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第13話 神秘の拒絶と、量産される雷霆

 ワシントンD.C.の地下深く。

 アメリカ合衆国大統領でさえその全貌を把握しきれていない、超法規的秘密組織"セレスティアル・ウォッチ"の心臓部たる本拠地「エリア・デルタ」。


 その最深部に位置する最高会議室の空気は、ホワイトハウスの極秘状況室に漂っていた「国家としての重苦しい理性」とは全く異なる、無機質で凍てつくような冷気と、特有の選民意識に満たされていた。

 黒色鋼と強化ガラスで構成された空間には、国家の安全保障や同盟国への配慮、あるいは国際世論といった泥臭い政治的妥協は一切存在しない。ここにあるのは、未知の超技術を独占し、人類という種の進化の頂点に立ち、最終的には世界を裏側から完全に支配・管理するという、研ぎ澄まされた冷徹な覇権志向だけだ。


 部屋の中央に鎮座する長大なブラックガラスのテーブルを囲むように、数名の幹部が重厚な革張りのシートに深く腰を下ろしている。

 彼らの視線の先、空間に浮かび上がる巨大なホロディスプレイには、数万キロ離れた極東の島国から極秘裏に傍受・抽出された膨大なデータログが、絶え間なく流れ続けていた。


 映し出されているのは、鬱蒼と茂る薄暗い森の映像。島根県、出雲。

 手ブレの酷いカメラの主観映像には、見慣れない和装の神職や、最新の環境測定器を抱えて立ち往生する科学者たちの姿が記録されている。突如として乱れ始めるセンサーの波形、耳障りな不協和音のようなノイズ、そして何の前触れもなく次々と膝をつき、呼吸を荒らげていく隊員たちの様子。最後に、「撤退する」という現場指揮官の押し殺したような声と共に、映像は唐突に途切れていた。


 会議室の空気は、この奇妙な映像録画に対する、ある種の「興味」と、未知の現象に踊らされる他国への「軽い嘲笑」、そして同時に、そこに隠された法則性を暴き出そうとする「本気の分析欲」とが入り混じっていた。


「……日本への限定共有は、予想以上の副産物をもたらしたようだ」


 上座に座る男――セレスティアル・ウォッチの頂点に君臨するオブザーバー・アルファが、低く冷たい声で静寂を破った。

 彼の顔は深い影に覆われ、その表情を窺い知ることはできない。だが、その言葉には、盤上の駒が自らの期待を超えた動きを見せたことに対する、支配者特有の冷酷な満足感が滲んでいた。


「諜報部門。日本政府の動向を整理しろ」


 アルファの短い指示に応じ、テーブルの左手に座るスパイマスターが、手元の端末を操作しながら無感情な声で報告を始めた。


「日本の内閣情報調査室内に潜伏させている協力者からのデータによれば、日本政府はホワイトハウスからの情報提供を受け、矢崎首相の直轄で極小規模の評価セルを立ち上げました。彼らは即座に国内の異常事象の洗い出しを行い、過去に原因不明の磁場異常が報告されていた出雲の特定山域への再調査を強行しました」


 ホロディスプレイに、先ほどの映像に関連する補足データが次々と展開されていく。


「彼らの調査隊は、科学者チームに加えて、地元の神職や巫女を同行させるという、非科学的で不可解な編成を組んでいました。そして、禁足地『鳴動の淵』と呼ばれるエリアに接近した際、隊員全員に強烈な身体的・精神的拒否反応が発生。さらに、持ち込んだあらゆる電子機材が機能不全に陥ったとのことです」


「それで?」

 アルファが先を促す。


「彼らはそこで深追いを避け、即座に完全撤退を選択しました」

 スパイマスターは、少しだけ声のトーンを変え、彼なりの評価を加えた。

「現在、日本政府はこの出雲案件を『国家特異事象』に格上げし、物理的な接触を禁じた上で、周辺からの遠隔監視体制へと移行しています。……彼らは予想以上に慎重でした。未知の領域に対して、無知ゆえの暴走をやらなかった点は、一定の評価ができます」


 スパイマスターの報告には、無謀な突撃で自滅しなかった日本への、プロフェッショナルとしての冷徹な承認が含まれていた。日本政府を完全に愚か者としてバカにするわけではない。彼らなりの理性が働いていることを、正しく認識していた。


「なるほど。面白い」


 アルファは、革張りの手すりに指先を這わせながら、静かに喉の奥で笑った。

「機器の異常、神職の投入、そして即座の撤退か。極東の島国らしい、臆病だが手堅いアプローチだ」


「実に日本らしい対応だな」


 軍務・開発担当幹部が、太い腕を組みながら鼻で笑った。

「ろくな軍備も装備も持たずに、精神論と旧式のセンサーだけで異常地帯に踏み込み、見えない門前で弾き返されて尻尾を巻いて逃げ帰る。……発展途上の組織が未知のテクノロジーに遭遇した際に見せる、よくあるパターンの初動ですな」


 軍務幹部の声には、圧倒的な軍事力と技術的優位性を誇る組織に属する者特有の、明確な上から目線があった。彼らにとって、力でこじ開けられない扉など存在しないのだ。


「とはいえ」

 スパイマスターが、その侮蔑の空気を冷ややかに遮った。

「彼らがそこで『何かある』という確固たる事実を確認し、国家レベルの管理下へ置いたという点では、十分すぎる収穫でしょう。我々が手を汚すまでもなく、彼らが勝手に猟犬の役割を果たしてくれたのですから」


 その一言で、会議室の空気は再び引き締まった。日本を軽視しすぎることは、現実の事象を見誤ることに繋がる。


「どう見る、博士」


 アルファは、それまで映像のログと計測データを食い入るように見つめていた技術解析主任、ドクター・ケンドールへと話を振った。


 ケンドールは、無造作に伸ばした白髪と、神経質そうに落ち窪んだ眼窩の奥で、狂気すれすれの知的な光をギラギラと瞬かせていた。彼は、未知の事象を前にすると、まるで新しい玩具を与えられた子供のように、己の探求心を抑えきれなくなる男だった。


「……非常に、興味深いデータです」


 ケンドールは、ホロディスプレイに映るグラフの波形を細い指で拡大しながら、早口で分析を始めた。


「人員の同時多発的な拒否反応。接近距離に完全に比例して増大する電子機器の不安定化と、通信の遮断。……そして何より、精神的な訓練を積んだはずの神職だけでなく、論理的な思考回路を持つ科学班にまで、全く同じベクトルの『圧迫感』が作用しているという事実。これは単なる電磁波や有毒ガスの類ではありません」


 彼は、唇の端を吊り上げ、歓喜に満ちた声で断言した。


「恐らく、知覚フィルター系統の技術です」


 その言葉に、他の幹部たちの目が鋭くなった。


「知覚フィルターだと?」

 軍務幹部が問う。


「ええ。接近する対象の精神と認識のプロセスに直接働きかけ、その判断力や空間把握能力を強制的に乱し、立ち入りを拒むための高度な防衛機構。そう仮定すれば、すべての現象の辻褄が完璧に合います」


 ケンドールは、手元の端末から別のデータをディスプレイに呼び出した。


「我々が既に確保している異星テクノロジーの中にも、類似の技術は存在します。例えば、エリア・ガンマで保管している『白紙の名刺型テクノロジー』」


 ディスプレイに、何の変哲もない真っ白なカードの画像が映し出された。


「これを提示された人間は、それが白紙であるにもかかわらず、『正規の身分証を確認した』と強固に思い込まされる。光の屈折率と微弱な音波を組み合わせ、人間の脳の認識を滑らせる低レベルの知覚改変技術です。我々も既に、この技術のダウングレード版を一部の基地防衛や隠蔽工作に応用しています」


 ケンドールは、カードの画像を消し、再び出雲の森の映像を画面中央に据えた。


「ですが」


 彼は、声を一段深く沈め、その瞳の奥にある畏怖と熱狂を露わにした。


「出雲で観測されたあの『拒絶』は、我々が知る通常の知覚フィルターとは、根本的に系統が違う」


「系統が違うとは、どういうことだ?」

 スパイマスターが冷静に尋ねた。


「通常の知覚フィルターは、対象に『そこには何もない』と無視させるための、あるいは『ここは安全だ』と誤認させるための、極めて洗練された『暗示』の方向に進化しています」


 ケンドールは、両手で空中の映像を包み込むような仕草をした。


「しかし、今回の出雲のケースは全く違う。暗示などという生易しいものではない。極めて乱暴で、極めて直接的で、そして暴力的なまでの『拒絶』です」


 彼は、会議室の幹部たちを順に見回し、己の天才的な直感と分析の結果を叩きつけた。


「これは、単に視覚や聴覚を誤魔化す隠蔽用の低レベル技術などではない。もっと深く、もっと根源的な……人間の精神構造そのものに直接触れ、魂のレベルで弾き出そうとしている」


 ケンドールは、科学者としてのタブーに踏み込むような、危うい熱を帯びた声で言い切った。


「……スピリチュアルな技術、とでも表現するしかありません」


 スピリチュアルな技術。

 純粋な科学と論理のみを信奉するこのエリア・デルタにおいて、その言葉は極めて異質な響きを持っていた。だが、ケンドールがそれを口にした以上、そこには単なるオカルトを凌駕する、未知の物理的アプローチが存在することを意味していた。


「素晴らしい……。実に素晴らしい」


 ケンドールは、まるで恋人に焦がれるような、粘着質な眼差しでホロディスプレイを見つめ、本音を漏らした。


「ぜひ、手に入れたい……!」


 彼の欲望は、極めて分かりやすく、そして実利的だった。

 このような根源的な精神防衛技術を解析し、我が物とすることができれば、それは革命をもたらす。通常の物理的な破壊兵器とは全く別系統の、人間の認識と行動を根底から支配する究極の統制技術になり得るからだ。基地の絶対的な防衛、捕虜の完璧な尋問、そして世界規模での情報統制と大衆操作。

 それは見方によっては、地中海で確保したあの物理的な破滅の兵器「アポロンの矢」と並ぶか、あるいはそれ以上の戦略的価値を秘めているかもしれない。


「分かりやすい欲望だな、博士」


 ケンドールの狂気じみた熱情に対し、オブザーバー・アルファは面白がるように、だが極めて冷ややかに応じた。


 オブザーバー・アルファの冷ややかな指摘を受けてもなお、ドクター・ケンドールの眼に宿る狂気めいた熱は冷める気配を見せなかった。

 むしろ、手に入れるべき新たな未知の存在を前にして、彼の科学者としての、いや、世界の真理を暴き出し己の支配下に置こうとする強欲な探求心は、ますます激しく燃え上がっていた。


「なんとでも仰ってください、アルファ」

 ケンドールは、両手をテーブルに組み、身を乗り出した。

「ですが、あの出雲の異常空間――日本側は『鳴動の淵』などと古めかしい名で呼んでいるようですが――あそこにある技術は、我々の認識を飛躍させる鍵になります。なんとかして、日本側と共同調査の枠組みを作れませんか? 彼らは門前払いを食らっただけで、あの異常性の本質をまだ何一つ理解していない。我々が技術的な支援を申し出れば、必ず技術的主導権はこちらが取れるはずです」


 ケンドールの提案に対し、スパイマスターが微かに片眉を動かした。

 諜報のプロフェッショナルである彼は、科学者の無邪気なまでの強欲さを、現実の政治的・地政学的な制約という冷水で即座に冷やしにかかった。


「日本政府に対して共同調査の要望を出すこと自体は、我々のルートを使えばいつでも可能です」

 スパイマスターは、抑揚のない声で答えた。

「日米の情報共有パイプラインを通じて探りを入れることも、あるいは米国政府からの公式な科学顧問の派遣という名目で、我々の息のかかったエージェントを調査隊に潜り込ませることも、技術的には容易でしょう。……しかし」


 彼はそこで言葉を区切り、アルファの方へと視線を移した。


「ヘイズ政権と矢崎政権の現在の関係性を考慮すると、露骨な介入は逆効果になる公算が高い。ホワイトハウスは現在、日本との特別な同盟関係を理由に、この件に関して極めて慎重な距離を保とうとしています。我々が独断で政府間に楔を打ち込み、大統領の意向を無視して強引に調査団をねじ込めば、かえって彼らの警戒を招き、我々自身の首を絞めることになりかねません」


 スパイマスターの指摘は、"セレスティアル・ウォッチ"がどれほど強大な力を持とうとも、アメリカ合衆国という国家の枠組みと、その大統領の意思という現実から完全に自由ではないという冷徹な事実を示していた。


「……ならば、我々の正式な名義や政府の看板を使わずに、非公式なサブチームを送り込むというのはどうでしょう」


 テーブルの末席に座っていた、技術研修生チームの責任者である若手幹部が、野心を孕んだ声で提案した。

「表立った干渉が難しいのであれば、研修生レベルの若手を環境調査の民間NGOや独立系の学術リサーチチームに偽装させて派遣すればいい。最悪、日本側に尻尾を掴まれても、我々に累は及びません。あの不可解な知覚フィルターの外縁でデータを収集させるだけでも、ケンドール博士の研究には多大な恩恵をもたらすはずです」


 若手幹部の提案は、リスクを最小限に抑えつつ実利を得ようとする、実にこの組織らしい狡猾なものだった。

 ケンドールは「それなら構わない」とばかりに深く頷き、期待の眼差しをアルファへ向けた。


 だが、最高意思決定者であるアルファは、その熱を帯びた議論を、氷のように冷たい一言で断ち切った。


「面白い案件だ。だが、今すぐ主目標にはしない」


 アルファの声は、いかなる反論も許さない絶対的な響きを持っていた。

 ケンドールが不満げに口を開きかけたが、アルファはそれを手で制し、自らの決定の論理的根拠を提示した。


「出雲の異常は確かに魅力的だ。しかし、あまりにも正体不明すぎる。防衛機構の全容も、そこへの攻め方も、未だに全く読めていない。下手に手を出して、博士の言う『人間の精神構造そのものに直接触れる』管理不能な精神系技術が暴走でもしてみろ。我々の貴重な人材や設備が、不可逆的なダメージを受けるリスクが高すぎる」


 アルファは、ホロディスプレイに映る薄暗い森の映像を冷ややかに見つめた。


「対して、我々の手元には既に現物があり、しかも解析が具体的な運用段階にまで進んでいるものがある。……出雲は副目標だ。今、我々が最優先にすべきは、あの極東の森に眠る神秘を理解することではない。この世界における、我々の圧倒的な覇権を維持し、確固たるものにすることだ」


 それは、覇権志向の組織を率いるトップとして、極めて残酷で、かつ正しい優先順位の付け方だった。

 得体の知れない精神的な神秘よりも、今すぐ己の手に握ることができる圧倒的な物理的暴力。それこそが世界を支配する絶対のルールであることを、アルファは熟知していた。


「とはいえ」

 アルファは、少しだけ妥協を見せるように付け加えた。

「君たちが言うように、サブチームを送ること自体は検討してもいい。研修生レベルの観測チームであれば、コストも軽く、切り捨てるのも容易だ。彼らに外堀を埋めさせつつ、事態の推移を見守ろう」


 その言葉は、出雲の神話的な神秘を、単なる若手の訓練用のフィールドワークへと格下げする、極めて冷酷で慢心に満ちたものだった。


 ***


「では、日本の件はひとまずそこまでとしよう」


 アルファは、出雲の映像をディスプレイの端へとスワイプして縮小し、会議室の空気を一気に切り替えた。


「アポロンの矢は、どうだ?」


 その問いかけに、テーブルの空気が「未知への困惑と神秘への興味」から、「現実の覇権と軍事量産への熱狂」へと劇的に変貌した。

 軍務・開発担当幹部が、待っていましたとばかりに深く頷き、手元のコンソールを操作した。


 巨大なホロディスプレイの中央に、新たな映像が展開される。

 それは、ネバダ州の砂漠の地下深くにある極秘の実験場。分厚い耐爆ガラス越しに撮影された映像の中心には、地中海の孤島から回収されたあの銀色に輝く円筒形の遺物――銀河帝国製の旧型G7-Vブラスター、通称『アポロンの矢』――が、巨大な拘束具と無数の冷却パイプに繋がれて鎮座していた。


 軍務幹部の声には、抑えきれない高揚感が満ちていた。


「全て順調です、アルファ」


 彼は、誇らしげに報告を始めた。

「先日、実験場での制御起動実験を実施しました。安全装置が破損しているという致命的な欠陥は、我々が独自に開発した電磁フィールド・ダンパーと、液体ヘリウムを用いた強制冷却サイクルを外部からバイパスさせることで克服しました」


 映像の中で、カウントダウンと共に『アポロンの矢』の銃身に刻まれた青いラインが発光を始める。

 それはかつて、地中海の上空で分厚い雨雲を円形に吹き飛ばし、海を蒸発させたあの破滅的な輝きだった。


「制御されたエネルギー指向兵器としての稼働に、見事成功しました」


 軍務幹部の言葉と同時に、映像の中のブラスターから、目も眩むような純白の光線が放たれた。

 光線は、数百メートル先のターゲットとして設置されていた、戦車の複合装甲を何枚も重ねた分厚い鋼鉄の壁を、文字通り「消滅」させた。爆発音すらなく、ただ熱と光の奔流が物質の結合を解き放ち、分子レベルで霧散させたのだ。


「もちろん、暴走を防ぐために、まだ出力は本来の数パーセントにまで絞った状態です。しかしそれでも、兵器として運用するのに全く問題はありません。射線の安定性、放熱制御、そして指定した座標への限定的なエネルギー放射。すべて我々のシミュレーション通りの結果です」


 軍務幹部の報告は、人間がついに核兵器を過去のものとする神の雷霆らいていを手懐けたという、恐るべき事実の宣言だった。


「少なくとも、戦略級の試験兵器としては、既に成立しています」


 その圧倒的な威力を目の当たりにし、出雲の精神的な神秘に心を引かれていたケンドール博士でさえ、食い入るようにホロディスプレイを見つめ、恍惚としたため息を漏らした。

 物理的な破壊の極致。純粋なエネルギーの制御。それもまた、科学者としての彼のどす黒い探求心を激しく満たすものだったのだ。


 しかし、軍務・開発担当幹部の報告は、単なる「試験成功」という次元には留まらなかった。

 彼はさらに、世界を絶望の淵へと突き落とすような次の段階へと話を推し進めた。


「成功したのは、オリジナルの起動だけではありません」


 軍務幹部は、ニヤリと笑みを浮かべて言った。

「あの兵器の内部構造はあまりにも高度であり、完全に同一のものをオリジナルからリバースエンジニアリングで作り出すことは、現在の我々の技術力では不可能です。……ですが、その破壊原理の一部を抽出し、我々の既存の技術で補完した『派生型』であれば、話は別です」


 ホロディスプレイに、オリジナルよりも一回り大きく、やや無骨なデザインに変更された兵器の設計図と、巨大な工場の生産ラインのシミュレーション映像が重ねて表示された。


「複製する手筈も、既に整っています」


 軍務幹部は、それがどれほど世界を揺るがす事実であるかを噛み締めるように、ゆっくりと宣言した。

「必要な希少金属の調達ルート、代替となるエネルギー変換モジュールの製造工程、そして地下工廠における組み立てラインの見通し。すべてがクリアになりました。……実戦配備を前提とした量産ラインへの移行に、何の支障もありません」


 それは、アポロンの矢がもはや「研究室の中の魔法の杖」ではなく、国家を、いや世界を制圧するための「量産可能な暴力」へと変貌したことを意味していた。

 ホワイトハウスの極秘状況室で、大統領が「同盟国への情報共有を広げるべきではない」と慎重にブレーキを踏み、理性を保とうと苦心していたまさにその裏側で。

 セレスティアル・ウォッチという制御不能な影の組織は、すでに神の矢を大量生産し、地球上のいかなる軍事力をも無力化する覇権兵器の配備へと、具体的な第一歩を踏み出していたのだ。


「ご苦労」


 アルファは、軍務幹部の恐るべき量産化の報告に対し、短く、しかし確かな満足を込めて称賛を与えた。

「引き続き、その複製ラインの構築と、実戦配備のスケジュールを最優先で維持しろ」


 アルファは重厚な革張りのシートに深く背中を預け、テーブルを囲む幹部たちを見回して、この最高会議の最終的な結論を下した。


「各員、今後の優先順位を再確認する。……出雲の特異点については、確かに興味深い。だが、現時点ではあくまで副目標に留める。技術研修生チームによる非公式な観測部隊の派遣は検討するが、日本政府への共同調査の打診は、政治状況を見て慎重に判断しろ。主目標は、あくまでアポロンの矢だ」


 ケンドールが微かに悔しそうな表情を浮かべたが、アルファはそれを意に介することなく、冷徹な視線をディスプレイへと向けた。


「実用化を最優先とし、派生型の複製と運用教範の整備を急げ。あれを、我々"セレスティアル・ウォッチ"の絶対的な覇権装置として、一日も早く完成させるのだ」


 アルファの言葉は、この組織の揺るぎない、そして冷酷な本質を完全に体現していた。


「神秘は逃げん」


 アルファは、薄暗い空間に浮かぶ二つの映像を交互に見つめ、静かに言い放った。


「だが、覇権は待ってはくれない」


 会議室の巨大なホロディスプレイには、二つの全く異なる極秘映像が並んで浮かび上がっていた。

 一方は、日本の出雲山域で観測された、未知なる精神技術によって人間の接近を冷酷に弾き返す「拒絶する門」の不規則なノイズログ。

 もう一方は、ネバダの地下深くで、人間がついに手懐け、意のままに放つことに成功した「神の矢」の圧倒的で純白な破壊の閃光。


 セレスティアル・ウォッチは、その二つの選択肢を前にして、迷うことなく後者を選び取った。

 ホワイトハウスが理性の天秤で身動きが取れなくなっている間に、影の組織は着実に、そして致命的な一歩を踏み出している。この冷徹で残酷な優先順位の決定が、やがて地球全体を巻き込む取り返しのつかない破滅のカウントダウンを早めていることなど、彼らはまだ知る由もなかった。



最後までお付き合いいただき感謝します。


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― 新着の感想 ―
あー、やっぱり余計な事してくるか・・・。
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