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第98話 触れてはいけない神、あるいは人類が見た太陽の化身

 首相官邸地下。既存技術外事象評価セル、特別防音会議室。


 壁面を覆い尽くす巨大なマルチモニターには、アルゼンチンの地方都市で記録された市街地戦の映像が、音声のないまま繰り返し再生されていた。

 アメリカの特殊部隊、ロシアのサイボーグ兵、EUの戦闘要員。世界を動かす超大国が誇る精鋭部隊が、たった一人の男――アステカの超戦士イツコアトルによって、まるで子供の玩具のようにあしらわれ、武装解除されていく光景。


 映像は何度も一時停止され、スロー再生され、熱源解析のフィルターがかけられ、軍事衛星のデータやSNSに流出した断片的なクリップ、さらには各国の非公開映像までが幾重にも重ね合わせられている。

 客観的なデータが蓄積されればされるほど、会議室を支配する空気は、鉛を呑み込んだかのような重く息苦しい沈黙へと沈んでいった。


 最初にその沈黙を破ったのは、円卓の最上座で両手を強く組んだままモニターを見つめていた、矢崎総理だった。


「……これは、どう評価すればいいのでしょうか」


 総理の声には、かつてないほどの深い疲労が滲んでいた。

「超人、戦略兵器、神話存在、災害……どれだけ言葉を並べても、どの言葉もしっくり来ません」


 実務責任者である沖田室長が、手元の分厚い解析資料から目を上げ、極めて冷徹な、しかし内なる戦慄を押し隠した声で答えた。


「既存の軍事分類では、評価不能です」

 沖田は、モニターの向こうで戦車の砲身を曲げる男の姿を指差した。

「少なくとも、歩兵、特殊部隊、強化兵、サイボーグ、能力者といった枠組みには収まりません。……単体戦力でありながら、国家の軍事力を局地的に無効化できる存在です」


 防衛大臣が、忌々しげに顔を歪めて言った。

「たった一人で軍を止めるなど、普通はあり得ない」


「問題は、あり得てしまったことです」

 科学技術担当の幹部が、分厚い眼鏡を押し上げながら、事実の重みを突きつけた。


「まず、夜間戦闘の映像を再確認しましょう」

 科学技術担当がコンソールを操作すると、深夜のアルゼンチンでイツコアトルが装甲部隊を蹂躙したシーンがクローズアップされた。


 最高移動速度。反応速度。跳躍距離。装甲車横転時の推定衝撃力。戦車の砲身を曲げる握力と腕力。銃弾の回避能力。被弾後の再生速度。そして、あれほどの圧倒的な暴力を振るいながら、兵士を一人も殺さない精密な制御。


「夜間の時点で、彼の推定移動速度は、状況により時速数百キロに達しています」

 科学技術担当は、レーダーの航跡データを重ね合わせて説明を続ける。

「瞬間的には、音速に近い挙動を示しています。……ただし、常時音速で移動しているわけではありません。跳躍、加速、方向転換、壁蹴りによる立体機動を極めて高度に組み合わせることで、相手のレーダーや照準システムの予測軸を完全に外しているのです」


「夜で、これですか」

 防衛大臣が、信じられないというように呻いた。


「はい」

 沖田室長が、重く頷く。

「夜間……つまり、本人の自己申告によれば『弱体化状態』で、です」


「弱体化の、意味が分かりませんな」

 官房長官が、額の汗をハンカチで拭いながら、呆れたように呟いた。


 その言葉に、円卓の隅でパイプ椅子に座っていた月刊ムーの三神編集長が、少しだけ苦笑して肩をすくめた。


「私も、以前彼に取材で聞いた時は、“夜は力が落ちる”とだけ聞いていたんですがね」

 三神は、申し訳なさそうに、しかしどこか楽しげに言った。

「どうやら、かなり控えめな自己申告だったようです」


「控えめ、で済む話ですか」

 総理が、ジロリと三神を睨む。


「夜でも十分、超人です」

 三神は、真顔に戻って言った。「通常の軍隊が、正面から勝てる相手ではない」


「彼の危険性は、その圧倒的な力だけではありません」

 防衛省の分析官が、別の視点から脅威の性質を説明し始めた。

「巨大怪獣のような存在であれば、まだ我々にも対処方法があります。質量が大きいなら、移動ルートも読める。目立つ。衛星で追跡し、爆撃やミサイルの飽和攻撃、包囲戦も視野に入ります。……しかし、イツコアトルは【人間サイズ】です」


 分析官は、都市の模型図をモニターに展開した。

「都市に紛れられる。建物内部に入れる。地下施設に侵入できる。要人に近づける。

 ……それでいて、装甲車をひっくり返す腕力と、音速級の俊敏性を持っている。これは、巨大怪獣よりある意味で遥かに厄介です」


「国家指導者の暗殺、軍司令部の破壊、核施設への接近、地下要塞への侵入」

 沖田室長が、最悪のシナリオを冷酷に並べ立てる。

「その気になれば……彼はたった一人で、国家機能そのものを麻痺させられます」


 矢崎総理の顔から、スッと血の気が引いた。

「……彼が、日本を敵視しなくて、本当に良かったですね」


「そこです」

 三神編集長が、指を鳴らした。

「彼は、敵にしない限り、無意味に人を殺す存在ではない。無差別な破壊者ではないんです。

 ……ただし、敵に回した場合は、国家の形をした【的】になりますよ」


 会議室に、深い絶望の吐息が漏れた。

 だが、彼らが今分析したのは、あくまで「夜間」の戦闘映像に過ぎない。


「次に……昼間覚醒後の映像です」

 科学技術担当が、モニターの映像を切り替えた。


 夜明け。

 アンデスの山間に朝日が昇り、太陽光がイツコアトルの身体に当たった瞬間。彼を縛り付けていたアメリカ軍の特殊ワイヤーが熱せられた飴のように溶け落ち、EUの封印ジャマーが火花を散らして焼け焦げ、彼の胸の十字の傷跡の奥底で、太陽の心臓が黄金に輝き始める。


 科学技術担当は、映像を何度も停止させ、サーモグラフィや電磁波測定のデータを重ね合わせながら、震える声で説明を再開した。


「……ここからは、通常の運動能力強化バイオニクスでは説明できません」


 科学技術担当は、画面の数カ所に赤いマーカーを打った。

「ロシアのサイボーグ兵の装甲が、触れた瞬間に溶断されている。銃弾が命中しないのではなく、彼の身体に触れる前に熱で溶融し、蒸発している。対戦車ミサイルも、直撃前に空中で自然発火しています」

 彼は、絶望的な結論を口にした。

「アメリカの拘束ネット、電磁パルス兵器、EUの封印ジャマー……すべてが、彼の周囲で完全に無効化されています」


「熱による、防御フィールドですか」

 防衛大臣が、辛うじて科学的な単語で理解しようと試みる。


「熱、と呼ぶには……挙動が『選択的』すぎます」

 科学技術担当は、首を横に振った。

「銃弾や兵器、敵対的な電子機器は完全に無効化され、溶かされている。……しかし、彼の足元のコンクリートや、周囲の民間建物、さらには敵であるはずの兵士の肉体は、殺傷レベルでは焼かれていません。

 ……つまり、単なる無差別な高温ではなく、“敵対する武器”を選んで焼いている可能性があるのです」


 会議室が、完全に静まり返った。


「……武器という【概念】を焼く、ということですか」

 沖田室長が、信じられないというように眉をひそめた。


「科学的な表現ではありませんが……映像上は、そうとしか見えません」

 科学技術担当が、科学者としての敗北を認めるようにうつむいた。


「……近代兵器では、無理です」

 長い沈黙の後、防衛大臣が、絞り出すように言った。

「通常兵器では、まず届かない。圧倒的な速度と、概念的な防御。……彼を制圧するなら、もはや核兵器級の火力で、一帯ごと消し飛ばすしか……」


 総理が、その極端すぎる手段の提示に、顔を強張らせた。


 だが。

「……核でも、無理でしょうね」


 部屋の隅から、三神編集長が、事も無げに首を横に振って、その最終手段すらも否定した。


 室内が、文字通り凍りついた。


「……核でも?」

 防衛大臣が、怒りよりも純粋な驚愕で聞き返す。


「ええ」

 三神は、パイプ椅子から立ち上がり、モニターの黄金に輝くイツコアトルを見つめた。

「私がかつて彼から聞いた話と、今回のこの映像を合わせるなら。

 ……あれは、単純に頑丈な生物や、エネルギー出力の高い個体、という次元の話ではありません」


 三神の目が、細められる。

「昼間の彼は、太陽神の化身です。

 ……【神】と言っていい」


「神、ですか」

 科学技術担当が、その非科学的な単語に反発するように呟く。


「宗教的な表現ではなく、機能的な分類として、です」

 三神は、彼らの科学的常識を解体するように説明を始めた。

「彼の胸に宿る『太陽の心臓』は、物理的なエネルギー炉であると同時に、古代アステカの神話に根ざした【概念的な権能】を持っている。

 ……つまり、“太陽には勝てない”という神話的な理屈で、彼を中心とした周囲の空間の法則を、強制的に上書きしている可能性があるのです」


「理屈で、ですか」

 官房長官が、理解が追いつかずに問い返す。


「ええ」

 三神は、指を鳴らした。

「銃弾も、ミサイルも、ワイヤーも、封印術式も。彼に向かって放たれた瞬間、すべて“太陽に向けられた武器”として処理される。

 ……そして、太陽に届く武器など存在しない。だから、触れる前に無効化される。理屈で考えれば、核兵器であろうと、太陽を破壊することはできませんからね」


「……それは、科学ではなく、神話の理屈ですね」

 矢崎総理が、乾いた笑いを漏らした。


「アーティファクト時代では、神話の理屈が、科学以上に強い場面があるということです」

 三神は、淡々と事実を突きつけた。


 会議室の官僚たちは、あまりにも絶望的な力の差に、言葉を失った。


「……アメリカやロシア、EUが、完全な敵として認識されなくて、本当によかったですな」

 官房長官が、震える手で胃薬のパッケージを開けながら、心底安堵したように呟いた。


「ええ。彼は、誰も殺しませんでした」

 沖田室長が、報告書の被害状況のページを見ながら言う。

「それは、彼が慈悲深かったからではない。……まだ彼らを“敵”としてではなく、“道を塞いだ愚か者”程度にしか見なしていなかったからでしょう」


「そうですね」

 三神も同意する。

「もし彼が本当に敵と見なして、殺意を持って動いていたら……各国の精鋭部隊は、誰一人として生きては帰れなかったでしょう」


「殺さないことが、ここまで恐ろしく感じるとは思いませんでした」

 防衛大臣が、自らの無力さを痛感したように頭を抱えた。


「それだけ、次元の差があったということですね」

 矢崎総理が、静かに総括する。


「ええ。彼にとって、あのアルゼンチンでの戦闘は、戦争ですらない」

 三神は、最後に最も残酷な評価を下した。

「……ただの、虫を払っただけです」


 その言葉は、人類の最高峰の軍事力が、神話の存在の前ではただの羽虫に過ぎないという事実を、これ以上ないほど正確に言い表していた。


「……日本政府としての、公式な評価スタンスをまとめます」

 沖田室長が、気を取り直し、モニターにテキストを打ち込み始めた。


【暫定分類】

 対象名:イツコアトル

 分類:生存型アーティファクト適合個体/神話級個体

 由来:アステカ文明系太陽儀式アーティファクト《太陽の心臓》成功例

 脅威度:国家軍事力単位では評価不能

 交戦推奨:否

 捕獲推奨:否

 接触方針:敬意を伴う非干渉

 禁忌:兵器・サンプル・研究対象として扱わないこと


「日本政府としては、彼をアーティファクトの所有者(利用できる資源)としてではなく、独立した人格と主権性を持つ存在として扱うべきです」

 沖田が、冷徹な危機管理の観点から宣言する。


「つまり、国家に準じる存在として扱うということ?」

 総理が確認する。


「それくらいが妥当です」

 三神が頷いた。

「少なくとも、保護対象や捕獲対象として見てはいけません。彼に首輪をつけようとした瞬間、国が消滅します」


 日本政府の出した結論は、「絶対に触れてはならない」という、極めて理性的で臆病なものであった。


 ***


 しかし、政府の密室での冷静な評価とは裏腹に。

 インターネットの海では、「太陽の戦士の完全覚醒」の映像が爆発的に拡散され、世界中の大衆の意識を完全に書き換えていた。


 [X(旧Twitter)日本トレンド及びタイムライン]


 @News_Watcher_JP

 アステカ超人、昼になった瞬間に完全覚醒。アメリカ、ロシア、EUの精鋭部隊が束になってかかっても、まとめて無力化。しかも死者なし。

 これ、もう「強い人間」じゃなくて「触れてはいけない神」だろ。


 @Military_Otaku_00

 夜間:戦車を素手で蹂躙できる超人

 昼間:近代兵器の概念そのものを拒否する太陽神

 インフレの仕方がおかしい。ロシアのサイボーグが「ちょっと硬いブリキのおもちゃ」に見えてきたぞ。


 @Occult_Sleuth_Z

 最後にイツコアトルが言い捨てた「欲しがるな」。

 これ、イツコアトル個人の忠告じゃなくて、アーティファクト時代における『神託』だと思う。欲しがった国から滅ぶぞっていう、人類全体への警告だ。


 @Muu_Reader_1979

 月刊ムーがまた勝ってしまった……と思ったけど、今回はスケールが違いすぎて全然笑えない。

 昔の記事で三神編集長が「太陽の戦士は神を宿す」とか書いてたの、マジだった可能性あるじゃん。


 [5ちゃんねる:ニュース速報板]

 スレタイ:【神話確定】アステカ超人さん、近代兵器を概念ごと拒否してしまう


 1 :名無しさん@涙目です

 もうこいつに勝つ方法ないだろ。


 8 :名無しさん@涙目です

 核ならいける?


 12 :名無しさん@涙目です

 三神編集長が「核でも無理」って言いそう。


 19 :名無しさん@涙目です

 いや、物理的に消し飛ばせるかどうかじゃなくて、太陽に向けた武器として無効化されるんじゃね? 映像見てたらそんな気がしてくる。


 27 :名無しさん@涙目です

 現代戦じゃなくて、神話バトル始まってるじゃん。


 36 :名無しさん@涙目です

 怖いのは、殺してないこと。

 マジで虫を払っただけ。人類の軍隊が、完全に羽虫扱いされてる。


 44 :名無しさん@涙目です

 国家が虫扱いされる時代、終わりだよ。


 ネット上の大衆は、彼を「神」として畏怖した。

 軍事専門家たちは「近代兵器では制圧不能」「もはや自然災害に近い」と絶望し、物理学者は「通常の物理法則から完全に逸脱している」と頭を抱え、神話学者は「太陽の恵みと裁きの両面が現れている」と解説した。


 だが。

 人間という生き物は、圧倒的な恐怖と神聖さを前にしても、決して「ただ平伏する」だけでは終わらない。

 畏怖と恐怖の底から、ゆっくりと、しかし確実に、最も危険で冒涜的な【欲望】が芽生え始めていた。


 59 :名無しさん@涙目です

 でもさ、アーティファクトの力であそこまで行けるなら、他にも神になれるルートあるんじゃね?


 60 :名無しさん@涙目です

 やめろ。


 61 :名無しさん@涙目です

 それナチスの発想。


 62 :名無しさん@涙目です

 でもみんな思ってるだろ。

 中国は仙人、ロシアはサイボーグ、アメリカはライトセーバー。そしてアステカの超人。

 人類はもう、普通の人間やめ始めてるんだよ。


 恐怖の裏側に張り付いた、甘美な誘惑。

「アーティファクトで神になれるなら、自分たちもなれるのではないか?」


 [X(旧Twitter) / トランスヒューマニスト・地下研究者クラスタ]


 @Transhumanist_Free

 イツコアトルを見て恐怖するのは分かる。でも逆に考えれば、アーティファクト適合に成功すれば、人間は神話級へ進化できるということだ。これは人類進化の可能性の証明ではないか?


 @BioHacker_999

 アステカの心臓は適性が厳しすぎて無理でも、他の文明のアーティファクトなら安全な強化(超人化)ルートがあるかもしれない。サイボーグ、仙人、太陽の戦士。ルートが複数あるなら、人類の次段階はもう始まってる。国家に独占させておく理由はない。


 @Ethics_Watch

 こういう発想が一番危険です。「俺たちも神になれる」という思想は、必ず「誰を実験台にするか」という狂気に繋がる。ナチスのゾンネンヘルツ計画と全く同じ轍を踏むことになります。


 @DarkForumLeak

 各国政府だけが神になる権利を独占するのはおかしい。民間にもアーティファクト適合の自由を。すでにダークウェブでは、未確認のアーティファクトの欠片や、適合実験のデータが天文学的な価格で取引され始めている。


 ***


 首相官邸地下。


「……ネット上で、アーティファクト適合による『超人化』を肯定する言説が、急速に増加しています」

 沖田室長が、モニターに表示された不穏なSNSの投稿や地下掲示板のログを示しながら報告した。

「一部では、民間での適合実験、自己改造、そして違法なアーティファクトの取引を呼びかける動きも出ています。……世界中の富裕層が、自ら神になるためのルートを探し始めています」


 矢崎総理は、その報告を聞いて、深く眉をひそめた。


「つまり、イツコアトルの圧倒的な力を見て、恐れるのではなく、憧れ始めた人間がいるのね」


「人間とは、そういうものです」

 三神編集長が、皮肉げに笑った。

「神を見れば、地に伏して祈る者もいれば……その力を盗んで、自分も神になろうとする者もいる」


「また胃が痛くなる話ですな」

 官房長官が、胃薬のケースを握りしめながら呻いた。


「三神編集長。……これは、ただのネットの流行(一過性の熱狂)で終わると思いますか?」

 総理が問う。


 三神は、笑みを消し、極めて重い声で答えた。


「ナチスの入口が、大衆化し始めています」


 会議室が、シンと静まり返った。


「ナチスの、入口?」

 総理が反復する。


「ええ」

 三神は、冷酷な現実を言葉にする。

「あの力を見て、“畏れる”のではなく、“自分もそうなりたい”と思う。そこまでは、人間として自然な感情です。……ですが、問題は、次に彼らがどう考えるかです」


 三神は、指を一本ずつ折りながら、狂気の階段を上っていく人間の思考をなぞった。


「“自分が成功例になるためには、何人犠牲にしてもいいのか?”

 “神になるためなら、失敗者は必要経費ではないか?”

 “神になる者と、実験台になる者を、誰が決めるのか?”」


 三神は、静かに言った。


「ナチスは、その問いに最悪の答えを出しました。

 ……そして今、全く同じ問いが、世界中にばら撒かれています」


 国家だけでなく、企業も、富裕層も、カルトも。全員が、神になるための人体実験を正当化し始めるかもしれない。


 総理は、深い沈黙の後。

「日本政府としての方針を決定します」と、きっぱりと宣言した。


「日本政府は、イツコアトル氏を捕獲・研究対象として扱うことは絶対にありません。

 ……そして同時に、国内においてアーティファクト適合実験や、非人道的な人体改造を行う動きがあれば、国家権力を用いて全力で阻止します」


「既存技術外事象評価セル、警察庁、公安、厚労省、文化庁で、合同監視体制を強化します」

 沖田室長が即座に応じる。


「医療、バイオ産業、宗教団体、民間研究者、そして富裕層向けの秘密医療クリニックの監視も必要です」

 科学技術担当が補足する。


「……国会での説明は、どうしますか」

 官房長官が、政治的な懸念を口にする。


「“違法なアーティファクト人体実験の防止”でいきましょう」

 総理は、迷いなく答えた。


「分かりやすくて良いですね」

 三神が、小さく拍手をする。


「分かりやすすぎて嫌ですな」

 官房長官が、再び深い溜息をついた。


 会議の終了後。

 総理は、帰り支度をする三神に、ふと問いかけた。


「三神編集長。……イツコアトル氏は、もう我々(人類の争い)には関わらないと、そう考えていいのでしょうか」


 三神は、少し考えてから答えた。


「こちらが、欲しがらなければ」

 三神は、静かに言う。

「こちらが彼を忘れず、敬意を払い、距離を保つなら。……彼は、ただの戦士として、太陽の下へ帰るでしょう」


「もし、欲しがれば?」

 総理が問う。


 三神は、少しだけ目を伏せ。

「次は、虫を払うだけでは済まないかもしれません」


 重い、重い沈黙が落ちた。


 最後に、総理がモニターの消えた画面を見つめながら、ポツリと呟いた。


「“欲しがるな”」


 総理は、その言葉の本当の重さを噛み締めるように言った。

「……それは、彼がアルゼンチンで各国部隊へ投げた言葉ではなく。

 これから神になろうとする、人類全体への警告だったのかもしれませんね」


「ええ」

 三神は、小さく頷いた。

「そして残念ながら、人類はその警告を、もう破り始めています」


 その日、人類は知った。

 この地球上に、決して触れてはいけない神がいることを。

 だが同時に、最も危険な欲望もまた生まれてしまった。


 神がいるなら、自分たちも神になれるのではないか。

 その問いこそが、《ゾンネンヘルツ計画》が世界に遺した、本当の亡霊だった。




最後までお付き合いいただき感謝します。


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人類は愚かという結論になっちゃうのかねえ・・・
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