98 新しいつながり
「気分が落ち込んだときは海を見に来るんだ。押し引きしている波を見ていると、人生にも良いことも悪いことも、長くは続かないということが実感できるから」
「…スミス」
「そう、英雄狩人スミスの7巻だったか?」
「8巻だよ」
「間違ったか…かっこつかないな」
アルカは、誰もいない船着場に、1人で体育座りしていた。
「師匠、ごめんなさい。皆心配してるよね。戻るよ」
少し冷静になることができたのだろう。ぱっと見はいつも通りのアルカだ。
だがそんな彼女に特大の爆弾をぶつける。
「アルカ、エフテルが“四極”の皆にお前らの過去を全部話したよ」
「…ッ!」
びくっとアルカが震えたのが分かった。自分の体を強く抱きしめるアルカは、少しずつ後ずさっていく。
「そ、そっか。じゃあ、師匠も聞いたんだね」
「もちろん聞いたよ」
嘘をつく必要はない。
頷くと、アルカは必死になって叫ぶ。
「師匠は、それでも私たちと一緒に、変わらず一緒にいてくれるんだよね!?」
「ああ、そうだよ」
俺はアルカの目を見つめて、真摯に、答える。
「でも、だめ…言葉だけじゃ、どうしても信じられない。あの男と師匠が、どうしても重なって…」
あの男、が誰を指すのかはなんとなく分かった。
そうやって、騙され続けてきたんだろう。
だから言葉だけでは信じられない。エフテルのように割り切れない。
「…どうすれば信じられる?」
「分からない…自分でも分からない。自分が大好きな師匠を、心の底から信じられない自分が嫌になる!」
過去を知られたことは問題ないのだろう。アルカは事前にその件についてはエフテルから確認されている。
今、アルカは、自己嫌悪に苦しんでいる。
「アルカ」
俺は少しずつ、刺激しないように近づいていく。
「嫌、今は近づかないで」
アルカが見覚えのある、エフテルと同じナイフを取り出す。
「私は師匠を信じられない私を許せない」
「そうか。それで、そのナイフでどうする?」
「っ、これは…」
自分で抜いたナイフに驚いたように後ずさる。やはり正常な判断ができていない。
まずは落ち着かせなければいけない。
「アルカ、俺とちょっと模擬戦をしようか」
「え?」
「アルカが叩き込まれた殺しの技術と、俺の狩人の力。どっちが強いか試してみよう」
俺はしゃべりながら、右腕の包帯をさらに固く巻く。これでナイフ程度であれば防げるはずだ。
「エフテルには負けたが、あれはノーカウントだろ。実践じゃないし。さ、行くぞ」
俺は一気に踏み出し、アルカに向けて拳を放った。エフテルを殴るのを躊躇し、結局できなかった時とは違う。本気で腹を狙った。
「ッ!」
「流石アルカ、素早いな。それに手癖も悪い」
しかし俺の攻撃は空振り、むしろアルカの避けざまのナイフで頬に傷がついた。
「ねえ師匠、これになんの意味があるの!?」
「いやあ、お前らにこういう技術を教えたやつがいたんだろ?ちょっとそいつに嫉妬しちまってな。その男は始末したんだよな?ならここでアルカに勝てれば、その先代師匠を超えたことになるかなって」
「アイツは師匠なんかじゃない!」
「でも事実、その技術は確実にエフテルとアルカの中で生きている。違うか?」
「違う、違う違う違うッ!」
よし、どんどん錯乱して、冷静さを失ってきているな。
とりあえず、冷静じゃなくて話を聞いてくれないのであれば、逆に限界まで沸騰させてやろうというわけだ。
しかし、この作戦には少し難点があって。
「違うって言ってるでしょっ…!」
アルカとの殺し合いを制する必要があるというところだ。
彼女がよく獣や魔物に見せる、姿勢を低くした急接近。実際にやられてみると、中々に対処に困る。身長差もあり、ほぼ地面スレスレから襲い掛かるナイフは脅威だ。
だが、低い姿勢からの攻撃である以上、俺の体を狙うためには切り上げしか選択肢はない。
「切り上げは、致命傷にはならん」
左腕で掴んだ動かない右腕で突き上げられたナイフをガード。少し心配だったが、やや出血する程度ですんだ。
「!?」
攻撃が防がれたことに対してか、それとも俺に傷を負わせてしまったことにか、いずれにせよ動揺したアルカは一瞬動きが止まる。
そこを狙って、俺は低い位置にあるアルカの顎を蹴り上げた。
「浅いか」
一撃で気絶させてやろうと思ったが、攻撃が当たる直前にバク転で衝撃を殺されてしまった。
距離が離れたアルカの目は、完全に据わっている。本気になったな。
「ぺっ」
流石にノーダメージではなかったようで、アルカは口の中に溜まった血を海に吐き捨てる。
「ねえ、師匠は、もしかして私のこと嫌いになったんでしょ。だからこういうことをするんだ」
「さあ、どうだろうな」
「だったら、師匠を殺して私も死ぬ!」
「わーテンプレな…」
もう一度アルカは姿勢を低くして、急接近してくる。
また同じか?いや違う!
直前で横に跳ね、俺の真横から切りかかる。しかもご丁寧に右側から。
「でも右側だと、逆に避ける必要ないんだわ」
動かない右腕側からの攻撃は、回避が難しい。しかし、回避しなくていいと割り切れば話は別だ。
少し体を捻って腹部に刺さるはずだったナイフを、右腕に。
今度は突きであったので、包帯で固めていても、案外深く刺さった。
「でもな、感覚ないからなんともないんだよ」
ナイフが抜けず、動けなくなったアルカの後頭部を掴み、そのまま地面に…いや、海面に叩きつける。
「~~~~~~!」
呼吸ができずに暴れるアルカを、必死に体重をかけて抑え込む。
しばらくすると、アルカの全身の力が抜けていき、完全に意識を失ったことを確認して、引き上げた。
「はい俺の勝ち」
§
砂浜に仰向けに寝せて、胸を叩いてやると、盛大に咽せたアルカは目を開けた。
「あれ、師匠…?」
「よ、ちょっとは冷静になっただろ」
「あ、うん…」
さっきまでの動揺した様子でも、激高した様子でもなく、フラットな、むしろ呆然としているような状態だ。
これでやっとまともに話ができる。
「で、話を整理すると、借金を返してしまうと、俺との関係を縛るものがなくなるから、借金を返したくないってことでいいのか?」
いろいろあって忘れかけていたが、始まりはそうだった。
200万クレジットを手にして、俺への借金が完済できそうになったアルカは、錯乱して逃げ出したんだ。
「ううん…」
アルカが体を起こす。
2人で砂浜にならんで座っているような状況だ。遠くの昔に深夜だが、まだまだ広場の方には明かりがともっている。
「借金は、返さなきゃダメだよ」
「え?」
「それは、私たちが一番よく身に染みていること。お金の大事さと、借金は返すこと」
「俺としては、アルカが嫌なら、返さなくてもいいんだぞ?」
「ふふ、だめだってば」
お、笑った。
「んじゃあ、残り1クレジットになるまで返済してもらうとか?」
妥協案。
「結局返してないじゃん。そういうのは、だめ」
却下された。
「あ、わかった」
「なに?」
これは我ながら良いアイデアだぞ。
「俺がアルカに借金をする。これならいいだろ」
「あぁー…?どうなんだろう、それは」
アルカは首を傾げている。
よし、勢いで乗り切ろう。
俺はアルカの手を引いて、祭りの会場に走る。
「え、え!?」
「いくぞー!」
船着場から、祭りの会場までは案外近かった。出店もまだ出ているし、かなりの村人もいる。酔いつぶれて倒れている人間もたくさんいるが。
あそこに転がっているのはロンタウ…?
「師匠、よそ見はやだ」
「ああ、悪い」
そうだな、今は借金を作ることに集中しないと。
「お、あそこがいいな」
俺はアルカの手を引いて、ある出店の前まで走る。
アクセサリーショップだ。
「お、今年の専属狩人さんじゃないか。それにお師匠さん。なんか買ってくれるのかい?」
店主は気さくに話しかけてくれる。
あとは俺がここでちょっと高めのものをアルカに買わせれば、その代金分が借金になる。
「どれを買ってもらおうかなー…ん?」
アクセサリーを選んでいると、アルカに袖を引かれる。
その表情はとても良いものとはいえない。
「師匠、やっぱ、借金で縛る関係は、良くない、よ」
「……」
あれだけ拘っていたアルカが自らこんなことを言うとは。
「本心でそう思ってるか?」
「うん、思ってる。師匠との間につながりがなくなってしまうのはとても怖いけど、そのつながりが借金っていうのはやっぱり…」
「そうか」
まあ、借金が原因で人生が狂った姉妹だしな。だからこそ借金に固執していたわけだが。
となると、どうするか。
「うーん…」
悩むなあ。
しばらく2人で店の前で唸っていると、店主が話しかけてきた。
「せっかく専属狩人決定戦の1位と2位なんだ、ペアリングでも買っていったらどうだい?」
「いや俺たちはそういう関係じゃ…いや、そうだ、そうだな」
店主が勧めてきたのは、あまり装飾がない、シンプルな指輪。俺たちが狩人だとわかっているからこその配慮だろう。確かにこれなら狩りの邪魔にはならない。
「んじゃこれ、買います」
「まいど!」
俺は店主から勧められた指輪を買う。
「アルカ。これ、専属狩人決定戦の優勝のご褒美ってことで、プレゼント。で、しかも俺とペアリング。どうだ、借金より素敵なつながりじゃないか?」
「指輪…?」
アルカはきょとんとしている。
「俺はこの指輪を外さないよ。そして、お前もこの指輪を外さない。この指輪をお互い付けている間は、ずっと一緒だ。そういうつながりも、良くないか?」
俺は指輪をアルカに渡す。
それを受け取ったアルカは、大事そうに胸の前で抱きしめながら、何度も頷いた。
「うん…うん…!それ、いいねっ」
泣き笑いのような表情のアルカは、とても魅力的だった。
「ふふふ…」
「な、なんだ」
急に店主が笑い出すもんだから、思わず後ずさる。
店主が指と指を合わせる。
「その指輪、こう、くっつけると、ハート形が浮き上がるんだよ、くくく…」
「なに!?」
俺とアルカは、指輪を合わせてみる。
本当だ!よーく目を凝らさないと見えないが、きれいなハート形になりやがる!
「店主、返品!」
「だめっ!これがいい!」
俺が指輪を突き返そうとすると、アルカに思いっきり右腕を引っ張られる。
「これがいいの」
「ま、まあそこまで言うなら…」
というか、今右腕を引っ張られたせいで、簡単に止血だけした傷が思いっきり開いた。
じわっとどころでなく、じゅわっと右腕の包帯が赤く染まり、地面に血が滴る。
「し、師匠?もしかしてこれ、私の…?」
「ああ、気にしないでくれ。でも、ちょっと意識が薄らいできたから、そこに転がってるロンタウを叩き起こして、俺を運んでってくれ…」
どんどん意識が薄れていく。
戦っているときはやはり興奮しているから気にならなかったが、相当な深手だったようだ。
「師匠、師匠ーーーーー!」
アルカの焦る声、周りの人間の怪訝な視線が俺の、この祭りでの最後の記憶となった。
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