97 よくある話
エフテルが誰にも聞かれたくないと言うので、ロンタウの家まで戻ってきた。
「わたくしたちはここにいても構いませんの?」
「うんいいよ、師匠と“四極”の皆は聞く権利があると思う」
申し訳なさそうに、エフテルはロンタウに視線を向ける。
ロンタウは肩をすくめながら、
「分かってるよ。部外者が聞いていい話じゃないってことだろ。ロンタウは祭りに戻るさ」
と言って、家を出て行った。
この家にいるのは、俺、エフテル、コウチ、カーリの4人だけ。
「まず最初に断っておくけど、今日で“四極”は解散になるかもしれない。それが嫌なら、そっちの2人も出てってほしいかな」
ロンタウが出て行ったあと、エフテルはコウチとカーリにそう言い放った。
「うーん、詳細を聞いてから判断ってわけにはいかねえんだよな?」
コウチの問いに、エフテルが頷く。
「話を聞いてからの対応によっては殺すかも。それくらいの覚悟がないなら、出ていったほうが良いね」
いつしか、狩人武器を作る前にエフテルとアルカが持っていたナイフがエフテルの袖からチラつく。常に携帯していたのか。
「物騒だが、俺はエフテルさんもアルカさんも、悪い人間だとは思わない。このまま、残らせてもらおう」
コウチは、ドカッとその場に座り込んだ。覚悟を決めたようだ。
「お嬢様。カーリは?」
「わたくしは…」
カーリは逡巡しているように見えた。
エフテルがため息を吐く。
「無理しなくていいよ。知らない方が良い関係を築けることもあるでしょ」
「いいえ、そうではありませんの」
カーリは、酷く青ざめた顔でかぶりを振る。
あの表情は…罪悪感?
「わたくしは、恐らく当事者ですわ。席を外すわけには、いきません」
カーリもその場にゆっくりと座った。
「そう。その反応、もう気づいちゃったみたいだね。というか、気づいてた?まあいいや」
そしてエフテルの視線が最後に俺に向かう。
「師匠には聞く必要ないよね?」
「ああ、ない。ずっと一緒にいるって約束したからな」
「ありがとう。心強いや」
これで全員の了承が取れたわけだ。
「じゃあ、話すよ」
普段は明るい雰囲気のエフテルだが、今だけは別人のようだ。
その重たい唇が、開かれる。
「そうだね。まず、あたしらは元犯罪者なんだ。いや犯罪者に元も何もないか」
エフテルはナイフを両手で器用に弄びながら気軽に見えるように話す。
「殺し、盗み、なんでもやったよ。ただ、自分を売ることだけは、しなかったけどね」
「道理で…」
俺は呟く。
この祭りや様々なところで見せた対人戦闘技術、躊躇いなく急所を狙う、相手の命を奪う闘い方。
それに、素早い身のこなしと器用な手つき。全てがそのために磨かれた技術だったということだ。
「ただ、別に快楽殺人者とかではないんだ。それは信じてほしいんだけど」
エフテルがコウチとカーリの瞳をのぞき込む。
「うん、大丈夫みたいだね」
にっこりと笑って、話を続ける。
「ウチは元々、街で商会を経営していてね。もう大富豪だったよ。それこそ、ダーシー家に並ぶほどに。ね、ここまで言えば分かるよねカリシィル。あたしら、会ったこともあるんだよ」
「ッ…!」
カーリの本名は親しい人間しかしらないはず。
もしくは、金持ち同士で関りがあった人間だけか。
「今の言葉で確信しましたわ。わたくしの本名を知っていて、ダーシー家に並ぶほどの豪商。ジオカーマル家。お父様に潰された家の1つ…」
「そう、正解!」
「お父様は、自分の家を大きくするために、あらゆる手段を使ったと言っておりました。人には言えないようなことも、と。てっきり冗談だとばかり思っておりましたが…」
「それが本当だったわけだ。あたしらは、お嬢様のお父さんのせいで地獄を見たんだ。信じていた人間には裏切られ、両親に売られ、何とか逃げて」
カーリに対して、最初のころは敵対心を抱いていたのはまさしく元凶の娘だと知っていたからだったのだ。
街に詳しかったのも、それでいて街を避けていたのも、昔住んでいたからだろう。
俺が記憶の中の姉妹の行動と、今の情報を結び付けていく間にも、エフテルの話は続いていく。
「しかもさ、あたしらを売った両親は事故死…ほんとに事故死だったのかは知らないけど、いなくなっちゃって。知らないうちに負わされた莫大な借金はぜーんぶあたしらが返済しなきゃなくてさ」
パン、とエフテルが手を叩く。
「そこで救世主が現れたんだよ。借金を全部肩代わりしてくれるっていう、大人が。そんな都合のいい存在に、縋ってしまったんだよ」
誰も口を挟むことなどできない。
エフテルが続きを話すことを待つしかない。
少し黙っていたエフテルだったが、続きを話す。
「その大人は、あたしらに生きる術と、お金を稼ぐ手段を教えてくれたよ。それが、これ」
エフテルが弄んでいたナイフを軽く投げる。それはまっすぐに飛び、静かに家の中を飛んでいた虫に突き刺さり、壁に縫い付けた。
「でも、どんなにどんなに働いても、借金がなくならなくて。あたしらも子供だったからさ。疑うことを知らなかったんだよね。とっくに借金なんてなくなっていて、いいように使われてただけだったことに気づいたのは、つい数年前だった」
数年前。それは姉妹がアオマキ村にやってきたころだ。
「…それで、アオマキ村に?」
「そ。しっかり落とし前はつけて、それからとりあえず旅に出た。とりあえず、人生で得た教訓は2つ。お金は大事。借金はするな」
アオマキ村に来てすぐのころだった。最初の武器を作るために借金をする、というときに少し揉めたことがあった。
こんな人生を送ってきたのであれば、無理もない。
「でも師匠はなんか大丈夫な気がしてさ。アルカは人を見る目があるから。あたしはないみたいだけど。だから、師匠のことは信じようって、もう一度、人生で2度目の借金をした」
「それももう、返済間近だな」
「そう。特にアルカは、今回の賞金で完全に師匠からの借金はなくなる。それできっと、取り乱したんだろうね」
「ちょっと待ってくれ、普通は、借金がなくなることは良いことだ。まして、お前らがそんな人生を送ってきたならなおさら…」
エフテルは少し困ったように笑って、ため息を吐いた。
「アルカはさ、寂しがり屋で、心配性なんだよ。あたしは、師匠がずっと一緒にいてくれるって言ってくれただけで信じられた。でもアルカはそうじゃなかった。だから、師匠とのつながりを、昔に自分たちを縛り付けた借金というかたちで縛り付けようとしたんだ」
「…俺はどこにも行かないし、ましてお前らを利用しようと考えたことなんて一度もない」
「うん、知ってる。だから、それをアルカに伝えてほしいんだ」
そう言って笑うエフテルは、いつもの屈託のない笑みだった。
どれだけの地獄を見てきたのかは分からない。
でも2人は、その技術を生かして、今は人のためになる仕事を、狩人をしている。
「エフテルも、アルカも、さっき村人に沢山花をもらっていたよな」
「え、うん」
突然何の話だと言わんばかりに困惑したように返事をするエフテル。
「昔のことは俺達は知らないけど、今はあれだけ沢山の人に感謝される仕事を命がけでやってる。それは、並大抵のことではないんだ。もちろんコウチも、カーリもな」
俺は立ち上がり、エフテルの傍に立つ。
「話してくれてありがとう。信じてくれてありがとう。俺は、アルカを迎えに行ってくるよ」
「…うん」
エフテルの頭をポンポンと撫でると、エフテルは震える声で返事をした。
「あと1つだけ、大事なことを確認させてくれ」
「なに?」
目を赤くしたエフテルが俺を見上げる。
「カーリを、カリシィル・ダーシーを恨んでいるか?」
2人の人生をどん底に叩き落とした張本人の娘だ。恨んでいてもおかしくはない。
しかし、エフテルは首を横に振った。
「別に。そこは、実はあたしとアルカは相談済みでね。アルカはまだちょっとだけぎこちないけど、恨んでない。むしろ、そのおかげであたしらは師匠に会えたんだから、感謝してるくらいだよ!」
「それを聞いて安心したよ」
コウチは先ほどから明るい表情だが、カーリは青ざめたままだ。
「ほらカーリ、エフテルは気にしてないってさ。むしろ感謝してるってよ」
「お師匠様…そうはいいましても…」
「カーリはさ。炎愛猿のとき、全力で助けに来てくれたじゃん。すごい昔のように感じるけどさ。それで、許した」
「エフテル…」
「だからそんな顔しないでね。次にその顔したら、顔に針投げるから」
エフテルはジャラジャラっと狩人武器の針を取り出す。
「そんなもの顔に投げられたら死にますわよ!」
「あはは、そうそう、そんな感じのお嬢様が一番あたしは好き!」
これで元通りの“四極”、いや、より一層絆が深まるだろう。
あとは…
「アルカだけだな」
「あたしはいかなくていいよね?」
「ああ、俺が1人で行ってくる。それがきっと一番正しい」
3人を残して、俺はロンタウの家を出る。さて、アルカはどこにいるのだろうか。
夜は更けていくが、祭りはまだまだ終わらない。
人気のないところを探してみよう。
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