118 カーリの休日
昼食を取った肉屋があった中心部から、沿岸部の方へ歩いていく。
肉臭かった体が、潮風で少しマシになったような気がした。
「お嬢様の選ぶお店ですから、大層ご立派なものなんでしょうねえ」
エフテルがカーリにウザ絡みしている。
「ええ、素晴らしいお店ですわ」
それでもカーリは自信満々なあたり、よっぽど自信があるのだろう。
やがて見えてきたのは、白色に塗装された小さなお店。
店の外には簡素な屋根と、その下には椅子とテーブルが用意されている。
飲食店かな?
そう思いつつも、カーリの説明を待つ。
「ここがわたくしのオススメのお店、茶屋ですわ」
「茶屋?」
俺とコウチが首を傾げる。
あまり馴染みのない言葉だ。
「あー、いかにもお嬢様って感じ」
「何年ぶりだろ」
エフテルとアルカは知っているようだ。元上流階級の2人と、お嬢様のカーリが知っているということは、高貴なお店なのだろうか。
…財布の中身はまだある。大丈夫だ。
「ふふ、お師匠様、そんなにお高いお店ではありませんので、御心配なさらずに」
その様子をカーリに見られていたようで、笑われてしまった。
すまんな、庶民なもんで…。
カーリが店内ではなく、店外の席に着いたので、俺達も追従する。すると、店の中から店員がやってきた。
「いらっしゃいませ、お嬢さま。本日のご注文はいかがになさいますか?」
「いらっしゃいませ、お嬢様ぁ?」
エフテルが思いっきり眉をひそめた。店員さんが困っているので、あからさまに悪態をつくのはやめてあげてほしい。
「この茶屋は、街に本店があるのですけど、支店をどこかに作りたいような話がうちにありまして。でしたら、アオマキ村はどうか、と提案しましたの」
なるほど、カーリの実家つながりでアオマキ村にやってきたのか。それでお嬢様と。
「な、なんか緊張してきたな…」
コウチが急にソワソワし始めた。髪なんかを整えたりしている。
お嬢様御用達の店だ。なんとなく俺の背筋も伸びる。
「ですから、そんなに肩肘張らずとも問題ありません。リラックスする場所なのです。ほら、周りのお客さんは自由にしているでしょう?」
確かに、俺達以外の客もいて、楽しそうに談笑している。
「ま、茶なんて飲むのが上流階級なだけで、それ自体はあんまり高くないし。普通でいいよ、師匠」
何故か偉そうなエフテルや、自然体でいるアルカを見てると、逆に緊張しているのが恥ずかしくなってきた。
「こちら、メニューになります」
俺達のやり取りがひと段落したと判断したのか、店員が木板を置いていく。そこには商品名と値段が書かれている。確かに庶民でも懐が痛くない値段だ。
しかし。
「これが…なにで、これは…?」
商品名を見ても何だか分からない。〇〇の茶、というのが多く並んでいるが、そもそも茶とは何か。
「なあお嬢、茶ってなんだ?」
俺の疑問をコウチが聞いてくれた。
「お茶と言いますのは…」
「葉っぱや木の実の出汁。香りと少しの味だけするお湯。そんな感じだね」
「エフテル!」
カーリが説明しようとしたところで、エフテルが説明した。カーリが怒っているあたり、事実と異なる説明なのだろうか。
「どうなんだ、アルカ」
隣に座っているアルカにこっそり訊ねる。
「ん、まあ、間違ってないんじゃない。ただ、茶っていうのはお上品なものとする傾向があって、それをざっくばらんに説明されて怒ってるんじゃないかな。カリシィルお嬢様は生粋のお嬢様だし」
「ふむ、なるほど」
どちらかと言うとふわっとした説明よりも、エフテルの言うような言い方の方が分かりやすくはある。
にしても植物の出汁か…。
確かにそういう目でメニュー表を見てみると、知っている植物もある。
興味が出てきたぞ。
「カーリ、おすすめは?」
「え、あ、はい!」
エフテルとまだ言い合っていたカーリがこちらに向き直り、メニューを指さしながら説明してくれる。
「基本的には香りを楽しむものなのですが、味というのも確かにあって。苦いもの、渋いもの、甘いものなどがあります。最初は甘いものが良いのではないでしょうか?」
「確かに苦かったり渋いものを進んで飲む必要はないよな」
「ふふ、その価値観はいずれ崩れ去ることになると思いますわ」
俺とコウチはエフテルが勧めてくれた茶を頼み、エフテルとアルカは自分で選んだ。
さらに茶と菓子は相性が良いらしく、パンやシロップなどもメニューに載っていた。俺は満腹なので遠慮したが、弟子たちは皆それぞれ注文。
少し待つと、それぞれ注文したものが運ばれてきた。
元々作り置きしていたものを提供するスタイルなのかな。待ち時間が少ないので、時間がないときに良いかもしれない。
「では皆様、ご賞味ください」
カーリにそう言われたので、俺は自分が頼んだ茶が入った器を手に取る。
む、少し熱い。
だがこのくらいなら飲める。
まず一口。
「…なるほど?」
ほんのりとした甘さと、なんというかこう、花のような香りが鼻の中を通り抜けていった。
本当に味はほぼしなくて、香りだけだ。昔飲んだ薬湯に似ているような気もする。
コウチも一口飲んで、なにやら釈然としない顔をしている。
俺達庶民には良くわからない味だが、まあ嫌いではない。
一気にグイっと残りを飲み干した。
「あーーーーッ!?」
「うおっ、なんだ急に」
カーリが叫び出したので、慌てて背筋を伸ばす。
「お師匠様!お茶というものは、ゆっくり香りを楽しみながら、穏やかに談笑しながら、少しずつ飲むものなのですわよ!一気飲みするものではありません!」
「そ、そうだったのか。悪い…」
でもそれならそうと先に言ってくれ…。
「ふふ、流石師匠。上流階級なんてクソくらえってわけだね!あたしも…ッああああ!!!」
隣で急に一気飲みを試みたエフテルが喉を押さえて地面を転げまわっている。
「お姉ちゃん…普通の人間は熱湯を一気飲みはできないんだよ…」
そんな姉を悲しい目で眺めるアルカ。エフテルはカーリからはゴミでも見るかのような冷たい目で見下されていた。
気を取り直して、俺はもう一杯注文しようとすると、カーリが自分の飲んでいた茶をスッと俺の目の前に滑り込ませる。
「わたくしの注文したお茶も、是非飲んでみてくださいませ」
少し照れたように言われる。
…間接キスなどと舞い上がる歳でもない。
普通にいただかせてもらおう。
「む…苦い…」
「それが良いのです」
俺が一口飲んだところから、わざともう一口飲んで、カーリはそう言った。
「うーむ、良くわからん…」
腹の足しになるわけでもなし。だからこそ食うものに余裕があり、こういうものを娯楽のひとつとして楽しめる上流階級の趣味なのだろう。
「直接葉っぱごと食えばいいのにな」
こっそりとコウチに耳打ちする。
「それお嬢に聞かれたら泣かれるぞ…」
苦笑しながらコウチにそう返された。まあ、確かに。せっかく教えてくれたんだもんな。
カーリが教えてくれなければ知り得なかった文化だ。
もう少し、楽しんでみよう。
「カーリ、もう一口もらえるか?」
「っ!はい、お師匠様!」
カーリが動き出すより先に、アルカが俺の前に自分の茶を突き出してきた。
「1回目は許したけど、2回目は駄目だよ」
「くッ…アルカ…さん…!」
謎の緊張が走る。
こんなことで喧嘩しないでくれ…。もう皆20歳越えてるんだから…。
「罪な男だね」
ずずっとコウチが茶を啜る音が遠く聞こえた。
他人事だと思って突き放しやがって。
また今度、彼女ネタでいじり倒してやる。
「あれ?“四極”じゃーん」
「む、この気の抜けた口癖は、ミーンか」
「わたしもいますよ~」
“豊穣の奏”の2人は案外近くの席に座っていたようだ。
ってことは今までのやり取り全部見られてたってことか…?恥ずかしすぎる。
「やっぱハルゥさんやべー…」
コウチが呟いている。
こいつは彼女がいるくせに、ロンタウやハルゥなど魅力的な女性には敏感に反応する。
「“四極”もお茶会ですか?」
ハルゥに訊ねられる。
お茶会…っていうのか。
「まあ、そうだな。その、初めて飲む。2人は?」
この村に来て間もない2人だが、普段からお茶を嗜むような階級の人間でもないだろう。
「ここ、今この村の女の子の間で滅茶苦茶流行ってるじゃーん?」
いや知らんが。
「だから狩りの前にちょっと寄ってみたじゃーん」
「なるほど。それで武装してるのか」
2人は武器と防具を装備している。
「でももう昼過ぎだろ?今からじゃ遠くには行けないが…」
森への立ち入りは制限されているし、平原にしか行けない。泊まり込みでどこかへ行くなら別だが。
「ちょっと草原にセルを集めに行く依頼を受けたんです。魔燃料が足りなくなりそうなんですって」
「なるほど、草原でセル狩りか。でも3級が受けるような依頼じゃないよな?」
俺が言うと、2人は少し照れながら、
「村の人の役に立ちたくて…」
「人のために働くのって、なんか良いじゃーん…?」
と言った。
「ああ、そうだな」
俺は自然に微笑んだ。
この間の一件で初めて村人に感謝されて、自分たちの仕事が人の役に立つことを実感したんだろう。それで手が空いた時には、セル狩りのような雑用を引き受けていると。
「ありがとうな」
俺は村長でも何でもないが、そう言いたくなった。
“豊穣の奏”の2人ははにかみながら無言で頷いた。
「あーーーー!師匠が別の女とイチャついてる!」
喉の火傷から復活したエフテルが騒ぎ出す。
普通に感動してたのに台無しだよ!
「ちっ、いつの間に…」
「お師匠さま!」
2人で争っていたアルカとカーリも争いに加わり、なんとか場を治めた俺は、疲労感を感じながら茶屋を後にした。
茶屋って、リラックスする場所じゃなかったのかよ。
話が違う。
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