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第61話 面白い盤面にしたつもりだった

 大気圏外、高度四百キロメートルの虚空を音もなく滑る、超弩級ステルス宇宙ステーション〈サイト・アオ〉。


 その中枢に位置する観測ラウンジは、地球上の熱狂的な騒乱が嘘のように、相変わらず無機質で静謐な空気に満たされていた。

 壁面を覆い尽くすほどの巨大なマルチスクリーンには、現在進行形で破局と再編を繰り返している地球上のあらゆる座標の映像が、極めて鮮明な解像度で映し出されている。


 ワシントンD.C.の厳戒態勢と大統領の冷酷な宣言。

 ロシア・シベリアの凍土の奥深くで稼働を続けるサイボーグ量産工場。

 EUの礼拝議場で狂熱に包まれるヘルメス協会と首脳たち。

 そして、日本の首相官邸地下で、胃に穴を空けながら世界地図を睨みつける官僚たち。


 これら、人類の存亡を懸けた血みどろの覇権争いのダイジェスト映像を。

 観測ラウンジの面々は、まるでお茶の間に用意された上質なサスペンス映画の連続ドラマでも鑑賞するかのように、それぞれのスタイルで極めてリラックスして眺めていた。


 ティアナ・レグリアは、部屋の中央に置かれた特大の形状記憶ビーズソファに、文字通り骨抜きになったような姿勢で深く沈み込んでいる。右手にはジャンクな味のする地球製のスナック菓子の袋、左手には炭酸飲料。

 別次元の高位存在であるゴスロリ姿の少女、KAMIは、隣のベルベットのソファで、テーブルの上に並べられた色鮮やかなマカロンをどれから食べようかと真剣に悩みながら、視線だけをホログラムの地球儀に向けている。

 並行世界の覇者たる銀河帝国「日本国」の工場長、工藤創一は、少し離れた作業用テーブルで、淹れたてのコーヒーを啜りながら、世界中の工場稼働率と物流網の復旧を示すデータを、「歩留まり」や「工数」といった極めて実務的な目でチェックしていた。

 そして、部屋の片隅にあるアンティーク調の肘掛け椅子の上では、毛並みの美しい黒猫――情報商人の賢者・猫が、丸くなって喉を鳴らしつつ、琥珀色の瞳でスクリーンを品定めするように見つめている。


 ただ一人、地球の文化アーカイブ整理用コンソールの前に座るエミリー・カーター研究員だけが、両手で顔を覆い、連日の徹夜作業と人類の愚かさ(あるいは凄まじさ)の連続に、本気で胃を痛め、深い疲労の溜息を漏らしていた。


「いやー……」


 その、いつも通りの「最低で完成された日常」の静けさを。

 ティアナが、スナック菓子をポリポリと咀嚼しながら、大きく背伸びをして破った。


「いやー、それにしても……凄い展開になったね!」


 ティアナは、スクリーンに並ぶ各国の首脳たちの顔を満足げに見回し、心底楽しそうな、ワクワクとした声を上げた。


「まさか、あの日本の『奇手(中国に札を渡す博打)』一つで、ここまで盤面がひっくり返るとは思わなかったよ。

 中国がいきなり仙人化して精神的覇権を宣言しちゃって、それにブチ切れたアメリカが即座にルール改定(無制限入札)して世界を闇市場に変えちゃって。……で、梯子を外されたロシアは『じゃあ五年後に殺すわ』って長期戦略に逃げる」


 ティアナは、指先で空中のホログラム・パネルをスワイプしながら、嬉々として盤面を総括した。

「なんかこう、一部のプレイヤーの独走じゃなくて、想像以上に綺麗に『多人数戦バトルロイヤル』へ移行したなぁ、って感じ。……日本政府、あのギリギリの土壇場で、なかなか良い仕事したんじゃない?」


 そのティアナの、上から目線の軽い評価に対し。

 エミリーが、バンッとコンソールを叩いて立ち上がった。


「笑い事じゃありませんよ……!」


 エミリーは、涙目でティアナをキッと睨みつけた。彼女の目には、中国の李天明国家主席が放った、あの血も凍るような「殺せば恩恵が移る」という宣言の衝撃が、いまだに色濃く焼き付いていた。


「中国が……あそこまで覚悟を完了させていたなんて、本当にショックでした。自国の血塗られた歴史を全肯定した上で、世界のすべての敵意を引き受けるなんて……」

 エミリーは、身震いするように両腕をさすった。

「それに、あの『仙人さん』の【試金石】って発想……恐ろしすぎます。国家ひとつに不老無病を与えて、“殺し合って奪い合え”みたいな盤面にしたんですよ!? あの宣言のせいで、これからの地球は、国家もテロリストも一般市民も巻き込んだ、終わりのない『文明規模の地獄デスゲーム』になっちゃったじゃないですか!」


 エミリーの悲痛な訴えは、地球人類の真っ当な恐怖と倫理観を完全に代弁するものだった。


「……そうか?」


 その時。

 エミリーの絶叫に呼応するように。

 観測ラウンジの、何もない虚空が、フッと、まるで水面の波紋のように微かに歪んだ。


「……え?」

 エミリーが、目を丸くして声のした方向へ振り返る。


 警告のサイレンも、空間転移特有のプラズマの閃光も、大気の震えすらも、一切ない。

 ただ、朝霧が晴れるみたいに、極めて自然に。

 純白の衣服を纏った漢民族の青年――仙人・太乙たいいつが、そこに立っていた。


「余としては、面白い盤面になるように調整したのだがな」


 太乙は、エミリーの恐怖に満ちた顔を見下ろし、一切の悪気も、神性も感じさせない、ひどく飄々とした……むしろ、少しだけ不服そうな声で言った。

「恐ろしい、という感想になるとは思わなんだ」


 ピタリ、と。

 ラウンジの時間が、止まった。


 数秒の空白の後。


「……うわ、来た」


 最初に反応したのは、KAMIだった。

 彼女は、手に持っていたマカロンをポトリと皿に落とし、本気で顔をしかめた。

「最悪のタイミングで出てくるわね、こいつ」

 KAMIの言葉には、驚きというより、自分と同等か、あるいはそれに近い『面倒な上位存在』が勝手に自室に上がり込んできたことへの、露骨な嫌悪感があった。


「うわ、来おったか」

 続いて、アンティークチェアの上で丸くなっていた賢者・猫が、片目だけを開けて、忌々しげに尻尾をパタンと叩きつけた。

「商談の匂いが、急に胡散臭く(悪く)なったのう」

 商売人としての鋭い嗅覚が、この男の持つ「無秩序さ」を本能的に嫌っていた。


「うわ、来た……」

 そして、作業テーブルの工藤創一も、一拍遅れて、半田ごてを持ったまま深いため息をついた。

「いや、そのタイミングでトラブルの原因(当人)が直接現場に来るの、工程管理的には一番面倒なんですよ……」

 彼は完全に、納期直前に仕様変更を強要してくる厄介なクライアントを見るような、実務屋としての辟易した目を太乙に向けていた。


「ぎゃあああああああああああああ!!!!!!!」


 三人の「うわ来た」という冷めた反応に対し、エミリーだけが、文字通り鼓膜が破れんばかりの、完全な絶叫を上げた。


「せ、せせせ、仙人さんが来たあああああ!!?」

 エミリーは、キャスター付きの椅子ごと派手に後ろへ仰け反り、床にひっくり返った。

「な、なんで来れるんですか!? ここ宇宙ですよね!? 標高五千メートルの山奥からどうやって!? というか、前触れも警報アラートもないんですか! XT-378、セキュリティはどうなってるの!?」


 パニックを起こしてコンソールの下から顔を出すエミリー。


「空間転移プロトコルにおいて、当ステーションの物理防壁および次元シールドに対する外部からの強制突破の痕跡は確認されませんでした」

 XT-378が、無機質に答える。

「対象は『外部から侵入した』のではなく、当ステーションの空間座標に『最初から存在していた(顕現した)』とシステムは判断しています。……防ぎようがありません」


「な、なんですかその理不尽な仕様は……っ!」

 エミリーは、ついに床にへたり込み、そして、ビーズソファで一人だけのんびりとポテトチップスを食べ続けているティアナを、怨嗟の目で睨みつけた。


「ていうか、ティアナさん! なんで普通なんですか!? 相手、人類をデスゲームに放り込んだ元凶ですよ!?」


「あー、言ってなかったっけ」

 ティアナは、ポテトチップスを一枚口に放り込み、ポリポリと咀嚼しながら、事も無げに言った。

「太乙とは、前から面識があってね」


「……は?」

 エミリーの思考が、完全に停止した。


「エミリー以外は大体知ってたけど、エミリーはまだだったか」

 ティアナは、ソファから半身を起こし、まるで遊びに来た親戚のおじさんを紹介するかのような、信じられないほど軽いノリで、太乙を手で示した。

「太乙さんです。見た目は地球人っぽいけど、いわゆる『グレイ種族(高次精神生命体)』の進化系みたいなもんだね。……よろしくー」


「……情報量が多い!!!!」

 エミリーが、再び絶叫した。

「いや、紹介の仕方が軽すぎません!? 『地球人っぽいけどグレイ種族』って何ですか!? 仙人って、宇宙人だったんですか!?」


「まあ、似たようなものだ」

 太乙は、エミリーの混乱など意に介さず、ゆったりと純白の袖を揺らして、KAMIの向かい側のソファに、音もなく腰を下ろした。


「で? 太乙」

 KAMIが、ワイングラスをテーブルに叩きつけるように置き、鋭い目で太乙を睨み据えた。

「あんたねー、悪趣味にもほどがあるわよ?」


 最初の本格的なツッコミ(説教)だった。

 KAMIは、同じ上位存在だからこそ、太乙のやったことの『質の悪さ』を誰よりも正確に理解していた。


「私でもしないわよ、全人類を巻き込むデスゲームなんて」

 KAMIは、冷酷な目で太乙を責め立てた。

「国家ひとつに不老無病というチート報酬を与えておきながら、わざわざ『殺せば移る』なんて条件を世界中に公表させる。……そんなの、最悪の運営仕様クソイベじゃない。バランス調整って言葉を知らないの? プレイヤーが全員殺し合いを始めて、サーバーが崩壊するわよ」


「そうか?」

 太乙は、KAMIの鋭い非難に対しても、全く悪びれることなく、むしろ不思議そうに首を傾げた。


「余としては、面白い盤面になるように調整しただけよ」

 太乙の言葉には、本当に「善意」も「悪意」もなく、ただ純粋な『娯楽の追求』だけがあった。

「小奴ら(人類)も、ただ退屈に生き長らえるよりは、刺激があった方が喜ぶと思うた。

 ……実際、中国が動いたことで、アメリカの経済制裁は解かれ、世界経済の即死(心停止)は回避された。国同士の配置も、綺麗に三極に割れて分かりやすくなったであろう? なかなか良い試金石になったと思うのだがな」


 本人は、本気で「世界を面白く(良く)してあげた」と思っているのだ。

 その、根本的な価値観のズレに、KAMIは深くため息をついた。


「商人としてはのう」

 次に口を開いたのは、アンティークチェアの上から太乙を見下ろしていた、賢者・猫だった。

「リソースを無駄遣いして、無駄な争いを増やすのは感心せん」

 猫は、尻尾を揺らしながら、道徳ではなく『商売目線』で苦言を呈した。

「不老無病という価値あるものは、もっと丁寧に市場へ流すべきよ。……全員に一斉に『殺して奪え』と焚き付ければ、相場が荒れて商売にならぬ。価値が暴落するどころか、取引の場そのものが血で汚れて、誰も得をせんわ」


「いや、普通に趣味悪いですよ」

 さらに、作業テーブルから工藤創一が、ドライバーを弄りながら、一番『普通の社会人』っぽい苦言を投げかけた。

「デスゲームって、一回始めると現場の工数が跳ね上がるんですよ。混乱、再配分、事故、想定外のトラブル……全部増える。……もっと段階的に市場にテスト投入ロールアウトした方が、結果のデータも安定して取れたと思いますけどね。一気に本番環境に投下するのは、技術者としてちょっと乱暴すぎます」


 KAMIのゲーム運営目線、猫の商人目線、工藤の工場長目線。

 それぞれの独自の価値観から、太乙の『悪趣味な調整』に対する非難が次々と浴びせられる。


「悪趣味とかそういう問題じゃありません!!」


 そして、最後に。

 地球人であるエミリーが、顔を真っ赤にして、床から立ち上がり、太乙に向かって本気で怒鳴りつけた。


「世界経済、本当に死にかけたんですよ!? 戦争だって始まりかけたし、今も人が死ぬ前提で盤面が動いてるんですよ!? なんでそんなのを、“面白い盤面”なんて言えるんですか! 地球人からしたら、冗談じゃないんです!!」


 エミリーの悲痛な、そして魂からの抗議。

 太乙は、そのエミリーの怒りに満ちた顔をジッと見つめ。

 少しだけ、本気で不思議そうな顔をした。


「……そこまで、怒られるほどか?」


「っ!!!」

 エミリーは、その全く伝わっていない太乙の反応に、怒りのあまり言葉を失い、再び床に崩れ落ちた。


「はいはい、太乙をこれ以上いじめないで」


 その、完全に四面楚歌となった太乙を。

 ただ一人、ビーズソファから身を乗り出したティアナだけが、半ば擁護するような形で庇った。


「確かに悪趣味だよ?」

 ティアナは、太乙に軽くウィンクをしながら言った。

「でも、膠着しきってた盤面を揺さぶる『一手』としては、僕は結構好きかな。

 ……日本が打った『中国に札を渡す』っていう奇手を、中国の仙人化と世界経済の回復に綺麗に繋げたのは、システム側のファインプレーだと思うし」


 ティアナは、にっこりと笑い、そして、彼らしい『最低の理由』を口にした。


「少なくともさ。中国が世界経済を復活させてくれたおかげで、日本の物流も戻って……アニメや漫画やゲームの新作の供給も、無事に平常運転に戻るでしょ?」


 ティアナは、心底ホッとしたように胸を撫で下ろした。

「そこは普通に、偉いと思うよ。……もしあのまま経済が止まって、僕の予約してたゲームの発売が延期になってたら、僕、本気で怒ってたかもしれないからね」


 ピタリ、と。

 ラウンジの空気が、太乙に対する怒りから、別の方向へと一瞬で切り替わった。


「出た、アニメ第一主義」


 KAMIが、心の底からの軽蔑を込めて、氷のような声で吐き捨てた。

「あんたが干渉しないから世界経済が死にかけたんだけど? その結果、地球の配信サイトのサーバーが止まりかけたからって、急に太乙の擁護側に回るな」


「そうですよ」

 工藤も、呆れたようにティアナを見た。

「実際、かなり綱渡りでしたよ。部品の工場ラインも、物流が止まりかけてかなりヤバかったですし。……娯楽どころの騒ぎじゃなかったです」


「文化供給の安定を重んじるのは、為政者として悪くないがの」

 賢者・猫も、細い目でティアナを睨んだ。

「その理由が『アニメとゲームの発売日』が第一なのは、やはり少し、品がないのう」


「そこなんですか!?」

 エミリーは、ついに立ち上がり、ティアナに向かって両手を振り回して絶叫した。

「世界中の何十億という人命や、国家の存亡より先に、アニメとゲームの発売日が大事なんですか!? だから代表はダメなんですよ!!」


「え、でも大事じゃない?」

 ティアナは、四方からの総ツッコミを浴びても全く悪びれることなく、むしろ不思議そうに反論した。

「文明が壊れたら、新作アニメの制作も止まるんだよ? 人類にとって最大の損失でしょ?

 ……みんな、ひどくない? ひどいよねー、太乙さん?」


 ティアナは、隣のソファに座る太乙に、同意を求めるように話を振った。


「うむ。余に対して、ひどくないか?」

 太乙は、ティアナの擁護に乗っかり、少しだけしょんぼりとした……いや、完全に「被害者ぶった」顔を作って、KAMIたちを非難するように言った。

「小奴ら(人類)も、喜ぶと思うて提案したのに。……ここまで叩かれるとは思わなんだ。余なりに、世界が盛り上がるように調整したのだぞ?」


「その“盛り上がる”の基準が終わってるのよ」

 KAMIが、ピシャリと切り捨てた。

「やっぱり悪趣味じゃない。あんたとコイツ(ティアナ)が組むと、ろくなことにならないわ」


 太乙は、KAMIの鋭い視線に少しだけ肩をすくめたが、その深淵の瞳の奥には、反省の色など微塵もなかった。


「で、冗談はさておき」


 ひとしきりの太乙とティアナいじりが終わり、空気が少しだけ発散されたところで。

 ティアナは、表情をスッと『観察者』のそれに戻し、改めて真面目に盤面を俯瞰する総括へと入った。


「今の地球、かなり綺麗に【多極化】したよね」

 ティアナは、空中に地球のホログラムを展開し、各国の陣営を色分けしていく。


「【中国】は、仙人の力を得て、精神主義の帝国ごっこを始めた。

 【アメリカ】は、経済制裁の自爆を止めて、市場と制度(無制限入札)を武器にした。

 【ロシア】は、サイボーグの量産国家として、五年後の報復(長期戦)を選んだ。

 【EU(ヘルメス協会)】は、中国とは別の、西側精神主義圏として足場固めに走った」


 ティアナは、最後に、極東の小さな島国を指差した。


「そして【日本】は。……奇手を打って窮地は脱したけど、自分ではまだ走っていない(走れない)」

 ティアナは、各陣営の現状を、見事に一言で繋ぎ合わせた。

「みんな、それぞれ全く違う方向に狂って、それぞれ違う武器を持って、一斉にスタートラインから飛び出した状態だね」


「中国の仙人化そのものは、まあ面白かったわ」

 KAMIが、ワイングラスを揺らしながら、各国の状況を個別に評していく。

「でも、太乙の『殺せば移る』っていう条件追加は、やっぱりクソ運営の極みね。あれのせいで、アメリカの無制限入札もただの『露店文化の始まり』レベルのチープな奪い合いに成り下がったわ。……日本の奇手は、よくやったとは思うけど。結局まだ自分たちで『出雲』と『与那国』の責任を取れてないから、評価は保留ね」


「商人としてはの」

 賢者・猫が、尻尾を揺らす。

「不老無病という究極の価値を、いきなり世界に公開したのは、相場を荒らす悪手じゃ。……ただ、中国もアメリカもロシアも、それぞれ違う“商材”を抱え込んだことで、『商談の駒』としてはかなり面白くなったわい。

 日本は……“持っているのに売り方を知らない、若い市場”といったところかの。いずれ、買い叩かれる運命にあるやもしれん」


「俺は、やっぱり工数と歩留まり(量産性)で見ちゃいますね」

 工藤が、半田ごてを置き、実務的な視点で分析する。

「中国の『仙人』は、思想込みの高級品ワンオフですね。強いけど、数が限られる。

 ロシアの『サイボーグ』は、粗いですけど量産に向いてる。

 アメリカは、技術じゃなくて『資本力』だけで市場全体を取りに来た。一番現実的です。

 日本は……『良い素材(出雲と与那国)』を持ってるのに、まだ工程設計(どう使うか)が全然できてない状態ですね。下手するとラインが爆発しますよ」


 それぞれが、自らの価値観で、地球の現状を容赦なく切り刻んでいく。


「……」

 太乙は、その彼らの身も蓋もない評価を黙って聞いていた。

 盤面は概ね、彼の期待した通りの「面白い混沌」になっている。中国が予想以上に覚悟を完了していて嬉しかったが、この部屋の面々全員から「悪趣味」と責められたことには、若干の不満が残っているようだった。


「……中国が、あれで『合格した』と思うなよ」


 太乙は、ふと、静かに、しかし絶対的な冷たさを伴った声で、彼らに釘を刺した。


「あれは、ようやく『入口(試験会場)』をくぐっただけだ」

 太乙の深淵の瞳が、ホログラムの中国大陸を見下ろす。

「余が面白いと思うのは、ここから先……小奴らが、世界の欲望の中で【どう転ぶか】の方よ」


 太乙の言葉には、慈悲も、救済もなかった。

「守ってやるつもりもなければ、導いてやるつもりもない。

 ……せいぜい足掻け、くらいのものだ。……試練は、これからが本番よ」


 その、あまりにも冷酷で、人間をただの「観察対象の玩具」としてしか見ていない上位存在の本音。


「……全然、安心材料がないんですけど!?」

 エミリーは、たまらず頭を抱え、絶叫した。


「中国も危ないし、ロシアも危ないし、アメリカもEUも危ない!

 その上で、この元凶の仙人さんが『面白い』ってだけで盤面いじって、全く守る気がないとか……最悪ですよ!」

 エミリーの悲鳴が、ラウンジに虚しく響き渡る。


「人類……ちゃんと生き残れますよね!?」


 そのエミリーの、地球人としての切実すぎる問いに。

 ティアナも、KAMIも、工藤も、賢者・猫も、太乙も。

 誰一人として、即答しようとはしなかった。


「盤面は増えたのう」

 賢者・猫が、フン、と鼻を鳴らし、商売人特有の不穏な笑みを浮かべた。

「よきかな、悪しきかな。……商人としては、忙しくなる。地球もようやく、宇宙で【値段のつく星】になってきたわい」


 地球はもう、安全なゆりかごではない。

 上位存在たちの目にとまり、価値を見出され、そして試される、過酷な宇宙のゲーム盤の一部に完全に組み込まれてしまったのだ。


 エミリーの悲鳴。ティアナたちの軽さ。そして、猫の不穏な一言。

 サイト・アオのラウンジは、地球の破滅的な危機と、上位存在たちの無責任な娯楽が入り混じる、相変わらずの最低で完成された温度差のまま。

 ただ静かに、次の一手がどこから打たれるのかを、待ち受けていた。



最後までお付き合いいただき感謝します。


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