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七番目の黙示録  作者: 凛月
第二章・辺境の魔術師
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独りぼっちと経営難

 部屋に戻ってベットに横になり天井を見る。木目の天井、柔らかいベット、六畳一間の薄暗い部屋――違うのは畳の有無か…。ただ思い出すだけで、考えるだけで、頭の中にあるだけで気の滅入る一片の記憶。


「まさか異世界に来て思い出すなんて思わなかったな……」


 俺の唯一の心残り……普通失踪として死亡認定された、叔父の行方だ。何の前触れも、痕跡も残さずの失踪事件。叔父が何を考えて俺の前から姿を消したのか……今の俺なら多少の憶測は立てられるけど、当時小学生だった俺には知りようもない出来事だった。空の棺桶に呆然と立ち尽くし、ただこの意味のない行為に虚無を覚えた記憶が、固く閉ざしたはずの扉から漏れ出してきているのを感じる。

 彼女に叔父さんの影を重ねてしまったのは、叔父さんの人生と彼女の生活に共通点が多くあることだ。

 今ある情報だけじゃ完全に一致しているという判断はできない……というか、そもそも俺に出来る事なんて何もないんだから判断できたとて、どうこうできる話じゃない……。それでも無視できないのは、俺の中の記憶が邪魔をしているからだ。このままじゃ、危ういと直感が警告をしてくる。

 俺の目的はこの世界の救済……。この先、何人もの人を救うだろうけど、それは個人ではなく多数の人間だ。女の子一人……アンリを救ったところで、世界の救済に近づくわけじゃない。でも、それでも、そのたった一人が、タスケテの声を上げているのなら、俺はその声に応えたい。


「困ってる女の子一人救えない奴が、どうやって世界救うってんだ……ってか」


 そんなありふれた大義名分を掲げないと、人助けもできないのが、今の俺の立場……。でも、目の前で転んだ子に手を貸してあげるような、通りすがりの旅人でもする普通のことを、自分の身の丈に合った方法でやることくらいなら、許されていいはずだ。

 まあ、もう少し話を聞かないことには、差し伸べた後の行動を考えることもできないな。晩御飯の時にさりげなく聞いてみよう。

 あれこれ考えていると、時間は十九時を少し過ぎていた。


「ごはんできたよー……って寝てる?」

「今行きます」


 ドアを開けると彼女は「びっくりした」と驚いた。部屋の中が静かすぎたから勘違いしたんだな。確かに寝転んではいたけど、寝てはいないぞ。

 ロビー兼食事場に下りると、机の上にいくつか食器が並べられていた。料理が冷めないようにという気遣いが感じられる。


「やっぱりここまで広いと冷えますね」

「あははーごめんね、ここにも暖房はあるんだけど、ちょっと……故障してて」


 嘘つけ。おおよそ魔力補給出来てないんだろ。


「やっぱり部屋まで持って行こうか?」

「このくらいの寒さなら大丈夫ですよ。それより早く食べましょう。お腹が空きました」

「わかった、じゃあ今持ってくるね!温まる料理にしたから、食べてるうちに寒さもなくなると思う!」


 そういって厨房の方に歩いて行く。よほど料理に自信があるんだろう鼻歌交じりだ。

 彼女の作った料理は、暖かくて優しい味がした。昼食に寄った食事処も美味しかったけど、俺はこういう家庭的な味のほうが好みだ。それに誰かと一緒に食事をとるというのもいい。


「美味しかったです。料理好きなんですか?」

「結構好き。……まあ、今は一人だからあんまり作り甲斐無いけどさ~。今日はお客さんがいるから作るのも楽しかったよ!」


 一人……まあ、宿の維持もそうなんだ。不思議なことじゃない。


「去年まではおじいちゃんがいたんだけどさ。流行り病と冬越しが重なって、いなくなってさ――…って、ごめんね、変な話しちゃった。今のは忘れて!」


 もちろん「はい」とは言わない。俺が聞きたかったことの一つ、家族は今どうしているのか……それを彼女から自発的に聞くことが出来たのは僥倖だ。…それに今のは無意識下の発言……知らずの旅人に吐露してしまうくらい、彼女の心が摩耗している証拠だ。


「……この地域の冬越しって、そんなに過酷なんですか?」

「この大陸の南部はどこも同じようなものよ。この辺はまだましな方だけど、それでも毎年何人かは――……ね。魔道具が普及し始めてからはぐんと減ったけどさ」


 ゲームでも神聖国の未実装エリア付近は防寒着が無いと動けないくらい、年中気温が低かった思い出がある。でもここは現実で、気候の変化があるのは当たり前だ。それに昼夜の寒暖差も激しいくらいに不安定ときた、住みにくいにも程がある。四季がある日本に住んでいた俺には到底考えられない。


「ちなみにあとどれくらいで冬が来るんですか?」

「あと一か月くらいかな。皆冬支度で忙しくしてるわ」

「この宿は大丈夫なんですか?何かしているようには見えませんけど……」

「安価な……って言ってもそれなりに値段はするけど、結界魔術をかけてもらってるの。この宿、面積広いから雪下ろしが大変だからさ」


 結界魔術は魔道具じゃないから魔石を必要としない。代わりに一定期間で効力がなくなるから、都度張り替える必要がある……。魔石の魔力不足は、高額な結界魔術の代金を支払っているせいか。しかし、結界魔術で防げるのは物理的な物だけ……寒さは対象外だ。


「冬の間はお客さん来ないし、必要ない魔石の魔力補給代を結界に充てて、冬越ししてるって訳」

「それじゃ、冬越し前に来た俺は魔力泥棒ってわけですか」

「いやいや!そうじゃないそうじゃない!ちゃんと宿泊代は貰ってるかられっきとしたお客さんだよ!」

「じゃあ、宿泊代が魔力補給代を超えてたらどうするんですか?」

「さすがにそれをやられると……」

「冗談です。さて、長い間ここにいても体を冷やすだけなので、そろそろ部屋に戻ります」


 苦笑いる彼女に呆れながら席を立つ。しかし、何と無計画な……。去年までは、おそらくそのお爺さんがなんとかやりくりしてたんだろうけど、今年からは彼女一人だけ……しかも初めての冬越えで知識も疎かだろう。現に上手くいっていないわけだし……。

 はたして、彼女はちゃんと冬越え出来るのか……。越えたあと凍死体で発見されるなんてことになったら寝覚めが悪い。一晩考えて知恵を絞ろう。

 部屋に戻ってしばらくして、久しぶりの風呂を我慢しきれなかった彼女に、半ば無理やり浴場に連れてこられ、期待の眼差しを向けられながら、湯船から溢れるほどの湯を注いだ。


「ホントに無償でいいの?こんなの見せられたら気おくれしちゃうんだけど……」

「ついでですから気にしないでください。これくらいどうってことないですよ」

「それなら……善意に甘えようかな」


 申し訳なさそうにする彼女だけど、早く入りたいという欲求がにじみ出ている。さっさこの場を退散して男湯の方で久しぶりの風呂を堪能するとするか。お礼に背中でも流そうかと言う彼女の誘いはもちろん断った。


「しかし、この大浴場、改めて見ても立派だな」


 シャワー完備、大浴槽は勿論のこと、小さいのも二つあるし、サウナ付きと来た。俺はサウナ好きじゃないから入らないけど。宿が賑やかだったころは、この浴場で大勢の人が疲れをいやしていたんだろうな。


「浴場に入る前に洗体~」


 師匠の所では、湖しか汗を流せるところが無かったから、文明の利器に感動の嵐だ。ちなみに師匠は俺が終ぞ使わせてもらえなかった屋内の風呂でのんびりしていた。あのときは、風呂上がりの師匠のいい香りで我慢してたけど、今日はその必要もない!


「……あれ、シャワーの水が全然温まってこない。こっちも……って全滅も当たり前だよな」



 魔道具は一つにつき、魔石一個必要だ。部屋のも明かり用と暖房用が二つあった。ここの維持は最低でも十数個の魔石で補われるものだろう。それに、今風呂を使うのは彼女だけだし、浴槽に湯を張る余裕もない状況だ。男湯に魔力が補充された魔石があるはずもない。


「……俺が使う分くらいなら補充してもいい…よな?お湯を張ったのも俺だし」


 おけがあるから浴槽から直接ってのもいけるけど……それじゃあそこにいた時と大差ない。シャワーが使いたいんだ!俺は!

 そんなこんなで、おおよそ十二年分の風呂を堪能した俺は、風呂の湯を消してから洗い流し、乾燥させた。来たときよりも奇麗に、だ。

 俺が風呂の暖簾をくぐった時、ほぼ同時に彼女も出てきた。女性は長風呂という――俺はそれと同じくらいの時間入ってたってことだ。まあ、仕方ないよな。気持ちよかったんだもん。


「お風呂ありがとね。久しぶりに入れて気持ちよかったよ」

「どういたしまして。って、ちゃんと乾いてないじゃないですか。風邪ひきますよ?」

「ちゃんとタオルで拭いたから大丈夫だよ。このくらいで風邪ひいてたら、ここには住めないしね」


 脱衣所には備え付けのドライヤーがあった。それを使うくらいの魔石はあるだろうに。


「見てていたたまれないので……少し後ろを向いて座ってください。髪も少し触りますね」

「え、あうん」


 素直に後ろを振り向き、無防備に後頭部を見せる。……ホントに騙されやすそうで怖いな。


「温風で髪を乾かします。熱かったら言ってくださいね」

「大丈夫~すごく気持ちいよ」


 いうなれば、人間ドライヤーだ。生活に必要な魔術ならある程度使える俺には造作もない。……人に使うのは初めてだけど。


「はい。終わりです」

「ありがと!なんだか心なしか艶が出てるような……」


 それは完全に気のせいだ。


「それじゃ、湯冷めしない内に部屋に戻りましょう。明日も早いので」

「そういえば一泊の予定だったね。朝早いってことはバスに乗るの?」

「はい。乗り継いで聖都まで行くつもりです」

「聖都か~私も行ってみたいな~。夢み物語だけど」


 ここから聖都まで行くだけでも、数十万はかかる。鉄道はそれなりに安価だけど、バスと馬車の出費が馬鹿にならない。子供だけでは到底無理な話だ。


「君は見た目からして、高貴な生まれそうだよね。もしかして、聖都に家があるの?」

「いえ、根無し草ですよ」


 見た目か……古臭くはあるけど、トランクもローブも値が張る見た目してるし、何よりこの魔術書はただの平民が持っていいようなものじゃないことは明らかだ。

 彼女は「そうなんだ」とだけ言って指で髪を巻きながら口を尖らせる。


「でも、魔術師になれるって言うことはそこそこ裕福ってことだよね……もうちょっと宿代踏んだ来ればよかったな……」


 小さくつぶやいたつもりだ問うけど、聞こえてるぞ。おい。


「それじゃ、私はこの後少しやることがあるから行くね。ちょっとうるさいかもしれないけど、すぐ終わるから我慢してね」

「はい。湯冷めだけしないようにお気をつけて」


 部屋に入り、明かりと暖房をつけた。この世界の暖房ってじわじわじゃなくて、ふわって感じで部屋が温まる。寒暖差をあんまり感じないのが結構いい。現代社会よりも進んでいるというか、何というか……文明レベルは低いけど、所々向こうの世界より便利なところがある。どういう術式が組まれてるかは謎だけど、トイレも魔道具で出来ていて清潔だ。

 暖房はつけたまま、明かりを消して布団をかぶる。久しぶりの布団……きもちいい……。いい夢が見れそう――と思っていたら、部屋の外で忙しない足音と布を引きずる音が聞こえた。その少し後、隣の部屋のドアが開く音が聞こえて、ベットに何かが置かれる音と共に、彼女の「ふう、これで何とか……」という声がした。やることっていうのと、うるさいってのはこのことか……。色んな部屋から布団を持ってきて暖を取る――それが何を意味しているのかは単純明快。


「……やっぱ、この部屋に持ってきた魔石はあの子の部屋のだったのか」


 お客様優先という接客精神と自己犠牲は称賛に価する。しかし、それを見て聞いて気分がいいと思う奴は、とんでもないクズ野郎だ。

 今の気温を正確に測ることはできないけど、どう考えても布団を数枚に重ねたところで凌げる寒さじゃない。死にはしないだろうけど、とても寝られるような環境でないことは確かだ。


「これは仕方…ないよな。裏技というか、抜け技使うか」


 トランクから”抜け技”取り出して、部屋を出る。向かう先は隣の部屋。小さくノックしてから「話したいことが……」と声かけた。布団が床に落ちる音と共に足音が近づいてくる。


「あ、えと。うるさかったよね。ごめん」

「それについては問題ありません。これを渡したくて――」


 ――この世界の魔術師の仕事を奪うことはしない。俺はこの世界で、正式な魔術師として認められるまでは、この誓いを破る気はない。だけど、”既に供給されている魔石”を使うのは、その奪う行為には反しないと考えている。


「これって、魔石?」

「俺が持ってる非常用の魔石です。魔力は供給してあるので使ってください」

「そんな大事なもの使えないよ……私は大丈夫だから、それは取っておいて」


 そういって強がる彼女の肩は寒さで震えている。湯冷めなんてものじゃない。こんなことしてたら風邪をひく。こうなったら強行突破だ。


「問題ありません。これは高純度の魔石なので、小さくても鉄道を動かせるくらいの魔力は供給できるんです。失礼しますよ」

「あ、ちょっと!」


 鉄道ははったりだけど、師匠の所からくすねた(見逃してもらった)魔石だ。暖房くらいなら数年は持つ。制止を押し切って入った部屋は冷え切っていた。


「ったく……寝れたもんじゃないだろこれ」


 魔道具の場所は俺の部屋と一緒。魔石を入れてすぐ暖房をつける。さっきまでの寒さは一瞬で無くなり、部屋は適温で満たされた。


「乙女の部屋に無断で立ち入ったのは謝りますけど、朝起きて死体のある部屋に入るのは勘弁です」

「……そんなこと言われちゃったら言い返せないじゃない。わかった。押し入ったことは許します。でも、普通はダメなんだからね?」

「わかってます。二度としません」

「ならよし。……それで…魔石のお礼、どうしたらいい?」


 支払える対価が少ない彼女にとって、魔石の貸与なんていう行為は、本来あって欲しくないものだろう。俺は見返りなんて求めてないけど、対価の無い善意程怖いものはない。だったら、金以外のもので代用させればいい。俺が今最も欲している物。


「では、出来る限りの情報をください。山籠もり生活のせいで俗世の情報に疎いんですよ」

「え、そんなんでいいの?もっと…ほら……私はまだあんまりだけど……」

「俺は紳士なのでそういうのはいいです!」


 厚着のボタンを外そうとする彼女を制止して、俺は備え付けの椅子に座った。


「そういうのは、ちゃんと好意を持ちあった者どうしでしなさい!」

「わ、わかった」


 まったく……この世界――時代の倫理観はどうなってんだ……。はあ……まあそんなことはどうでもいい。せっかくだ。色んなことを聞きつつ、あの件にも少しずつ誘導していこう。

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