86 祭の日‐カーリ
「お師匠様は、お肉と、お魚、どちらがお好きですか?」
「あーどっちでも…?」
弟子たちが全員ロンタウの家から出て行ったことを確認して、俺が最後に出たはずだったが、カーリに待ち伏せされていた。
「お師匠様はお忙しい方ので。最初にお時間をいただくのが一番スマートかと思いまして」
とのこと。
「それに、あの姉妹は案外単純ですから、純粋に祭りを楽しむでしょうし」
とのこと。
つまり、待ち伏せなんて思いつくのは私だけだということだろうか。まあ別に、カーリも可愛い弟子の1人だし、良いのだが。
「まず、朝食を食べますか?あまり重くないものが良いですわよね。ああ、良いのです、お師匠様はここで待っていてくださいませ」
さささっとお上品かつ素早い歩法で人混みをかき分け、出店で何かを買ってきた。
「ありがとう」
「どういたしまして、ですわ」
カーリから手渡されたのは、何やら白い玉。
「これは?」
「この砂漠で採れる、ボンチクの皮を剥いたものだそうですわ」
「ああ、あのサボテンか。へえ、食べられるのか」
「流石お師匠様。わたくし、食材の名前を聞いても分かりませんでしたのに」
「色んな採取依頼も受けてきたし、ものによっては狩りに役に立つ木の実なんかもある。暑さを忘れられる、クグリンの実なんかがそうだろ?」
「素晴らしいですわ」
…カーリと2人きりでいると、なんだか落ち着かない。
いつもよりお淑やかだし、こちらを立ててくるし、本当にお嬢様を相手にしているようだ。これがエフテルと一緒にいたりするとまた変わってくるんだが。
「そういえば、カーリの分はないのか?」
「わたくしは、その…お師匠様から少し、分けてもらおうかと…はしたないでしょうか…?」
上目遣いで、袖を掴んでおねだりしてくるカーリは、普段の姿とのギャップでとても魅力的だ。
この子が、叫びながら、ゲロを吐きながら七色剣山を両断したのかと思うと、なんだか興奮してきたな。
「それと、お師匠様…。今は、2人きり、ですわよ?」
「ん…?ああ!ごめんごめん。2人きりのときは本名で、だったな」
「もう、わざと焦らしていらっしゃるのかと思いましたわ」
「悪かったって、カリシィル」
「はぁん…」
って、なんかまるで恋人みたいなやりとりになってるな。いかんいかん、俺は師匠だぞ。
「ほら、先に食べてくれ。カリシィルのお金で買ってくれたものだろ?」
俺はカリシィルが買ってきてくれたボンチクを差し出す。
「では、口まで運んでくださいますか?あーーん…」
「ほい」
変に意識するから恋人みたいになるんだ。いつもどおり、普通にしてればいい。
シャクっとした音とともに、カリシィルがボンチクの実を一齧り。
「あら、さっぱりとした甘みが口に広がりますわ」
「そうなのか、どれ」
俺も一口食べてみる。
なるほど、淡泊な味の果実といったような感じだ。
朝ごはんには丁度いいかもしれない。
「ふふ、間接キス、ですわね」
「言うと思ったよ。俺は…というか、狩人はいちいちそんなこと気にしないからな」
狩場では道具や飲食物を回して使うのは当たり前だし、なんなら人口呼吸なども起こり得る。
「にしてもカリシィルはこういう食べ物に抵抗ないよな。こう、高貴な人は高級なものしか口にしないと思っていたよ」
家もボロ屋に住んでいたし、普段の生活とのギャップで辛くなったりしないのだろうか。
「そういう甘えは、狩人になると決めたときに捨てましたわ。それに、養成所での実地訓練は地獄でしたし…長期滞在訓練、お師匠様のころもありましたか?」
「ああ、あったあった!あれが一番キツイ訓練かもしれないな!」
武器もなし、ナイフ1本で狩場に10日間放り出される訓練だ。危険度が高い獣が出没しない、ギルドが管理している土地での訓練なので、教官も目を光らせているし、死者はでないが、トラウマにはなる。それこそ泥水を啜り、虫を食す生活を送ることになる。生半可な覚悟ではついていけない訓練だ。
とはいえ、養成所には狩人免許を取得してから行くものなので、その訓練を10日間完遂できなくともペナルティなどはない。というか、完遂できる人間のほうが少ない。
「ちなみにカリシィルは何日目まで耐えられた?」
「10日ですわ!」
「おお、すごい」
なるほど、それで劣悪な環境には耐えられるお嬢様が誕生したというわけだ。
「お師匠様は、当然10日間ですわよね?」
「俺は…一か月くらいだったかな…」
遠い目で過去を思い出す。
当時イケイケだった俺とレイは、調子に乗って教官の監視下を越えて進軍。遭難した。救助が来なければ死んでいただろう。
「な、なにか大変なことがあったのは分かりましたわ…」
何となく察してくれたのか、カリシィルは深く追求はしてこなかった。
そんな談笑をしていると、気が付けばボンチクの実は食べ終わってしまっていた。
「ん、全部喰っちまったか。じゃあ、次は俺が何か買おうかな。カリシィルは、何か食べたいものあるか?」
「お師匠様と同じものならば。もし希望を申し上げるのであれば、先ほどのように、1つのものを2人で、など…」
「ああ、いいぞ」
アルカにばかり甘えるのを許している気がするので、今後はカーリもといカリシィルも2人きりのときは甘やかしてやるとしよう。
「あちらは…なんでしょうか」
「ああ、砂漠に生息する危険度2の獣、砂潜みの肉だな。砂潜みは名前の通り、砂の中に潜み、近づいた獲物に襲い掛かる猫で、尻尾がチューブ状になっており、砂から尾の先を出して呼吸する。地上で狩りをすることもあり、その際は尻尾から空気砲を発射し、小さな動物などを食べる。って、教本で習ったか?」
「いいえ、教本では、そのような個別の獣に関する情報はあまりありませんでしたわ。そのような情報は、モンスターブックを購入するべき、と」
「ああなるほど、それもそうか」
モンスターブックとは、危険度ごとに獣と魔物の生態がまとめられた本で、俺もよく読む。
「じゃあ、モンスターブックは読まないのか?」
「うぅん…こう言ってしまうと、お師匠様に怒られるかもしれませんけども…」
とても言いにくそうにしているので、続きを促してやる。
「“四極”の皆さんと一緒に、初めて相対する獣の情報を師匠から聞く。あの瞬間が好きなんです」
「ああ、なるほどな」
俺は納得しつつ、少し笑った。
狩人に関することに関しては熱心なカリシィルが、あまり獣や魔物の情報を知らないことに納得したからだ。
他の仲間たちと、同じ立場にいたかったのだ。なんともかわいらしい理由だが…。
「それに関しては、本当は全員で予習することが好ましいんだけどな。今度からは、俺の説明を聞く前に、“四極”のメンバーでモンスターブックを読むとか、どうだろう?」
「エフテルが大人しくしていますかね?」
「はは、確かに、結局は俺の説明頼りになってしまいそうだな」
この間の、七色剣山のときのように俺の知らない生態があると、こいつらの命にかかわる。情報収集がどれだけ大切なのかという話なのだが…。まあ、俺が指導役をやっている間くらいは、情報担当は俺がやってやろう。
「って、せっかく2人なのに仕事の話ばかりしてしまってるな」
せっかくの祭りだというのに、結局狩りの話をしてしまう。いつしか姉妹に言われたように、俺はオタクなのかもしれない。
カリシィルは、そんな俺を見て、クスリと笑った。
「わたくしは、そんなラフト様が、お師匠様が好きなのです。今も昔も」
「そ、そうか?」
そういえば、カリシィルは俺が“双極”として活動していたころからのファンなんだったな。少し照れくさい。
「じゃあ、あの砂潜みの串焼き、買ってみるか!」
俺は誤魔化すように、串焼きを買ってくる。
先程約束した通り、2人で食べるために1本だけ、買ってきた。
こうしてカリシィルとの時間は過ぎていった。
ストックやばいです。
あと3話しかありません。




