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第97話 昼のイツコアトル

 アルゼンチン南部、パタゴニア地方の小都市。

 夜の闇に包まれていた市街地は、完全に「戦場」と化していた。


 地下施設から再び地上へと姿を現したイツコアトル。彼を包囲するのは、かつてないほど奇妙で、そして絶望的なほどに強力な『多国籍連合軍』であった。

 互いに牽制し合い、少し前まで銃口を向け合っていたアメリカ、ロシア、そしてEUの特殊部隊たち。彼らは今、目の前に立つたった一人の「生きた神話(成功例)」を捕獲するという共通の欲望(目的)の下、暗黙の了解で一時的な【共闘態勢】を組んでいた。


「……各部隊、包囲網を維持しろ! 奴を逃がすな!」

 アメリカのSEALs部隊長が、通信機で怒号を飛ばす。


「ロシアのサイボーグ部隊、前衛(壁)を務めろ! 我々の電磁パルス(EMP)とスタン弾で動きを止める!」

 EUの特殊部隊長が、ロシア軍に指示を出す。


「指図するな、欧州の腰抜けが! 俺たちの鉄の拳で、あの化け物の足を砕いてやる!」

 ロシアのサイボーグ小隊長が、赤い義眼を光らせて吠える。


 彼らの背後には、アルゼンチン軍から奪取した装甲車や、空から飛来した追加の応援部隊(無人ドローンや戦闘ヘリ)が続々と集結し、イツコアトルを中心に何重もの完全な包囲網を形成していた。


 ダダダダダダッ!!!


 夜の闇を切り裂き、十字砲火がイツコアトルに襲い掛かる。

 アメリカの非致死性ゴム弾、EUのスタン・グレネード、そしてロシアのサイボーグ兵が放つ大口径の対物ライフル。


「……」


 イツコアトルは、無言のまま、跳躍とダッシュを繰り返してその弾幕を躱していく。

 夜間(弱体化状態)の彼は、音速に近い速度で動けるとはいえ、無尽蔵に湧いてくる各国の精鋭部隊の「連携」と「圧倒的な物量」の前では、次第に動きを制限され始めていた。


 ドォォンッ!!

 ロシアのサイボーグ兵が、コンクリートの壁を砕きながら突進し、イツコアトルの背後から強烈な蹴りを放つ。

 イツコアトルは戦棍マカナでそれを受け止めるが、その衝撃で体勢が崩れる。


「今だ! 拘束ワイヤーを放て!」

 アメリカの部隊が、一斉に特殊な超強力ワイヤーを射出し、イツコアトルの手足に巻き付けた。

 さらに、EUの導師たちが、何らかの『封印術式(精神干渉波)』を込めた特殊なジャマーを起動させ、彼の動きを鈍らせようとする。


「……ぐっ」

 イツコアトルが、初めて苦悶の声を漏らし、片膝をついた。


「やったぞ! 捕らえた!」

「ワイヤーを固定しろ! ヘリから収容ネットを投下しろ!」


 各国の部隊が、歓喜の声を上げてジリジリと距離を詰めていく。

 彼らは勝ったと確信していた。いくら神話の超人であろうと、夜の闇の中で、大国の最新兵器と物量の前に勝てるはずがないのだ。


 だが。

 彼らは、致命的な「時間タイムリミット」を計算し忘れていた。


 東の空が。

 アンデス山脈の険しい稜線の向こう側が、白々と明るくなり始めていた。


 夜明けだ。


 太陽の最初の光の筋が、荒野を越え、市街地のビル群の隙間を縫って。

 地面に膝をつくイツコアトルの、褐色の肌と、胸の十字の傷跡を、真っ直ぐに照らし出した。


「……っ!?」


 その瞬間。

 イツコアトルの身体を縛り付けていた、アメリカ軍の特殊ワイヤーが。……何の物理的な力も加えられていないのに、まるで熱せられた飴細工のように、ボロボロと融け落ちていった。


「な、なんだ!? ワイヤーが溶けたぞ!?」

 アメリカの兵士がパニックを起こす。


 EUの導師たちが展開していた封印のジャマーも、けたたましいエラー音を上げてショートし、火花を吹いて完全に沈黙した。


 イツコアトルは、ゆっくりと立ち上がった。

 彼の胸の奥底で、昨日までとは比べ物にならないほど強烈な……まるで、本物の小型太陽が体内に宿ったかのような、目も眩むような【黄金の光】が爆発的に輝き始めた。


「……夜は明けた」


 イツコアトルの声は、もはや人間のそれではなく、大気そのものを震わせる神の咆哮ほうこうのように響いた。


「……さあ」

 彼は、黄金のオーラを全身に纏いながら、包み込む各国の部隊を見回した。


「……太陽の戦士(私)を、止められるか」


 ***


 その光景は、各国のインテリジェンス機関の暗号回線を抜け、すぐにネットの海へと『流出(生配信)』され始めていた。


 [X(旧Twitter) / グローバル・タイムライン]

 集計時間:06:15(JST)/アルゼンチン現地時間 朝


 @Mil_Spec_Watcher

 おい、アルゼンチンの映像見たか!?

 昨日まで夜の闇でゲリラ戦やってたアステカの超人が……朝になった瞬間、全身光り出したぞ!!!


 @GeoPol_Analyst_UK

 これ、アメリカとロシアとEUの部隊が「共闘」して包囲してるのか?

 大国が束になって、たった一人の人間を捕まえようとしてるなんて、歴史上でも類を見ない異常事態だぞ。

 ……でも、あの光り方はなんだ?


 @Anime_Otaku_00

 うおおおおお!!!

 朝になったら覚醒するタイプだったのか!!

「太陽の心臓」ってそういうことかよ!! 完全にチートキャラじゃん!!


 [YouTube Live / 転載された監視カメラ映像のチャット欄]


「昼になった瞬間、映像の速度おかしくなったぞ!?」

「待て待て待て、速すぎ」

「サイボーグが……!」

「ロシアのサイボーグ兵が、完全に子供扱いされてる……」

「銃弾……当たってないんじゃなくて、触れる前に蒸発してる!?」

「歩いただけで地面爆発してるんだが」

「これ、ただの兵士じゃない。災害(歩く核爆弾)じゃん……」


 映像の中で。

 イツコアトルの動きは、夜間とは完全に別次元の領域フェーズへと移行していた。


 ロシアのサイボーグ兵が、時速百キロを超える速度で突撃してくる。

 だが、イツコアトルはそれを避けることすらしない。

 サイボーグの拳が彼に当たる直前。イツコアトルが、ただスッと一歩前に出ただけで。


 ドガァァァァァンッ!!!!


 圧倒的な運動エネルギーの衝突。

 ロシアの最新鋭の人工筋肉とチタン装甲が、イツコアトルの放つ強烈な熱(黄金のオーラ)に触れた瞬間、グニャリと飴のようにひしゃげ、サイボーグ兵は悲鳴を上げる間もなく、数十メートル後方のビルまで吹き飛ばされた。


「……化け物め!!」

 アメリカのSEALs部隊が、アサルトライフルと対戦車ミサイルで一斉射撃を行う。


 だが、イツコアトルは、その十字砲火の中を、まるで散歩でもするように歩いていく。

 放たれたミサイルは、彼に直撃する前に、彼から放射される異常な高熱のフィールドによって空中で自然発火(爆発)し。銃弾は彼の肌に触れる前に溶けて霧散していく。


「制圧装備が……全く通じない!」

 アメリカの部隊長が、絶望的な声を上げる。


 イツコアトルは、一瞬でアメリカ部隊の陣取る装甲車の前に移動した。

 そして、彼らの銃口を、素手で握りつぶす。

 熱で赤熱したライフルを捨てて逃げようとする兵士の首根っこを掴み、軽く地面に叩きつけて気絶させる。


 EUの特殊部隊が、背後から拘束用の特殊ネットを投下する。

 だが、イツコアトルが黒曜石の戦棍を軽く一振りしただけで、ネットは炎を上げて燃え尽き、同時に放たれた真空の刃が、EU部隊の通信機材と車両のタイヤを正確に斬り裂いた。


「……誰も、殺していない」


 ビルの屋上から、その圧倒的な蹂躙劇を見下ろしていた中国の趙長老が、戦慄の声を漏らした。


「あれだけの力(太陽の熱)を解放しながら……彼は、兵士の命を一つも奪っていない。……武器を壊し、兵装を破壊し、関節を外し、装甲を裂き、通信機を潰しているだけだ」

 長老の弟子が、信じられないというように呟く。


「……あれは、戦争ではない」

 趙長老は、冷や汗を流しながら、完全に悟った。

「あれは……【虫を払っている】だけだ。我々人間など、彼にとっては『殺す価値もない羽虫』に過ぎないのだ」


 ***


 [5ちゃんねる:ニュース速報板]

 スレタイ:【絶望】アステカ超人さん、昼間になったら強すぎて世界が終わるwww


 1 :名無しさん@涙目です

 おい、動画見たか!?

 サイボーグが豆腐みたいに投げられてるんだが!?


 18 :名無しさん@涙目です

 夜の時点で「音速」とか言ってビビってた俺たちがバカだった。

 昼のコイツ、完全に物理法則無視してるだろ。


 32 :名無しさん@涙目です

 殺してないのが逆に怖い。

「お前らなんて相手にする価値もない」って言われてるみたいで、圧倒的な格の違いを感じる。


 45 :名無しさん@涙目です

 アメリカもロシアもEUも、完全に手も足も出ずにボコボコにされてる……。

 現代の軍隊が、たった一人の人間に無力化されるとか、漫画でもありえねえよ。


 60 :名無しさん@涙目です

 三神編集長、こいつにインタビューしたってマジ?

 どんだけ命知らずなんだよwww


 75 :名無しさん@涙目です

 これ、アメリカはどうするんだ? 核でも撃たないと止まらないぞ。


 ***


 ワシントンD.C.、ホワイトハウス地下。


「……撤退よ」

 キャサリン・ヘイズ大統領は、モニターの惨状を見て、乾いた声で命じた。

「全軍、直ちに撤退(退避)させなさい。……これ以上やれば、本当に『敵』と認識されて、部隊が全滅するわ」


「し、しかし大統領! あの男を逃がせば……!」

 国防長官が食い下がる。


「あの男を捕まえられると、本気で思っているの?」

 ヘイズの冷酷な視線が、国防長官を射抜いた。

「あれは兵器じゃない。……神話の化け物よ。我々が手を出していい存在じゃないわ」


『同意します』

 画面越しのアルファが、珍しく疲労感を滲ませて言った。

『あれを捕獲するには、我々の部隊の火力が足りなすぎる。……あるいは、地球そのものを破壊する覚悟が必要になります』


 ロシアのボグダノフ大統領も、クレムリンの地下で、無残に破壊されていく自慢のサイボーグ兵たちを見て、無言で拳を握りしめ、撤退のサインを出した。


 中国の観測部隊も、「今は受けるべきではない」と判断し、完全に気配を消して逃走した。


 ***


 アルゼンチンの市街地。

 朝の太陽が完全に昇り切った頃。


 戦場は、完全に沈黙していた。

 壊れた戦車。折れたライフル。ひしゃげたサイボーグ兵の装甲。火花を散らす通信機。

 そして、その瓦礫の中で、恐怖と疲労で完全に戦意を喪失して座り込んでいる、各国の精鋭部隊の兵士たち。


 イツコアトルは、その戦場の中心で、静かに立ち止まった。


 彼は、周囲を見回した。

 彼を捕獲しようと群がってきた、世界中の権力者たちの『欲望』の残骸を。


 彼は、誰にも勝利宣言をしなかった。

 大国を嘲笑うことも、説教をすることもなかった。


 彼はただ、倒れ伏す各国の兵士たちを一瞥し。

 そして、冷たい、しかし絶対的な重さを持つ一言を、静かに放った。


「……欲しがるな」


 それだけだった。


 彼は、踵を返し。

 眩しい太陽の光を背に浴びながら、荒野の彼方へと、ゆっくりと歩き去っていった。

 現代のパスポートも、国境も、大国の監視網も。……もはや彼を縛ることはできない。彼はただ、自らの帰るべき場所(日常)へと戻っていくだけだ。


 その後ろ姿は、人類がこれからどれほど科学を発展させ、アーティファクトの力を手に入れようとも、決して到達できないであろう『絶対的な孤高』を体現していた。


 ***


 [X(旧Twitter) / グローバル・タイムライン]


 @News_Watcher_JP

 終わった……。

 たった一人の人間が、アメリカとロシアとEUの軍隊を完全に沈黙させて、そのまま帰っていったぞ。


 @Pol_Sci_Expert

「欲しがるな」。

 この一言に、人類の傲慢さのすべてが否定されたような気がします。国家という巨大なシステムが、たった一人の『個』の前に完全に屈服した瞬間です。


 @Cynical_Otaku

 国家が虫扱いされた……。

 アーティファクト時代、ついに“個人”が大国を黙らせるフェーズに入っちゃったよ。

 俺たち、とんでもない時代に生きちゃってるんだな。


 その日、世界は完全に理解した。


 太陽の心臓とは、単なるアーティファクト(機械)の名前ではない。

 それを胸に宿し、数百年を戦士として生き抜いた【男そのもの】が。

 もはや、一つの『戦略兵器』であり、『神話』なのだと。


 人類は、自らの欲望が引き起こした「最悪の目覚め」を前に、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかったのである。



最後までお付き合いいただき感謝します。


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― 新着の感想 ―
流石に「核を使え」って言うほどの愚か者はいなかったか・・・。日中だったらそれでも平気そうだが。
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