美しい薄墨色の毛並みを持つ賢者・猫が、丸くうずくまったまま静かに目を細めていた。
「ふむ。山と海の二つを並べて出すか」
猫の金色の瞳が、画面の中の矢崎総理の姿をじっと見つめている。
「この時点で、日本政府は“自国の中に複数の門がある”と認めたようなものじゃな。……なかなか思い切った手じゃ」
ラウンジの面々がそれぞれの視点から評価を下す中、スクリーンの中の会見は進行していく。
矢崎総理は、最初の議題である「出雲」について語り始めた。
しかし、その口から出た言葉は、世界中の期待を裏切るものだった。出雲の集団失神や認知機能障害について、物理的・化学的原因、空間の異常構造、目的、影響範囲はすべて「調査中」であり、「確たる事実をお伝えできる段階ではない」と。
そして、確実な安全確認が取れるまで自衛隊による物理的封鎖を維持すると述べ、それ以上は一切語らなかった。
その瞬間、隣のウィンドウのネット反応が爆発した。
「出雲は肩透かし」「絶対隠してる」「与那国を見せ札にして出雲を隠す気だろ」「調査中って言葉は便利な魔法だな」といった不満と疑念の声が、画面を埋め尽くしていく。
エミリーは、その荒れ模様のタイムラインを見て眉を寄せた。
「……これ、地球の視聴者から見ると、たしかに肩透かしですね」
エミリーは、総理の無表情な顔とネットの怒号を交互に見比べる。
「でも、真実を知っている側から見ると……怖いくらい上手く隠してますよね?」
「うん。かなり頑張ったね」
ティアナが、ポテトチップスをつまみながら同意した。
「あそこで下手な言い訳をせず、ただ『分からない』とだけ言って物理的な壁を高くした。あの総理、なかなか度胸がある」
KAMIが、薄く笑いながらマカロンの残りを口に放り込んだ。
「出雲で不完全燃焼を作ったのは正解よ」
「正解、ですか?」
エミリーが聞き返す。
「だって、出雲を詳しく語ったら終わりでしょ」
KAMIは、情報開示のUIを設計するような手つきで、空中に見えない枠を描いた。
「“死者と話せます”とか、“過去の英傑にアクセスできます”とか、“土地の記憶に接続できます”なんて公式会見で言ったら、世界中の工作員が日本へ雪崩れ込むわよ。あんなチート施設、他国が指をくわえて見てるわけないじゃない」
工藤も、深く頷いて同意する。
「たぶん出雲市周辺が外交官とスパイとオカルトYouTuberで埋まりますね。物理的なキャパシティを超えて、現地が完全に麻痺しますよ」
賢者・猫は、しゅっぽりと前足を折りたたみ、尻尾をゆっくりと揺らした。
「沈黙は、時に言葉より重い」
猫の声が、静かにラウンジに響く。
「総理は出雲を語らなかった。だが、語らぬことで、かえって“語れぬほどの何かがある”と世界に悟らせた。……これは、なかなかに高度な振る舞いじゃ」
「それって、隠せているんですか?」
エミリーは、ネット民たちが「絶対に何かある」と騒いでいるのを見て、不安げに尋ねた。
「完全には隠せてない」
ティアナが、炭酸飲料を飲み下して答える。
「でも、それでいいんだよ」
ティアナの瞳に、観察者としての鋭い光が宿る。
「“出雲には何かある。でも何かは分からない。近づくと危ない”という状態にできた。……これは、出雲を守るには悪くない結果だ」
そして、スクリーンの中の会見は、ついに二つ目の議題――与那国へと移った。
矢崎総理の口から、「地球外由来の高度技術体系によって構築、または設置された人工構造物」という言葉が放たれた瞬間。
マルチモニターのネット反応の流速が、限界を突破して白く飛んだ。
「与那国ガチだった」「地球外由来って言ったぞ」「日本もレースに参加した」「ムー大陸じゃなくてエイリアン基地だったのか」――。
ティアナが、楽しそうにパチパチと拍手をした。
「はい、爆弾一発目」
「出雲で溜めて、与那国で確定情報を落とす」
KAMIが、その情報開示の手法を高く評価した。
「なかなか演出分かってるじゃない」
「演出って……」
エミリーが呆れたように言う。
「政治会見なんて、半分は演出よ」
KAMIは、赤い瞳を細めて冷酷に言い放つ。
「どこで隠して、どこで見せるか。情報開示のUIデザインとしては基本中の基本。
出雲は“語れないもの”として残す。
与那国は“語れる地球外技術”として出す。
そうすると、世界の注目はまず与那国へ流れる。ヘイトコントロールとしては満点に近いわ」
「実際、ネットも完全に与那国で爆発してますね」
工藤が、流れる文字の滝を見つめながら言った。
「出雲で肩透かしだった分、反動がすごいです。完全に目線が海に向いてる」
「見せ札としては上々じゃ」
賢者・猫が、喉をゴロゴロと鳴らした。
「“日本にも地球外由来の人工構造物がある”。この一言だけで、アメリカも中国もロシアも、日本をただの傍観者とは見られなくなる。……取るに足らぬ小国から、対等に交渉すべきプレイヤーへと、己の格を自ら引き上げたのじゃ」
「でも、その分、日本は標的にもなりますよね?」
エミリーは、各国のインテリジェンスがこの発表を見て血眼になっているであろう状況を想像し、身震いした。
「そう。だから見せ札なんだよ」
ティアナが、楽しそうに笑う。
「見せることで牽制する。でも、全部は見せない。このバランスが難しいんだけど、日本政府は今のところ上手く綱渡りしてるね」
だが、矢崎総理の投下した爆弾は、それだけでは終わらなかった。
画面の中で、総理が与那国の「活性化」について語り始める。
欧州上空の異常オーロラ現象の発生後、与那国島沖の構造物が過去の観測記録とは明らかに異なる状態へ変化したこと。
構造物の一部が周期的に青白く発光し、周辺海域に低周波の鳴動を発生させていたこと。
政府が、海底システムが活性化した可能性があると判断したこと。
その言葉を聞いた瞬間、エミリーは思わず身を乗り出した。
「これは……かなり怖いですね」
工藤も、作業の手を完全に止め、真顔になってスクリーンを凝視していた。
「はい。一番怖いのは、与那国が地球外人工物だったことじゃないです」
工藤の声には、技術者としての本能的な恐怖が混じっていた。
「今も動いてることです」
「そこなんですね」
エミリーが、ゴクリと唾を飲み込む。
「何千年、あるいはそれ以上、海底に沈んでいた構造物が、外部イベントに反応して発光と鳴動を始める」
工藤は、あり得ないほどの耐久性とシステム連動性に顔をしかめた。
「それは遺跡じゃなくて、待機状態だったシステムです。
インフラか、監視網か、防衛網か、通信ノードかは分かりませんけど……少なくとも、死んでない」
KAMIが、ワイングラスを傾けるような優雅な仕草で、空間を指でなぞった。
「そうそう」
KAMIは、総理の言葉選びを称賛した。
「与那国を“過去の遺跡”として見せたんじゃなくて、“現在進行形で起動中のシステム”として見せたのが良いわね。
プレイヤー全員に“世界規模イベントが始まっています”って通知したようなものよ」
「ネット民もかなり近いところまで見てるね」
ティアナが、画面の端を指差す。
そこには、世界中のSNSから抽出されたトレンドワードが並んでいた。
『欧州オーロラと連動』『世界規模のシステム』『古代施設起動イベント』『発光と鳴動』『地球管理説』。
「眠っていたものが目覚める時は、たいてい二つの意味がある」
賢者・猫が、静かに語り出した。
「ひとつは、目覚めるべき時が来たということ」
猫の金色の瞳が、スクリーンの中の深い海を映し出す。
「もうひとつは、誰かが起こしたということじゃ」
「誰かが……」
エミリーは、その「誰か」が意味する底知れぬ存在を想像し、背筋が凍るのを感じた。
ティアナは軽い調子で、しかし目だけは全く笑っていない表情で言った。
「地球側にはまだ見えてないけどね」
ティアナは、虚空を見つめる。
「いろいろ連動してる」
スクリーンには、相変わらずネットの狂騒が流れ続けている。
「レイラインは実はエイリアンのシステム回線だったのでは」「アメリカの無制限入札も、この連動に気づいた焦りではないか」など、オカルトと陰謀論が入り混じった考察が飛び交っていた。
KAMIが、その雑多な情報の波を見て、少し感心したように言った。
「地球人、ノイズ多いけど、たまに当たりを引くのよね」
「当たりなんですか?」
エミリーが驚いて聞き返す。
「全部じゃないわよ」
KAMIは肩をすくめる。
「でも“別々の怪奇現象じゃなくて、何かの大きなシステムが動き始めたのでは”という直感は悪くない。点と点を結ぶ能力は、低いなりに機能してるわ」
賢者・猫が、短く同意する。
「人は、断片から物語を作る」
猫は、ひげを揺らした。
「多くは誤るが、時に物語の方が真実に近づく。……それが知性というものじゃ」
「ただ、そこから“俺、エヴァなら乗れる”に飛ぶのは地球人らしいですね」
工藤が、ある特定のコメントを指差して苦笑した。
「そこがいいんじゃない」
ティアナが、ケラケラと笑う。
「よくないと思います」
エミリーが、真面目な顔で即座に否定した。
「でも、適格者探しとか言い出す一般人が出るのは、イベントとして面白いわ」
KAMIが、意地悪く目を細める。
「KAMI様、楽しんでません?」
エミリーが、呆れたような目を向ける。
「楽しんでるわよ?」
KAMIは、全く悪びれることなく、堂々と肯定した。
エミリーは小さくため息をつき、再び視線をスクリーンに戻した。
与那国の発表で世界は爆発的に盛り上がっている。しかし、エミリーの頭の中には、どうしてもあの「調査中」として蓋をされた出雲のことが引っかかっていた。
「調査中」「肩透かし」「絶対隠してる」「出雲はスルー」。
ネットのトレンドにまだ残り続けるその言葉たちを見て、エミリーはぽつりと言った。
「……でも、実際こう見ると」
エミリーは、観測ラウンジの面々を振り返った。
「偉人のアドバイスをもらえる、あるいは過去の知識が使えるって、かなりチートですよね」
その言葉に、全員が少しだけ彼女を見た。
「地球でも群を抜いてチートです」
エミリーは、確信を持って言った。
「日本はやはり……走れてないだけで、一番強いのでは?」
KAMIは、面白そうにフッと笑った。
「まあ、この程度の使い方なら強いわよ」
「この程度?」
エミリーが首を傾げる。
「今の日本は、まだ“聞ける”という事実を安全保障に変換し始めた段階でしょ」
KAMIは、ゲームの序盤攻略を解説するように言った。
「本当に強くなるのは、誰に、何を、どの順番で聞くべきかを理解してからよ。
……魂の庭は攻略wikiじゃない。
むしろ、過去ログ付きの開発者コメント欄ね」
「開発者コメント欄……」
「しかもコメント主が時代ごとに違う。思想も違うし、前提としている物理法則(時代背景)も違う」
KAMIは、意地悪な笑みを浮かべる。
「便利だけど、読み解くのが面倒なタイプ。……脳死で答えだけもらおうとすると、絶対に痛い目を見るわ」
「便利だけど、面倒……」
エミリーが、その厄介さに顔をしかめる。
「高性能ツールってそういうものよ」
KAMIが言い切った。
賢者・猫が、静かに尻尾を揺らす。
「死者と話をする技術や能力は、宇宙にはわりとある」
猫は、宇宙の広大な歴史を語るような、重く落ち着いた声で言った。
「あるんですね……」
エミリーが驚く。
「霊子通信、記憶結晶、人格残響、星霊の井戸。名は色々じゃ」
猫は、前足を綺麗に揃えた。
「じゃが、魂の庭ほどの多用途性は、そう多くない。
死者の声だけを拾うのではない。
土地の記憶、信仰、血筋、因縁、時代の層。
それらがひとつの庭として編まれておる。……やはり、魂の庭を握れるのは強い」
工藤が、深く頷いた。
「そうですねー」
工藤は、コーヒーカップを両手で包み込みながら言った。
「一人間としては、死者と会話はやっぱり凄いなと思いますよ? 魂の庭は、それ以上もできるわけですし」
彼は、少しだけ誇らしげな、日本人としての顔を見せた。
「日本出身としては、この動きは素直に嬉しいですね」
エミリーが目を瞬く。
「工藤さんがまともなことを……」
「いやー、俺だって一応、日本人としては並行世界の日本とはいえ思うところはありますよ」
工藤は、少しむっとしたように返した。
「出雲とか与那国とか言われたら、普通に反応しますって」
ティアナが、ソファの上で寝転がりながら笑う。
「そうだねー。日本にはなんとか頑張ってほしいね」
「ティアナさんも応援してるんですか?」
エミリーが、意外そうな顔をする。
「もちろん」
ティアナは、ニッコリと、どこまでも純粋な笑顔を浮かべた。
「日本が頑張ってくれないと、僕の好きな地球コンテンツが不安定になるからね」
KAMIが、冷たい目をした。
「理由がいつも通り最低ね」
「本音は大事だよ?」
ティアナは、全く響いていない様子で言い返した。
そのやり取りの中、工藤はもう一度、与那国の発光・鳴動映像を再生した。
海底の構造物の一部が青白く脈動し、海水越しに低周波の鳴動を放っている、その不気味な映像。
「でも、与那国は与那国でかなり怖いですよ」
工藤の顔から、先ほどの和やかな表情が消え、技術者としての真剣な恐怖が浮かんでいた。
「地球外人工構造物だからですか?」
エミリーが尋ねる。
「それもありますけど、一番は稼働状態です」
工藤は、映像の光の脈動を指差した。
「ただの遺跡なら、まだ“過去のもの”として扱える。
でも、これは外部イベントに反応して起動してる。
しかも海底で、ずっと待機してた。
……電源が生きてるのか、別の位相からエネルギーを取ってるのか、そもそもエネルギーという概念で説明できるのか。
分からないことが多すぎる」
KAMIが、呆れたように肩をすくめる。
「地球側の技術者が聞いたら頭抱えるわね」
「俺も抱えますよ」
工藤は、本当に頭を抱える仕草をした。
「何千年単位でメンテナンス不要の海底システムとか、普通に嫌です」
「褒めてる?」
ティアナが笑う。
「めちゃくちゃ褒めてます」
工藤は、真顔で答えた。
「ただ、自分の足元にあったら嫌ですね」
「まあ、日本の足元にあるわけじゃがな」
賢者・猫が、身も蓋もない事実を突いた。
「だから胃が痛いんですよ」
工藤が、深く長いため息をついた。
エミリーは、ネット反応の一部を再びスクロールさせた。
そこには、日本の対応に対する厳しい意見も散見された。
『中国が仙人でロシアがサイボーグなのに、日本は調査中かよ』
『日本は遅れている』
『でも弱者のフリしているだけでは?』
『与那国を公開してもいいと判断した政府が、出雲を絶対に公開できないと判断した意味を考えろ』
「ネットでも意見が割れてますね」
エミリーは、不安そうに言った。
「日本は遅れているという人もいれば、むしろ隠しているから怖いという人もいる」
「遅れているというより、操作に慣れてないだけね」
KAMIが、冷静に分析する。
「出雲、与那国、神話、古文書、禁足地」
賢者・猫が、日本の持つカードの特殊性を並べる。
「持っている札の癖が強すぎる」
「アメリカみたいに“兵器です、予算つけます、実用化します”で進められるタイプじゃないんですよね」
工藤が、アメリカの分かりやすいアプローチと比較して言う。
「日本の手札は、まず意味を読まないといけない。
誰が作ったのか。
何のために残したのか。
何をすると怒るのか。
どこまで触っていいのか。
そこを間違えると、出雲みたいに人が倒れる」
「そう。日本の遺産は、スイッチを押せば動く道具というより、礼儀作法が必要な相手に近い」
ティアナが、的確な例えでまとめた。
「だから遅く見える。
……でも、ちゃんと扱えたら強い」
その言葉に、エミリーは少しだけホッとしたように息を吐いた。
ふと、工藤が何かを思い出したように顔を上げた。
「あっ!」
「どうしました?」
エミリーが驚いて見る。
「そういえば、日本には徳川埋蔵金伝説あるでしょ?」
工藤が、少し興奮気味に言った。
「すみません。私はあんまり詳しくないですね」
エミリーが申し訳なさそうに答える。
「あー、あるわね。それが?」
KAMIが怪訝な顔をする。
「埋蔵金ロマンだよねー」
ティアナが楽しそうに笑う。
工藤は、身を乗り出して言った。
「なんと、俺の世界だとあったんですよ!」
彼は、並行世界での自分の「実績」を嬉しそうに語り始めた。
「位相空間レーダーを導入した時に見つけてですね。
金塊、古銭、刀剣類、古文書、その他いろいろ。
ざっくり二十兆円分くらいありました」
「へー、そりゃ凄い」
KAMIが、少しだけ感心したように言う。
「え? マジ?」
賢者・猫が、思わずといった様子で身を乗り出した。
「猫さん、口調崩れてますよ」
エミリーが、素早くツッコミを入れる。
賢者・猫は、ハッとして小さく咳払いをした。
「……それは、なかなか興味深い話じゃな」
「今の素だったね」
ティアナが、ニヤニヤしながら指摘する。
工藤は、気にせずに話を続ける。
「だから、この世界でも見つけたら良いんじゃないですか?」
「そんな簡単に……」
エミリーが苦笑する。
「普通なら無理です」
工藤は、真剣な顔で言った。
「でも、魂の庭で関係者や当時の記憶に触れられるなら、手がかりくらいは得られるかもしれない。
三神編集長辺りが言わないかなー」
「言うわね」
KAMIが即答する。
「言いそう」
ティアナも頷く。
「言うじゃろうな」
賢者・猫も同意する。
「皆さん、三神編集長への信頼が変な方向に厚いですね」
エミリーが、呆れたように笑った。
賢者・猫が、ひげをゆっくりと撫でながら、少しだけ遠くを見るような目をした。
「信長と家康か……」
独り言のように呟いた、その一言で。
観測ラウンジが、一瞬で静まり返った。
「別の世界での話じゃが」
猫は、何でもないことのように続けた。
「信長には、少しばかり力を与えて遊んだことがあるぞ」
「へー」
KAMIが、コーラを啜りながら言った。
「やりそう」
「やりそうですね」
工藤も、深く頷いた。
「うん、やりそう」
ティアナも、全く驚かない顔で同意する。
「……皆さん、全然驚かないんですね」
エミリーが、呆れたように三人を見回した。
「だって、やりそうじゃない」
KAMIが、当然のように言い返した。
賢者・猫は、特に弁解もせず、前足を丁寧に舐めた。
だが、少し真面目な顔に戻って言った。
「金だけなら、ただの財貨じゃ」
猫は、尻尾をゆっくりと揺らす。
「じゃが、埋められたものの中には、時代を越えて価値を増すものがある」
「古文書、とかですか?」
エミリーが問う。
「そうじゃ」
猫は、深く頷いた。
「古文書、祭祀記録、封印具、失われた地図、刀剣、神具。
……あるいは、当時の者たちが“危険すぎる”と判断して埋めたもの」
「宝探しイベントに見えて、実は封印解除イベントかもね」
KAMIが、不吉な予測を口にする。
「最悪ですね」
工藤が、技術者として本気で嫌そうな顔をする。
「最高に面白いね」
ティアナが、観察者として本気で楽しそうな顔をする。
「またそれですか」
エミリーが、ティアナに抗議の目を向ける。
「だって、魂の庭経由で日本の隠し資産が出るかもって、かなり面白いよ」
ティアナは、全く悪びれずに笑った。
「徳川埋蔵金だけじゃない。
戦国時代に隠したもの、平安時代に封じたもの、もっと古い祭祀で地下に沈めたもの。
山と海だけじゃなくて、日本列島そのものが宝箱になってくる」
「問題は、その宝箱の中身が金貨とは限らないことね」
KAMIが、冷酷な現実を突きつける。
「時には、開けぬ方がよい箱もある」
賢者・猫が、忠告するように言った。
「日本政府の仕事、増えましたね」
工藤が、同情するように呟いた。
スクリーンには、再びネットの反応まとめが流れていた。
『与那国ガチだった』
『日本もレース参戦』
『出雲には何が眠ってるんだ』
『与那国を公開してもいいと判断した政府が、出雲を絶対に公開できないと判断した意味を考えろ』
会見後、情報が整理されるにつれて、ネット空間では「与那国は見せ札、出雲は隠し札」という認識が広がりつつあった。日本政府が未知のテクノロジーを自力で管理すると宣言したことへの評価と同時に、出雲への底知れぬ恐怖が、大衆の無意識に深く根を下ろしている。
「日本は、これから大変ですね」
エミリーは、静かに言った。
「うん」
ティアナは、ゆっくりと頷いた。
「でも、ようやく自分の盤面に気づき始めた」
「遅いけどね」
KAMIが、辛口の評価を下す。
「遅くとも、気づいたならまだよい」
賢者・猫が、長い歴史を見てきた者の寛容さで言う。
「日本にはなんとか頑張ってほしいですね」
工藤が、しみじみと言った。
「工藤さん、今日は本当にまともですね」
エミリーが、少しだけ感心したように言う。
「だから俺、普通に日本人として思うところありますって」
工藤が、少しムッとして返した。
ティアナは、ソファから立ち上がり、地球を映す巨大なホログラムを見上げた。
青く輝く、日本列島。
出雲の山。
与那国の海。
そして、その間に無数に散らばる、まだ誰も知らない古い土地。
ティアナは、その小さな島国を見つめながら、静かに語りかけた。
「出雲は沈黙した」
「与那国は光った」
「でも、日本の本当の厄介さは、そこだけじゃない」
ティアナの瞳に、宇宙の深淵を見透かすような鋭い光が宿る。
「死者に問い、過去を掘り、忘れられたものをもう一度地上へ引きずり出す。
その時、この国はようやく気づくんだろうね」
「自分たちが、どれほど面倒な歴史の上に住んでいたのか」
出雲は沈黙し、与那国は光った。
世界はその二つだけを見て、日本という国の手札を測ろうとしていた。
だが、サイト・アオの観測者たちは知っている。
山と海は、始まりにすぎない。
死者の記憶、土地の因縁、失われた神具、封じられた文書、埋められた財宝。
日本という列島は、まだ自分自身の底を知らない。
そして、その底を覗き込む鍵を、彼らはすでに出雲で手にしていた。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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