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魔女の時は永く、終わりがない。緩やかに日々を過ごす者がいれば、呪いに没頭する者もいて、気まぐれに拾いものをする者もいる。魔女集会で魔女に付き添うものたちがそれだ。
しかし彼らは魔女ではない。使い魔として使役されているのならば同じ時を過ごすことも出来ようが、そうでないものには必ず終わりが訪れる。情を移したものに置き去りにされ、終わらぬ時を生き続けるそれを嘆いた者は当然おり、やがて抗う者が出た。
「それは呪物でな。輪で繋がったものたちの時をどちらかの長さに縛り付ける」
「どちらか……、っ!では魔女殿の師は」
人の子の手から木箱を取り上げると中身を見ず、グレンの魔女は蓋を閉ざした。手の平の上に乗るそれを見つめる鋼色は例え難い色をしている。
「お師様は人の子を愛した。共に久遠を生きようとした。だが人の子は老いることを望んだ。お師様は同じ時を選び、儚く燃え尽きてしまった」
不老不死。されど呪いにより人の時に縛られてしまえば、永遠を失うこともある。グレンの魔女の師はそうした者の一人。人の子と同じように老い、やがて朽ちた。残されたのは時を縛った呪物のみ。故に形見なのだ。
翡翠の目は木箱を手にするグレンの魔女へと何故を告げる。それは話をしたことにか、それとも呪物を持ち出したことにか。
「これには別離を許さぬ呪もかかっておる。人の子同士であれば縛る時は同じ、嫁がおるのであればくれてやろうと思ったのだがな」
物憂げな息を吐き、グレンの魔女は再び席を立つと木箱を元の場所へと戻した。黙してその様を見つめた人の子であったが、躊躇いながらも問いを口にする。
「師の、形見なのでしょう?」
「肥やしにもならぬものなどいらぬ」
手放すつもりなのか、それでいいのかと問う人の子に、テーブルに着いたグレンの魔女はきっぱりと言い放った。あまりの言い切りの良さに問うた人の子の方が戸惑う有り様である。
「使われぬものに何の意味がある。形見とは言うが壊せぬ故に手元にあるだけのこと。呪物故に容易く捨てることも叶わぬ」
はあっと吐かれた溜息にあるのは常と変らぬ面倒くさい。形見と呼んだ呪物の収められた木箱を見つめた鋼色、そこに込められた色の正体が師を想うものではなく、厄介なものを残してくれたものだという恨み言とは普通は思わない。
だから、人の子は己が想像した感情と現実の落差に笑った。
「ふ、ふふ。では、私が妻を迎えるおりには有り難く頂戴いたします」
そんな笑い声を耳にしたグレンの魔女は「そうか」と小さく相槌を打ち、優雅なティータイムへと戻った。