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こんなあほな話、読んでいただいた方に感謝です!!
これにて完結です!
「 へえー よくかわしたねぇ。気配は完全に消して、殺すつもりでやったんだけどね。気にいったよぅ。合格だあ! やっぱり、あんたこそ、おいらの花嫁にふさわしい 」
おそろしく長い剣をふるった、蓬髪の剣士が笑いかけます。
小男なのにふきつけてくる鬼気は、王子を凌駕します。
それだけではありません。
見かけは人ですが、感じる人外の気配。
「 灰かぶり 」の顔に緊張が走りぬけます。
「 ラウズ!! なにを戯言を! そんな奴の相手よりも、早くわしを助けろ!! もうすぐ隣国の派遣軍も突入して来る! そうすればまだ・・・・ 」
王子たちに剣先を突き付けられた悪徳大臣が喚き立てます。
「 あのぅ・・・・・隣国の派遣軍って・・・ひょっとして 」
申し訳なさそうにきりだす「 灰かぶり 」。
悪徳大臣はものすごく悪い予感がしました。
「 おもしろかった 」「 みてみて 」「 あのね ぼくたちね がんばったんだよ 」
どこに隠し持っていたのか、ヴァイキング幼児たちの何人かが、戦利品の旗を一斉にばっと掲げ、愛くるしい笑みを浮かべます。その目には殺戮の興奮の残り火がくすぶっていました。
「 安心せい みねうちでござる 」
両刃剣を振りかざしてにっこり笑う子もいます。
その剣・・・・・峰なんてありません。
幼児の皮をかぶった悪鬼羅刹の群れです。
「 ほう、クズリどもかい。いい兵隊を手懐けたじゃあないかい 」
ラウズと呼ばれた小男は、ヴァイキング幼児達を一瞥し、正体を看破してにやりとしました。
「 灰かぶり 」の顔がさらに警戒に引き締まります。
「 そ、それは隣国の旗 ! 」
悪徳大臣の顔が蒼白になります。
頼みの綱の派遣軍が敗北した、なにより雄弁な証拠でした。
誇らしげにヴァイキング幼児たちが振り回す幟が、まるで丸太で串刺しにされてさらしものにされる、あわれな兵たちに見えました。
「 この旗の隣国のみなさんなら、さっき急に私に襲いかかってきましたので・・・・・とりあえず手足を折って、動けないようにして、お城の近くの森の木にくくりつけてきてしまいました・・・・・ごめんなさい」
謝る「 灰かぶり 」。
口ぶりこそしおらしいですが、言ってることは滅茶苦茶です。
耳をすませると、はるか遠くから男たちの悲鳴と、ウオオオンという狼の遠吠えが聞こえました。
〝みんな、まぬけなエサがわんさかいるぜ。今夜は食べ放題だ!
とっつあん、かあちゃん、ガキども連れて集まれや〟
という狼が仲間たちへの呼びかける吠え声でした。
「 灰かぶり 」は森に腹ペコ狼たちがいるということをすっかり忘れていたのでした。
悪徳大臣は言葉を失い、酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせました。
頭のいただきに残ったわずかな髪の毛が、ショックで、塩をかけられた青菜のようにへたりました。
悪徳大臣の手引きにより、ひそかにこの国にもぐりこみ、城に押し入ろうとしていた隣国の兵たちは、姿を見られたと勘違いし、「 灰かぶり 」を口封じしようと襲いかかったのでした。
まさか楚々とした美少女(の姿に見えるもの)が、狼も裸足で逃げ出す危険人物とは思いもせず、役得とさえ思った悪漢たちでしたが、わずか数秒後には、地面で血反吐をはいてのたうちまわっていました。いろいろいけないことをしようと思った不埒な奴らの手足は、いろいろいけない角度にねじ曲がっていました。
これは短編なので、光の速さで因果応報がおきるのです。
「 灰かぶり 」が城近くの森に潜んで機をうかがっていた襲撃者たちに、間抜けにも舞踏会の受付と勘違いして、にこやかに声を掛けたのが、そもそもの戦闘の発端なのは内緒です。
ラウズと呼ばれた小男はお手上げというふうに首をすくめました。
その目には冷たい嘲笑が浮かんでいます。
「 ・・・・・というわけさ。説明する手間が省けたねえぃ。見てのとおり、隣国の兵士たちなんてもういないのさ。そこのお嬢さんたちがここに来る時に一人残らず蹴散らしてたからねぃ。おいらは気配で気付いたけど黙ってたのさ。なにせ待ち望んだ花嫁候補をたしかめる絶好の機会だからねぃ 」
ラウズの請け合いと暴露に、悪徳大臣たちはあらためて「 灰かぶり 」達を恐怖の目で見やりました。
「 ・・・・・信じられん。二百人からを全滅・・・・手加減なしの悪魔どもめ 」
「 え ? 手抜きなど失礼にあたるじゃないですか。拳にて、汝自身を愛するように、汝の隣人を愛せよ・・・そう教えにもあります 」
両手の指を組みあわせ、祈りのポーズで天を仰ぐ「 灰かぶり 」。
悪徳大臣のほほが引きつりました。
「 聖書では、こ、拳なんて言っとらんわぁ ! 」
「 やだなあ。なに言ってるんだか。拳は全人類がわかり合うための共通言語ですよ 」
ほほえむ「 灰かぶり 」、その目はすわっています。
女装男子の言葉ではなく、素の発言です。狂信者の目付きです。
教えを闘志で捻じ曲げて解釈しています。
話が通じないその脳筋ぶりに、悪徳大臣は心底慄然としました。
原始人となんら変わりがない危険人物と気づいたからです。
さすがに「 灰かぶり 」のこの発言には大広間にいる大部分の人間もどん引きです。
・・・・・いえ、王子様が深く頷いています。
歴戦の騎士達が少年のように目を輝かせました。
王様と王妃様が、我が国の建国理念だ、よくぞ言いました、と褒めちぎります。
どうやらこの国では肉体言語が第二母国語のようです。
脳筋が上層部のこの国の未来が心配です。
スデゴロ上等の錦の御旗のもと、破滅の道へ一直線です。
「 さあ、あなたも男なら、私と存分に語り合いましょう 」
もちろん「 灰かぶり 」は言葉ではなく、拳で語る気満々です。
にっこりし、うちあわせた「 灰かぶり 」の拳がたてる音に、悪徳大臣は震えあがりました。
「 いや 美しき姫よ。ここは私にまかせてもらおうか。なあ、大臣。借りもあるしな 」
悪徳大臣の喉元に突き付けた剣の切っ先に力を入れ、王子がにやりと笑います。
王様が袖をたくしあげながら、ウォームアップを始めます。
憤怒に燃える目で騎士達が前に進み出ます。
拳で語り合いたい相手はたくさんいるようです。
悪徳大臣の命はまさに風前の灯でした。
みんなの殺気にあてられ、クーデターに参加していた兵士たちが、さきほどの貴婦人たちのように悲鳴をあげました。女性たちは武装解除されて震える彼らを、豚を見下ろす軽蔑の目つきで睨みました。腹にすえかね、蹴りをくれている令嬢まで出る始末です。
「 いやだ こんなところで・・・・・ ラ、ラウズ! わしを助けろ・・・・この国をわしにくれると言ったじゃないか!! 」
「 あきらめろってぃ。大臣さん。もう魔法の時間もあんたも終わりだよ。自業自得だよぅ。あんたが勝手に隣国の勢力引き入れたりするからさ。おいらにすべてまかせるはずだったろう。契約違反だよ。あー、もう、うるさいなぁ。黙れって 」
小男ラウズがふうっと息を吹きかけると、わめき続けていた悪徳大臣がそのままの形で石になってしまいました。妖術を目撃し、戦慄が大広間に走り抜けます。
「 知恵も信仰もなしに妖鬼をたばかったんだ。そんな愚か者の末路は悲惨なものと相場は決まってるさ。言い伝えには真摯に耳を傾けるべきさ。やれやれ、こんな汚い置物、ごみにしかならないねぇい 」
「 ・・・・妖鬼 ? あなたは人間ではなく、悪魔の類なのですか 」
トロルの昔話にラウズという名前があったのを思い出しながら、「 灰かぶり 」が問いかけます。
「 悪魔 ? 人聞きの悪い。おいらは大昔に忘れられた土着神だよ。さっきおいらの気配を感じられなかったろう。剣筋もぎりぎりまで見えなかっただろ。あれはおいらが信仰されてた時代の、忘れられた太古の武術なのさ 」
「 ・・・・・忘れられた・・・・武術 !! 」
「 灰かぶり 」の目が爛々と輝き出しました。今後の展開が丸わかりです。
「 そもそも大国に挟まれたこの小国が、今までなにごともなく繁栄してきたのは、城の地下に封印されてたおいらの力のおかげなんだぜ。この国の初代の王様に賭け事で負けちまって、そういう契約で縛られてたのさ 」
苦笑すると、くいっと石になった悪徳大臣のほうに顎をしゃくります。
「 そこの欲ぼけ大臣が古文書でおいらのことを知ってねい。おいらの力を借りてこの国を乗っ取ろうとして封印を解いたのさ。そしておいら達は契約を交わしたのさ。大臣にこの国を与えるのと引き換えに、すべてをおいらにまかせることと理想の花嫁選びを条件にしてねい。大臣は先走って約束反故にしちまったがね 」
「 ・・・・・花嫁選びだと! まさか 」
蒼白になる王子様に、ラウズ、妖鬼はにやりとします。
「 お、気付いたか。さすが王子様だねぃ。そうさ、身分問わずで国中から王子様の花嫁探しをする、そのための舞踏会なんて、そもそもおかしな話だろう。あれは本当はおいらの花嫁さがしだったのさ。お城の全員、おいらの魔法に知らんうちに引っ掛ってたわけだねぇ 」
みんなが驚愕に顔を見合せます。
言われてみれば確かにそうでした。
今まで誰も疑問に思わなかったのでした。
「 ほんとうの目的は、王子様のじゃなくて、おいらの御眼鏡にかなう花嫁を見つけることだったのさ。そして、その願いはもう叶った。だから、もう魔法は解いたってわけさ 」
「 灰かぶり 」のほうを嬉しそうに見やります。
「 待ち望んだおいらにふさわしい相手はあんただ。おいらに身をまかせれば、財宝でも永遠の若さでもなんでもくれてやろう。さあ、好きな願いを言うがいい。だが、断ればこの城の全員を石に変えてくれる。さて、どうする 」
全員が固唾を飲んで「 灰かぶり 」の答えを待ちました。
「 ・・・・私は五体満足で健康なこの身体を神様から授かりました。神様は常に私とともにいらっしゃいます。だから、私は何もいりません。願わくば、この国に今までどおりの加護を 」
「 灰かぶり 」は躊躇いもせず、にっこりと笑ってそう答えました。
武道馬鹿は身ひとつあれば十分なのです。
そして、妖鬼は自分のことを打ち負かして、舎弟にしたいのだと勘違いしていました。
花嫁というのは比喩表現の類で、まさか男の自分を本気で嫁に望んでいるなどとは、夢にも思ってもいないのでした。
「 求めよ、さらば与えられん。たずねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん」
そして「 灰かぶり 」はそっと聖書の一節をそらんじました。
その優しく敬虔な心根に、人々は感動して涙しました。
「 なんという心の美しい娘だ 」
「 我々を救うために、その身を投げだすおつもりなのか 」
「 あの子こそこの国の妃にふさわしかったのに 」
この城のみんなを救うため、神への信仰ひとつを心の支えにして「 灰かぶり 」が妖鬼に身をまかせるつもりだと考えたのです。
「 灰かぶり 」の目がぎらりと輝きます。
「 ・・・・・人は武神を求め、武神は人に拳を与えたのです! つまり、ここよりの会話は拳にて! あなたが勝ったら、この身好きになさい! いざ尋常に勝負!! 」
ぜんぜん違いました。
常人には理解出来ない脳筋思考回路。
神ではなく武神。
ショートカットどころかショートしてぶっ壊れています。
敬虔どころか荒ぶる異端大爆発です。
「 いいねい。従順なだけの女などクソ喰らえだ! 力尽くで惚れさせてやるぜい!! おいらを負かすこと出来たら、あんたを連れていくのは諦めて、願い事だけかなえてやらあっ。この消える太刀筋を見切れるかやってみろ! 首切り落としてもくっつけてやるから安心しろい!! 」
妖鬼も負けず劣らず脳筋でした。
しかも急展開にもつきあってくれる、結構いい奴です。
「 灰かぶり 」は破顔一笑しました。
「 応っ!! 破ってみせますとも!! はあッ!! 」
気合い一閃。
「 灰かぶり 」は履いていたガラスの高足下駄をばあんっと踏み砕きました。
木っ端微塵になって、美しいガラスの欠片がきらきらと舞い上がります。
仙女が見ていたら気絶したでしょう。
無茶苦茶です。
お約束の伏線回収、完全破壊です。
間髪いれず、「 灰かぶり 」はハイキックの態勢に入りました。
「 は! ガラスの破片で幕を張って、俺の剣筋を察知する気かぃ。考えたねぃ。だが、見切れてもリーチの差はどうするよ!! 」
いにしえの武技で見えなくなった長い刀身が走ります。
きんきんっと音を立てながらガラスの破片がはじけ、剣の軌跡を知らせます。
ですが、残念ながら妖鬼の言うとおりです。
リーチに差がありすぎです。
手より長い足を使っても無駄です。
妖鬼の長い猿臂と長剣があわさった殺傷距離は、「 灰かぶり 」の蹴りの倍あります。
剣と蹴りの速度は互角でしたが、「 灰かぶり 」に勝ち目はありません。
みなが固唾をのんで、勝敗の行方を見守ります。
「 ・・・・足が届かないのならっ!! こうするんですよッ!! 」
ゴインッと物凄い鈍い音が大広間をふるわせました。
「 ゴバアッ !? 」
なにが起きたかわからないまま、顔面に強打がめり込んで、妖鬼の意識が一瞬はじきとばされました。
ぽろりと剣を取り落とします。
実体化した剣が、音を立てて床に転がりました。
その鼻柱に叩き込まれたのはドロップキックでした。
悪徳大臣の。
・・・・・石になった悪徳大臣の足裏が、妖鬼の鼻柱を砕いたのです。
悪徳大臣の石像を「 灰かぶり 」が足の指で引っ掛けて、蹴りの射程距離を水増ししたのでした。
裸足になるため、ガラスの下駄を踏みつぶしたのです。
「 灰かぶり 」の足指にとっかかりとして挟まれた、悪徳大臣の貴重なてっぺん毛が、ぽきりと折れ、どごんと石像が床に落下しました。 ついでに口髭も片方折れ飛びました。
「 ・・・・・ぐっ! まだ終っちゃいねぇ・・・・!! 剣を・・・・ 」
「 いえ、これで終わりです!! 」
剣を拾って反撃しようとした妖鬼の両手を、「 灰かぶり 」が、両手で握って封じました。 一瞬の隙をついて、動きを悟らせない無拍子で、妖鬼の懐に飛び込んできていたのです。
それはまるで二人仲良く踊っているように人々には見えました。
「 灰かぶり 」は好敵手へ敬意のほほえみを向けました。
至近距離で見る「 灰かぶり 」のそのあまりの美しさに、妖鬼は見惚れました。
〝・・・・・はあ なんて綺麗なんだ。おいらの手に余るほどいい女だよ。まったく 〟
彼は少し恥ずかしそうに、ちょっと嬉しそうに微笑しました。
余ってるものは、なにか別のものなのですが・・・・・・
そして、威力を逃しようのないこの状態で「 灰かぶり 」本人の必殺の頭突きが妖鬼の顔面に炸裂し、妖鬼の目玉がぐるんと白目になりました。
死闘は終了し、妖鬼は膝から崩れ落ち、「 灰かぶり 」は会心の笑みを浮かべるのでした。
拳は結局使いませんでしたが、脳筋はそんな細かいことは気にしないのです。
「 ・・・おいらの負けだよ。約束通り、この国への加護は続けてやる。あんたにも手は出さねぇ 」
「 ・・・・・とてもいい戦いでした。あなたに心より感謝します 」
ややあって、わずかの間の気絶から覚めて、座り込んだまま苦笑する妖鬼に、「 灰かぶり 」はほほえんで手を差し出しました。
妖鬼はその手に掴まりかけ、思い返して片膝をつきました。
「 あんたがこの国で一番愛される娘でありますように。常に女としての幸せが誰よりもあんたの上にありますように 」
そして「 灰かぶり 」の手を取り、祝福のキスを手の甲にしたのでした。
「 これはあんた個人への、一生解けることのない魔法のプレゼントだ ・・・・じゃあねぃ。おいら世界の果てに旅立つさ。もう会う機会は二度とないな 」
「 ちょっ、ちょっと! 冗談じゃないですよ! 取り消して・・・・・ 」
妖鬼の言葉の意味が飲み込めず、最初きょとんとしていた荒らぶる男の娘の「 灰かぶり 」でしたが、その意味が少しづつ頭に染み込んでくるにつれ、まっさおになりました。
でも、時すでに遅し、あわてて引き留めようとしたときには、少しだけ寂しそうに笑った妖鬼の姿はその場から消え失せていたのです。
焦る「 灰かぶり 」と裏腹に、どっと大歓声が周囲から巻き起こりました。
人々が称賛の言葉を口々に「 灰かぶり 」に押し寄せてきます。
「 心も姿も美しい姫よ。ぜひ私と結婚してくれ 」
「 王子よ。こんないい娘さん、うかうかしてたら他の男に略奪されるぞ。この場ですぐに婚約発表してしまえ。王のわしが許す 」
「 今日はなんていい日なんでしょう。息子の花嫁と私の理想の娘を同時に授かるなんて 」
王子様と王様と王妃様が、本人の意向と段取りをガン無視して話を進め、脳筋騎士達が喜びのあまり剣をがちゃがちゃ打ち鳴らします。その常軌を逸した暴走ぶりに、「 灰かぶり 」は震えあがりました。
まるで魔法にかかったような熱狂ぶりだったからです。
「 ちょっと待ってください! 私は男です。この格好も魔法のおかげなんです。ほら、午前零時の鐘が鳴ります。見ててください。魔法が解けますから 」
鐘の音が高らかに鳴りだし、「 灰かぶり 」はほっと胸を撫で下ろしました。
待望の、仙女に注意された魔法の終わる時間です。
「 灰かぶり 」の姿が光に包まれます。人々は目を見張りました。
「 ね。言ったとおりでしょう。もとの私はそれはもうぼろぼろの服の・・・・ひええっ!? なんで!? 」
安心してぼろの衣装を見せて説明しようとした「 灰かぶり 」は悲鳴をあげました。
人々がほうっと感嘆の息を漏らします。
純白の花嫁衣装をまとった「 灰かぶり 」がそこに立っていました。
天使の羽根の白もあざむかんばかりの美しさでした。
零時を過ぎることで仙女の魔法は解け、妖鬼の魔法が正しく上書きされたのです。
ヴァイキング幼児達は白毛の美しいクズリに変化して、「 灰かぶり 」のもとに駆け寄ってきます。
もともとクズリそのものを知らないこの城の人の目には、それはまるで神の御使いのように映りました。
周囲の歓声は、今やお城全体を揺るがさんばかりでした。
貴婦人達や令嬢達も惜しみない拍手を心の底よりおくります。
「 なんだ。お嬢さんもすっかりその気ではないか。このお嬢さんと王子となら、きっと生まれる子供は大英雄になるぞ! 我が国は安泰だな。あー早く孫の顔が拝みたいわい 」
大笑いする王様。きゃあきゃあ跳び上がって喜ぶ王妃様。
花嫁の美しさに感動でふるえる王子様。
「 私の心はあなたに奪われてしまった。あなた以外の女性とは、もはや人生を歩むことは出来ぬ 」
「 ですから、私は男なんですって! ちょっとお義母さま! お義姉さまがた! 私が男だってみんなに説明してください! 」
「 あんなひどいことをした私を義母と呼んでくれるのですね。嬉しいわ。たしかにあなたの本当のお母様は、あなたを男の子として育てました 」
「 ほら! ね! みなさん聞いてくれました!? 」
勢いづいた「 灰かぶり 」は、続く継母の言葉に凍りつきました。
「 ですが、それは幼小の頃からあまりに可愛すぎたあなたを、男性がたから守るためのやむをえない嘘でした。それをあなたに伝える前に、不幸にしてあなたのお母様は亡くなってしまいましたが・・・・ あなたは間違いなく女の子ですよ 」
「 どひえぇぇぇっ !!? 」
無理もないあの美貌ではなあ、と納得して頷く人々をよそに、「 灰かぶり 」は油汗だらだらです。明らかに歴史の改変が起きています。
そして、その冷汗さえもえもいわれぬ芳香となってあたりに漂い、人々を魅了するのでした。
一番愛される娘であるよう、女として誰より幸せであるよう、妖鬼の去り際にかけた魔法は予想以上に強力なものだったのです。配偶者にかける予定だったとっておきの魔力を注ぎ込んだのです。祝福を超えて呪いのレベルでした。仙女でさえもう解除は不可能です。
義姉達が「 灰かぶり 」にとびつくように抱きついてきます。
手のひら返しでうまい汁を吸うつもりでしょうか。
いつもと変わらぬ行動パターンにむしろ「 灰かぶり 」は安心しましたが、
「 私達のかわいくて、かっこいい妹は誰にも渡さないんだから! 」
「 あたしたちの姉妹水入らずの時間を脅かすものは、王子様でも許さない・・・・ 」
「 ひえええぇ!!? 」
かって味わったことのない義姉たちの熱い抱擁に、頬ずりされながら「 灰かぶり 」は恐怖しました。
義姉たちは王子様と「 灰かぶり 」をはさんで睨みあっています。
唸り声をあげて威嚇していました。
大変です。これは取り入る演技ではなくガチです。
「 灰かぶり 」の両手を引っ張り合って争奪の綱引きを繰り広げる王子様と義姉たちを、ほほえましく皆が見守ります。
「 放しなさい。義姉たちよ 」
「 あんたに義姉と呼ばれるいわれはない! 」
「 そうよ、そうよ! 」
どちらも譲る気は零です。
「 灰かぶり 」の肘関節がみしみしいっているのは気のせいでしょう。
王様と王妃様が楽しそうに今後の予定を立てだします。
継母が涙をぬぐいます。
この国の明るい未来を夢見て、騎士達が快哉をあげます。
そして貴婦人と令嬢達は素敵の恋物語の生き証人になったことを喜び、目を輝かせ、クズリたちは、しゃーっと声を揃えるのでした。
いろいろな思惑はあれど、みんなみんな幸せでした。
・・・・・「 灰かぶり 」と石にされた悪徳大臣一派をのぞいては。
なにせ各地の伝承にあるのです。
妖鬼は、人間を石や熊や妖鬼にさえ変える力をもっていると。
そして、その話にふさわしいだけの魔力があることを、あの妖鬼は魔法で示したではありませんか。人間を石や熊にするよりは、性別を変えるほうがよほど容易いに違いないのです。
どうかどうか性別だけは変わっていませんように、そう必死に祈りますが、「 灰かぶり 」はおそるおそる自分の身体を確かめるべく手を伸ばすこともかないません。義姉たちと王子様の「 灰かぶり 」をめぐっての両手の綱引きはいつ果てるともなく続いていたからです。
大歓声のなか、「 灰かぶり 」は天井を見上げ、深いため息をつくのでした。
・・・・・・この物語はこにて幕引きとさせていただきます。
「 灰かぶり 」がこの後どのような物語を紡いでいくのか、それはご想像の翼のままに・・・・・
とっぴんぱらりのぷう。
お読みいただき、ありがとうございました!!
登場人物にかわり、作者より御礼申し上げます!
童話風に書くつもりだったのに、面倒くさくなって、ところどころに地の文が・・・・・・(笑)